不可思議の部屋小物語集

露木阿乱

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「見てはならないもの」

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 田舎のお寺が廃寺になるとの知らせを受けた。高齢だった住職が亡くなり、後継者がいないことも理由だったが、過疎化が一番の原因だった。寺だけでなく、やがてこの村も無くなるかもしれない。私自身、昔は檀家総代の家だったが、その役割を知人に譲り、都会に出て、今は年に一度の帰郷の際に、墓参りがてら寺を訪れるだけだった。廃寺となれば、墓を都会に移すか、墓じまいをしなければならないと考えていた。
 急ぎ帰郷して寺を訪ねた。毎年の墓参の際には気付かなかったか、寺の屋根も中身も今にも朽ち果てそうな状態だった。檀家の仲間たちが集まっていた。みんな顔見知りだ。この村で青春を過ごした幼馴染も、みんな年老いていた。
 檀家の中でも、最も住職と親しかった吉田が、「住職からの遺言がある」と言った。ほかの皆んなは、怪訝な顔つきで聞いていた。こんな貧乏村の貧しい寺の住職に、どんな遺言があるのかと。
「住職の遺言は、ただ一つ。厨子の中身を見ないで、そのまま焼いてくれ」
 厨子とは、大切なものを収める箱のことだ。中には、仏像や仏舎利、仏典などを納める場合が多い。住職は、わざわざ、この中身を見ないで焼却しろと、遺言に残したのだった。吉田は、当然、頼まれた通り焼却すると言った。だが、それに異論を唱えたのは、檀家総代の本間だった。本間は、「秘仏でも、入っているのではないか」と考えているようだった。この村は、林業が栄えた頃には、郡内で一番金持ちの多い村と言われていた。そのころから、寺には秘仏の言い伝えが残されていた。ある山林地主が、山中の巨石の下から、仏像のようなものを見つけ、それを寺に納めた、との言い伝えだった。
 本間は、中身を確認することを、強引に主張した。そして、「住職は、中にある宝を奪い合うことを懸念して、燃やせと命じたのだ」とまで言い出したのだった。結局、本間の主張に負けて、厨子を開けてみることになった。しかし、中には、仏ではなく、動物の骨のようなものが収まっているだけだった。
 みんなで大笑いして、同時に本間を責めた。折角の住職の遺言を無視したのだ。しかし、本間は、絶対、価値のあるものだと言い張った。呆れ果てた、その場の者たちは、本間に厨子の処分を任せることにした。私は、総代である本間に、住職が遺言を託さなかった理由がわかる気がした。
 翌日、田舎から帰ってから、私は高熱のため熱を出し、一週間ほど寝込んでしまった。しばらくして、檀家仲間から電話が入った。彼も同じような病で入院までしたと言う。奇妙なことに、他の仲間たちも、同様だった。あの時の飲食が原因かとすぐに想像した。
「本間は」と聞いた。彼の消息は、あれ以来、耳にしていないそうだった。
 それから、半年後、本間が亡くなったと聞いた。狂い死にしたとの噂もあったが、真相はわからない。私は、不吉なものを感じて、先祖の墓を身近に移そうと考えた。本山に連絡して、近くの寺を紹介してもらった。不思議な縁だった。寺の亡くなった先代が、田舎の住職の親友ということだった。彼は、私の頼みを快く引き受けてくれた。 
 墓の移転が無事、終わり、くつろいでいる時、住職が先代から聞いたという話をし始めた。
「先代は、その厨子の中身について聞いていたようです。中身は、昔、森林地主が殺した魔物の骨との話でした。魔物の正体はわかりませんが、当時、人に害をなす何かが存在したことは確かなようです。人間だったかもしれません。その怨みを恐れて、骨を厨子に納め、供養していたのだと思います」
 その話が本当なら、焼却を頼んだ住職の気持ちがわからなくはなかった。本間は、魔物に祟られたたのかもしれなかった。背筋に悪寒が走った。
 あの厨子はどうなったのだろう。祟りを振り撒いているような気がしてならなかった。
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