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●本編●

77.一人寂しく待ち惚け、暇をつぶすそのお供は?

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 自室に戻り、寝支度を手伝ってもらうために侍女を呼び出す呼び鈴クロッシュを鳴らして待つこと10分、未だにサイボーグな侍女は姿を見せない。
これは前世の記憶を取り戻す前の過去を振り返ってみても、前代未聞の事態だった。

猫脚の可愛い椅子に座り、揃いの丸テーブルに突っ伏しながら部屋の扉を視界に捉えて、足をプラプラと揺らして侍女が現れるのを今か今かと待ち侘びている。

自室に入る前、領地家令アンタンダンのサミュエルと交わした会話の内容を思い出して侍女が現れない原因を自分なりに推察する。

あの時サミュエルが指摘したように、通路の奥のその先にあるお母様の私室方向から、マダム・サロメなる家政婦ファム・ド・メナージュの熱り立った金切り声が小さく響いてきた。
恐らく未だにお母様の私室の前でサイボーグ侍女とドンパチ、まではいかなくても、舌戦ないし何事かを繰り広げているのだろうと推察される。

 ーー粘り強くごねるのも大概にして欲しい、一度断られたら大人しく引き下がるのが大人、というか人としての最低限のマナーではないのだろうか? あの御婦人は開口一番になんと言っていただろうか、確か『か弱い心臓』とか何とか、言っていなかっただろうか?? 寝言は寝てから言って欲しいわ、全く!!ーー

本当にか弱い心臓だったなら、断られた時点で食らいつくこと無くぺしゃんこに潰れてしまったに違いない。
やっぱりどう考えても脂肪にコーティングされてちょっとやそっとの外的要因ではびくともしない耐久性を兼ね備えた心臓の持ち主だと思えてならない。

けれどこれらはそもそもの話推察とは言えない、殆ど見聞きした事実を述べたに過ぎないからだ。

今日初めて邂逅してしまった我が家の家政婦ファム・ド・メナージュであるマダム・サロメは、独特の甘ったるい芳香を放つ香水を、瓶ごと全部被ったのかと疑えるくらいにドギツい匂いの暴威を振るう御婦人だった。
周囲に胸の悪くなる匂いを撒き散らすことが、公害に等しい迷惑行為であることに気付かずに居られる神経の太さにはある意味で凄いと感心してしまった。
けれど決して尊敬は出来ないし、そうなりたいとも思えない。

その上かの御婦人は性格にも一癖も二癖もあるばかりか難癖までありそうなドギツさだった。
邂逅してすぐ挨拶がなかった段階から不思議に思っていたが、かの御婦人はわたくしを意図的に無視していた。
それだけならまだ『こんな(失礼な)使用人も居たのね』くらいに思えたけれど、ばっちり視線を合わせた状態でこれみよがしに鼻で笑われた日には、いかに温厚(自己申告)な私とてカチンとこずには居られなかった。

転生して初めてこんな失礼な態度をとられたので耐性がなく、簡単に怒り心頭に発してしまい、思わず禁断の貶し言葉(バ●ア、オ●ハン、…等など)を心のなかで何度も使用してしまったほどだ。

出来ればもう二度とは邂逅したくない、家政婦ファム・ド・メナージュといえどそう頻繁に私に会うことは適わないだろうし、今後は上階へと至る階段に注意を払うことを怠らず…、否、目視で確認する前にあの強烈な芳香でその存在が近いことは自ずと知れるはず。
微かに芳香が漂っているならセーフ、十分な距離を保ったまま余裕を持って逃走に移れるはず。
逆に匂いが辺り一面に充満していたらアウト、もう間違いなくそのフロアに居る。
相手が気付いていないなら静かに回れ右をして最短距離で逃走を試みる一択で、気付かれていたら…その場の雰囲気に合わせてよりダメージの少ない流れに身を任せるしか無い。

 ーー逃げたり受け身な選択肢しか無いのが歯痒いなぁ~…。 ちんちくりんの3歳幼女にはこれくらいしか選べる行動が無いなんて…世知辛い! もっと魔法を有効活用して安全に逃走出来たら良いのに!! 魔法について学べるのってどのくらいの時期? 何歳頃から許されるの?? それって早めることって不可能なの??? きっかけは何でも良いから、とにかく早く確実に自分の身の安全を自分で守れる手段を実装したい、切実に!!!ーー

せめて知識だけでも先んじて得られないだろうか。
幸い我が家には話に聞いただけでも広大だと思える図書室があるのだし、魔導書の蔵書もそれなりに収穫が期待できそうなラインナップになっていそうだ。

だってエリファスお兄様があれだけやらかしてしまえるくらいには専門性のある書物が普通に所蔵されているのだから、魔法の基礎が記された書物が無いはずがない。
初歩の初歩でいいから、一度駄目元ででも読んでみたい。
エリファスお兄様みたいに魔導書を読んだだけで魔導具作成、みたいな真似は無理だろうけど、時が来るまで何も知らないまま手探りでやっていくよりは何かしらの実りと進歩がありそうだ。

 ーー今日は…確か雪月ニヴォーズの33日、明日は34日、そして35日が今年最後の日、大晦日だったわよね? あっ!! そういえば、あれはどこに置いたっけ?? メイヴィスお姉様に書いていただいた紙は…今何処???ーー

オーダーメイドのドレスが届くまでこの屋敷の1階にある五等客室【蒲公英ダンドリオン】でメイヴィスお姉様に提案して行っていた暇つぶし作業、と見せかけたあの日の私の大・本命な作業。
この国で使われている文字やなんかを練習したい、というちょっと建前な理由をそのまま素直に受け取って、親切心から懇切丁寧に練習用の手本を作成して下さったメイヴィスお姉様には、控えめに言って最高まで好感度爆上がりました、プラス多大な感謝しかない。

ダラリと脱力して突っ伏していたテーブルから両腕を突っ張って上体を起こし、キョロキョロと3歳幼女には広すぎる私室内の目ぼしい場所を中心に見渡す。
メリッサが用意してくれた紙は使用済/未使用に関係なく、全て回収してこの部屋へと持ち帰った。
その記憶はしっかりとある、なのにそれを置いた場所が一向に思い出せない。

抗いようのない強烈な睡魔に襲われていたのが悪い、それしか理由がないのもわかりきってはいるが、しかしそれでも前後不覚になってしまうなんて、精神年齢16歳でもある今の私には到底受け入れ難い現実だった。

前世ではどんなに眠くても、前世の両親に『やれ』と言われたことはやり切るまで眠らずにいられた。
脳は眠気を感じていても、精神こころが眠気を真っ向から否定して、眠くないと思いこむことで起き続けられた。
精神力の強さといえば聞こえはいいが、その原動力が脅されていたからだと考えると…遣る瀬ない。

あの頃容易にできていたことが今はできない現実に歯痒さは感じるけれど、悪い状況だとは思えないのも否定しようのない事実だ。
どちらが自分にとって幸福な状況下かなんて、悩むまでもない。

何一つ理不尽に押し付けられることのない現在いまが幸せで、幸せ過ぎて、すぐに粉々になって壊れてしまうのではないかと漠然とした不安が付き纏ってしまう。
今幸せであることが、未来でより不幸になるための、甘美な芳香で惑わせて巧に仕組まれた罠へ誘うしるべのように思えて仕方がない。
何処までも疑り深くて、精神的に弱すぎる自分が情けない。

気弱になりかけている自分に気付き、ハッとしてからは首をブンブン振って、弱気な考えを頭から追い払う。
誰かといるときにネガティブになるのも問題だけれど、独りきりのときにネガティブな思考に囚われるのが1番厄介で避けるべき状況なのは深く考えるまでもない。

気弱になったり不安に陥ったりする入り口は、未だにそこかしこにぽっかりと大口を開けてごろごろと点在している。
家族、特に親に対する恐怖心を克服しても、次から次へとすぐに、不安になる要素が控えている始末なのだ。

もっと精神的に強くならないといけない、でないとなにかの拍子にできたちょっとした心の隙を突こうとして、直ぐにでも心に潜む昏い感情が勢いを増して引きずり込もうと騒ぎ出してしまう。

今はまだ前世で好きだった歌で心を落ち着けられて対処できているけれど、それもいつまで効果が持続するかわらないし、正確に歌を記憶しておける期間も定かでない。
だからこそ、仲良くなったメイヴィスお姉様が歌うことに関して素人ではなかったこの偶然を生かさない手はない、と意気込んでいたというのに…。
今回の滞在期間ではメイヴィスお姉様に歌って頂いて録音する、という暇が持てなかったのが凄くイタイ。
結果は未遂にもならず、提案すらできていない状況のままだ。

再び屋敷に招きたかったけれど、お姉様の家庭環境を聞いたあとではそれも難しいと悟る。
せめて別々の屋敷に別れて住めていれば誤魔化しようもあったかもしれないが、一つ屋根の下に親戚一同がまとまって暮らしているとなると、誤魔化しようがない。
しかし30人が1つの屋敷に暮らすなんて…前世でも聞いた覚えのない驚きの状況だった。
そんな逃れようのない共同の生活環境下で、歳の近い従兄弟たちからの嫉妬と羨望の綯い交ぜになった視線を浴び続けるのは、精神的にかなりクルだろう。
子供でなくてもキツイ、寧ろ大人だったらもっとヤバさのハードルが上がってしまうだろう。

だからと提案した逆訪問、アグネーゼ男爵家の家業を見たいという社会見学を表の理由にした訪問案、これがアグネーゼ男爵に許可されれば後はこっちの問題をクリアすれば良くなる。
問題とは勿論、過保護な家族への説得だ。
何とかしてお父様はじめ、家族からの同意をもぎ取る事に終止するのみ。
家族の同意を得るのが至難の業…に昨日までは思えていたが、我が家の真の支配者はお母様であるようなので、ここから陥落させて行けば何とかなるのではないか、というのが今の私の率直な見解なのだった。

丁度良いことに、今日はお母様と一緒に寝る…ではなく、体調の急変がないか見守るという大役を仰せつかった、このチャンスを有効活用しない手はない。

寝るまでの間の雑談で、何とかアグネーゼ男爵家へ是非とも訪問したい、という私の熱意溢れる意向をお母様にプレゼンテーションしなければならない。
ボッチ生活年齢イコールだったコミュ障な私には、なかなかに高ハードルなミッションではあるけれど、必ず成功させて見せる。
やらない後悔より、やって後悔するのだと決めたのだし、当たって砕けるつもりの捨て身で臨めば、何かしらの突破口が開けるかもしれない。

その為にも、メイヴィスお姉様に書いていただいたあの紙束が必要不可欠な必須小物アイテムになってくるのだ。
見回すだけでは埒が明かない、そう判断して、腰掛けていた猫脚椅子からぴょんっと勢い良く飛び降りて、バランスを崩すことなく華麗に毛足の長い絨毯に着地、して終われたかに思えたがーー。

「そのように飛び降りるなど、お止めください。 はしたのうございますよ、ライリエルお嬢様。」

「?! メ、リッサぁ~? やっと来たの、ね、えぇっ!? ふぎゃん!!」

抑揚を欠いた平坦な声でいつものように注意されたのは、ぴょんと飛び降りた私の足が床に敷かれた絨毯に付く前のこと。
短い滞空時間の中で、声につられて顔を勢い良く上に動かしてしまったのが運の尽き。
たったそれだけの動作で、幼女のアンバランスな均衡は崩れ去り、安定を失った身体は華麗な着地を決めること叶わず、何度目かわからない不格好な姿勢で顔面から滑り込んで全身で着地する、という最近見慣れた一連の動作をやり遂げたのだった。

べしゃり…。

そんな効果音がピッタリな転倒具合に、短く嘆息してから、この見事な転倒の原因となった侍女は足音を伴わずに少女へとサッサか歩み寄り、片腕を少女の腰に巻き付けてから、何の声掛けもせずに勢い良く引っ張り上げて、ぶらりと垂れ下がった少女の体を腕に引っ掛けて持ったまま、サッサか部屋を横切って問答無用で浴室へと連行して行った。

見慣れた浴室にはもうもうと湯気が立ち込めていて、何故かなみなみと湯のはられたバスタブが鎮座していた。

「え…? いつの間に、お湯を張ったの? っちょっと待って、メリッサ、貴方いつから部屋に居たの?!」

今までの経験則から導き出された、最悪の可能性に思い至る。
転生した事実を知ってからこっち、見られたくない場面を何度この侍女に目撃されていたことだろうか…!
もしかしたら今回も、例外なくそのパターンに当てはめられてしまうのではなかろうか。

 ーー今回は姿勢悪くテーブルに突っ伏してもの思いに耽っていただけ、……の、はず………よね? その最中にまさか知らず知らずのうちに、百面相なんてしちゃったりなんか、してないもの!! ……うん、………うん? いやいや、ないないない!! 絶ッッ体に、それだけはしていないわ!!!ーー

気合を込めて全力で否定するも、安易な楽観は命取り、少しの傷が致命傷へと成り果ててしまう結果に直結するので、この侍女が関わっている場合は絶対にしてはダメなのだ。
どんな時にも最悪を想定しておかないと、手痛いしっぺ返しを喰らわされる。
主に精神がゴーリゴリ摩耗して、スッカスカに細まって、擦り切れそうになってしまうのだ。

ゴクリ…、と喉を鳴らして侍女からの返答を待つ。

「ライリエルお嬢様がお食事をとられている間に準備しておりました。 部屋には先程、ちょうどお嬢様が椅子から飛び降りられた辺りで入室致しました。 なのでお嬢様が懸念しているような事実はございません。 頃合いをはかってお声掛けしたのではないとだけ、申し上げておきます。」

しら~っとした白い目で見て、淡々と種明かしをする侍女の言葉を、そのまま鵜呑みにしていいか判断に迷う。
どうせ頭の中でグルグル考えていても答えは出ない、しかもサイボーグなくせにサトリな侍女には私の抱える葛藤の全ては容易に筒抜けているのだから、隠し立てする意味がない。
もうここは素直に思ったままの疑問をストレートに投げてぶつけるしか安心できる手は無い。

「冷静に心を読まないでちょうだい?! 今言ったことが本当に真実ほんとう?? どっかから私の動向を観察していたのではなくって!?」

「そのような無駄な行動、私がする意味があるとでも? ありもしない疑惑に目を向けるのはそれくらいになさいませ。 奥様が首を長くしてお待ちですので、急ぎ寝支度を致しますからね。 これ以降は余計なことを考えず、大人しくなさっていて下さいまし。」

慣れた手付きで衣服を剥ぎ取られ、物の数秒で浴槽に放り込まれた。
部屋の中は常に快適な温度に保たれていて、冬の寒さなど微塵も感じられなかったのに、少し熱めのお湯に全身を浸すと、体の芯が温められて、そこが冷えていたことを実感する。

はふぅ~~…、と湯の温かさに溶かされた声で満足の吐息を漏らし、完全にリラックスした状態になる。
ポカポカと温められる私の横で、回収した衣服を種類ごとにテキパキ分けているメリッサの姿をチラ見する。

 ーー大人しくしていろ、とは言われたけど、話しかけちゃダメ、とまでは言われていないもの…ね?ーー

少し考えてから、やっぱり聞いてみよう、と勇気を出して忙しなく動き続ける侍女に声をかける。

「ねぇメリッサ? どうして私の部屋に来るまでに、こんなに時間がかかったの? メリッサはお母様の部屋に居たのよね、何か問題でもあったの?」

お母様の部屋を襲撃した災厄が何であったかは勿論知っていたが、敢えて知らない振りをして聞いてみた。
マダム・サロメと邂逅した事実を知られたくなかったわけではないが、何故かこの時は会った事実を口に出したくなかった。

「問題と言えば…確かに問題ではありましたが、大したことではございません。 ただ予定外の訪問者に無礼な態度で奥様への面会を求められ、この上なく面倒な対応を迫られて、徒に時間を無駄にしただけでございます。」

 ーーTHE・辛辣!! 声は平坦なのに、ちょっと負の感情が漏れ出てる!! 無感情が売り(?)のメリッサをほんの少しだけでも感情的にするなんて、マダム・サロメの厄介さ、恐るべし!! やっぱ二度と会いたくないわね、あの御婦人には。ーー

悪質なクレーマーかそれ以上だと予想されるマダム・サロメの口撃を、それでも問題ない、と言ってしまえるメリッサが頼もしすぎる。
今日初めて知ったメリッサの格好良さに、思いがけずキュンッとときめいてしまった。

 ーーなんだかメリッサが武士に見える…!? 寡黙で無表情、感情の起伏も乏しいけれど、与えられた職務は確実に遂行する堅実さ。 そんなの、そんなのって…、惚れてまうやろぉ~~~っ!!!ーー

私の醸したピンク色の妄執の気配を敏感に察知したサトリ侍女が、冷ややかな視線を寄越してきた。
視線よりも一層冷ややかな言葉が紡がれる前に、無理くり会話の継続をはかる。

「そんな厄介な人物がこの屋敷に居るなんて、知らなかったわ! なんて名前の方なのかしら、今後接触を回避するためにも、是非ともその方の名前と何をしている人物なのかを教えてちょうだいな!!」

「…お嬢様が知る必要のない人物、と申し上げられない上級使用人の1人なのですが……、特徴が有りすぎて何を取り上げてお伝えすべきか判断に窮します。 そうですね、まず間違いなく異臭を感じたなら、その人物が近くに居ると思っていただいて良いでしょうね。 甘すぎる、癖の強い香水を常用しているので、きっとすぐにお解りになるでしょう。 匂いを感じたならお逃げ下さい。 サロメ・デュポン、公爵家ここではマダム・サロメと呼ばれているこの人物はお嬢様にとって味方とはなりえない人物ですから。」

言葉を選びながらも、真面目に答えてくれる。
洗濯物の仕分けを終えたメリッサは、今度は浴槽に浸かる私を洗いにかかる。
髪からとりかかり、全身をくまなく洗いながら、マダム・サロメについて必要と思われる情報を教えてくれる。
やはりあの人物を語る上で、あの香水の匂いが1番の特徴と言えるらしい。
確かに顔がわからなくても、この情報を知っていれば嗅ぎ慣れない匂いを放つ人物が居たなら、すぐにその人物がマダム・サロメだとわかる。

「サロメ・デュポン…、と言うのね、その方は。 味方とはならない人…、わかったわ、私、その方の放つ特徴的な芳香を嗅いだらすぐ、一目散に逃げ果せるわね! だからもし、その時に走ってしまっても、怒らないでちょうだいね?」

「…お約束は致しかねますが、その時々の状況を鑑みて適宜判断させて頂きます。 さぁ、終わりましたよ。 余り長湯されますと、のぼせてしまいましょうから、おいでくださいまし。」

いつも通り全身ツルピカァ~~に磨き上げられ、早く出るよう急かされる。
確かに少し長く浸かりすぎたかもしれない、立ち上がった拍子に少しクラリと立ち眩んだ。
ポカポカを通り越して、今は全身ボカボカに茹だってしまった。

ふ~らふぅ~~ら、と揺らいでいると、有能は侍女はどこから持ってきたのか、キンと冷えた飲み物をサッと差し出して、ストローを咥えさせてもくれた。

ちゅーーーーっ、と一度にできるだけたくさん吸い上げて、口の中を冷たい液体で満たし、ごくんと一息に飲み込む。
喉からスーーーッと冷たさが降りて行って、茹だった心地が幾分か落ち着いた。

「ありがとう、メリッサ。 少し火照りが引いた気がするぅ~~。」

ストローから口を離すと、捧げ持っていたコップをリネンを収納するための棚の上へと置き、フッカフカのバスタオルで包まれ、丁寧に拭かれる。

「それは良うございました。 少し話しすぎてしまいましたね、申し訳ございません。」

「しつこく聞いたのは私だもの、謝らないで! それより、ちゃんと教えてくれてありがとう!! それに飲み物も!!」

身体が拭き終わり、今度は髪をわしゃわしゃと拭かれる。
滴り落ちる余計な水分が拭えたと判断した段階で夜着を着付けられ、浴室から連れ出される。
勿論今度は腕にぶら下げられてはいない、先導されているがちゃんと自分の足で歩いている。

 ーー至れり尽くせりって、きっとこういう事を云うのね! 何だか王様にでもなったような良い気分♪ でもこういうのは偶に味わうから楽しく思えるのでしょうねぇ~♪ーー

導かれて座らされた鏡台の前の椅子に深く腰掛けて、足をぶらつかせて良い気分の余韻に浸る。

「ライリエルお嬢様、足をその様にぶらつかせるのはお止し下さい、はしたのうございます。」

「…ふふっ、メリッサは私を叱る時、いつも同じ言葉を使うわね! 次にどんな言葉がくるか、分かってきてしまったわ!!」

クスクスッ、と笑いが自然と溢れてしまう。
相手の口癖や言葉のチョイスのパターンが読めるほど、頻繁に言葉を交わせる相手なんて当たり前だけど前世では一人も居なかったから、無性に嬉しい。

「左様でございますか。 ですがそれの何がそんなに喜ばしいのですか?」

「うふふっ、ナイショよ♡ それよりもさっきの話に出てきたマダム・サロメ! よくメリッサ1人で追い返せたわね?」

前世の記憶を思い出したことは、きっとずっと誰にも言えない、だからこうやって誤魔化すことしかできない自分が少し悲しい。
少し沈んでしまった気分を払拭するように、気持ち明るめな声音を心がけて話の主体を戻す。

「途中までは私1人で対応しておりましたが、何処で騒ぎを聞きつけたのか、サミュエル様がいらしてくださり、あっさりとごねるマダム・サロメを回収して下さいました。 なので私は何も。 奥様にマダム・サロメを近づけることなく、穏便に事なきを得られたのは、ひとえにサミュエル様の手腕によるものです。」

「サミュエルが…? そぅ……、そうだったのね。 でもメリッサが何もしていないなんて、そんなことないわ! だってメリッサがちゃんと引き止めていなかったら、そのマダム・サロメは強引にでもお母様に面会してしまったかもしれないもの!! お母様のために、嫌な思いを我慢して対応してくれてありがとう!!」

メリッサが、サミュエルが、お母様の為を思って行動してくれたその事実が素直に嬉しい。
湯あたりとは違う優しい温かさで胸がポカポカと温まっていく。
その心地よい熱で、沈んでしまった気持ちが浮き上がり、ぱっと明るく晴れ渡った。
晴れやかな気持ちで、自然と浮かべられた笑顔と共に心からの感謝を鏡越しに見たメリッサへと告げる。

明日アンジェロン子爵領へ向けて出立するサミュエルにも、同じ様に『ありがとう』と伝えたい。
幸いそのサミュエルからは、出立の前の数分間、騎士の立ち会いのもと、といういくつかの条件付きでアンジェロン子爵令息への面会を許可してもらえた。
それが終わったあとにでも、ちょちょ~っと伝えれられると良いなぁ、と考えながら、私の髪を優しく丁寧に梳かしてくれる侍女の手の動きを、その単調な繰り返しの動作が終わるまでの間ずっと、ぼんやりと見詰め続けていた。
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