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しおりを挟む「ただいま……」
「あら、今日は遅かったのねぇ」
「まぁ、ちょっと。夕食作るから待っててください」
そう言うと、お母様が両手を合わせて『夕食は出来ているのよ』と言ってきた。
私以外家族は家事と無縁の生活をしているというのにどういう事なのか。
この幽霊屋敷には使用人1人とお手伝いさん1人しかいない。
使用人はお父様の手伝いなどをしていて屋敷の雑務管理を1人でしているすごい人。かなりおっとりした父のお尻を叩いてこの屋敷を守ってくれている。お手伝いさんは昔から屋敷に通い勤めをしている人で私の家事の手伝いをしてくれる人だ。でも、夕方前には家に帰るので夕食はいつも私が作っていた。
だから何故夕食が出来ているのかが疑問に思うのも仕方がないはずだ。
「あのねぇ実は、トルネン伯爵の使用人という人が来られてね」
「…………は」
キッチンへと向かう体を食卓へ変更すると、目の前には豪華な食事が所狭しと並んでいた。
前菜からデザートまでのフルコース。しかも全ての料理が手の込んだものだと分かる。
「帰らなければいけないから温かい状態で出さなくてごめんなさいってその方はお帰りになられたわ」
「お母様……少しは疑う心というのを持って迎え入れました?」
「あらぁ、だってあなた……これを貴方にって」
「え……?」
そこには裏にトルネン伯爵公の紋章が入った小ぶりのイヤリングが入っていた。
シルバーで作られたそれには、伯爵の瞳と同じ色の宝石が密かに輝いている。
この宝石は恐らく、トルマリンの一種だろう。
トルマリンという宝石は様々な色の種類がありこれはブルートルマリンという種類の中の一種でインディゴライトという名前が付く品種のはずだ。ブルーとグリーンをほどよく混ぜたような色をしており、今回は少し暗めで落ち着いた色をしている。
本当に伯爵の瞳から作ったかのような色。よく見つけたものだ。
そして、この紋章は正真正銘伯爵家のもので間違いはない。そして紋章の横には小さくEの文字。この家の中で名前の頭文字がEなのは私だけであり、誰に宛てたものなのか一目瞭然だった。
「……………………」
ピアスを開けていないの、よくお分かりで……。
私がイヤリングを手に取りずっと黙っていると、お母様が楽しそうに声をかけてきた。
「エマはトルネン伯爵と仲良しなのかしら?」
「……仲良しにされそうになってます」
「あらぁ、いいじゃないの」
「お母様……私と伯爵では色々とこう……違いすぎますから!」
「そうかしら?お母さんはいいと思うけど……」
「あ、あと、姉様が」
「あら、私わたくし?」
「うぉあ!」
姉様がトルネン伯爵を狙っていたと言おうとしたタイミングで後ろから声が聞こえた。まさに今出そうとしていた人間からの声がけに私が驚いて振り向くと、そこには腰に手を当てた姉様の姿があった。
彼女は目を細め、睨むようにしてこちらを見ている。
「エマちゃん…………」
「姉様…………」
姉様は動かずにじっとこちらを見ていたかと思うと、突然カッと目を見開いた。
「お姉様は、エマちゃんの恋を応援します!!」
「しないでいい」
「なぁんでよぉ!」
膝から崩れ落ちてしよしよと泣く姉様を見下ろしながら冷ややかな視線を落とした。何を言っているんだ姉様は、相手が誰か知って言っているのか。
「トルネン伯爵様は俳優様と同じなのよ、あわよくばお近づきになり、そしてちゅーとかされちゃったらって妄・想・する為に存在しているようなものなの」
分かる?と首を傾げて見上げてくる姉様は、この一部だけ切り取れば悲劇のヒロインにすら見えるだろう。
言っていることは庶民のそれだが。
「でも姉様狙ってるって……」
「もぉ、エマちゃんてば、私なんかが叶うはずないじゃない!」
全然分かっていないわ!と言いながら姉様は立ち上がった。舞踏会に出ていた時の姿からは想像もつかないようなシンプルな白のワンピースを着た姉様は、裾についた埃を払いながら私に教え込もうという体制になる。
「分かる?あんな素敵な人なのよ。顔もイケメンだし仕草にも無駄無し、エスコートもスマートで全く自慢とかもしてこない。なのに、だぁれも相手が居ないのよ」
「そうなのね」
「そうなのよ!だから私は睨んでいるわ。きっと伯爵は平凡な女に飽きているのよ!」
「…………」
それか、性癖がやばい。と人差し指を立てながら話す姉様のことも私は平凡な女には見えないが、きっと人それぞれということだろう。
しかし姉様の推理が当たっていたとするならば、平凡な貴族の娘とかけ離れている私は彼の大好物だと言える。
「さ、ご飯食べましょ、お母様」
「エマちゃぁーん……」
もしそうだったとしても。
あんな有名な伯爵に目をつけられたら舞踏会の配給として働けなくなる可能性が高い。姉様が言う通りとても素晴らしい人なんだ、引く手数多な事は予想がつく。では、もし飽きられてしまったら?その時の私の周りからの視線は?
ただただお金が稼げなくなるだけではないか。そんなの御免だ、迷惑きわまりない。
「お父様と兄様とアルも呼んできて、姉様。今日は豪華な食事だよー!」
私はこの平・凡・な・生活を死守したい。
あんな関わったらヤバそうな奴に屈しないだから!
いやもう、宝石鑑定することになっちゃってるけど……。
でも次はないんだから!心を強く持って私!
色んな事は無視だ、無視。
この目の前の豪華な食事に既に心奪われている様子の家族を横目に、今回の鑑定以降は関わらないようにしようと心に誓った。
「ねえさま!この不思議な味のお料理とっても美味しいです!また食べたい!」
「エマ、これは何という料理だ、こんな高級な食材が我が家で食べられるなんて信じられない」
「はぁ……こんな柔らかい肉なんていつぶりだ……最高かよ……」
「……………………」
こ、心に……誓っ……。
「トルネン伯爵は素晴らしい人物だな、エマ、今後も協力を惜しまないようにしなさい」
「…………はい、お父様」
家族の胃袋が買収されました。
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