不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「今は廃屋だらけの故郷の家の地下からは見つかった白骨の正体は」

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 金子さんが、私の家に飛び込んできたのは、夜の七時を過ぎた頃だった。
 その日、たまたま実家の後始末のために、一人で訪れていたのだった。
 この地域は限界集落で、多くが住む人のいない廃屋だった。
 母を亡くして一人住まいだった父が先日、病死し、その遺品整理のために帰郷していた。
 金子さんも同じような目的で、実家を訪れていた。しかし、彼の目的は少し異なっていた。家に住んでいた母親が、亡くなっからすでに五年近くが経っていた。彼は、母親の遺品の中から日記を見つけ、その中の一部の記述が気になって、実家を訪れていたのだった。
 この集落の廃屋は、ほとんどの家が住める状態ではなく、まだましな状態だったわたしの家に、金子さんも泊まっていた。食事の際に、金子さんの母親の日記について聞いていた。彼が気になったのは、日記の次の箇所だった。
「先祖代々の秘密を、白日のもとにさらしてはならない」

 金子さんの実家は特別な家ではない。ただの公務員の家庭だった。資産や貴重な遺品が存在する可能性は、ほとんどなかった。それでも、このような文章が残っている以上、廃屋が朽ち果てる前に、「見せてはならないものを、探してみよう」と決めたわけだった。

 朝から、家の床下まで剥がし捜索していた金子さんが、あわてて飛び込んできたのだ、何かを見つけたに違いなかった。
「一緒に来て欲しい」と言われて、懐中電灯を持って、金子さんの家を訪れることにした。
 金子さんの実家は、まさに朽ち果てる寸前だった。真っ暗闇の中をライト一つを頼りに進むと、最も奥まった部屋のドアに行き着いた。かろうじて形を保っている状態のドアを、無理やり開けると、その中には地下に続く階段があった。
「この階段は」
「この家に育っていながら、地下があるとは知らなかったんだ」
 そこは、半地下の状態だった。長い木の台に、木像のようなもの置かれていた。その他には何も見当たらない。怪訝な表情の私を、部屋の奥に誘い、地面に敷かれた木製の蓋のようなものを持ち上げた。
「あっ、これは」
 そこには、深い穴が掘られていて、人骨のようなものが重なっていた。頭蓋骨が散見できることから、人の骨であることは確かだった。金子さんは、どう対処すればいいか悩んだ。私は、金子さんの判断に任せた。人骨が相当古いものだったからだ。金子さんは、考えた末に、母の遺志を継いで警察に届けることはちやめた。私も他言しないとを金子さんに誓った。ただ、この人骨のことが気になって、歴史的に価値のあるものであれば、公にしようと、金子さんと申し合わせた。

 翌日になると、町の小学校や役場の図書館を、二人で訪ねた。
 そこで見つけたのは、この地方に昔、存在した、山の信仰についての、郷土史家の研究だった。江戸時代、邪宗と呼ばれ数多くの信仰が弾圧された。キリスト教だけでなく、日蓮宗の不受不施派、真言立川流など、他にもたくさんの宗教が悲惨な目にあっていた。それらの中に、町から山に逃れた一派があり、彼らは、山の民に守られ、信仰が密かに続けられた。一説によると、彼らには、生け贄(にえ)を捧げる秘儀が存在したらしい。そして、そこにあった写真には、地下に祀られていた木造が写っていた。金子さんは、この事実を知るとショックを受けていたようだが、やはりあの人骨については、公にするべきものではないと、決断したようだった。
「せめて私たちなりに、祀ってあげましょう」と私が提案した。

 その日の夜、二人で地下まで行くと、骨とともに木像に土を被せ、ローソクに火を灯し、手を合わせた。この場所も、やがて朽ち果てた木材に、覆い尽くされることだろう。
 廃屋を離れ振り返った時、家の周りに、蒼白い炎のようなものが飛び交っているのが見えた。
「人魂?」
 私は、金子さんと顔を見合わせ、しばらく人魂のようなものを見つめていた。
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