十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ

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スカーレットを裏切った使用人の場合

若いメイド

 私はお母さんが苦手だ。

 決断力があり、一人で何でも出来てしまう。
 せっかちな性格でもあり、おっとりしている私とは正反対。

 幼い頃から、お母さんの背中はいつも頼もしく見えた。掃除、料理、仕事、何でも完璧にこなすお母さんは、私にとって憧れの存在であると同時に、圧倒される存在でもあった。

 顔はそこそこ美人だけど、目がつり上がっているからなのか、冷たい印象を受ける。

 どんなに努力しても、近づくことさえ出来ないとわかっているからだ。

 そんなお母さんが、私の目の前にいる。格子の向こうから見るだけで、助けようともしてくれない。

 私がお母さんを苦手なように、お母さんは私が嫌いだ。

 いつもノロマとバカにされ、優しくされたことなんて一度も……。

 友達もそうだ。山菜を一緒に採りに行っても歩くのが遅いから、いつもイライラしていた。

 そんな私が伯爵家のメイドとして働けるなんて、一生分の幸運を使ったようなもの。

 「どうして……あんなバカな真似を。平民がお貴族様を虐待だなんて」
 「うるっさい!!あんなみすぼらしい赤毛より、私のほうが貴族に向いてるのよ!!」

 ボロ雑巾みたいな服しか着させてもらえない貴族より、豪華で可愛いドレスを貰える私のほうが、よっぽど貴族だ。

 ルビア様だって、そう言った。私が姉だったら良かったと。

 「はぁ……。貴女は生粋の平民。お貴族様じゃないでしょ」
 「私は王子様と結婚するのよ!!もう平民じゃなくなるわ!!」

 赤毛を愛しているなんて言っていたけど、あれは私に嫉妬してほしかっただけ。
 そうでなければ、可愛い私を見てつい、思ってもないことを口走ってしまった。あれは決して、王子様の本心じゃない。私にはわかる。

 だって、王子様が愛しているのは私なんだもん。

 「夢を見るのは勝手だけど、王族と平民は結婚出来ないのよ」
 「自分が冴えない男にしか好かれなかったからって、娘に嫉妬するなんて母親として見苦しいんじゃない?」
 「王族の結婚相手は、公爵か侯爵のご令嬢のみ。両家に娘がいなければ、伯爵家から嫁ぐこともあるけど、それはまぁ滅多にないことね」

 淡々と告げられる言葉は厳然たる現実を突きつける。貴族の血筋だけが重んじられ、平民である私には、夢が叶うことはない。

 「私は!!王子様と結婚するの!!」

 でも、残念ながら夢ではない。
 絶対なのよ。ルビア様も私と王子様の恋を応援してくれている。

 いつだって正しいルビア様が言ったんだから、私は王子様と結婚する未来しかない。

 「仮に、王族との結婚が許されていたとして。罪人である貴女が、相応しいと本気で思っているの?」

 冷たい刃は心臓を抉る。高鳴る鼓動は極度の緊張を表していた。

 ただじっと、瞬きをすることもなく私を見つめるお母さんの目が怖くなり、私のほうから逸らした。

 「先程の質問の答えがまだね。どうしてスカーレット様に、あんな酷いことをしたの」
 「先に酷いことをしたのは向こうよ!!私達が一生懸命頑張っているのに、陰口を言ったりして。しかも、それを止めたルビア様に怒鳴り散らしていたわ!!」
 「そう。じゃあ、スカーレット様が何と言っていたのか、教えて」
 「だから、陰口だってば」
 「私が聞いているのは、その内容。ルビア様との会話よ」
 「赤毛がルビア様に向かって、そんなこと言うなって……」
 「それは貴女達への陰口ではないわ。まさか、聞いてもいないのに、思い込みだけでスカーレット様を虐待したの?」
 「ちょ、ちょっと待って!すぐに思い出すから」

 陰口。陰口。赤毛がルビア様に漏らしていた不満は……。

 あれ?何も言っていない?ううん!そんなはずない!!

 だってあのとき、私と先輩は聞いたんだから。ルビア様に怒鳴る赤毛の声を。
 その前の内容は聞き取れなかったけど。

 「どうしたの?なぜ、黙っているの?」
 「し、仕事が遅いって。ルビア様……」
 「私はスカーレット様が言ったことと、言ったはずよ。ルビア様のことは聞いていないわ」
 「そ、れは……」

 言葉が続かなかった。どれだけ記憶を探っても、赤毛が私達の陰口を言ったことなど一度もないのだから。

 怒りの根源となっているのは、ルビア様が教えてくれた真実のみ。

 「ルビア様が嘘を言ったと言うの!?」
 「貴女の反応を見るに、嘘をつかれている可能性しかないわね」

 嘘?誰が?ルビア様が?なぜ?

 問いかける私の心には、混乱と悲しみが渦巻いていた。

 ルビア様は私達の信頼の象徴であり、誰よりも誠実で優しい人。
 体が弱く、一人で出来ないことが多いからこそ、常に感謝の心を忘れない。

 天使のような笑顔は見る人に幸運を与えてきた。

 ──私は見え透いた嘘に騙されるようなバカじゃない!!

 それに、ルビア様がそんな嘘をついたところで、何の得にもならないはず。

 心臓の鼓動は激しく、まるで耳元で叫んでいるかのようだった。極度の緊張状態に陥り、私はどうしていいかわからなくなっていた。

 「はぁ」

 呆れたように息をついては、躊躇うことなく牢の中に入ってきた。

 さっきからずっと感じていていた。お母さんは周りの骨には目もくれず、その瞳は真っ直ぐに私だけを映す。

 伸ばされた手は頬に触れる直前で止まった。まるで、顔の傷に配慮するかのように。

 私の顔は王子様の手によって傷だらけ。軽い手当てしか受けさせてもらえないから、傷は未だに痛む。

 「貴女は人より遅いけど、いつだって丁寧な仕事をしてくれた」
 「今更そんなこと……!!私のことをいつもノロマってバカにしてたくせに!!」
 「何を言っているの?そんなこと、一度も言っていないわ」
 「…………え?」

 私は記憶が混乱した。ずっと私を嘲笑い、軽蔑していたはずのあの記憶が、どこにも見当たらない。まるで霧の中に消えてしまったかのように、はっきりしない。

 作られた幻想は風に吹かれたように、揺れ消えゆく。

 「嘘よ……そんなの……」

 私の記憶かこは自身の弱さとルビア様の言葉うそで作られていた?

 優しい声で、毎日のように繰り返す。

 赤毛だけでなく、家族も友達もみんなが、私をノロマとバカにする。
 でも、ルビア様だけは私の味方でいてくれた。仕事が遅くても、優しく感謝をしてくれる。

 ルビア様は……私の全てだったのに。美しくて優しい。私の憧れ。

 溢れる涙が傷に沁みる。
 心の奥底をえぐられるような痛み。私の中にある全ての信じていたものが崩れ落ちていく。

 「貴女をそんな風にしたの私なのね」

 その声は冷たく、残念そうに呟いた。

 「どう、しよう。私……」

 夢から覚めるのは、こんな気分なのだろう。

 赤毛が……スカーレット様はお母さんのように私の仕事ぶりを褒めてくれていた。

 いつも仕事が遅くて、周りの先輩達のようにテキパキと動けない自分に嫌気がさしていた。何度も努力したけれど、どうしても自分のペースを変えられなかった。

 悩む私に幼いスカーレット様は言ってくれた。





 「作業が遅いのは、それだけ丁寧に掃除をしてくれるからよ。速さも大事だけど、誰も見向きもしないこんな隅も、綺麗にしてくれる貴女の仕事ぶりは本当にすごいと思うの。だから、えっと……無理に自分を変えなくてもいいと思う」





 それは、どんな感謝よりも身に余るお言葉。

 私という人間を、私よりも肯定してくれた。
 遅いことばかりを気にしていたけれど、私のペースで進むことにも価値があるのだと気付いたのだ。

 自分らしさを捨てなくても、評価してくれる人がいる。

 誰も気付かない小さなことを、スカーレット様だけが気付いてくれることが嬉しかった。本当に嬉しかった。

 だからこそ、私はスカーレット様が気持ち良く暮らせるように、もっと頑張ろうと思ったんだ。

 「貴女は昔から思い込みが激しかったけど、冷静になればちゃんと物事のおかしさにも気付ける子だった」
 「あ、謝らなきゃ。スカーレット様に」

 スカーレット様はいつも、誰に対しても優しくて、小さな変化にさえ気付いてくれる優しい人だった。

 そんな彼女に対して、私はどれほどの無礼を働いてきたのか。
 自分勝手な思い込みで、尊厳を傷つけていたんだ。お母さんに指摘されてようやく、自分の過ちに気付いた私は深く後悔した。

 「スカーレット様への謝罪は必要ないわ」
 「な、何言ってるの!?間違ったことをしたら謝りなさいって、私に教えたじゃない」
 「貴女はその間違いに気付くのが遅すぎた。それだけよ」

 私はその言葉の意味を理解しようと必死になった。何度も繰り返し考えた。自分が犯した過ち、それに気付くまでの時間の長さ。確かに、自分は遅すぎたのだ。

 そして、それはつまり……。

 「それじゃあ私は!!スカーレット様に謝る機会はもうないの?」

 涙が頬を伝い落ちる。胸の奥底から湧き上がる後悔と無力感に押し潰されそうになる。

 「本当に残念ね」
 「そんな……」
 「自分の過ちと、きちんと向き合いなさい。それが今の貴女に出来る唯一よ」

 それは、母親から娘への最後の教え。

 私の罪は決して消えない。何度も頭の中で繰り返されるのは、あの日々の出来事。

 私がスカーレット様に対して犯した過ち。あのとき、私がもっと違う選択をしていれば、今のこんなに苦しい現実はなかったのかもしれない。

 なぜ、信じてしまったのか。不確かで曖昧な現実うそを。

 「ごめんなさい。ごめんな……」

 謝罪は闇に溶けていく。

 スカーレット様はもういない。この謝罪が意味を持つことはないだろう。

 私の心は重く沈み、どうしてもスカーレット様のことを信じることが出来なかった自分を責めていた。

 けれど、あのとき一人だけ、嘘に惑わされることなくスカーレット様を信じた人がいたことを思い出す。

 結局、彼女は悪人として屋敷を追い出され、大切なルビア様と奥様を守るために裁きを与えた。

 いい気味だと……思った。ルビア様をバカにした報いを受けて、みんな心がスカッとしていた。

 ──私も彼女のように信じる心が欲しかった。

 後悔しても遅い。そう、全てが遅いのだ。

 私がここにいるのも、最後の願いを叶えられないのも、自身が招いた結果。

 大人しく受け入れる以外の選択肢などなかった。

 お母さんの遠ざかっていく足音だけが、静かに響く。
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