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マッサージ機の美人コース
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スーパー銭湯の風呂上がり、湯気の残る休憩スペースで、彼女はいつものようにマッサージ機へ向かった。
背の低い、小太りの、地味なおばさん。
鏡を見るたび、もう若くはないと自覚させられるような自分の姿にも、最近ではだいぶ慣れていた。若い頃みたいにおしゃれをして出かけることも減り、スーパー銭湯で湯につかって、マッサージ機に揺られて、畳の部屋でだらだらするのが、いちばん気楽な楽しみになっていた。
今日も同じだ。
そう思っていた。
マッサージ機の操作パネルを眺めていると、見慣れない表示が目に入った。
美人コース
何よそれ、と少し笑ってしまう。
いかにもふざけた名前だったが、他にすることもない。半分冗談、半分暇つぶしで、そのボタンを押した。
すると、いつもよりずっと強い刺激が背中から腰、肩、脚へとゴリゴリと入り込んできた。
「うわ、強……でも気持ちいい……」
思わず目を閉じる。
風呂上がりの火照った体に、その強めの刺激が妙に心地いい。ほどよい疲れと満腹感、暖かな照明、静かな空気。十五分もすれば、彼女はうとうとと眠りの底へ沈んでいた。
そして、目を覚ました時。
最初に感じたのは、座面の位置が低いことでも、肩が軽いことでもなかった。
足が、長い。
「……え?」
視線を落とす。
細く、すらりと伸びた脚が、見慣れたマッサージ機の足元から先へ伸びている。腕も細い。膝の位置も高い。髪が肩に触れる感触すら、さっきまでと違う。
慌てて立ち上がると、目線が高い。
長身で、華奢で、若い。
鏡を見なくてもわかるほど、体そのものが別物になっていた。
けれど、不思議なことに、周囲の誰も驚かない。
近くを通る人も、受付の店員も、まるで最初から彼女がその若い姿だったかのように自然に目を逸らし、あるいは何気なく視線を向けるだけだ。
「嘘でしょ……」
そう呟いた声さえ、前より澄んでいた。
嘘みたいだった。
でも、夢ではない。
彼女は胸の奥からこみ上げてくる喜びを抑えきれず、小さく笑った。
むしろ笑わずにはいられなかった。
スーパー銭湯のいつものルーティン通り、彼女はそのまま畳の広い休憩室へ向かった。
畳に腰を下ろし、あぐらを組む。
その瞬間、また笑ってしまった。
長い。
とにかく足が長い。
いつもなら、あぐらをかいた自分の脚なんて、どこにでもあるおばさんの脚だった。けれど今は違う。膝の位置も、すねの角度も、畳に投げ出された線そのものが美しい。
落ち着かない。
でも、嬉しい。
「これから、これが私の足……?」
口に出すと、ますます実感がわいてきた。
体操座りをしてみても、やっぱり長い。
ぎゅっと足を抱えると、膝が胸元まで届く形さえ絵になってしまう気がした。彼女は自分の脚を抱えながら、こらえきれずに声を立てて笑った。
「最高……」
人も少ない。
誰もこちらを見ていない。
その安心感に押されて、彼女はつい畳の上で大の字になった。両腕を広げ、長い脚を伸ばし、天井を見上げる。背中いっぱいに畳の感触が広がる。
若い体は、ただ横になるだけでも軽かった。
うっかり、そのまま眠ってしまった。
次に意識が戻った時、優しい声が聞こえた。
「お客様、大丈夫ですか」
目を開けると、男性の店員がしゃがみ込んでいた。迷惑そうな色はなく、むしろ気遣うような柔らかい笑顔を向けている。
「す、すみません……またやっちゃった……」
口ではそう言いながら、彼女の心は妙に冷静だった。
前の体だったら、こんなふうには起こされなかった。
もっと事務的に、もっと面倒そうに声をかけられていたはずだ。
――ああ、そうか。
彼女は内心でほくそ笑む。
美人って、お得ね。
おばさんだった頃には得られなかった反応が、こうもあっさり手に入る。その現実が少し可笑しくて、少し切なくて、でも今はただ嬉しかった。
起き上がった彼女は、そのまま畳に座ってストレッチを始めた。
前屈。開脚。足首を持って、ぐっと体を倒す。
「うわ……体柔らか……」
これもまた前とは違う。
重たく、ぎこちなかった体はどこにもなく、関節は素直に伸び、筋肉はしなやかに動いた。
笑いながら自分の足先に触れた時、彼女は何度目かもわからない幸福を噛みしめていた。
やがて帰る時間が来た。
「さて、そろそろ行くか」
そう言って立ち上がった彼女は、ロッカーの前で少しだけ顔をしかめた。
そこにあるのは、元の自分の体に合わせて選んでいた、実用一辺倒のダサい服だったからだ。
花柄のシャツ。
野暮ったいパンツ。
若い体にはまるで似合わない。
仕方なく袖を通しながら、彼女は鏡の中の自分を見回した。
服はダサいのに、体が違えば、それでもどこか成立してしまっている。
「……明日、若い子の服屋に行ってみようかしら」
鏡の中の自分に向かって、彼女はにやりと笑った。
翌日。
彼女は本当に、若者向けのギャル服店へ足を運んでいた。
派手すぎるかしら。
若作りだと思われるかしら。
そんな不安は、試着室の鏡の前に立った瞬間、吹き飛んだ。
似合う。
びっくりするほど、似合う。
長身で華奢な体に、短めのトップスも、ミニスカートも、厚底ブーツも、軽やかにおさまる。昔の自分なら「無理」と笑って避けていた服が、今はまるでこちらのために作られたみたいだった。
「この格好なら……モテるかしら」
半分冗談で、半分本気で、彼女はそう呟いた。
そして、その勢いのまま公園へ向かった。
ベンチに腰を下ろし、長い足を組む。
少しだけ角度を意識して、上着の位置を整えて、バッグを脇に置く。
若い頃でさえやったことのない、ナンパ待ちなんて真似をしている自分が可笑しかった。
でも、その“案の定”は、思ったより早くやって来た。
「すみません、ひとりですか?」
顔を上げると、若いイケメンが立っていた。
本当に声をかけられた。
それも、冗談みたいに素直な笑顔で。
彼女は心の中で小さく叫びながらも、平静を装った。
バッグを下ろし、上着を脱ぎ、距離を縮める。気づけば自然にハグをしていた。
若い男の体温。
抱き返される感触。
自分が女として、しかも“美人”として受け入れられているという現実。
それがたまらなく甘かった。
やがて彼の部屋に遊びに行くことになった。
そこで彼女は、スーパー銭湯の畳の部屋でこっそり練習していた“甘えるポーズ”を思い出した。
体操座りのまま、ぎゅっと足を抱える。
顔を膝に当て、少しだけ上目遣い。
首をこてんと傾ける。
あの時は、自分でやっていて恥ずかしくて笑いそうになった。
けれど今、目の前には本物のイケメンがいる。
試しにやってみると、彼は少し驚いたあと、すぐに優しい顔になった。
その反応が嬉しくて、彼女はますます大胆になった。
やがて二人はキスをした。
唇が触れ合った瞬間、彼女の頭の中に真っ先によぎったのは、若い娘みたいなときめきではなかった。
まさか、おばちゃんになってから、こんな若いイケメンとキスできるなんてねえ。
その可笑しさと幸福が同時に込み上げてきて、彼女はキスのあと、くすりと笑った。
彼と同じ布団に入り、同じベッドで眠る。
暗い部屋の中、すぐそばで見つめ合う。
男性側の視線の先にいる自分が、こんなにも愛らしく見えるのかと知って、彼女は何度も信じられない気持ちになった。
けれど、幸せが大きくなるほど、ひとつだけ不安も大きくなっていった。
この姿は、ずっと続くのか。
もし、またおばさんに戻ったら。
もし、時間が経って、普通に年を取ったら。
今の彼は、それでも自分を見てくれるのか。
彼女は勇気を振り絞って、そのことを聞いた。
「ねえ……私がおばさんになったら、どうする?」
自分でも少し震える声だった。
けれど彼は、少しも困った顔をしなかった。
当たり前みたいに、穏やかに笑って答えた。
「ずっと好きだと思うよ。その頃には、俺もおっさんだろうけどね」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の胸の奥で、何かがほどけた。
美人になれたこと。
若くなれたこと。
モテること。
憧れていた服が似合うこと。
そんな全部を超えて、いちばん欲しかったものを、たった今もらった気がした。
彼女の顔に、自然と笑顔が広がる。
作った笑顔ではない。
若作りでもない。
媚びでもない。
人生でいちばん素直で、いちばん幸せな笑顔だった。
彼はその顔を見て、つられるように笑う。
彼女はますます嬉しくなって、また笑った。
もう、隠す必要なんてなかった。
たとえ始まりが“美人コース”なんてふざけたボタンだったとしても。
たとえきっかけが、若さや見た目への未練だったとしても。
この瞬間だけは本物だった。
彼女はあたたかい布団の中で、好きな人を見つめながら思う。
――美人てお得。
でも、人生最高って思えたのは、きっとそれだけじゃない。
背の低い、小太りの、地味なおばさん。
鏡を見るたび、もう若くはないと自覚させられるような自分の姿にも、最近ではだいぶ慣れていた。若い頃みたいにおしゃれをして出かけることも減り、スーパー銭湯で湯につかって、マッサージ機に揺られて、畳の部屋でだらだらするのが、いちばん気楽な楽しみになっていた。
今日も同じだ。
そう思っていた。
マッサージ機の操作パネルを眺めていると、見慣れない表示が目に入った。
美人コース
何よそれ、と少し笑ってしまう。
いかにもふざけた名前だったが、他にすることもない。半分冗談、半分暇つぶしで、そのボタンを押した。
すると、いつもよりずっと強い刺激が背中から腰、肩、脚へとゴリゴリと入り込んできた。
「うわ、強……でも気持ちいい……」
思わず目を閉じる。
風呂上がりの火照った体に、その強めの刺激が妙に心地いい。ほどよい疲れと満腹感、暖かな照明、静かな空気。十五分もすれば、彼女はうとうとと眠りの底へ沈んでいた。
そして、目を覚ました時。
最初に感じたのは、座面の位置が低いことでも、肩が軽いことでもなかった。
足が、長い。
「……え?」
視線を落とす。
細く、すらりと伸びた脚が、見慣れたマッサージ機の足元から先へ伸びている。腕も細い。膝の位置も高い。髪が肩に触れる感触すら、さっきまでと違う。
慌てて立ち上がると、目線が高い。
長身で、華奢で、若い。
鏡を見なくてもわかるほど、体そのものが別物になっていた。
けれど、不思議なことに、周囲の誰も驚かない。
近くを通る人も、受付の店員も、まるで最初から彼女がその若い姿だったかのように自然に目を逸らし、あるいは何気なく視線を向けるだけだ。
「嘘でしょ……」
そう呟いた声さえ、前より澄んでいた。
嘘みたいだった。
でも、夢ではない。
彼女は胸の奥からこみ上げてくる喜びを抑えきれず、小さく笑った。
むしろ笑わずにはいられなかった。
スーパー銭湯のいつものルーティン通り、彼女はそのまま畳の広い休憩室へ向かった。
畳に腰を下ろし、あぐらを組む。
その瞬間、また笑ってしまった。
長い。
とにかく足が長い。
いつもなら、あぐらをかいた自分の脚なんて、どこにでもあるおばさんの脚だった。けれど今は違う。膝の位置も、すねの角度も、畳に投げ出された線そのものが美しい。
落ち着かない。
でも、嬉しい。
「これから、これが私の足……?」
口に出すと、ますます実感がわいてきた。
体操座りをしてみても、やっぱり長い。
ぎゅっと足を抱えると、膝が胸元まで届く形さえ絵になってしまう気がした。彼女は自分の脚を抱えながら、こらえきれずに声を立てて笑った。
「最高……」
人も少ない。
誰もこちらを見ていない。
その安心感に押されて、彼女はつい畳の上で大の字になった。両腕を広げ、長い脚を伸ばし、天井を見上げる。背中いっぱいに畳の感触が広がる。
若い体は、ただ横になるだけでも軽かった。
うっかり、そのまま眠ってしまった。
次に意識が戻った時、優しい声が聞こえた。
「お客様、大丈夫ですか」
目を開けると、男性の店員がしゃがみ込んでいた。迷惑そうな色はなく、むしろ気遣うような柔らかい笑顔を向けている。
「す、すみません……またやっちゃった……」
口ではそう言いながら、彼女の心は妙に冷静だった。
前の体だったら、こんなふうには起こされなかった。
もっと事務的に、もっと面倒そうに声をかけられていたはずだ。
――ああ、そうか。
彼女は内心でほくそ笑む。
美人って、お得ね。
おばさんだった頃には得られなかった反応が、こうもあっさり手に入る。その現実が少し可笑しくて、少し切なくて、でも今はただ嬉しかった。
起き上がった彼女は、そのまま畳に座ってストレッチを始めた。
前屈。開脚。足首を持って、ぐっと体を倒す。
「うわ……体柔らか……」
これもまた前とは違う。
重たく、ぎこちなかった体はどこにもなく、関節は素直に伸び、筋肉はしなやかに動いた。
笑いながら自分の足先に触れた時、彼女は何度目かもわからない幸福を噛みしめていた。
やがて帰る時間が来た。
「さて、そろそろ行くか」
そう言って立ち上がった彼女は、ロッカーの前で少しだけ顔をしかめた。
そこにあるのは、元の自分の体に合わせて選んでいた、実用一辺倒のダサい服だったからだ。
花柄のシャツ。
野暮ったいパンツ。
若い体にはまるで似合わない。
仕方なく袖を通しながら、彼女は鏡の中の自分を見回した。
服はダサいのに、体が違えば、それでもどこか成立してしまっている。
「……明日、若い子の服屋に行ってみようかしら」
鏡の中の自分に向かって、彼女はにやりと笑った。
翌日。
彼女は本当に、若者向けのギャル服店へ足を運んでいた。
派手すぎるかしら。
若作りだと思われるかしら。
そんな不安は、試着室の鏡の前に立った瞬間、吹き飛んだ。
似合う。
びっくりするほど、似合う。
長身で華奢な体に、短めのトップスも、ミニスカートも、厚底ブーツも、軽やかにおさまる。昔の自分なら「無理」と笑って避けていた服が、今はまるでこちらのために作られたみたいだった。
「この格好なら……モテるかしら」
半分冗談で、半分本気で、彼女はそう呟いた。
そして、その勢いのまま公園へ向かった。
ベンチに腰を下ろし、長い足を組む。
少しだけ角度を意識して、上着の位置を整えて、バッグを脇に置く。
若い頃でさえやったことのない、ナンパ待ちなんて真似をしている自分が可笑しかった。
でも、その“案の定”は、思ったより早くやって来た。
「すみません、ひとりですか?」
顔を上げると、若いイケメンが立っていた。
本当に声をかけられた。
それも、冗談みたいに素直な笑顔で。
彼女は心の中で小さく叫びながらも、平静を装った。
バッグを下ろし、上着を脱ぎ、距離を縮める。気づけば自然にハグをしていた。
若い男の体温。
抱き返される感触。
自分が女として、しかも“美人”として受け入れられているという現実。
それがたまらなく甘かった。
やがて彼の部屋に遊びに行くことになった。
そこで彼女は、スーパー銭湯の畳の部屋でこっそり練習していた“甘えるポーズ”を思い出した。
体操座りのまま、ぎゅっと足を抱える。
顔を膝に当て、少しだけ上目遣い。
首をこてんと傾ける。
あの時は、自分でやっていて恥ずかしくて笑いそうになった。
けれど今、目の前には本物のイケメンがいる。
試しにやってみると、彼は少し驚いたあと、すぐに優しい顔になった。
その反応が嬉しくて、彼女はますます大胆になった。
やがて二人はキスをした。
唇が触れ合った瞬間、彼女の頭の中に真っ先によぎったのは、若い娘みたいなときめきではなかった。
まさか、おばちゃんになってから、こんな若いイケメンとキスできるなんてねえ。
その可笑しさと幸福が同時に込み上げてきて、彼女はキスのあと、くすりと笑った。
彼と同じ布団に入り、同じベッドで眠る。
暗い部屋の中、すぐそばで見つめ合う。
男性側の視線の先にいる自分が、こんなにも愛らしく見えるのかと知って、彼女は何度も信じられない気持ちになった。
けれど、幸せが大きくなるほど、ひとつだけ不安も大きくなっていった。
この姿は、ずっと続くのか。
もし、またおばさんに戻ったら。
もし、時間が経って、普通に年を取ったら。
今の彼は、それでも自分を見てくれるのか。
彼女は勇気を振り絞って、そのことを聞いた。
「ねえ……私がおばさんになったら、どうする?」
自分でも少し震える声だった。
けれど彼は、少しも困った顔をしなかった。
当たり前みたいに、穏やかに笑って答えた。
「ずっと好きだと思うよ。その頃には、俺もおっさんだろうけどね」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の胸の奥で、何かがほどけた。
美人になれたこと。
若くなれたこと。
モテること。
憧れていた服が似合うこと。
そんな全部を超えて、いちばん欲しかったものを、たった今もらった気がした。
彼女の顔に、自然と笑顔が広がる。
作った笑顔ではない。
若作りでもない。
媚びでもない。
人生でいちばん素直で、いちばん幸せな笑顔だった。
彼はその顔を見て、つられるように笑う。
彼女はますます嬉しくなって、また笑った。
もう、隠す必要なんてなかった。
たとえ始まりが“美人コース”なんてふざけたボタンだったとしても。
たとえきっかけが、若さや見た目への未練だったとしても。
この瞬間だけは本物だった。
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