十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ

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リックフォードの場合

3

 「婚約破棄、ですか」

 当事者でもある赤毛には伝えておかなければ。
 いつまでも俺の婚約者気取りをされたら、たまったものじゃない。

 そもそも!婚約破棄という言葉すらおかしい。
 俺の婚約者は最初からルビアだった。それをこの赤毛は……!!

 卑怯なことに何も言わずに黙って、俺達の出会いを邪魔した。
 バレなければ自分がルビアの代わりになれると思っていたんだ。

 「二度と俺の婚約者面をするなよ。お前のような醜く汚い顔を見ているだけで吐き気がする!!」

 そばかすだらけの顔。ボサボサの髪。爪も割れて、指はアカギレだらけ。
 体に合わない大きめの服。

 見れば見るほど醜さが目立つ。

 もし仮に、これが妻として俺の隣に立つようなことがあれば、公爵家の汚点であり、俺は貴族社会で死ぬまで笑われる。

 「お前のせいで俺は無駄な時間を過ごしたんだ。本来ならもっと早くに、ルビアと出会っていたはずなのに!!」

 考えてみれば、赤毛は一度として俺を自室に招いたことはない。
 いつだって客室で、安っぽいハーブティーを淹れるだけ。

 この女は俺と結婚するつもりなんてなかった。欲しかったのは妻の座ではなく、公爵家の身分と金。

 ──なんて卑しい女だ!!

 ルビアの爪の垢を煎じて飲んだところで、ここまで腐りきった心が綺麗になるはずもない。

 俺の妻となる女性は多くの注目を集める。求められるのは外見の美しさは当然のことながら、内面の美しさもだ。

 そう、そんな完璧さを兼ね備えた女性はルビアだけ。
 俺と赤い糸で結ばれた唯一。

 「俺とルビアの愛を引き裂こうとしたお前のような悪女、罪人の首をはねても俺の気は収まらないが、ルビアがどうしても許してほしいと言うから仕方なく許してやるんだ。ルビアの優しさに感謝しろ!!」

 湧き上がる怒りは、憎たらしい赤毛の顔を殴ることで鎮まった。
 無様に倒れた赤毛を一瞥することなく部屋を出て、一人不安そうに廊下で待つルビアを抱きしめて二度目のキスをした。

 「明日、また来る」
 「うん!待ってる!」

 些細なやり取りではあるが、嬉しさが隠せない。

 短くて単純な言葉。でも、その言葉にはお互いの心が詰まっていた。

 ──明日が待ち遠しいな。

 心を踊らせながら帰路に就く。


 夜になり仕事から帰った父上の執務室を訪ねた。
 目を通していた書類を伏せて、何の用かと聞く。
 その声は少し疲れていた。

 「婚約者のことはちゃんとしてくれなければ困ります」
 「何のことだ?」
 「ルビアのことです!」
 「は?」

 その名前を呟いた途端、父上の表情が変わった。眉間に深い皺が刻まれ、怒りが滲む声で問う。

 「誰だ、それは?」
 「俺の本当の婚約者です!ジューエル伯爵家の次女!天使の愛らしさを持った唯一無二の女性」

 ルビアの顔が思い浮かぶ。柔らかな笑み、輝く瞳、その姿を思い出すたびに心が温かく満たされる。

 「お前の婚約者はスカーレット嬢だ」
 「あんな醜い女が俺の婚約者?冗談も大概にして下さい!!」
 「醜い?」
 「そばかすだらけの汚らしい顔ですよ。あれが妻として隣に立つなんて……。想像するだけでおぞましい」
 「言葉には気を付けろ。私の後継者ならば」

 俺は息を呑んだ。父の鋭い視線が胸を突いた。

 「お、俺は間違ったことは言っていません!!俺の婚約者はルビアなのです!!」
 「次女。平民の娘か」
 「父上こそ発言には気を付けて下さい!!母親こそ平民ですが、伯爵の血は流れています」
 「平民の血が流れていることに、変わりはない」
 「ルビアは立派な伯爵令嬢です!!」
 「もうよい。お前はその娘と本当に結婚したいのだな?」
 「もちろんです!!俺はルビアを愛しています!!」

 父上は黙り込んだ。
 誰であろうと俺の決意を覆すことは出来ない。

 胸に宿る想いは本物。これが愛でなければ、この世に愛は存在しない。

 「いいだろう、許可してやる。ただし」

 俺が喜ぶよりも先に、父上は言葉を続けた。

 「正式な婚約破棄の手続きをしたのち、新たにその娘と婚約をすること。それが条件だ」
 「ですから!!俺の婚約者は最初から……」
 「嫌なら認めんぞ」
 「ぅ……わかりました」

 必要な書類はすぐ父上が用意してくれることとなり、明日にでも関係が完全に切れる。

 慰謝料を請求したいところだが、赤毛個人に支払い能力がないため伯爵家にその義務が生じてしまう。

 ルビアの生活に支障をきたすかもしれない非道な真似が、俺に出来るはずもない。

 「リック。お前、勉強の時間が少なくなったことに対して、何も思わなかったのか」

 父上は深いため息をつき、机に手をついた。

 「俺が優秀だから家庭教師も教えることがなくなってきたんでしょう」

 迷わず答えた。

 人の上に立つ俺は努力を怠らない。日々の勉強が大切だと知っているから。

 だが、一ヵ月くらい前から勉強の時間は減り、出される課題も減った。

 俺の優秀ささいのうが開花し、家庭教師も俺に教えることがないと判断したんだ。

 俺が優秀すぎるおかげで、これからはルビアとの時間が取れる。
 こんなにも喜ばしいことはない。

 「はぁ…。もういい。下がれ」

 ため息をつきながら手を振り、退室を促した。
 空気が重い。長居することは許さないと態度が語る。

 「バカが。スカーレット嬢の優しさに気付けんとは。こんなバカを一度でも婚約者に選んでしまったのか。スカーレット嬢になんと詫びればいいんだ……」

 部屋を出る際に父上が何かを呟いていたが、俺の耳には届かなかった。

 そんなことより、ルビアとの幸せな毎日をどうやって過ごそうか、それだけで頭がいっぱいだった。

 翌朝、父上が用意した書類を持参してすぐに伯爵家に足を運んだ。
 ルビア達の前でサインをさせて、拇印も押させる。

 サインをする直前に手が一瞬、止まったのを見逃さなかった。
 往生際の悪い奴め。どれだけ抗おうとも俺とルビアを引き裂くなんて出来はしない。

 ペンで指を突けば血が流れ、インクと混ざらないように傷口を洗う。

 これで俺はルビアを妻として迎えられる。

 ──愛した女性と一緒になれるんだ!

 その事実だけが今の俺の心を満たしていた。

 喜ぶルビアを抱きしめて、愛を確かめ合うようにキスをした。
 そこに緊張も恥ずかしさもなく、ただただ愛があるだけ。
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