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第一章
変わり、変わらぬ二人【sideなし】
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「エド~。腕が痛いから食べさせて?」
するりと体を寄せながら甘えた声でエドガーに可愛く強請る。「仕方ないな」と言うエドガーも、満更ではない。
鼻の下がやや伸びている。
今でこそ誰も信じないかもしれないが、昔はまだエドガーとヘレンに友情以外の感情はなかった。
アリアナと三人で育む友情。ゆくゆくは国の王となるエドガーは二人を存分に贔屓するつもりだった。それほど固く結ばれた絆、とでも呼ぶのだろうか。
男女の友情が成立しないと実感したのは他ならぬエドガー。
プレゼントを贈ると形式的なお礼を述べるアリアナと純粋に喜ぶヘレン。
幾度となく目にしてきたヘレンを愛くるしいと思い始め、異性として意識してしまった。それに伴いアリアナの幼いながらに完璧な姿に強烈な劣等感を抱いた。
女のくせに出しゃばり、男を立てることもなく知識をひけらかす。
──こんなのが王妃候補でいいのか?
エドガーの疑問と言う名の不満は日に日に膨れ上がっていく。
全てが完全に壊れたのは陛下の国を想う一言。
アリアナの婚約者となった方が王太子となる。
陛下の耳にもアリアナの功績は届き、どちらが王になろうともアリアナなら支えるだけでなく、今よりもっとより良い国を作ってくれると確信を持っていた。
実際は選ぶなんてのは形だけ。会ったこともないディルクが選ばれるわけでもなく、陛下は最初からエドガーを王太子にするつもりだった。
酷なやり方ではあるが指名するよりかは、未来の国母に選ばれたと自覚があればアリアナの隣に立つ者として相応しい振る舞いや言動を身に付けると期待してのこと。
エドガーは陛下の想いや期待、そして切なる願いにも欠片も気付くことはなく、自身のプライドのためアリアナを最大限利用し、最後の最後にゴミのように捨ててやる、と決意した。
アリアナにとって不運だったのは、エドガーの思惑とヘレンの結婚願望が、アリアナを陥れることに直結していたことだ。
「ねぇエド。あの目障りの女、これで排除出来るんだよね?」
「当然だ。お前は私の友人。そしてこの国の国母となるんだ。そんなお前を傷つける奴は俺が必ず死刑にしてやる」
「きゃあー!!エド、カッコ良い」
魅了香がなくても愛らしい容姿と持ち前の明るさ、男を立てる謙虚な態度で入学当初からヘレンを気に入る男は山のようにいた。
アリアナは高嶺の花すぎる。身分だけなら公や候でも釣り合いは取れるものの、完璧な妻の夫となる者もまた完璧でなくてはならない。
日々、努力を怠らないアリアナについていけるような勉強好きはこの国にはいなかった。
もしも、敢えて一人だけ名前を挙げなくてはならないのなら、ディルクなら並んでも申し分ないだろう。
アリアナに恥をかかせないためには努力するしかないのだ。
彼は……私生児だから。
血筋のことでとやかく言ってくる周りを黙らせるには結果を出すしかない。
エドガーの膝の上に乗ったヘレンは首に手を回し、グッと顔を近づけ唇を重ねた。
誰かに見られるかもしれないスリルが二人をより甘美な世界へと誘う。
お互いの息が交わり、その度に控えめな笑顔で見つめ合って。
制服で隠れる胸元に音を立てながらキスをしていくエドガーに、ヘレンはうっとりしていた。
顔良し、地位もあり、自分にだけは優しく、どんなお願いも聞いてくれる。エドガー以上の男など、この世にはいない。
ヘレンの心はすっかりエドガーに虜である。
王妃になるためアリアナを利用する計画を全員で考えたのに、最近のアリアナは思い通りに動いてくれない。
父も兄も昔からアリアナの才能に恐れていた。
女のくせに自分達よりも秀でた才を持ち、早ければアカデミーを卒業する頃にはローズ家の当主になれないのが残念、と周りは口を揃えて笑う。
女であるアリアナを見下す発言ではあるが、実の所、本心でもある。
ローズ家の取り巻きはそのほとんどが下級貴族。下に見られているのはわかりきっているが、常に下手に出て媚びへつらい、機嫌を損ねないように立ち回らなければ潰される。
本音を覆い隠さなければ生きてはいけない。生かされはしない。
だが、アリアナだけは違う。蔑むことなく目線を合わせて話を聞いてくれる。それがどれだけ心強いことか。
ローズ派の貴族が全員不満を募らせているわけでもなく、中には本気で慕う貴族もいる。
恐らく、人間としての根っこが腐りきった者同士、引き付けられているのだろう。
「安心しろヘレン。伯爵令嬢如きすぐに始末してやる。そうすればあの勘違い女も思い出すさ。自分がいかに誰にも必要とされていなかったのかをな」
「もう~エドったら。ここはアカデミーよ?言葉遣いには気を付けなきゃ」
「何も心配することはない。音消しと言う難易度の高い魔法を付与した魔道具があるからな。俺達の声が聞かれることはまずない」
「って、思ってるからバカなんだよな」
遠く離れた、王宮から二人を監視するラジット。
ラジットは障害物を無視してロックオンした人間をどこからでも見ることが出来る目と、数百キロ離れた針の音も聞こえる耳がある。それがラジットの特殊魔法。
家族からは盗み見や盗み聞きにしか使えない低俗な魔法と蔑まれ、プライバシーが守られないことから「変態」や「変質者」などと唾を吐きかけられた。
今ではクロニアの魔力増幅のおかげもあり、見聞きしたものを記録・録音することも可能となった。
音消しの結界もどきで遮断されるほど、ラジットの特殊魔法は弱くない。
「あー。仕事サボってる」
窓の外をぼんやり眺めるラジットの肩をポンと叩く。
ミーナの顔は疲れ果て、ボニート家に戻りたいと言っていた。その仕事故に、疲れは溜まりストレスも発散出来ないまま。
「王宮内にいるなんて珍しい」
「王様に呼ばれたんだよ。で、今は疲れたから休憩中」
「アカデミーは覗き見ダメってシャロン様に言われてなかった?」
「シャロン様じゃなくて、バカを見ているんだ」
「ふーん。何してるの?」
「貧乏令嬢と仲良くしてるよ」
「キッモ」
苦虫を噛み潰したような、それ以上に顔をしかめた。
純潔を守らないどころか、何度も逢瀬を繰り返す二人にミーナは、ゲェっと気持ち悪いものを見るように舌を出した。
こんな場面を誰かに見られても殺してしまえばいいと物騒な対策はしている。本当に殺してしまっても後処理は完璧で、疑われることはまずない。
昼休みも終わる時間が近づいてきて、ラジットも陛下の元へ急ぐ。
もし……もしも、あと一分、二人を監視していれば、もう一つの企みだけは事前に阻止出来ていたのかもしれない。
「もう準備は万端だ。あとは時間が過ぎるのを待てばいい」
「でも大丈夫かなぁ?ああ見えて脆いとこあるし、アリアナ壊れちゃわない?」
「ヘレンは本当に優しいな。慈悲深い。あの冷酷女にも見習わせたいものだ」
「そんなこと言ったら可哀想よ。手に入らない親の、ううん。家族の愛情欲しさに勉強しかしてこなかったんだから」
「ははは!それはそうだ!!侯爵にも兄にも、決して冷酷女に愛情を与えるなと命令したのは俺だがな」
「必死になって哀れなのよ。アリアナったら。笑っちゃうわ」
「この顔に傷をつけた罪は思い。しばらくの間、苦しめばいい」
赤くなった頬に優しく触れ、早く治るようにとキスをした。
元よりアリアナを愛するつもりのなかった侯爵からしてみれば、エドガーの命令はつい踊りたくなるような嬉しさが込み上げてきたに違いない。
カストとハンネスも、アリアナだけは好きにはなれなかった。生まれて間もない赤ん坊のアリアナに嫌悪感を抱くほど。
愛さなくていいのなら家族として接する必要もなく、冷たい態度を取り続けた。そこに罪悪感なんてものはなく、むしろ生まれてきたアリアナが悪いとさえ思っている。
アリアナはローズ家ではあるが家族ではない。
そうやってずっと線を引いてきた。アリアナにも見えるぐらいハッキリと。
だからこそアリアナには家族の愛情をチラつかせていれば、死ぬまで思い通りに操れる。はずだった。
急激に変わり、家族を必要としなくなることはあってはならない。
この策が上手くいけばアリアナの心はエドガーに揺れ動く。その自信と確信がある。
「それよりもエド。魅力香だっけ?あれっていつまで付けてなきゃいけないの?モテるのは悪い気しないけど、ちょっと鬱陶しいのよね。私の彼氏面する男ばっかりで。私の彼氏はエドだけなのに」
「そう不貞腐れるな。連中がヘレンに変な気を起こさないよう保険をかけておかないと」
「エドってほんと頭良い。私だけの王子様はひと味もふた味も違うね」
するりと体を寄せながら甘えた声でエドガーに可愛く強請る。「仕方ないな」と言うエドガーも、満更ではない。
鼻の下がやや伸びている。
今でこそ誰も信じないかもしれないが、昔はまだエドガーとヘレンに友情以外の感情はなかった。
アリアナと三人で育む友情。ゆくゆくは国の王となるエドガーは二人を存分に贔屓するつもりだった。それほど固く結ばれた絆、とでも呼ぶのだろうか。
男女の友情が成立しないと実感したのは他ならぬエドガー。
プレゼントを贈ると形式的なお礼を述べるアリアナと純粋に喜ぶヘレン。
幾度となく目にしてきたヘレンを愛くるしいと思い始め、異性として意識してしまった。それに伴いアリアナの幼いながらに完璧な姿に強烈な劣等感を抱いた。
女のくせに出しゃばり、男を立てることもなく知識をひけらかす。
──こんなのが王妃候補でいいのか?
エドガーの疑問と言う名の不満は日に日に膨れ上がっていく。
全てが完全に壊れたのは陛下の国を想う一言。
アリアナの婚約者となった方が王太子となる。
陛下の耳にもアリアナの功績は届き、どちらが王になろうともアリアナなら支えるだけでなく、今よりもっとより良い国を作ってくれると確信を持っていた。
実際は選ぶなんてのは形だけ。会ったこともないディルクが選ばれるわけでもなく、陛下は最初からエドガーを王太子にするつもりだった。
酷なやり方ではあるが指名するよりかは、未来の国母に選ばれたと自覚があればアリアナの隣に立つ者として相応しい振る舞いや言動を身に付けると期待してのこと。
エドガーは陛下の想いや期待、そして切なる願いにも欠片も気付くことはなく、自身のプライドのためアリアナを最大限利用し、最後の最後にゴミのように捨ててやる、と決意した。
アリアナにとって不運だったのは、エドガーの思惑とヘレンの結婚願望が、アリアナを陥れることに直結していたことだ。
「ねぇエド。あの目障りの女、これで排除出来るんだよね?」
「当然だ。お前は私の友人。そしてこの国の国母となるんだ。そんなお前を傷つける奴は俺が必ず死刑にしてやる」
「きゃあー!!エド、カッコ良い」
魅了香がなくても愛らしい容姿と持ち前の明るさ、男を立てる謙虚な態度で入学当初からヘレンを気に入る男は山のようにいた。
アリアナは高嶺の花すぎる。身分だけなら公や候でも釣り合いは取れるものの、完璧な妻の夫となる者もまた完璧でなくてはならない。
日々、努力を怠らないアリアナについていけるような勉強好きはこの国にはいなかった。
もしも、敢えて一人だけ名前を挙げなくてはならないのなら、ディルクなら並んでも申し分ないだろう。
アリアナに恥をかかせないためには努力するしかないのだ。
彼は……私生児だから。
血筋のことでとやかく言ってくる周りを黙らせるには結果を出すしかない。
エドガーの膝の上に乗ったヘレンは首に手を回し、グッと顔を近づけ唇を重ねた。
誰かに見られるかもしれないスリルが二人をより甘美な世界へと誘う。
お互いの息が交わり、その度に控えめな笑顔で見つめ合って。
制服で隠れる胸元に音を立てながらキスをしていくエドガーに、ヘレンはうっとりしていた。
顔良し、地位もあり、自分にだけは優しく、どんなお願いも聞いてくれる。エドガー以上の男など、この世にはいない。
ヘレンの心はすっかりエドガーに虜である。
王妃になるためアリアナを利用する計画を全員で考えたのに、最近のアリアナは思い通りに動いてくれない。
父も兄も昔からアリアナの才能に恐れていた。
女のくせに自分達よりも秀でた才を持ち、早ければアカデミーを卒業する頃にはローズ家の当主になれないのが残念、と周りは口を揃えて笑う。
女であるアリアナを見下す発言ではあるが、実の所、本心でもある。
ローズ家の取り巻きはそのほとんどが下級貴族。下に見られているのはわかりきっているが、常に下手に出て媚びへつらい、機嫌を損ねないように立ち回らなければ潰される。
本音を覆い隠さなければ生きてはいけない。生かされはしない。
だが、アリアナだけは違う。蔑むことなく目線を合わせて話を聞いてくれる。それがどれだけ心強いことか。
ローズ派の貴族が全員不満を募らせているわけでもなく、中には本気で慕う貴族もいる。
恐らく、人間としての根っこが腐りきった者同士、引き付けられているのだろう。
「安心しろヘレン。伯爵令嬢如きすぐに始末してやる。そうすればあの勘違い女も思い出すさ。自分がいかに誰にも必要とされていなかったのかをな」
「もう~エドったら。ここはアカデミーよ?言葉遣いには気を付けなきゃ」
「何も心配することはない。音消しと言う難易度の高い魔法を付与した魔道具があるからな。俺達の声が聞かれることはまずない」
「って、思ってるからバカなんだよな」
遠く離れた、王宮から二人を監視するラジット。
ラジットは障害物を無視してロックオンした人間をどこからでも見ることが出来る目と、数百キロ離れた針の音も聞こえる耳がある。それがラジットの特殊魔法。
家族からは盗み見や盗み聞きにしか使えない低俗な魔法と蔑まれ、プライバシーが守られないことから「変態」や「変質者」などと唾を吐きかけられた。
今ではクロニアの魔力増幅のおかげもあり、見聞きしたものを記録・録音することも可能となった。
音消しの結界もどきで遮断されるほど、ラジットの特殊魔法は弱くない。
「あー。仕事サボってる」
窓の外をぼんやり眺めるラジットの肩をポンと叩く。
ミーナの顔は疲れ果て、ボニート家に戻りたいと言っていた。その仕事故に、疲れは溜まりストレスも発散出来ないまま。
「王宮内にいるなんて珍しい」
「王様に呼ばれたんだよ。で、今は疲れたから休憩中」
「アカデミーは覗き見ダメってシャロン様に言われてなかった?」
「シャロン様じゃなくて、バカを見ているんだ」
「ふーん。何してるの?」
「貧乏令嬢と仲良くしてるよ」
「キッモ」
苦虫を噛み潰したような、それ以上に顔をしかめた。
純潔を守らないどころか、何度も逢瀬を繰り返す二人にミーナは、ゲェっと気持ち悪いものを見るように舌を出した。
こんな場面を誰かに見られても殺してしまえばいいと物騒な対策はしている。本当に殺してしまっても後処理は完璧で、疑われることはまずない。
昼休みも終わる時間が近づいてきて、ラジットも陛下の元へ急ぐ。
もし……もしも、あと一分、二人を監視していれば、もう一つの企みだけは事前に阻止出来ていたのかもしれない。
「もう準備は万端だ。あとは時間が過ぎるのを待てばいい」
「でも大丈夫かなぁ?ああ見えて脆いとこあるし、アリアナ壊れちゃわない?」
「ヘレンは本当に優しいな。慈悲深い。あの冷酷女にも見習わせたいものだ」
「そんなこと言ったら可哀想よ。手に入らない親の、ううん。家族の愛情欲しさに勉強しかしてこなかったんだから」
「ははは!それはそうだ!!侯爵にも兄にも、決して冷酷女に愛情を与えるなと命令したのは俺だがな」
「必死になって哀れなのよ。アリアナったら。笑っちゃうわ」
「この顔に傷をつけた罪は思い。しばらくの間、苦しめばいい」
赤くなった頬に優しく触れ、早く治るようにとキスをした。
元よりアリアナを愛するつもりのなかった侯爵からしてみれば、エドガーの命令はつい踊りたくなるような嬉しさが込み上げてきたに違いない。
カストとハンネスも、アリアナだけは好きにはなれなかった。生まれて間もない赤ん坊のアリアナに嫌悪感を抱くほど。
愛さなくていいのなら家族として接する必要もなく、冷たい態度を取り続けた。そこに罪悪感なんてものはなく、むしろ生まれてきたアリアナが悪いとさえ思っている。
アリアナはローズ家ではあるが家族ではない。
そうやってずっと線を引いてきた。アリアナにも見えるぐらいハッキリと。
だからこそアリアナには家族の愛情をチラつかせていれば、死ぬまで思い通りに操れる。はずだった。
急激に変わり、家族を必要としなくなることはあってはならない。
この策が上手くいけばアリアナの心はエドガーに揺れ動く。その自信と確信がある。
「それよりもエド。魅力香だっけ?あれっていつまで付けてなきゃいけないの?モテるのは悪い気しないけど、ちょっと鬱陶しいのよね。私の彼氏面する男ばっかりで。私の彼氏はエドだけなのに」
「そう不貞腐れるな。連中がヘレンに変な気を起こさないよう保険をかけておかないと」
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