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第一章

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 「ま、まままま待ちなさーい!」俺も、アルテミスも、村長たちも呆然としている中、最初に声を上げたのはアテナだった。
 「な、何よいきなり! せ、正妻の私を差し置いてここここ、婚約者とか!」
 アテナもパニックになっている。それを見た辺境伯のご息女ことネメシス嬢は
 「あら、わたくしとした事がついつい先走ってしまいましたわ……お許しくださいませ」
 ネメシス嬢は長めのスカートの両端を持ち、丁寧に一礼する。それにつられて
 「あ、こちらこそ」つられてアテナも礼をする。
 「……二人とも落ち着いたかな? さて、どういう事……でしょうか? 辺境伯息女様?」
 「あら、わたくしと貴方の間ですもの、そのような畏まった物言いはよしてくださいな……それより」
 ネメシス……は髪をかき上げ
 「わたくしも名乗ったのですから、せめてお名前を聞かせてくれないかしら?」
 「……アヤカート=オータスだ」
 「うふふ、やっと名乗ってくださいましたね♪」
 ネメシスは俺の元に近付き、顔を近付け……

 ……ちゅ♪

 ……いきなり抱き付き、キスをしてきた。

 「……なっ」突然の不意打ちに俺が呆然とする……

 「な、なにをしてるのよおおおおおおおお!!!!!」
 アテナが怒りの声で、俺とネメシスを引きはがそうとするが……。
 ガッ、っとその行動は先ほどの女騎士に止められた。いつの間に……
 「不敬ですよ、落ち着きなさい」
 「は、離してっ!」だがその身体は背の高い女騎士に抑えられてびくとも動かない。
 「……ネメシス様もネメシス様です。仮にも辺境伯様の息女ともいう方がみだりに接吻など……ほら、皆様戸惑ってらっしゃるじゃないですか」
 自分の仕える主人に不遜な言い方で注意する女騎士。
 「あら、御免なさいな……わたくしとした事が、ついつい初恋の相手に会って舞い上がってしまいまして……」
 「……全く、そのような性格ではないでしょうに……ほら、君も落ち着いたかな? 暴れないというのなら離すが、暴れるのならば立場上君を切らねばならぬ、判ってくれるかな?」
 ……女騎士の諭すような物言いに、抵抗を続けていたアテナも渋々頷き、やっと解放された。
 「……いったい、どういう事……なんでしょうか?」
 「うふふ、それは今からお話いたしますが……衆人の目の前、話し辛い事もあるでしょう……村長様、申し訳ございませんが今宵の宿の方へご案内いただけますでしょうか? ……無論アヤカート様と、こちらのお嬢様も御一緒に」
 ネメシスはそういうと、またふふっと笑った。
 
 ……村長に連れられ、彼女たちの今夜の宿泊所、村の集会場へ案内される。俺やアテナも宿泊準備を手伝っていたが流石に貴族の人間をここに泊まらせるには気が引ける程度の用意しか出来なかったが……
 「思ったよりずっと素敵な場所ですわね♪」ネメシスは演技には見えない態度で内装を褒める。
 「急な訪問にも関わらず、ここまでの用意は大変でしたでしょう? 後日掛かった費用を計上なさいませ。しっかりとお支払いさせていただきますわ」
 村長は滅相もないという感じで平伏している。
 「事前通知の通り、本来ならば辺境伯自らが視察に来なければいけないのでしょうが、知っての通り昨今の国外の不安定な情勢を鑑みると現状首都を離れるのは困難です。その為代理としてわたくし、辺境伯第二息女ネメシスが来ました。ヘレネ、委任状をここに」
 ヘレネと呼ばれた先ほどの女騎士に指示をしつつ、てきぱきと主の目的であろう、フルーツ村の視察の準備を進めるネメシス。俺は政治の事など全く判らないが、見た所年齢にそぐわないほど手腕は見事に見える。三十分程村長と話す間、俺たちは出された料理等を食べる余裕もなく呆然とやり取りを聞き入っていた。

 「さ、お待たせしてしまったわね」
 気が付くと準備段階の話し合いは終わり、村長や護衛の騎士もほとんどが退出し、場にはネメシスとヘレネと呼ばれた女騎士、俺、アテナだけが残った。

 「さ、何から話しましょうか?」
 冷めた紅茶を気にする事もなく飲むネメシス。その優雅な姿に見惚れてしまうが
 「……とりあえず、どうしてこの村に? いや、それは視察の為だろうが……どうして俺の元に来た?」
 「あら、つれない返事ですわ……」
 ネメシスは相変わらず、こちらを値踏みするような目で見てくる。
 「一言でいうと……一目ぼれ、ですわ♪」
 「なっ!」
 立ち上がろうとするアテナを手で制し、
 「……俺と貴方が出会ったのは、スレイの街、運河沿いのアクセサリー屋台の前、だよな?わずか十数分ほど、一言二言言葉を交わしただけの筈だが」
 「ふふっ、その他に素敵な贈り物を下さいましたわ♪」
 そういってヘレネに目配せをする。彼女が用意した宝石箱を開くと、その豪華な箱に似つかわしくない、貝殻と色のついた石で出来たアクセサリーが二つ入っていた。
 「貴方にとってはほんの僅か、半刻にも満たない逢瀬かもですが、わたくしにとってはあの時間は、とても長く、大切な、かけがえもない時間でしたのよ♪」
 「……そこまで貴方の琴線に響くような言葉を交わしたつもりもなかったのだが……あのように浮いた台詞、今時三文芝居でも使われまい?」
 「え? 私はあの台詞、どきっとしちゃったけどなあ」
 アテナが思わず発言した後、すいませんと頭を下げる。ネメシスはそれを微笑みながら
 「うふふ、この様な可愛らしい婚約者様にも言われているじゃないですか。貴方様はもう少し自分のお言葉がどれだけ女心に響くか自覚なされた方がいいですわね♪」
 「そ、そういえばっ!」アテナがまた立ち上がろうとして自制する。
 「遠慮せずに発言してくださいな。貴方にも関係する事柄なのですから」
 「……では言わせていただきますが、先ほどの「婚約者」ってどういう意味ですか?あ、アヤカートには既に私が……」
 「うふふ、敬語もおよしになって下さいな……確かに婚約者、というのは先走り過ぎたと先ほども申し上げましたわ。でも……アテナ様、貴方も成人前で……夫婦としての契りはまだなされていない、違いますか?」
 「そ、それは……そうです……そうだけど……ってどうして私の名前?」
 言ってもいないアテナの名前を言うネメシス。この分だと多分俺の名前も事前に知っていたな?
 「うふふ、まぁ契りはまだみたいですが、既に……下世話な言い方ですが、夫婦としての営みはなされているようですが」
 ……アテナは無論、俺までかっと赤くなる。一体このお嬢様は、どこまで知っているんだ?
 「ネメシス様」
 「ふふっ、冗談が過ぎましたね♪」ヘレネに諭され反省の態度を示すネメシス。
 「随分と優秀で無粋な諜報員がいるみたいだが……改めて聞こう、何が目的だ?」
 「……」
 ……ネメシスはヘレネに一瞥し、呪文を唱えさせる……すると場の空気感が変わり、部屋の中心部に紋章が現れる。これは……俺もアレの時に使った、周りに音を聞こえなくする風系呪文・サイレントのかなりLVが高いものだ。
 「すいませんが、ここからの話は承諾・未承諾に限らず、この場にいる四人以外他言無用とさせて戴きます……宜しいですわね?」
 俺とアテナが了承すると、ネメシスが話し出した。
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