十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ

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ルビアの場合

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 リックと出会ったのは、二人が婚約した一月後。私が九歳のとき。
 四つ歳上の赤毛が十三歳。リックも赤毛と同じ歳だった。

 私は長く生きられない可哀想な子なのに、あんなみすぼらしい赤毛が婚約なんて許せない!!

 どんな不細工と結婚するのか、相手の顔を見に行った。あんな赤毛と結婚する男は爵位の低い不細工か汚らしい平民に決まっている。

 それだけが救いであり、赤毛に女としての価値がないことが証明されたのだと嬉しく思う。

 ちょうど部屋から出てきた男は、まるで物語に出てきそうな美男子。

 お互い、一目見てわかった。運命の相手は目の前にいる人間だと。

 赤毛と部屋にいたせいで気が滅入っていたリックを、私がもてなしてあげると言えば、喜んでついてきた。

 「驚いたよ。まさかこんな美人な妹がいたなんて」
 「姉は私のことをリックフォード様に話していなかったんですね。私が醜いからかしら」
 「なっ!!醜いだと!!?君は美しい!!俺が出会った女性の中で一番!!」
 「嘘です!!だって、それじゃあ姉は……故意に私のことを話さなかったことになるではありませんか。優しい姉がそんな意地悪をするはずがありません」
 「君の名前は?」
 「ルビアです」
 「ルビア。いいかい。君は美しい。あんな赤毛のみすぼらしい女なんかよりも!!あの女はルビアの美しさに嫉妬して、わざと何も言わなかったんだ」
 「でも、リックフォード様は姉に婚約を申し込んだんですよね」

 すると、リックは静かに目を伏せて首を横に振った。

 「俺の意志じゃない。父上が勝手に決めたんだ。あの赤毛と結婚しろと。本当はルビアのように可憐で美しい女性と結婚したかったのに」
 「それは……私のような人なら誰でもいいってことですか」
 「ち、違う!!俺は、その……ルビアと結婚したい」

 瞬間、最高潮に胸が高鳴った。

 そう!そうよ!!

 私はお姫様のように誰からも愛される存在。リックのような完璧な男性が私を選ぶということは、私の可愛さが完璧である証明に他ならない。

 ちょっと意地悪を言っただけで、焦って否定するなんて。リックったら、そんなに私のことが好きなのね。

 顔がニヤけてしまわないように表情を作り、リックの胸に体を預けた。

 心臓の音がハッキリと聞こえる。体温も上昇していく。

 全身で私が好きだと言っていた。

 「ルビア!!」

 力強く引き離したリックの目は真剣そのもの。

 覚悟を決めたかのような表情は男らしい。

 「どうしたんですか、リックフォード様」
 「リックで構わない。そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ」
 「でも……。リックフォード様は姉の婚約者ですから」
 「俺の婚約者はルビアだ!!将来、俺の妻となる女性が、あんな醜い女であっていいはずがない!!」
 「リック……」

 無言で見つめ合い、どちらからでもなく唇を重ねた。

 これは誓いだ。私達が結ばれるための。

 最高の優越感。人のものになるはずだった男が、私を好きになる。
 なんて気持ち良いのかしら。

 「リック。すぐにでもお父様に報告してもいいかしら」
 「もちろんだ!!」

 すぐさま部屋にお父様を呼んだ。

 ベッドの上で過ごすことが多い私に体力なんてなく、執務室まで歩けないと自信を持っていたから。

 呼ばれたお父様は何事かと大慌て。その顔はひどく私を心配してくれている。

 お母様も駆け付けてくれた。主治医を連れて。

 私の体調が悪化したのではないとわかると、ホッと胸を撫で下ろす。

 赤毛が風邪を引いたときには、病原菌扱いされて隔離された。
 食事も薬もなければ治るものも治らない。

 優しい私は、わざわざ赤毛なんかのために自分の食事を残して分けてあげた。

 みんなが私を慈悲深いと褒めてくれたのが、つい昨日のよう。

 そんな私の優しさを、あの赤毛は無下にした。

 体が辛いから肉は食べられないなんて。

 この私が、苦しいのも我慢して食事を届けてあげたというのに、何様のつもり?

 生まれつき病弱の私の前で、たかが風邪なんかで苦しむ姿は癇に障った。
 いつもは健康なくせに、風邪を引いたからと病人アピールまでして。

 ──私のほうがずっとずっと辛くて苦しいのに!!

 皿を落として、悲鳴を上げれば両親だけでなく使用人も急いで駆け付けた。

 「どうしたんだ、ルビア」
 「うぅ、お父様。お姉様が……」
 「貴様!!ルビアに何をした!!」
 「ううん、違うの。私が持ってきてあげた料理を、食べてくれないの」
 「な、何だと!!」
 「この!ルビアがあんたなんかのために、苦しいのを無理してくれたというのに!!」
 「ルビア様、お可哀想」
 「どうしてそんな残酷なことが出来るのかしら」
 「醜いのは容姿だけじゃないようだな」

 次々と投げられる言葉は、弱っている赤毛にとってナイフよりも鋭く精神を抉るみたいで、何も言わずに涙を流すだけ。

 「まぁ!なんて子なの!!ルビアに謝りもしないどころか、悪者にしようと被害者ぶるなんて!!」
 「ふん!母親同様に心まで醜いな。なぜ私はあんな女と結婚しただけでなく、子供まで作ってしまったのだ」
 「可哀想なお父様。お姉様のせいで、お父様の完璧な人生に傷がついて」
 「おお、私の心配をしてくれるなんて、ルビアは本当に優しい子だ。それに比べて……。何をしている!!さっさとルビアが届けてくれた料理を食べんか!!」

 多くの視線は一瞬たりとも赤毛から外れたりしない。

 私は埃っぽい部屋に来てしまったせいで疲れてしまい、お母様に寄りかかる。

 肉に伸ばされた手をお父様が踏みつけた。

 「ルビアに感謝の一言もないのか!!?」
 「あ…ありが、とう。私のために、料理を持ってきてくれて」
 「ううん、いいの。たった二人の姉妹だもん」

 その後のことはあまり覚えていない。

 赤毛の風邪がうつると嫌だったから、すぐ部屋に戻った。

 数日後にはまた使用人として働いていたようだし、仕事をサボりたくて仮病を使ったに違いない。

 本物の病人がいるのに、病気のふりをするなんて、心が醜すぎる。

 「ルビア?」

 急に黙り込んだ私の顔を覗き込むリックにドキッとした。

 頬に添えられる手は冷たくて気持ち良い。

 「お父様。私ね、決めたの」
 「うん?何をだ」
 「私がリックのお嫁さんになるの。リックだってあんな醜い赤毛なんかよりも、お姫様みたいに可愛い私と結婚したほうが、絶対幸せになるわ」
 「ルビア……。私は感動したぞ!!小公爵様のことをこんなにも考えられる令嬢は他にはいない!!」
 「ええ、ええ!!相手の気持ちを思いやれる、なんて良い子なのかしら」
 「じゃあ……!!」
 「もちろん!いいに決まっている!!その話をするということは、小公爵様もあんな醜女ではなくルビアを嫁に迎えたい、そういうことなのでしょう!?」
 「当然だ。俺達は一目見て、運命を感じた。真実の愛がすぐそこにあるのに、誰があのような女を選ぶものか。父上には今日にでも話をして、婚約者をルビアに変えて……いえ、戻してもらいます」
 「戻す?」
 「父上はきっと間違えたんだ。俺の婚約者に相応しいのは誰がどう見てもルビアなのに、あんな醜女をあてがうなんて」

 公爵として、父親として、尊敬したのに、あろうことか私と赤毛を間違えたことに幻滅していた。

 どれだけ偉業を成し遂げようとも、人の子。誰にだって間違いがあると宥めてあげると、リックは苦しいくらいに私を抱きしめてくれる。

 その温もりは私を幸せにしてくれると確信を与えると同時に、瞳から大粒の涙を流させた。

 「ど、どうしたんだ、ルビア。俺との結婚が嫌なのか?」
 「ううん、すごく嬉しい。でもね、私……あと何年生きられるか、わからないの」
 「何?どういうことだ?」

 リックには包み隠さず全てを話した。

 私は病弱、数年しか生きられないかもと医者に宣告されていること。
 健康な体を赤毛に奪われたかもしれないこと。

 私に待つのはリックとの幸せではなく、リックを独りにさせてしまう孤独な死。

 やっとの思いで語り終えると、両親だけでなくリックも泣いてくれた。

 私が死ぬことが悲しいのもそうだけど、死んでしまう私のほうが辛いのに残された自分の心配をしてくれる優しい心遣いに、感動してくれていた。

 「大丈夫だ、ルビア!!ルビアが健康になれるよう、俺と幸せな未来を歩めるように薬を届けるよ」
 「薬なんか効かないわ」

 色々な薬を処方してもらい飲んでいるけど、良くなる気配はない。

 「パナシア薬は飲んだかい?」
 「いいえ。だってあれは高いのよ。どんなに欲しくても伯爵家では手が出ない……まさか、リック」
 「あぁ。パナシア薬ならきっと良くなる」
 「ダメよ!!あれは本当に高いのよ!私なんかのために……」
 「ルビアのために俺が用意したいんだ。薬は毎日、俺が届けに来るよ」

 パナシア薬。どんな病にも効くとされる万能薬。

 庶民はもちろん、貴族でさえ滅多に手に入れることが出来ない代物。

 目の前に光が差した。長い長いトンネルを抜けた気分。

 ──生きられる。私は……。

 その事実だけが鼓動を速くする。

 「リック!貴方と出会えて私は世界一の幸せ者よ!!」

 死しかなかった未来がリックと出会ったことにより明るく照らされる。

 やっぱりリックは運命の相手。あんな赤毛がリックの隣に立つなんて相応しくない。
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