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●本編●

83.一言物申す!④ 〜箱馬車にも色々ある〜

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蒼鷹ロルドル・ドゥ・ロトゥー士団ルデパロンブ】、と云うだけあって、騎士たちがその身に纏う騎士服はアオタカ、つまりオオタカの体躯の色を彷彿とさせる、薄縹うすはなだ色を主色に据えて実用性を重視したデザインとなっている。
詰め襟部分や前身頃の合わせ、袖口の折返し部分は配色を黒に替え、縁取りは銀糸、釦と金具類は銀を使用している。

一見してすぐにわかる派手さはないものの、生地にもさり気なく銀糸が織り込まれていて、動きに合わせてキラキラと煌めくのが美しい。

派手な配色で派手な装飾バリバリの、貴族お抱えの騎士団丸出しな豪華絢爛綺羅びやか~な物より、よっぽど素直に綺麗だと称賛できる騎士服だと思った。

職位が上がる毎に装飾が増えていくのは仕方ないとして、それ以外の実用性を欠いた不必要且つ過度な装飾が無い事が、わたくし的にはシンプルで凄く良い。

そして何と言っても最高なのが、鍛え抜かれた体躯の線がくっきりはっきり服の上からでも見てわかる点だった。

ミルコさんなんかはもう、無理やりに押し込んでいるとしか思えない着こなし具合だ。
いたるところがはち切れんばかり、窮屈そうに引っ張られて見えて、一回り小さなサイズの服をこれでもかと無理くり引っ張って身体にギッチギチと巻き付けているようにしか見えない。

ちょっと打ち解けられた気安さで、気になったそのままズバリ、苦しくないのかどうかを率直に本人に聞いてみた。
軽く問いかけたおかげか、はたまたミルコさんの細かいことを毛の先程も気にしない生来の人柄によるおかげか、とくに変な空気になることもなく普通に答えてもらえた。

作業の合間に、途切れ途切れ寄越される質問の答えとなる言葉たちを集約して、要約すると、素直に納得する他ない成る程な理由だった。

彼等がここ、フォコンペレーラ公爵家に転がり…、雇い入れられたのは忘れがちだけれど、ほんのつい先月のこと。
追加で雇用された騎士達全員分、採寸して制作に取り掛かったのは雇い入れられる半月前、急ピッチで制作は進められているらしいのだけど、特殊な製法が用いられる箇所があるらしく、年が明けて暫くの間は仕上がって来ないそうだ。

だから当然、彼ら各々の体格に合わせた騎士服があるはずもなく、つまりは既存の騎士達の万が一を見越した予備として備えてあった騎士服を選んで着るしかないわけで、それにより貸す方と貸される方の双方が渋々にででも何とか折り合いをつけて、体格が似通った者の予備を選んだ結果が、今の窮屈そうな現状を招いたのだそうだ。

 ーーうん…、体格だけじゃなくて、身体の厚さも考慮しないと駄目だったわよね。 こればっかりは…、もう、ミルコさんの判断ミスとしか言いようがない、かな…?ーー

何ともコメントし難い痛恨の凡ミスが原因だったと知り、ここは必殺★ノーコメントを決め込むために、曖昧な微笑みを湛えて黙りこくることを決断した。
そんな私の呆れを感じさせる態度を見て、騎士服に関しては未だ溜飲の下がっていないミルコさんが怒りにまかせた言い訳を言い募ってきた。

「や、違うんだって! これはマジでオレだけが悪いんじゃねーのっ!! アイツだよアイツっ!! オレと同じ体格だって、自信満々に名乗り出やがったアイツのせいだって!! どぉーー見てもオレの方が鍛え抜かれた身体だってぇーのに、一歩も譲ろうとしねぇあのヤローが悪いんだってぇ!!!」

『アイツ』と連呼するだけで、一向に相手の名前が出てこない。
言いたくないのか、ただ単に名前を知らないのか、この場では判断が難しかった。
どうやって相槌を打とうか考え倦ねいていると、別方向から冷たすぎる合いの手が挟み込まれた。

「や、どっちもどっちでバカ丸出しですよね? 試しに着てみれば良かっただけの話じゃないですか、売り言葉に買い言葉、で相手から奪うように受け取るその前に。」

「んなっこと、悠長にしてられっか!! あんなヤローとはあれ以上、言葉も交わしたくねぇーーってぇーーのっ!!!」

「だから、受け取らないって選択肢を何で放棄するのか理解できない、って言ってるんですけど?」

「うるっせぇーーやいっ!! んな逃げるような事、何でオレがしてやらなきゃなんねーのよ?! っつーかよぉ、おめーは当事者じゃねぇーから、んな冷静でいられるんだっつーーの!!」

あー言えばこー言う。
打てば途端に響き返す、その小気味よさに1種の感動を覚えながら、余計な茶々とならぬよう注意して、口を噤んで見守ることに終始した。

「っは、ホント馬鹿みたいな理屈で、聞いてるこっちの頭がおかしくなりそうなんですけど? 同じ筋肉バカ同士でも分かりあえないことってあるんですね。 あぁ、同族嫌悪ってやつか、納得。 そんな話はどーでも良いんですけど、そこ、退いてもらえません? 邪魔なんです、凄く。」

一際辛辣に言い放ってから、ここへ来た目的を果たすために上司に対しては限りなく不遜な態度で願い出る。

「ん? あぁ、邪魔してたんか、悪ぃ悪い! ってぇーかよぉ、あんなんと一緒くたにすんじゃねぇーーよっ!! 気分わりぃなんてもんじゃねぇっ!! ムカッ腹たち過ぎて吐き気がするぜぇ!!」

「それはそれは、ご愁傷様。 取り敢えず、吐くなら向こう向いて下さいね。 曲がり間違っても、俺に被害が及ばないようにしてくださいよ。」

45歳と30歳の絶妙且つ奇妙に息の合った会話は、その後もしばらくの間続きに続いた。
『口を動かす暇があったら、手ぇ動かせぇっ!!』とか言われてしまうのでは?と思いきや、そんなセリフが必要ない程、この2人は手どころか足さえもきびきびと動かして、自分に割り振られた作業を難なくこなしながら言い合っていたのだ。

何度目かになる運搬の末、本日と明日で必要となる物資を準備し終えたは良いが、肝心の積み込み先である馬車が未到着だった。

 ーーでも待って、これだけ膨大な量の荷物を積み込める馬車って、1つが一体どれだけ規格外な大きさなの? 何台かに分けるにしたって、10台でも足りないんじゃないかしら??ーー

このうず高く積み上げられた木箱の群れを眺めたなら、私でなくとも同じように心配になるはずだ。
騎士達が力を合わせて運び終えた荷物は、70cm四方そこそこの木箱に納められており、見える範囲だけでも箱数が30箱はある。

仮にこの荷物全ての中身が何かしらの消耗品だったとしても、およそこの人数では消費しきれない量がある。
ざっと軽く見積もって、2週間分くらいの旅程がまかなえそうな量だった。


 サミュエルが云うには馬車の到着に遅れはなく、騎士たちの頑張りのお陰で馬車の到着予定とした時刻まで10分程度余裕を残して準備を終えられた、とのことだった。

ちなみに余談だが、子豚さんの出発準備は遅れに遅れているそう。
せっついても脅しつけても、一向に非協力的な姿勢を崩さない彼の令息に、自力で諸々の支度を終わらせることは不可能であると早々に見切りをつけて、牢番として詰めていた騎士たちに身支度を(強制的に)終えるよう指示して、文句を垂れる令息がキーキー騒ぎ立てる喧しい牢を後にしてきた、との事だった。

事情を説明し終えたサミュエルに、平身低頭して(コレは演技少なめに見えた)謝罪された。
サミュエルが悪いわけではないので、謝罪は必要ないと笑って伝え、子豚さんの到着を気長に待つことにする。
ぶっつけ本番、出たとこ勝負、なその場の流れ任せで話をするつもりが、面会が行われるまでに予想を上回る時間的余裕ができてしまった。

 ーーうん、予想通りといえば、予想通りな展開だわ。 犯罪者予備軍に絶賛片足を突っ込んでいるあの令息が、素直にこちらの指示に従うはずないものねぇ。 1週間ばか拘禁されたくらいで矯正されるヤワな性根なら、苦労しないってものよね! ホント、どうやって話を切り出して、どの程度まで持っていこうか、悩ましいわ…。ーー

メリッサが何処からか(ホント何処から?)持ってきてくれた簡易的な折りたたみの椅子に腰掛けて、急に出来てしまった時間を持て余しながら何をどこまでどの程度で話そうかなぁ~、と頭を捻って考える。

私が考え事のついでに、ぼんやりと見るともなしに見ていた騎士たちの動きも停滞しだした。
2回目の個数確認を終えて、これ以上時間潰しにできる事がなくなったところで、自然と集合した騎士達が思い思いの場所に腰を下ろし、ついにはだべり始めた。

取り留めもなく話題を自由気ままに変えながら、楽しげに話していた騎士たちの間から突如として気になる1言が元気一杯に飛び出した。

「でも意外だったなぁ~!」

本人的には十分に声を潜めて呟いたつもりの言葉は、結果から云えばまったく潜められていなかった、というのが悲しい実情で。

耳聡くなくても反応できてしまう今回の呟きに対して律儀に問いかけたのは、声の主が視線を定めていた人物、領地家令アンタンダンのサミュエルだった。

「はぃ~? 何がでしょうかねぇ、アグレアス君?」

何かの資料らしき紙束の表面に目を走らせてパラパラとリズム良く捲りながら、少しだけ視線を動かして若人を視界に映してから問いかけた。

「や、だって、サミュエルさんって本当には笑わないじゃないですか! いっつもウサン臭い笑顔?ばっかりで、目なんて全然笑ってなかったし! だから俺、てっきりサミュエルさんは心からは笑えない人なんだなぁーって、今まで思ってたんですよねぇ~~!! でもそれって俺の勘違いだったんですねぇ、あ~~良かったぁ~~~!! 安心したら、何かすっごく笑えてきました、あっはっはっはっは!!」

突然若人の口から放たれた事前告知のない爆弾発言に、不運にも周囲に居合わせてしまった騎士達が俄に慌てだし、口々に文句を垂れる。

「ちょっ、おまっっ?!? いきなり何言っちゃってんの?? 馬鹿なのっ??? 坊は生粋の馬鹿純度100でできてるってぇーーのぉっ?!?!」

「アグレアス!? 君って奴はさっき注意されたばかりだって言うのに!! どーなってるんだ君の頭の中身はっ?! 団長に殴られすぎて脳味噌が液状化でもしてるのか!!? 死にたいなら1人で勝手に死んでくれ、頼むから巻き込むな!!!」

「もぉーヤダ。 帰りたい、おんも怖い…、部屋が恋しい……。 今直ぐとにかく一刻も早く布団被って孤独を噛み締めつつ暗闇と親しみたくてしょうがない………、アルノーさん…、ダズゲデェーー~~っ!!」

「んふふ、皆さん早朝から元気ですねぇ~♪ アグレアス君はと・く・にぃ、元気が有り余っているみたいですねぇ~~? 若さゆえの怖いもの知らずですかぁ、良いですねぇ~、私、そーゆー(馬鹿)正直な子は嫌いじゃないですよぉ~~??」

うんうん、とわざとらしく頷いてから、にんっと口端を引き上げて続く言葉を表情以上に楽し気に口にする。

「でもそれはそれ、これはこれ、で別問題ですから♡ はい、減点100ぅ~~っと♪ 駄目じゃないですかぁ~、ちゃんと見極めないとぉっ! 思ったままを口にして良い場合ときとぉ、そーじゃない場合とき、今回は後者でした、残念でしたねぇ~~♪ 良いお勉強になりましたねぇ、この失敗を教訓にしてぇ、一つ賢くなれると…良いですねぇ~?」

懐からサッと取り出した瞳の色と同じ美しい紺碧色の軸をした万年筆で、手に持っていた資料らしき紙束にササッと短くペンポイントを走らせて何事かを書きつける。
それは確認するまでもなく、今言った言葉通りの『減点100』を書き込んだに違いなかった。
それが終わるとすぐ、役目を果たした万年筆は再び懐へと大事そうにしまわれた。

万年筆に対する優しい仕草とは打って変わって、今度は同じ手を全く違う調子に動かしてキャピったポーズを決める。
ピンと真っ直ぐに伸ばした右手の人差し指を右頬に当てて、コテンと可愛らしく左側に向かって小首をかしげて、そのまま今思い出したようにわざとらしく声を上げてから、懇切丁寧に説明してやる。

「あ、そーそー、因みにコレ、今の減点した数字は査察の点数ですからね? 明日帰ってくるまでに合計で100以上点数がないと、予算見直し&削減確定ですからぁ、あ・し・か・ら・ず♡ 道中誰か1人でも減点の対象となる行動を取った場合は容赦無く騎士団としての評価を下げます、分りやすく云えば、どんな行動も連帯責任となり、騎士団の皆様に等しくしわ寄せが行き届くことと相成りますのでぇ~、こうご期待♡ってやつですネ。」

首は傾げたままで、頬に当てていた指を自然な動作で輪郭に沿って滑らせて、薄く笑った唇の上に移動させると、内緒話を囁きかけるような柔らかな声音で言葉を結んだ。

「「 っっっっっっ何て事をぉ!!! 」」
「坊っっっっ!!!」
「アグレアスぅっっっっ!!!」

ここでもヨアヒムとミルコの出だしのセリフが声と共に重なる。
発せられる言葉の一つ一つにドスが籠められ過ぎてて、普通に怖い。

「うぇえーーーーーーっ??! コレ、俺のせいぃーーーっ??? 完全にコーシコンドー?なサミュエルさんがーー」
「やめろっ、馬鹿っ、やめろって!! しまいにゃ本気マジでしばくぞ!!」
「それ以上1言でも言葉を発してみろ、今ここで云うのは憚られるドギッツイ仕置を道中みっちりと時間をかけて施してやるからなぁ!!」

いまだかつて、この2人からここまで本気で凄まれた事がなかった為に、本気で泣きべそをかきそうになりながら、尚も領地家令アンタンダンそしるような言葉を吐きかけて、今度は殺意すら込めて全力で阻止された上に全力で脅された。

ジークムントは既に突っ込むだけの体力も気力も残っておらず、憩いの場となる丁度よい木陰に身を寄せてジメジメしたままだった。

「いやはやぁ~、純朴な若人を翻弄してからかうのは、ただただ単純に愉しいですねぇ~~♪ それにしてもぉ、ホンットに皆さん仲良しですねぇ~♪ 私も俄然楽しみになってきましたよぉ~、今日明日の道中が♡」

ギャーギャーと騒ぎ立てる少数精鋭な騎士たちを眺め、実に楽しそうにそう宣った領地家令アンタンダンは、アグレアスが指摘したいつもの表情、非常に胡散臭い笑顔をその顔に貼り付けて、ニッコニコしている。

「おめぇーなぁ、あんまうちの奴ら、からかってくれるなよなぁっ?! 本気か冗談か、わっかんねぇーのよ、おめぇのその態度じゃぁよぉ!!」

………ロ、………ロ、………ロ。

「何を今更なこと仰ってるんですぅ~? 私はいつでもどこでも常に至って真面目にほ・ん・き、でからかっているに決まってるじゃござーせんか♪」

ゴーロ……ゴーロ……ゴーロ……ゴーロ。

「それが嘘くせぇってーーんだよ!! 大体おめぇーはよぉっ……、あ~~ん?? てぇか…何の音でぇ、さっきから聞こえるこの妙な音はよぉ??」

ゴーロゴーロ、ゴキャッ、ゴーロゴーロゴーロゴーロ。

「おや、ヴァルバトス君は初めてでしたっけぇ? ご心配な・く♪ あれは今日使用する箱馬車に取り付けられた車輪が立てている音ですんで、身構える必要ございませんからね。」

ゴロゴロゴロゴロゴリ、ゴロゴロゴロゴリリッ、ゴロゴロゴロゴロ。

「……コレが車輪の立てる音だぁ~?! おいおいぃ~~、いってぇ、どんだけ厳つい馬車なんだっつーー話で、……おい、まさかアレがそーなんかよ??」

「えぇ、そーですよ? アレ・・が今回使用する護送特化型の、一応箱馬車に分類されるモノ、でぇ~~っす♡」

音のする方を見て、絶句するヴァルバトス。
それとは対照的に、全く驚きもしていない、いつも通りの胡散臭さで笑顔をその顔に貼り付ける領地家令アンタンダンが何でも無いことのように今日使用する箱馬車で間違いないことを宣言する。

「さぁーさぁ! 馬車が来ましたのでお遊びはここまでにしていただいて、馬車が停車し次第残りの積み込み作業を速やかに終わらせてくださいねぇ? ライリエルお嬢様のご用向が終わられ次第、直ぐに出立しますからねぇ~~? 作業の遅れが原因で出立時刻が遅れることなきよう、努々時間内にきっちりと作業完了なさっておいてくださいねぇ?? もしも遅れるようなことがあればどうなるか…、もう皆まで言わずとも、わかりますよネェ?」

出来なかったらこのままあの箱馬車で轢くぞ?と言外に脅されてるような心地になってしまう。
それ程に、目の前に迫りくる箱馬車は威圧的で重厚感あふれる凶器足り得る代物だったし、この家令なら実際にやりかねない現実味を十分に、溢れるほどに感じられた。


 「それにしても…、何だかとっても頑丈そうで大きな箱馬車(?)ね? これが一般的な外出用…なはずないわよね…?」

目の前にある分類的には箱馬車になるだろうそれは、私の想像していた箱馬車とはかすりもしないものだった。
ファンタジーっぽい要素は全くなく、かと言って前世の中世ヨーロッパ等で用いられていたような、貴族の所有物らしい華やかな外観の箱馬車でもない。

 ーー見た瞬間、何でこんなところに軍用車両もどきがやって来るの?って考えが浮かんでしまった私は、全くおかしくなかったと思いたい…。 それにしても…これって、一体私何個分の高さかしら??ーー

ただただ見るものを圧倒する、圧迫感満載のそびえ立つ威容を惜しみなく晒しており、箱馬車…というよりは、装甲車と言ったほうがしっくりくる、頑強だとしか思えない厳つい外観をしているからだ。
もし仮に岩壁に衝突したとしても、馬車は全くの無傷で原型をとどめ、ぶつかられた岩壁の方が抉れて破壊される結果となりそうだ。

「勿論違いますともぉ~、こちらは護送特化型の特別仕様な箱馬車でございますからネ♪ もし宜しければ中をご覧になられますかぁ~? アレの支度が済むまでまだまだ時間がかかるでしょーし、今ならその余計なモノもないのでお好きなだけご覧頂けますから、ご興味があれば是非。」

 ーー余計なモノ・・って、もしかしなくても護送する対象者ヒューシャホッグさんの事、ですよねぇ~? 扱いがアレだけど…うん、まぁ、しょうがないか! 同じ様にさんざん『子豚』呼わりしている私がフォローしてあげる筋合いもないし、このままスルーで!!ーー

にっこり笑顔が狐に激似、な領地家令アンタンダンサミュエルの端正な顔を、頭に過ぎったほろ苦い思いを誤魔化すように何とか作った笑顔で見返しながら、好奇心には逆らえずコクリと頷いて見学したいという意思表示をする。

それを見てからは行動が早く、流れるような動作で私が入れるように馬車の扉を開け放してくれた。
外側に向けて開く扉を全開の位置まで開けて、扉が勝手に閉まらないよう固定用の金具でしっかりと固定してから次の操作に移る。

あまりに淀みなく、効率的に順序立てて行動するサミュエルの慣れた様子に、そんなに頻繁にこの護送用だという箱馬車を使用する機会があるのか…、と冷や汗が出そうになりながら、ちょっと渇いてしまった喉を少しでも潤すためにコクリと唾を飲み込んでおいた。

それまで様々な操作を行っていたサミュエルは、最後に扉付近の箱馬車内部にある幾つかのレバーの内、1つを操作して、3段あるタラップを降ろしてくれる。
それが完全に降りきるのを待ってから、スッと差し出されたサミュエルの右手に私の左手を預けてゆっくりと段を登り、いざ箱馬車の内部へ。

人感センサー的な機構があるのか、私が扉を潜ると音もなく照明が煌々と灯り、それによってナチュラルテイストな小じんまりとしたワンルームのような内部の全貌が隅々まで見渡せるようになった。

タラップを登りきったところでとどまり、全体を見渡せるだけ見渡してから、トコトコと歩き出し内部を自由に徘徊して気になったところを重点的に見て回る。

「ご覧頂けるように、こちらは外部の情報を得られる窓が一切ない造りとなり、一度ひとたび扉を閉めて施錠したら最後、内側からは決して開かない構造になっておりまして脱出が不可能な上、完全防音になっておりますのでどんなに泣き叫ぼうとも外部には一切、漏れ聞こえてまいりません。 な・の・でぇ、道中我々があの子豚さんの鳴き声に煩わされる心配が一切ない、(我々にとって)安全且つ快適な最適仕様となっておりまぁ~す♡」

サミュエルが嬉々として語り聞かせてくれる情報は、一見しただけでは得られない貴重な情報なはずなのだけれど、聞いたらいけない情報もやたらに多く混じっていた為、該当する箇所は意図して聞き流すことにした。

箱馬車の内部、護送対象者を収容する場所に繋がる出入り口の扉は、箱馬車の背面中央にあり、そこからタラップを登り入ると、入って直ぐの左手側に壁に沿ってL字型に設えられた長椅子仕様の座面があり、幅が広いので子供の私なら余裕で寝台がわりにして寝られそうな座面幅がしっかりとあった。
もっとも、今日護送される子豚さんにはちょっと幅が足りなさそうだな…、と密かに思ってしまったのは私の胸中にのみとどめておこう。

 ーー黒塗りの厳つい外観で勝手に牢獄のような内装を想像していたけど、こうやって実際に中を見ると拍子抜けするくらい普通…じゃない、訂正、流石お貴族様向け仕様だったわ。 装飾とかちゃんとしてるもの…華美じゃないけどきちんと要所要所に然りげ無くでも施されてるし、寒々しい色味でないからか明るく見えるし…。 まるでキッチン設備のないキャンピングカーみたいな造りだわ。 だって、簡易的なシャワーブースみたいなのもあるし…。ーー

座面のある反対側を見て、それを発見した。
シャワーブースは内部が丸見えなガラス張りではあるが、一応内部から目隠し効果用の薄いカーテンを引けるようになっていて、プライバシーにもすこしばかりの配慮がされていた。
その横にはまた別の小さく区切られて小部屋部分があり、そちらは内部が窺い見えないものだった。
なので好奇心に促されるまま、目に付いた扉をそっと開けて中を見る、するとそこには屋敷にあるものとは比べ物にならないくらい狭くはあるが、ちゃんとした便座のあるトイレまで完備されていた。

「…凄い、トワレットまでちゃんとあるのね。 窓はないけれど、ちゃんと照明も付いているし、外観から想像したような圧迫感も無いし…。 座席も程よくふわっとしてて座り心地良さそうだったし、あれなら長時間座っていてもお尻が痛くならなさそうよね!」

この箱馬車の予想に反する快適仕様に、素直に肯定的な感想を独り言のつもりで口にして、朗らかに笑って満足して頷く。

満足のいくまで一通り、内部を見終わってからトコトコと靴音を響かせて扉へと向かい、入ったときと同様に差し出されたサミュエルの手に助けられながら、間違っても踏み外さないように、タラップをゆっくり慎重に降りる。

片足ずつ確実に降ろして一段目、そして二段目、に差し掛かった辺りでサミュエルが口を開く。

「先程も申しましたが、施錠してしまえばこちらは完全防音となりますので、内部で何が行われていようと外部には内部の音は一切漏れ聞こえません。 もしライリエルお嬢様が望まれるのであれば、子爵家の領地に向かう道中も秘密裏に追加の躾・・・・を行うことも可能でございますが、如何なさいますかぁ?」

滑らかに紡ぎ出された言葉たちは少しの不自然さもなく耳に心地よく流れ込んでくる。
だから何を問われたのか直ぐには理解できなかった。

その声の持つ静かな迫力につられて、それまで足元の安全を確認していた目を、自分が声の主を信頼して預けている右手の近い位置にあるその相手の顔へと、不用意に頭から動かしてしまった。

そうして目にした彼の人の表情に魅せられる。
その口元は非常にキレイな弧を描いており、言葉は冗談めかして殊更明るく、けれど細められた目にはチラリと怪しい感情が宿って見えた。
それは唯の思いつきの悪戯を仄めかすには些か剣呑過ぎる感情に見えた。

「ぇ…えっ?!」

急に何の前触れもなく物騒な提案をされ、その決定権をポンッと軽く投げ寄越されて、動揺せずに居られる幼女がいただろうか?
否、居るはずがない。
寧ろ幼女でなければ尚一層驚かずにいられなかっただろう。

動揺はミスを誘う呼び水となり、その呼び水に引き寄せられて否応なく、幼女はあれほど用心したにも関わらず足を踏み外す羽目になる。

最後の一段に向けて降ろしたはずの足は、目測を誤ったなどと宣える可愛いらしい誤差ではなかった。
この瞬間のみ見た者は、おそらく1人の例外もなく最後のタラップを飛び降りるつもりなのだろうな、と考えるほどの大股で降ろされてしまった。

その為、通算何度目になるのかがもう記憶もあやふや、それを悠長に思い返す余裕などありもしない、最近急激に慣れ親しむ頻度が急増した落下の最中さなか
考えるのはサミュエルから急遽提案された内容、ではなく。

 ーー黒さしか醸していない超腹黒笑顔なのに……イイッ!! やっぱりイケてる顔面は、どんな感情を内包していても…最高が損なわれないイケメンね♡ーー

我が身がどんな危険に晒された瞬間でも、一度ひとたびイケメンを視野に入れてしまったなら、その顔面及び全体像に注目せざるを得ないのが、オタクの哀しい性。

そんな浮ついた思考を吹き飛ばしたのは、一瞬前までの剣呑な感情をその瞳から完全に、キレイさっぱり消し去ってしまったサミュエルの無機質な瞳が寄越す視線だった。

傾いだ身体を助けようと、無駄に伸ばした左腕はただ虚しく空をかくばかりで、寧ろ傾くのを助長させる結果に終わる。
預けている右手を最後までその高さに残して、身体は刻一刻と地面へと向かい落ちていく。
その間も私の視線はサミュエルの視線に囚われたまま、紺碧の瞳が無感情に見返してくる様をただ見つめ返すだけになる。

まるで綺麗なガラス玉をのぞき込んでいるような、不思議な感覚に囚われたまま、ここに来て何故かあることが急速に確信を伴って理解できた。

 ーーサミュエルは今、私の何かを暴こうとしている…? 不意をついて足を踏み外させるのも、何かを試す試金石の一種、なのかしら?? それとも最初の質問がそうだったの??ーー

サミュエルの真意が何にしろ、今ここではっきりしている答えは1つしかない。

助けられると確信していた訳では無いが、かと言って目の前で落ちかかっているのをそのまま見過ごされるはずもない、とは思っていた。

だからサミュエルが次にとった行動には別段驚かなかった。
地面に接近しまくっている私を抱きとめるために、少し身をかがめて、しっかりと掴んでいた私の右手を痛くない強さで引いて、自分の胸元に引き寄せてから空いている右腕で背中を掬い上げるようにして抱きとめてくれた。

屈んだ姿勢から、背を本の通りピンと伸ばした状態に戻したことを確認してから口を開く。
サミュエルが寄越した質問に答えを返すために。

「その必要はないわ、サミュエル。 これ以上何もしないで。」

私の答えを聞いたサミュエルの細い目が段々と瞠られていく。
サミュエルの表情の変化につられたわけでもないのに、私もそっくり同じような表情の変遷を辿っていた。

だって驚いてしまったのだ。
自分の冷たすぎる物言いに。
そして自分が今しがた発したセリフが、全く意図していないのに鋭く突き放すような響きを伴って、今この場に居合わせた全員の耳にしっかりと届いてしまった後な訳で…、もうどれだけ悔やんでも後の祭りとしか言えない状況だった。
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