1 / 3
兄
しおりを挟む
キユ♡
俺は九つで、兄貴はひと回り歳上だった。
「いいか、喜由。よく聞け」
この日は兄貴の祝言で、それを機にこの人がどこか遠くへ行くんだとは知っていた。
「お前は…、よくよく、心得ておけ」
俺にはとても意外なことに、兄貴は泣いていた。
…この人は長男で、いつも偉そうだった。
俺はおっかなくて近寄らなかったし、兄貴の方も俺なんぞをてんで相手にしなかった。
正直言って、俺はこの人が嫌いだった。
俺はこの人の事を、ひがんでいたんだ!
味噌っカスのガキなんかには、よくある事だろう。
でも俺はこの人が!
真に偉くてちゃんと強い人だっては分かっていた。
兄貴はガキにでも分かるくらい、立派な惣領息子だったんだ。
だから…
はらはらと泣く兄貴に、酷く驚いて心底に怖くなった。
「~ッ、、兄ちゃんッ。嫌だ!…何でッ、、」
こんなに強い人が、こんなに痛ましい風情だなんて…
「…何だよ?、、俺、怖い…」
訳がわからない!
「…、…、喜由、、私も、怖い。、、~ッう、、怖くて、たまらん…」
大人の男が嗚咽するなんて、見た事も聞いた事も無かった。
それで俺は悟った。
これはビビっていたら駄目だ、と。
兄ちゃんは本当に大事な話しをなさるんだ、と。
「…喜由、私とお前は同じだ。他の連中とは、違っている」
意味が分からなかった。
「お前は未だ知らんだろうが、私達は…ただの男では、無いんだ」
ただの、男。
それでは無い、とは何なんだ。
思いがけない言われようで混乱する。
「…は?、、兄ちゃん、変なこと言うなよ。俺は、男だ!」
それは間違い無い。
俺の股ぐらには、皆んなと一緒の男の印があるんだから!
「…そうだ、な。…だか、、その、…奥、だ」
俺は思わず、ビクりとした。
「俺達には、男のあれのその奥に…、有る、だろう?」
…ずっと、不思議だった。
「お前は未だ子供だから、そんなでも、無いのかもしれん」
いや。
俺は感じていたし、気にしていた。
男根と尻の孔の間に、裂け目があって…
そこには多分、孔があって…
何かしらの、道が有る。
…そうだった。
俺の身体の真ん中には、知りたくも無い様な未知が有った。
「…、、~ッ、アレ、、兄ちゃんも、あるんか?」
俺は縋るような心持ちだった。
「…有る」
兄は吐息を尽くした後の、掠れた声音で言った。
少し、ホッとした。
だってずっと、不安で堪らなかったから…
「兄ちゃんも、一緒か。そっか、そうなんか…」
なんとも言えない、安堵だった。
とはいえそんなもの、独りで忍んでいた悩ましさがいっ時だけ救われただけの事だ。
何か良くなったのでも、解決したのでも無い。
だけど、それでも俺には励みになったんだ。
だって、俺はそのせいでいつだって身の置き所がない様な気がして…
本当に、不安だったんだ!
…俺のソコはある日、急にそうなった。
元々はなんとも、無かった。
それが二年ほど前、大病を経て…
変わってしまった。
「お前が、寝込んだと聞いて…そうで無いなら良いと、ずっと…願っていたんだが…」
そう言えば床上げの後に、珍しく兄ちゃんが訪ねて来たっけか。
「私には分かった。お前が…、、、目覚めたのだと!」
兄貴が言う『目覚め』は、たっぷりと寝て朝に起きるとか、そんな事では無いのだろう。
でも俺は幼くて、弱虫で…
知りたく無いと、むずがった。
「兄ちゃんと俺は、違う!」
長男と末っ子だから、違う。
もちろん、それだけじゃ無かった。
俺と兄貴は何もかもが、違っていたじゃないか!
正妻の子と、妾の子は違う。
兄貴はいつだって上等で、俺はいつだって使い古しのお下がりしか当たらなかった。
でも、だからって俺は不満でもなかった。
人にはそれぞれ、分相応ってものがある。
兄貴はいつだって忙しそうで、難しい顔をしていた。
皆んなに期待されて、頼りにされて、それに良く応えていたと思う。
俺は母親に産み捨てられた、厄介者だった。
その上、怠け者でだらしなくて…
皆んなに目こぼししてもらっていた。
「俺と兄貴では、モノが違うんだぜ!」
大人達に叱られる度に、よく言われる事だった。
すると思いがけずも兄は、クスりと笑った。
「…お前は、しぶといガキだな」
兄貴の解けた笑い顔を見たのは、初めてだった。
この人は凄くきれいな笑みをするんだと、そう思ってドキりとする。
泣いたり、笑ったり…
やっぱり忙しい人だな、と見惚れていると兄貴は押し黙った。
「…違うなら、良かったのだがな」
そしてまた口を開くと、今度は一気に最後まで言い切った。
「喜由、聞け。身体の事は誰にも知られるな。よくよく気をつけて、隠し通せ」
一生懸命に知らしめようとする兄貴の剣幕に、俺は気圧された。
びっくり眼こで固まっている俺を、最後に兄貴は抱きしめた。
「頼むから…、お前は、私の様にならんでくれ」
そう呟いてから、兄貴は急にグイと、俺を突き放した。
それから背を向けて、行っちまった。
それっきりだった。
俺は子供で下男にも等しい身分だったから、兄貴の祝言には呼ばれなかった。
…だから、知らなかった。
豪華で華々しい祝言だったと、世にも美しいと評判の花嫁御寮だとは聞いていた。
何だかんだと言ってはいたが、きれいな嫁御を娶った兄貴はきっと幸せになれる。
俺はおっかない記憶をボカすみたいに、そんなふうに思っていた。
でもその花嫁こそが、兄貴だった事を!
俺はずっと…
後になってから、知ったんだよ。
それからはずっと、兄貴の言いつけをしっかと守って生きてきた。
あの人は、最後に俺を想って下さった。
あの真っ当で見事だった俺の兄様が、授けて下すった大事を間違えてはいけない。
決して、無碍にしてはならん。
そんなふうに、俺はちゃんと思い知って、しっかと覚悟したんだ!
…そんな、つもりだった。
でも俺は馬鹿だから、結局は…
優しい兄貴の施しを、無駄にしちまったんだよ。
兄ちゃん、ごめんなさい。
兄ちゃん、どうしよう。
俺、怖い。
兄ちゃん、どうか…
どうか、どうか、助けてくれろ!
\\\٩(๑`^´๑)۶////
俺は九つで、兄貴はひと回り歳上だった。
「いいか、喜由。よく聞け」
この日は兄貴の祝言で、それを機にこの人がどこか遠くへ行くんだとは知っていた。
「お前は…、よくよく、心得ておけ」
俺にはとても意外なことに、兄貴は泣いていた。
…この人は長男で、いつも偉そうだった。
俺はおっかなくて近寄らなかったし、兄貴の方も俺なんぞをてんで相手にしなかった。
正直言って、俺はこの人が嫌いだった。
俺はこの人の事を、ひがんでいたんだ!
味噌っカスのガキなんかには、よくある事だろう。
でも俺はこの人が!
真に偉くてちゃんと強い人だっては分かっていた。
兄貴はガキにでも分かるくらい、立派な惣領息子だったんだ。
だから…
はらはらと泣く兄貴に、酷く驚いて心底に怖くなった。
「~ッ、、兄ちゃんッ。嫌だ!…何でッ、、」
こんなに強い人が、こんなに痛ましい風情だなんて…
「…何だよ?、、俺、怖い…」
訳がわからない!
「…、…、喜由、、私も、怖い。、、~ッう、、怖くて、たまらん…」
大人の男が嗚咽するなんて、見た事も聞いた事も無かった。
それで俺は悟った。
これはビビっていたら駄目だ、と。
兄ちゃんは本当に大事な話しをなさるんだ、と。
「…喜由、私とお前は同じだ。他の連中とは、違っている」
意味が分からなかった。
「お前は未だ知らんだろうが、私達は…ただの男では、無いんだ」
ただの、男。
それでは無い、とは何なんだ。
思いがけない言われようで混乱する。
「…は?、、兄ちゃん、変なこと言うなよ。俺は、男だ!」
それは間違い無い。
俺の股ぐらには、皆んなと一緒の男の印があるんだから!
「…そうだ、な。…だか、、その、…奥、だ」
俺は思わず、ビクりとした。
「俺達には、男のあれのその奥に…、有る、だろう?」
…ずっと、不思議だった。
「お前は未だ子供だから、そんなでも、無いのかもしれん」
いや。
俺は感じていたし、気にしていた。
男根と尻の孔の間に、裂け目があって…
そこには多分、孔があって…
何かしらの、道が有る。
…そうだった。
俺の身体の真ん中には、知りたくも無い様な未知が有った。
「…、、~ッ、アレ、、兄ちゃんも、あるんか?」
俺は縋るような心持ちだった。
「…有る」
兄は吐息を尽くした後の、掠れた声音で言った。
少し、ホッとした。
だってずっと、不安で堪らなかったから…
「兄ちゃんも、一緒か。そっか、そうなんか…」
なんとも言えない、安堵だった。
とはいえそんなもの、独りで忍んでいた悩ましさがいっ時だけ救われただけの事だ。
何か良くなったのでも、解決したのでも無い。
だけど、それでも俺には励みになったんだ。
だって、俺はそのせいでいつだって身の置き所がない様な気がして…
本当に、不安だったんだ!
…俺のソコはある日、急にそうなった。
元々はなんとも、無かった。
それが二年ほど前、大病を経て…
変わってしまった。
「お前が、寝込んだと聞いて…そうで無いなら良いと、ずっと…願っていたんだが…」
そう言えば床上げの後に、珍しく兄ちゃんが訪ねて来たっけか。
「私には分かった。お前が…、、、目覚めたのだと!」
兄貴が言う『目覚め』は、たっぷりと寝て朝に起きるとか、そんな事では無いのだろう。
でも俺は幼くて、弱虫で…
知りたく無いと、むずがった。
「兄ちゃんと俺は、違う!」
長男と末っ子だから、違う。
もちろん、それだけじゃ無かった。
俺と兄貴は何もかもが、違っていたじゃないか!
正妻の子と、妾の子は違う。
兄貴はいつだって上等で、俺はいつだって使い古しのお下がりしか当たらなかった。
でも、だからって俺は不満でもなかった。
人にはそれぞれ、分相応ってものがある。
兄貴はいつだって忙しそうで、難しい顔をしていた。
皆んなに期待されて、頼りにされて、それに良く応えていたと思う。
俺は母親に産み捨てられた、厄介者だった。
その上、怠け者でだらしなくて…
皆んなに目こぼししてもらっていた。
「俺と兄貴では、モノが違うんだぜ!」
大人達に叱られる度に、よく言われる事だった。
すると思いがけずも兄は、クスりと笑った。
「…お前は、しぶといガキだな」
兄貴の解けた笑い顔を見たのは、初めてだった。
この人は凄くきれいな笑みをするんだと、そう思ってドキりとする。
泣いたり、笑ったり…
やっぱり忙しい人だな、と見惚れていると兄貴は押し黙った。
「…違うなら、良かったのだがな」
そしてまた口を開くと、今度は一気に最後まで言い切った。
「喜由、聞け。身体の事は誰にも知られるな。よくよく気をつけて、隠し通せ」
一生懸命に知らしめようとする兄貴の剣幕に、俺は気圧された。
びっくり眼こで固まっている俺を、最後に兄貴は抱きしめた。
「頼むから…、お前は、私の様にならんでくれ」
そう呟いてから、兄貴は急にグイと、俺を突き放した。
それから背を向けて、行っちまった。
それっきりだった。
俺は子供で下男にも等しい身分だったから、兄貴の祝言には呼ばれなかった。
…だから、知らなかった。
豪華で華々しい祝言だったと、世にも美しいと評判の花嫁御寮だとは聞いていた。
何だかんだと言ってはいたが、きれいな嫁御を娶った兄貴はきっと幸せになれる。
俺はおっかない記憶をボカすみたいに、そんなふうに思っていた。
でもその花嫁こそが、兄貴だった事を!
俺はずっと…
後になってから、知ったんだよ。
それからはずっと、兄貴の言いつけをしっかと守って生きてきた。
あの人は、最後に俺を想って下さった。
あの真っ当で見事だった俺の兄様が、授けて下すった大事を間違えてはいけない。
決して、無碍にしてはならん。
そんなふうに、俺はちゃんと思い知って、しっかと覚悟したんだ!
…そんな、つもりだった。
でも俺は馬鹿だから、結局は…
優しい兄貴の施しを、無駄にしちまったんだよ。
兄ちゃん、ごめんなさい。
兄ちゃん、どうしよう。
俺、怖い。
兄ちゃん、どうか…
どうか、どうか、助けてくれろ!
\\\٩(๑`^´๑)۶////
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる