十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ

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罪を裁く者と裁かれる者達の場合

2【リヒト】

 「僕が愛しているのはスカーレットだけだ」

 その言葉を口にした瞬間、僕の心は虚しさで満たされた。スカーレットはもうここにはいない。伝えたい想いは胸に閉じ込められ、彼女に届くことはなかった。

 惹かれていたのに。想いを伝えるチャンスだって、いくらでもあった。

 それを僕は、臆病風に吹かれて逃げた。また明日も会えるなんて、不確かな未来を信じて。

 ──でも……明日なんてなかった。

 僕は自分の弱さを呪い、後悔に押し潰されそうになった。こんなにも大切な人を目の前にして、なぜ言葉にしなかったのか。
 想いは伝わらなければ意味がない。蓋をしてしまったら、それはもう好きじゃないのと同じ。

 「違う違う違う!!王子様は私を愛しているの!!ルビア様がそう言ったんだから!!あんな醜く汚い赤毛なんかに、想いを寄せるはずがない!!」

 夢と現実の境界が崩れた若いメイドの瞳には、狂気にも似た確信が宿っている。

 僕はもう何の感情も湧かず、哀れみすら感じられなかった。

 「私は可愛いの!!王子様に相応しいのは私だけ!!ルビア様は私の恋を応援してくれてるのよ!!」

 ルビア……平民の娘が言ったから?

 ハッ。その娘は神か何かなのか?口にしたことが現実になるなんて、そんなバカな話があるはずもない。

 僕の顔を知らなかったくせに、よくもまぁ運命を語れるものだ。

 そもそも。王族と平民が結婚出来るはずがない。愛があろうと乗り越えられない障害は必ず出てくる。

 ──そんな常識、子供だって知っていることなのに。

 自然とため息をついた。これ以上の発言は頭痛の種。黙らせるためにフエルテに視線を送ろうとした次の瞬間。

 「ルビア様の婚約者を脅して、肉体関係を強要した穢らわしい売女のくせに!!私の王子様に色目使うなんて何様のつもり!!?」

 時間が止まったように感じた。
 フエルテも踏み出すために上げた足が固まっている。

 これまで押し殺していた感情が、胸の中で爆発しそうだった。

 「おい。今、何と言った……?」

 目を逸らし、無言でフエルテが数歩下がる姿を見て、僕の怒りは頂点に達したと確信した。

 妄言を喚き散らすばかりの若いメイドに剣を向けては

 「スカーレットが、何だって?」

 冷静を保とうとすればするほど、感情は激しく揺れ動く。

 「あの赤毛!!ルビア様を殺すと脅して、リックフォード様に抱かれたのよ!!」

 落ち着け。流されてはいけない。大きく深呼吸をして乱れた心を整えた。

 「ああ、なんて穢らわしいのかしら!!」

 僕の知るスカーレットと、連中の知るスカーレットは同一人物ではないのだろうか?

 誰に対しても優しく思いやりの心を持った彼女が、「殺す」なんて口にするはずがない。ましてや病弱な妹を脅迫材料に使うなんて。

 「証拠はあるのか?」
 「リックフォード様がそう言ったの!赤毛に脅されて仕方なくって。醜いくせにお二人の愛を引き裂こうとするなんて……!!」

 はは……何を言っているのか。

 片方の証言だけで罪が決まるなら、法なんて必要ない。
 ましてや、脅した証拠もないときた。

 恐怖に飲まれていた侍女も同調するように口を開く。

 「優しいルビア様があの赤毛を許してあげたから、伯爵家から追い出されずに済んだというのに……!!感謝をするどころか、いつだってルビア様を妬むばかり!!」

 泣きたいほどに胸が締め付けられた。もしも、二人の言っていることが事実だとすれば、それは……。

 ──スカーレットはリックフォード・ヘルサンに……。

 考えなくはないが、僕がどれだけ否定しても起きた事実は変わらない。

 伯爵家という小さな檻に閉じ込められたスカーレットは、命だけではなく人間としての自由や尊敬さえ奪われ続けていた。

 窓の外に広がる青空、鳥達の自由な飛翔、誰もが手に入れることができるはずの普通の生活。
 それらはスカーレットにとって手の届かない夢。

 特別を求めることなく、スカーレットはただ、人並みの幸せふつうを望んでいただけ。
 それはきっとちっぽけで、両手ですくって零れない程度で良かった。

 あの日、僕がちゃんと想いを伝えていればスカーレットの運命を変えられただろうか。

 「フエルテ」

 愚かな僕は後悔するしかない。今もずっと、スカーレットの痛みに気付けなかった自分を責め続けている。

 「何でしょう」
 「コイツらは罪を自白した?」
 「いいえ。まだです」

 彼女は痛みや苦しみに耐え、助けを求めることすら出来ないでいた。

 僕が気付くべきだったんだ。助けてと言えないスカーレットを、助けられるのは僕だけだったのに。

 「そう……。じゃあ、何人か連れて行くよ」

 言葉の意味を理解したフエルテは、他の牢獄から数人を連れて来た。

 平民の侍女。平民の娘の侍女。メイド。料理長。
 伯爵家の人物と屋敷をよく知る四人だ。

 「ま、待って!私は!?王子様と結婚する私をここに残していくの!?」
 「罪人なんかと結婚するはずないだろう」
 「私は可愛いの!!王子様と結婚するのはこの私!!貴族のくせにみすぼらしい赤毛なんかと違うのよ!!!!」

 声を荒げ、自らの価値を必死に主張した。彼女は自分の美しさこそが僕に相応しいと信じて疑わない。

 見当違いな怒りと嫉妬に駆られるその姿は醜かった。

 「そろそろ黙れ」

 自慢の顔を数回、斬り付けた。深く、傷跡が残るように。

 若いメイドは痛みと恐怖に震えながらも、言葉を失い、ようやく黙り込んだ。
 膝が崩れて静かに涙を流し続ける。

 拷問は引き続き隊員に任せるので、一瞬だろうと罪人を休ませるつもりはない。

 「それでは、行こうか」

 立場が逆転したように、今度は若いメイドが見下される。

 ようやく釈放されたと勘違いしているようで、暗かった表情が明るさを取り戻す。

 訂正するとまたうるさくなりそうなので、何も言わないことにした。

 常識的に考えて、いきなり釈放なんてありえないのに。

 彼らの罪は誰の目から見ても明らかであり、罪人である事実が消えることはない。

 間違っても逃げられないように、折れた手を拘束しては、用意したおんぼろ馬車に押し込み、無人で静かなジュエール家へと出発した。
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