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1章
俺の名前は
しおりを挟む「さて、話は纏まったな」
「いや全然だけど。俺Aクラスなんかに入って反感かったりしねぇ?」
「実力社会だ。その辺は安心していい」
「そんなもの?」
「ここはな。Aクラスにはちょっと厄介だが面白い奴もいる。お前と気が合うだろ」
「俺がAクラスに入る前提なのが怖いよ」
「言ったろ。直感だってな」
「ふーん?」
そんな曖昧なものでよく胸を張れるものだ。
ラゼはそこで、あーと呟いてから、ガシガシと自分の頭を掻いた。何を考えているのか分からず見つめていると、ラゼも俺の顔を見る。
「さて、と…一通り話は終わったことだし、もうひとつ考えないといけないことがある。それが困ってんだよ」
「うん?」
「名前だ、名前」
「…名前?」
「記憶を思い出すまでの名前が必要だろ。いつまでもお前だの言われてもお前も好かんだろ?入学するにしても名前はどの道必要だ」
「それに関しては、なんでもいいけど…」
「俺はこういうのは苦手なんだよ。責任重大だろうが」
確かにずっとお前では駄目だ。
この学園に身を寄せるのであれば尚更必要だろう。
少なくともお前、では絶対駄目だ。
…記憶を失っているにしても、せめて自分の名前ぐらい覚えていたなら良かったのに、それすらも全く分からない。
…どうしたものか。
「…ならスマイルにでもしとくか」
「殺す。喧嘩売ってんのか」
「お前がなんでもいいって言ったんだろうが。自己紹介の時、笑わないのにスマイルで笑いが取れるだろ」
「クソ」
「お前口が悪いんだよ」
お前が言うな。
「だったら真面目に考えろよ!これから記憶思い出すまで名乗ることになんだよ!もしかしたら一生涯になるんだ!」
「はぁ?だったら笑え。起きてからこっちは気を利かせてやってんのにニコリともしやがらねぇ」
「どの辺に気遣いがあったんだよ!お前も胡散臭い笑い方するなら自然に笑え」
「無理だな」
「人の事言えねぇじゃん!」
「言えん!」
言い争いのようになり、ゼェゼェと息切れをしてしまった。返したら返した分、即答で腹立つ返答が返されるのだから、たまったものではない。
それに、すぐに息が切れるのは、寝たきりで体力が落ちている証拠だろう。
こっちはまだ病み上がりだと言うのに、余計な体力を持っていかれた気がする。最悪だ。
どっと疲れが押し寄せてきて、思わずベッドにもたれかかった。ここのベッドは柔らかい。
「……ならどんな名前がいいんだ」
「分からないし」
「なんでもいい。好きな物は?思いつくものを言ってみろ」
そんなことを言われても無理だ。
俺の好きな物が何かと聞かれても、そう思いつくものでもない。
好きな食べ物を言ったら、こいつならそれにしそうだから、下手にも言えない。
大体…
「……俺には、何も無いし」
そう、何も無い。
考えても思い出そうとしても、全て真っ白の霧に阻まれてしまう。
思い出せないから、考えたくないのだ。
これは今後も頭を抱えそうだな。
笑えと言われたが、笑いたくても笑えないのはこれもきっと関係しているのだろう。
「…ああ、それいいな」
考え込むようにこちらを見ていたのに、急に手のひらをポンと叩いたラゼは、ひらめいたとでも言うように声を上げた。
今そんな場面だったか?
シリアスな場面では無かっただろうか?
こういうとき、出来た教師なら寄り添うのが役目では無いのか?
「空っぽで、何も無い。いいじゃねぇか。ゼロなんてどうだ」
「ゼロ?」
「ゼロに何を掛けてもゼロだが、ゼロは何者以外にもなれねぇ。お前らしくて良いだろ」
ラゼは名案だと目を輝かせていた。これ以上ないという程に。
俺はそれを尻目に、小さい声でゼロ、ゼロと、数回声に出して呟いてみた。
まるで自分のことのようには思えないが、その単語は口に出せば舌に残るような感覚がする。
それがいい意味かと問われたら、違和感というか、不思議な感覚だ。かと言って、嫌かと聞かれても、俺もこれ以上は思いつかないとすら思ってしまった。
この時点で俺の名前は決定したようなものである。
「別にずっと使うわけじゃない。記憶が戻るまではゼロでいいと思うがな。気に食わんか?」
「…いや、ゼロでいい。何も無いからゼロ、意味を聞いたらなんかしっくり来るような気がしたし」
実際、何も無いからゼロはピッタリだ。
一般的に聞けば、きっとこの名前はよろしくないのでは無いだろうか。というか駄目なのだろう。
でも何も無いという言葉は、俺自身にもすごく聞き覚えがある気がした。
それに実際今の俺には何も無いのだ。
ならばゼロでいい。ゼロがいい。
「あ?」
「なんだよ。なんでそんな嫌そうな朝顔してんの?」
「するだろうが。お前勘違いすんなよ」
「勘違い?」
ラゼはタバコの匂いが染み付いた袖口を、俺の頭に持っていく。
それを漠然と見つめていると、俺の寝癖がついたボサボサの頭の上に手を置かれた。
疑問に思うのも束の間、気づいた時にはカッと体が熱くなる。体温が上がっている。
置かれた手を通して、頭から足先へ流れてくるのは温かいもので、はっきりと言えるわけではないが、きっとこれが魔法というものでは無いのかと本能的に感じた。
「な、に?」
「ゼロは別に嫌味で名付たわけじゃねぇ」
「……」
「これから見つけていけ、という意味だ」
「見つける?」
「確かにゼロに何を掛けてもゼロだが、言っただろう。ゼロ以外のものにはなれないと。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、腹が立つこと、辛いこと。他人にはどうでも良くても、お前には宝物が沢山この世界には転がってる。感じたことを素直に受け取ればいい」
「……どうしてそう言える?」
「俺がそうだったからな。人生は山あり谷ありだが、そのうち生きててよかったと思える瞬間が必ず来る」
俺に流れ込んでくる温かい気のようなものは、俺の睡魔を加速させる。
意識した時にはすでに頭がぼんやりとして、睡眠を諭されているのだと気づいた時には遅かった。
「何かした?」
「…よく眠れる魔法を少々」
「っ、眠い…」
「今日はもういい。顔色が悪くなってきたからな、寝ろ」
「……まだ、起きていたい」
「焦るな。これから時間は沢山ある。その中で、お前の中にたくさん色んなものを見つけていけ。記憶がなくても、何も持っていなくても、いつかいっぱいになった時、本当の名前を名乗れるようになるだろうよ」
「何を、根拠に…」
「お前は俺を思い出させるんだよ。ゼロ。だからお前にも見つけられるといいな」
意識が無くなるその瞬間、ふと一瞬だけ、懐かしいようなそんな気持ちになった。
酷く泣きそうになったのだけは覚えている。
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