知らぬ華

志村研

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キユ♡

俺は九つで、兄貴はひと回り歳上だった。

「いいか、喜由きゆ。よく聞け」

この日は兄貴の祝言で、それを機にこの人がどこか遠くへ行くんだとは知っていた。

「お前は…、よくよく、心得ておけ」
俺にはとても意外なことに、兄貴は泣いていた。

…この人は長男で、いつも偉そうだった。

俺はおっかなくて近寄らなかったし、兄貴の方も俺なんぞをてんで相手にしなかった。

正直言って、俺はこの人が嫌いだった。

俺はこの人の事を、ひがんでいたんだ!
味噌っカスのガキなんかには、よくある事だろう。

でも俺はこの人が!
真に偉くてちゃんと強い人だっては分かっていた。
兄貴はガキにでも分かるくらい、立派な惣領息子だったんだ。

だから…
はらはらと泣く兄貴に、酷く驚いて心底に怖くなった。

「~ッ、、兄ちゃんッ。嫌だ!…何でッ、、」
こんなに強い人が、こんなに痛ましい風情だなんて…
「…何だよ?、、俺、怖い…」
訳がわからない!

「…、…、喜由、、私も、怖い。、、~ッう、、怖くて、たまらん…」
大人の男が嗚咽するなんて、見た事も聞いた事も無かった。

それで俺は悟った。

これはビビっていたら駄目だ、と。
兄ちゃんは本当に大事な話しをなさるんだ、と。

「…喜由、私とお前は同じだ。他の連中とは、違っている」
意味が分からなかった。

「お前は未だ知らんだろうが、私達は…ただの男では、無いんだ」
ただの、男。
それでは無い、とは何なんだ。

思いがけない言われようで混乱する。

「…は?、、兄ちゃん、変なこと言うなよ。俺は、男だ!」
それは間違い無い。
俺の股ぐらには、皆んなと一緒の男の印があるんだから!

「…そうだ、な。…だか、、その、…奥、だ」
俺は思わず、ビクりとした。

「俺達には、男のあれのその奥に…、有る、だろう?」

…ずっと、不思議だった。

「お前は未だ子供だから、そんなでも、無いのかもしれん」
いや。
俺は感じていたし、気にしていた。

男根と尻の孔の間に、裂け目があって…
そこには多分、孔があって…

何かしらの、道が有る。

…そうだった。
俺の身体の真ん中には、知りたくも無い様な未知が有った。

「…、、~ッ、アレ、、兄ちゃんも、あるんか?」
俺は縋るような心持ちだった。

「…有る」
兄は吐息を尽くした後の、掠れた声音で言った。

少し、ホッとした。
だってずっと、不安で堪らなかったから…

「兄ちゃんも、一緒か。そっか、そうなんか…」
なんとも言えない、安堵だった。

とはいえそんなもの、独りで忍んでいた悩ましさがいっ時だけ救われただけの事だ。
何か良くなったのでも、解決したのでも無い。

だけど、それでも俺には励みになったんだ。
だって、俺はそのせいでいつだって身の置き所がない様な気がして…

本当に、不安だったんだ!

…俺のソコはある日、急にそうなった。

元々はなんとも、無かった。
それが二年ほど前、大病を経て…

変わってしまった。

「お前が、寝込んだと聞いて…そうで無いなら良いと、ずっと…願っていたんだが…」
そう言えば床上げの後に、珍しく兄ちゃんが訪ねて来たっけか。

「私には分かった。お前が…、、、目覚めたのだと!」
兄貴が言う『目覚め』は、たっぷりと寝て朝に起きるとか、そんな事では無いのだろう。

でも俺は幼くて、弱虫で…
知りたく無いと、むずがった。

「兄ちゃんと俺は、違う!」
長男と末っ子だから、違う。

もちろん、それだけじゃ無かった。
俺と兄貴は何もかもが、違っていたじゃないか!

正妻の子と、妾の子は違う。

兄貴はいつだって上等で、俺はいつだって使い古しのお下がりしか当たらなかった。

でも、だからって俺は不満でもなかった。
人にはそれぞれ、分相応ってものがある。

兄貴はいつだって忙しそうで、難しい顔をしていた。
皆んなに期待されて、頼りにされて、それに良く応えていたと思う。

俺は母親に産み捨てられた、厄介者だった。

その上、怠け者でだらしなくて… 
皆んなに目こぼししてもらっていた。

「俺と兄貴では、モノが違うんだぜ!」
大人達に叱られる度に、よく言われる事だった。

すると思いがけずも兄は、クスりと笑った。
「…お前は、しぶといガキだな」

兄貴の解けた笑い顔を見たのは、初めてだった。
この人は凄くきれいな笑みをするんだと、そう思ってドキりとする。

泣いたり、笑ったり…
やっぱり忙しい人だな、と見惚れていると兄貴は押し黙った。

「…違うなら、良かったのだがな」
そしてまた口を開くと、今度は一気に最後まで言い切った。

「喜由、聞け。身体の事は誰にも知られるな。よくよく気をつけて、隠し通せ」
一生懸命に知らしめようとする兄貴の剣幕に、俺は気圧された。

びっくり眼こで固まっている俺を、最後に兄貴は抱きしめた。
「頼むから…、お前は、私の様にならんでくれ」

そう呟いてから、兄貴は急にグイと、俺を突き放した。

それから背を向けて、行っちまった。

それっきりだった。

俺は子供で下男にも等しい身分だったから、兄貴の祝言には呼ばれなかった。

…だから、知らなかった。

豪華で華々しい祝言だったと、世にも美しいと評判の花嫁御寮だとは聞いていた。

何だかんだと言ってはいたが、きれいな嫁御を娶った兄貴はきっと幸せになれる。
俺はおっかない記憶をボカすみたいに、そんなふうに思っていた。

でもその花嫁こそが、兄貴だった事を!

俺はずっと…
後になってから、知ったんだよ。

それからはずっと、兄貴の言いつけをしっかと守って生きてきた。
あの人は、最後に俺を想って下さった。

あの真っ当で見事だった俺の兄様が、授けて下すった大事を間違えてはいけない。
決して、無碍にしてはならん。

そんなふうに、俺はちゃんと思い知って、しっかと覚悟したんだ!

…そんな、つもりだった。

でも俺は馬鹿だから、結局は…

優しい兄貴の施しを、無駄にしちまったんだよ。

兄ちゃん、ごめんなさい。
兄ちゃん、どうしよう。

俺、怖い。

兄ちゃん、どうか…

どうか、どうか、助けてくれろ!

\\\٩(๑`^´๑)۶////












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