80 / 178
第一章
先に嵌めようとしたから
しおりを挟む
私がいない間にあんなことがあったなんて。
思い通りにならない私よりも先にシャロンをどうにかしたいんだ。
きっと私がシャロンに唆されているとでも勘違いしてるのね。
この先も似たようなことが起きるなら対策を練らないと。
あれだけの騒ぎを起こしておきながら当の本人は謝るどころか、シャロンを敵視している。
授業の途中で戻ってきたシャロンは機嫌が良かった。それが逆に怖い。
鼻歌でも歌いそうな雰囲気。
休み時間になると不機嫌なディーが来た。
今日は特別授業はないから、次に来るのは昼休みのはず。
私に会いに来てくれた……みたいではなさそう。
ディーは一直線にあの子の元に行き、机に手紙と瓶を置いた。
「これは返す。二度と変な真似はしないでくれ」
わからないと言うように首を傾げた。
──あれって香水じゃない。まさかあれをディーに!?
何を考えているのよ。
女性が男性に香水に贈る意味は一つだけ。自分の好みの香りを身に付けて欲しい。
同性同士なら贈り物としては最適。
よりにもよって婚約者のいる男性に贈る代物ではない。
「私は知りません!!」
「手紙には君の名前が書いてあるが?」
「偽造に決まってます!どうして私が貴方なんかに」
聞き捨てならない。今の発言。
私よりも先にカルがあの子に
「今のは殿下に対する侮辱です」
「先に失礼なことを言ったのは向こうよ!?」
カルはディーから手紙を借り、私に見せた。あの子の字か確認して欲しいのね。
子供のような文字。間違いなくあの子の字。
偽造でないことを証明するために、クラス全員が自分の名前を書いて、見比べた。
「アリアナ様の字はいつ見ても美しいわ」
「私もあんな風に書けたらな」
どの字も似ていない。どれだけ崩した字で書いたとしても、完璧に真似られはしない。
世話になっている友人の婚約者に香水を贈った最低な女。
そんなレッテルが貼られた。
香水を陽の光に当てたあの子は何を思ったのか
「あんまりだわ!ボニート令嬢!!私のあげた香水を悪用するなんて!!そんなに私が嫌いなんですか!!?」
嫌っているのは貴女でしょうが。シャロンも貴女なんて大嫌いだけど。
初めからこうなることをわかっていたかのように、シャロンは驚きはしなかった。
その態度から仕組んだのはシャロンだった。それなら庇わなくても、どうにかなりそうね。
何もわかっていない私が下手に口を出して邪魔をするのはよくない。
つい一時間前に助けてくれたシャロンを、別件の犯人扱いする神経がすごかった。
呆れるべきか怒るべきか。誰も正解がわかなくなってきた。
「とんだ言いがかりですね」
「ならこれは!?私があげた物ですよね!?」
「へえー。ジーナ令嬢には香水の違いがわかるんですか。自分で作った物ならともかく、売っている物なのに。余程、香水に精通しているんですね」
「しらばっくれないで」
「貴女から頂いた物は家に置いてます。疑うなら放課後、見に来ますか?証人が必要なので皆さんもご一緒に」
その香水に秘密があるのね?シャロン。
証拠がない上に二度の冤罪。あの子の立場はないに等しい。
「(それはクローンが作った偽物。貴女には本物に見えたでしょうけど)」
あの二人は物をあげるような仲じゃない。あの子の企みを、ディーを巻き込み利用することで阻止した。
貴族が王族を利用するはずがないという思い込みを逆手に取った。
「私は君に謝罪を要求しているわけじゃない。が、もしまた同じことを繰り返すのであれば相応の対処をさせてもらう」
「お言葉ですが兄上。ヘレンは」
「エドガー。今はジーナ令嬢と話をしているんだ。少しの間、黙っていてくれるか?」
「はい……」
いい気味、と思うのは性格が悪いかしら?
早くディーをとめろと催促の視線が飛んでくる。
部外者の私にどうしろと言うの。
先に仕掛けたのは貴方達なのだから、自分達で解決するべきでは。
アカデミーでくらい大人しくしておけば良かったものを。やらかしすぎなのよ、貴女。
毅然と振る舞うディーだけど、予期せぬ事態とは言え女性からプレゼントを贈られたことに動揺していた。
シャロンの罠だとわかっているし私は嫉妬したりしない。
──……まただ。名もない感情が私の中で大きくなっていく。
泣いてこの場を切り抜けようとするあの子に、ディーはいつものように優しく問いかけるわけもなく返答を待つ。
いくらディーが私生児だとしても、第一王子の肩書きは偽りではない。
弟に発言さえ許さないのに、あの子の味方である彼らが口出しすればどうなるか……。
いつでも何処でも泣けるのは最早特技。
反論したところで手紙がある以上、あの子の無実は晴れない。
休み時間は十分しかないのに、時間の流れが遅く感じる。それは私だけではないようで、何人かがチラチラと時計を気にしていた。
仮にも貴族なら、不測の事態に対応したらどうなの。
他人の背中に隠れてばかりいるから周りに見下され笑われるのよ。
それともそれが貴方の望んだ王妃の在り方なの。エドガー・リンデロン。
愛を求め、望むだけの王妃に価値はない。
「私じゃないのにぃ…」
この期に及んでまだ否定を続ける。
「かしこまりました」と一言言えば、この場は丸く収まったのに。自分から延長してどうするの。
私は助けないわよ。
大嫌いな謝罪をしない代わりに騒動の元凶だと認めれば、事の追求はしないと言ってくれたのに。
「そうだ!私はエドとずっと一緒にいたのにどうやって貴方なんかの机に入れるんですか。証人は、正真正銘王族のエド……」
「ヘレン!いい加減にしなさい!!」
一度ならず二度の侮辱。
頬をぶつと、じんわりと赤くなり教室が静まり返った。
痛みと驚きで涙は止まり、そっと赤くなった箇所に触れた。
嫌な役目は引き受けると言ってくれたけど、やはり私はシャロンにだけ重荷を背負わせたくない。
居候を叱るのは私の役目。
この国の第一王子であるディルク・リンデロンに対して無礼な物言い。
天使のような顔の下が悪魔だったとしても、ディーは権力を振りかざし咎めたりしない。
「(僕が荒立てたせいでアリーに手を上げさせてしまった)」
ディーが辛そうな目をしていた。私があの子をぶったことに心を痛めてくれている。と、同時に反省しているようでもあった。
人前で問い詰めるのではなかったと。
あの手紙を握り潰して、この一件をなかったことにしたいみたい。
「ディーは私の婚約者である前に王族なのよ?身分を弁えなさいっ!!」
「だってその人が……」
ここまで言ってもわかろうとしない態度に、もう一度手を振り上げると深く目を閉じた。
「アリー。僕のせいでごめん」
ディーが私の手を掴んで止めた。
「ありがとう。僕のために怒ってくれて。ジーナ令嬢。さきも言った通り、謝罪はしなくていい」
護衛騎士のカルは女性に手を上げることはしない。以前、一度だけ腕を捻り上げたことはあったけど、あれにはちゃんとした理由があった。
今回もあるにはあるのだけれど、あからさまな暴力は不評を買うだけ。それがカル自身が受けるものなら躊躇いなくするんだろうけど、ディーの護衛騎士として、振る舞いには充分気を遣っている。
仕えるべき主が誠実なら騎士も従者も誠実。傲慢なら従者も騎士も傲慢な性格になる。
正論が通じるわけでもないから困り果てていた。
「この香水と手紙はこちらで預からせてもらう。もし本当に令嬢の名を語っているのなら大変だからね。真犯人がわかり次第、報告しよう。そんなものがいれば、だけど」
すぐ斜め後ろにいる。
平然としていて焦る様子はない。
バレない自信があるのか、後で告白するつもりなのか。シャロンなら迷惑をかけて黙っておくなんてするわけもなく、きちんと謝罪をするはず。
他クラスの生徒が面白がって見物していたこの茶番劇の完全収拾はほぼ不可能に近く、真犯人は見つからなかった、と言う筋書きになる。
身分が高い者ほど秘密を抱えるものだけど、ディーはそれを受け入れてくれるかしら。こんな騙し陥れるやり方はディーには堪えるかもしれない。
それでも慣れてもらわなければ困る。
私はその卑怯なやり方で殺されたのだから。
時に綺麗事だけでは何も成し遂げられはしない。
ディーの計らいにより外部に漏れることはないとは言え、あの子はとんだ赤っ恥をかかされた。
箝口令も敷かれ、掘り返す者がいない限りこれでこの件はこれで終わり。
「お咎めなしなんてディルク殿下はお優しいのね」
「それはそうよ。アリアナ様が選んだお方なのよ」
ディーの株がまた上がった。
不快にさせられた相手にも情けをかけ、侮辱されたのに罰することなく忠告だけでこの場を収めた。
終わらせてくれたディーに感謝するどころから、恥をかかされたことに不満を持ってた。
※ ※ ※
昼休み、屋上でお弁当を食べながらシャロンは、例の香水のことを教えてくれた。
魅了香。前世では使った記憶はない。あんな物がなくても私を手の平で操れていた。
どこまで汚く卑怯なの。人の心を弄ぶだけでは飽き足らず、壊そうとするなんて。
シャロンが被害を買ってくれたおかげで、確固たる地位を築いていたあの男の信頼まで揺らいできた。
それが目的だったのね。
常識のないあの子との友情を続ければ、憧れは軽蔑に、信用は不信と疑惑に。
昔のあの男ならそのことに気付き、策を講じていたはず。
私と同じで変わってきている。それも悪いほうに。
シャロンは食べる手を止めたかと思えばゆっくりと立ち上がり、ディーに深く頭を下げた。
「ディルク殿下。誠に申し訳ございませんでした」
騒動の元凶は自分であると告白して認めた。
聞こえていたはずなのに、現実逃避をするかのように空を舞う鳥を見つめた。
わかる。わかるよ、その気持ち。
疑問点が残る。まず筆跡。あれは完全にあの子のものだった。手紙代筆の職は下町にいくつかあるけど、あそこまで完璧に真似られるものじゃない。文字にはその人の癖が必ず残る。
次に、どうやって同じものを用意したか。本物の魅了香は陽に当てるとキラキラした物子が浮かぶ。特別な作り方故に、特別な物に仕上がる。
製造方法さえわかっていないのに、偽物とは言え短時間で作れる物かしら。
最大の謎はどうやって香水をディーの元へ届けたか。
シャロンが一人になったのは医務室に手当てをしに行ったとき。それも授業が始まる数分前。
教室にはディーを含めた生徒がいた。誰にも見られずに置くなんてこと、まず絶対にありえない。
詳しいことは今はまだ話せないと言うシャロンの意志を尊重して、これ以上の問いかけはしなかった。
思い通りにならない私よりも先にシャロンをどうにかしたいんだ。
きっと私がシャロンに唆されているとでも勘違いしてるのね。
この先も似たようなことが起きるなら対策を練らないと。
あれだけの騒ぎを起こしておきながら当の本人は謝るどころか、シャロンを敵視している。
授業の途中で戻ってきたシャロンは機嫌が良かった。それが逆に怖い。
鼻歌でも歌いそうな雰囲気。
休み時間になると不機嫌なディーが来た。
今日は特別授業はないから、次に来るのは昼休みのはず。
私に会いに来てくれた……みたいではなさそう。
ディーは一直線にあの子の元に行き、机に手紙と瓶を置いた。
「これは返す。二度と変な真似はしないでくれ」
わからないと言うように首を傾げた。
──あれって香水じゃない。まさかあれをディーに!?
何を考えているのよ。
女性が男性に香水に贈る意味は一つだけ。自分の好みの香りを身に付けて欲しい。
同性同士なら贈り物としては最適。
よりにもよって婚約者のいる男性に贈る代物ではない。
「私は知りません!!」
「手紙には君の名前が書いてあるが?」
「偽造に決まってます!どうして私が貴方なんかに」
聞き捨てならない。今の発言。
私よりも先にカルがあの子に
「今のは殿下に対する侮辱です」
「先に失礼なことを言ったのは向こうよ!?」
カルはディーから手紙を借り、私に見せた。あの子の字か確認して欲しいのね。
子供のような文字。間違いなくあの子の字。
偽造でないことを証明するために、クラス全員が自分の名前を書いて、見比べた。
「アリアナ様の字はいつ見ても美しいわ」
「私もあんな風に書けたらな」
どの字も似ていない。どれだけ崩した字で書いたとしても、完璧に真似られはしない。
世話になっている友人の婚約者に香水を贈った最低な女。
そんなレッテルが貼られた。
香水を陽の光に当てたあの子は何を思ったのか
「あんまりだわ!ボニート令嬢!!私のあげた香水を悪用するなんて!!そんなに私が嫌いなんですか!!?」
嫌っているのは貴女でしょうが。シャロンも貴女なんて大嫌いだけど。
初めからこうなることをわかっていたかのように、シャロンは驚きはしなかった。
その態度から仕組んだのはシャロンだった。それなら庇わなくても、どうにかなりそうね。
何もわかっていない私が下手に口を出して邪魔をするのはよくない。
つい一時間前に助けてくれたシャロンを、別件の犯人扱いする神経がすごかった。
呆れるべきか怒るべきか。誰も正解がわかなくなってきた。
「とんだ言いがかりですね」
「ならこれは!?私があげた物ですよね!?」
「へえー。ジーナ令嬢には香水の違いがわかるんですか。自分で作った物ならともかく、売っている物なのに。余程、香水に精通しているんですね」
「しらばっくれないで」
「貴女から頂いた物は家に置いてます。疑うなら放課後、見に来ますか?証人が必要なので皆さんもご一緒に」
その香水に秘密があるのね?シャロン。
証拠がない上に二度の冤罪。あの子の立場はないに等しい。
「(それはクローンが作った偽物。貴女には本物に見えたでしょうけど)」
あの二人は物をあげるような仲じゃない。あの子の企みを、ディーを巻き込み利用することで阻止した。
貴族が王族を利用するはずがないという思い込みを逆手に取った。
「私は君に謝罪を要求しているわけじゃない。が、もしまた同じことを繰り返すのであれば相応の対処をさせてもらう」
「お言葉ですが兄上。ヘレンは」
「エドガー。今はジーナ令嬢と話をしているんだ。少しの間、黙っていてくれるか?」
「はい……」
いい気味、と思うのは性格が悪いかしら?
早くディーをとめろと催促の視線が飛んでくる。
部外者の私にどうしろと言うの。
先に仕掛けたのは貴方達なのだから、自分達で解決するべきでは。
アカデミーでくらい大人しくしておけば良かったものを。やらかしすぎなのよ、貴女。
毅然と振る舞うディーだけど、予期せぬ事態とは言え女性からプレゼントを贈られたことに動揺していた。
シャロンの罠だとわかっているし私は嫉妬したりしない。
──……まただ。名もない感情が私の中で大きくなっていく。
泣いてこの場を切り抜けようとするあの子に、ディーはいつものように優しく問いかけるわけもなく返答を待つ。
いくらディーが私生児だとしても、第一王子の肩書きは偽りではない。
弟に発言さえ許さないのに、あの子の味方である彼らが口出しすればどうなるか……。
いつでも何処でも泣けるのは最早特技。
反論したところで手紙がある以上、あの子の無実は晴れない。
休み時間は十分しかないのに、時間の流れが遅く感じる。それは私だけではないようで、何人かがチラチラと時計を気にしていた。
仮にも貴族なら、不測の事態に対応したらどうなの。
他人の背中に隠れてばかりいるから周りに見下され笑われるのよ。
それともそれが貴方の望んだ王妃の在り方なの。エドガー・リンデロン。
愛を求め、望むだけの王妃に価値はない。
「私じゃないのにぃ…」
この期に及んでまだ否定を続ける。
「かしこまりました」と一言言えば、この場は丸く収まったのに。自分から延長してどうするの。
私は助けないわよ。
大嫌いな謝罪をしない代わりに騒動の元凶だと認めれば、事の追求はしないと言ってくれたのに。
「そうだ!私はエドとずっと一緒にいたのにどうやって貴方なんかの机に入れるんですか。証人は、正真正銘王族のエド……」
「ヘレン!いい加減にしなさい!!」
一度ならず二度の侮辱。
頬をぶつと、じんわりと赤くなり教室が静まり返った。
痛みと驚きで涙は止まり、そっと赤くなった箇所に触れた。
嫌な役目は引き受けると言ってくれたけど、やはり私はシャロンにだけ重荷を背負わせたくない。
居候を叱るのは私の役目。
この国の第一王子であるディルク・リンデロンに対して無礼な物言い。
天使のような顔の下が悪魔だったとしても、ディーは権力を振りかざし咎めたりしない。
「(僕が荒立てたせいでアリーに手を上げさせてしまった)」
ディーが辛そうな目をしていた。私があの子をぶったことに心を痛めてくれている。と、同時に反省しているようでもあった。
人前で問い詰めるのではなかったと。
あの手紙を握り潰して、この一件をなかったことにしたいみたい。
「ディーは私の婚約者である前に王族なのよ?身分を弁えなさいっ!!」
「だってその人が……」
ここまで言ってもわかろうとしない態度に、もう一度手を振り上げると深く目を閉じた。
「アリー。僕のせいでごめん」
ディーが私の手を掴んで止めた。
「ありがとう。僕のために怒ってくれて。ジーナ令嬢。さきも言った通り、謝罪はしなくていい」
護衛騎士のカルは女性に手を上げることはしない。以前、一度だけ腕を捻り上げたことはあったけど、あれにはちゃんとした理由があった。
今回もあるにはあるのだけれど、あからさまな暴力は不評を買うだけ。それがカル自身が受けるものなら躊躇いなくするんだろうけど、ディーの護衛騎士として、振る舞いには充分気を遣っている。
仕えるべき主が誠実なら騎士も従者も誠実。傲慢なら従者も騎士も傲慢な性格になる。
正論が通じるわけでもないから困り果てていた。
「この香水と手紙はこちらで預からせてもらう。もし本当に令嬢の名を語っているのなら大変だからね。真犯人がわかり次第、報告しよう。そんなものがいれば、だけど」
すぐ斜め後ろにいる。
平然としていて焦る様子はない。
バレない自信があるのか、後で告白するつもりなのか。シャロンなら迷惑をかけて黙っておくなんてするわけもなく、きちんと謝罪をするはず。
他クラスの生徒が面白がって見物していたこの茶番劇の完全収拾はほぼ不可能に近く、真犯人は見つからなかった、と言う筋書きになる。
身分が高い者ほど秘密を抱えるものだけど、ディーはそれを受け入れてくれるかしら。こんな騙し陥れるやり方はディーには堪えるかもしれない。
それでも慣れてもらわなければ困る。
私はその卑怯なやり方で殺されたのだから。
時に綺麗事だけでは何も成し遂げられはしない。
ディーの計らいにより外部に漏れることはないとは言え、あの子はとんだ赤っ恥をかかされた。
箝口令も敷かれ、掘り返す者がいない限りこれでこの件はこれで終わり。
「お咎めなしなんてディルク殿下はお優しいのね」
「それはそうよ。アリアナ様が選んだお方なのよ」
ディーの株がまた上がった。
不快にさせられた相手にも情けをかけ、侮辱されたのに罰することなく忠告だけでこの場を収めた。
終わらせてくれたディーに感謝するどころから、恥をかかされたことに不満を持ってた。
※ ※ ※
昼休み、屋上でお弁当を食べながらシャロンは、例の香水のことを教えてくれた。
魅了香。前世では使った記憶はない。あんな物がなくても私を手の平で操れていた。
どこまで汚く卑怯なの。人の心を弄ぶだけでは飽き足らず、壊そうとするなんて。
シャロンが被害を買ってくれたおかげで、確固たる地位を築いていたあの男の信頼まで揺らいできた。
それが目的だったのね。
常識のないあの子との友情を続ければ、憧れは軽蔑に、信用は不信と疑惑に。
昔のあの男ならそのことに気付き、策を講じていたはず。
私と同じで変わってきている。それも悪いほうに。
シャロンは食べる手を止めたかと思えばゆっくりと立ち上がり、ディーに深く頭を下げた。
「ディルク殿下。誠に申し訳ございませんでした」
騒動の元凶は自分であると告白して認めた。
聞こえていたはずなのに、現実逃避をするかのように空を舞う鳥を見つめた。
わかる。わかるよ、その気持ち。
疑問点が残る。まず筆跡。あれは完全にあの子のものだった。手紙代筆の職は下町にいくつかあるけど、あそこまで完璧に真似られるものじゃない。文字にはその人の癖が必ず残る。
次に、どうやって同じものを用意したか。本物の魅了香は陽に当てるとキラキラした物子が浮かぶ。特別な作り方故に、特別な物に仕上がる。
製造方法さえわかっていないのに、偽物とは言え短時間で作れる物かしら。
最大の謎はどうやって香水をディーの元へ届けたか。
シャロンが一人になったのは医務室に手当てをしに行ったとき。それも授業が始まる数分前。
教室にはディーを含めた生徒がいた。誰にも見られずに置くなんてこと、まず絶対にありえない。
詳しいことは今はまだ話せないと言うシャロンの意志を尊重して、これ以上の問いかけはしなかった。
278
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる