アラサー伯爵の病気名は初恋です。

りょう。

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(どう言えばいいんだろう)

私はこの場をどう乗り切ろうか必死で頭を巡らせていた。
そもそも何故この状況になったのかを思い出してみる。

演劇から帰る前に伯爵にディナーを誘われた私は、『私の夕食は用意していない』という脅しによってその誘いに乗ってしまい、そして夕食を頂いたあとに飲み物を勧められ、それから明らかにアルコールの匂いがしている。という状態だ。
私は普段お酒を口にしない、毎日家事をこなしている私にとって次の日の体の体調がとても悪くさせる『お酒を飲む』という行為はあまり良い事とは思えなかったからだ。

「伯爵、私」
「それは甘いお酒なんだよ」
「でも私、お酒は」
「今日エマの為だけに取り寄せたんだ。普段私は甘いお酒は飲まないからね」
「………………」
「一口も飲んでくれないのかい?」
「…………ちょっとだけ、頂きます」

にこりと笑った後、ほんの少しだけ伏し目がちになり悲しそうな顔をしてみせた伯爵を前に、私の良心はぐらつき、そして完全に敗北した。
本当はもう少し抵抗しようしたのだが、きっと負けてしまうことが分かっていることに時間をかけるだけ無駄だろう。
私は少しだけ眉にしわを寄せつつ、手に持ったままにしていたグラスを口につけた。

「おいしい……」
「ふふ、それは良かった、嬉しいよ」
「お酒が勿体ないから飲むだけです」
「ははは!そうか、それでも嬉しいんだよ」

くすくすと笑っている伯爵から視線を外し、もう一口そのお酒を口にいれた。
確かにこのお酒は先ほど出ていた料理と相性が良いかと言われたらすこし甘すぎるのかもしれない。


料理が運ばれてきた時は、演劇の内容について人並みに語ったり、ファミリア系と呼ばれる宝石についての話しを聞いたりしていた。
それについて話しは盛り上がり、割と私も楽しく話しをしていたと思う。また伯爵は、舞踏会について、ああいった派手やかな場所は本当は好きじゃない、まったりとした時間が好ましいんだよ。などと言った自らの事についても話しをしていた。
香水の匂いもあまり好きではないらしく、貴族の女性たちとの交流は苦手らしい。


私は一度グラスをテーブルに置いて息をついた。
彼の空気に流されている気がする。
どうにかしてこの場から去らないと何か良くないことが起きてしまう気がして仕方がない。

色々と考えを巡らせていると置いたグラスから濃厚なフルーツと豊かなブランデーが混ざった、それだけで酔ってしまいそうな位芳醇な香りが鼻にふれた。
この匂いだけでも酔っている気分になるからだろうか。
いまいち考えがまとまらない。


チラリと伯爵の方を見た。
先程から割と大量にお酒を飲んでいる彼は、赤らんだ頬に潤んだ瞳で、とろけるような笑みを浮かべながらずっとこちらを見てきている。
しかも目が合うとその度にニコニコと笑みを深めてくるのだ。

色気の塊のような人。

そんな人にさっきのようにお願いされたら普通誰も断れないと思う。少しでも対抗した私を褒めてあげたいくらいだ。
しかし、やはりずっと見つめられていると何となく落ち着かない気分になってくる。
私が少しそわそわした気分になっているのを察知したのか分からないが、伯爵は飲んでいたグラスを机に置いて前かがみになった。

そして頬杖をつき、まるで独り言を呟くように言葉を並べ始める。

「はぁ……幸せだな」
「え?」
「エマとご飯を食べているなんて」
「はぁ、そうですか」
「まる夢のようだ……」
「…………伯爵?」
「……このまま時間が止まってしまえばいいのにね」
「…………?」

正面に顔を向けると、彼がゆったりと顔を傾けたのが見えた。
熱に浮かされたような瞳が私の視線を固定して離さない。
テーブルを挟んでいるのに、まるで抱きしめられているかのように私の体は動かなくなったのが分かった。

「エマ……貴方を絶対に捉とらえてあげるから」
「は……」
「だから、安心して………」
「………………」

この人は一体、何を言っているのか。

そんな風に思うのに、急に鳴り始めた心臓が頭に響いてうるさかった。
彼の、視線が、声が、私の中に直接入ってくるみたいで耐えられない。

「あ、え、ええと」

必死に何かに対抗しようと声を上げてみるが、最早何をしようとしているのか分からなくなりそうだった。

だめだ、顔が沸騰してしまう!

「エマ?」
「あっ……か、帰ります!」

気がつくと席を立っていた。
伯爵も慌てて席を立った音が聞こえたが、彼が私を捕まえるよりも先に私はそのお店を飛び出し、近くにあった貸し馬車に乗って家に向かっていた。

お酒のせいだ。
顔が熱いのも、赤いのも全部。
絶対、慣れないお酒のせいだ。

そう必死で頭の中で唱え続けた。





_________


それは人知れぬ森の中にある洞窟の中をくりぬいたような場所。じめじめとした苔が生え、本来であれば誰も近寄ろうとはしないだろう。
入り口には腐りかけたような木の扉が置かれ、開くとカビ臭い匂いが辺りに撒き散らりそうだ。

「いるかな、北の魔女」
「おや伯爵かい、昼間から珍しいね。例のあれを持ってきたのかね?」
「ああ、その為に来たからね」
「見せてみなさい」

その男はいつものように持ってきていた小袋を取り出し、北の魔女と呼んだ者に手渡す。
皺くちゃの手がそれを掴むと中身を開く事なく透かすようにそれを見た。

「……彼奴あやつよりは程遠いがかなり近づいたの」
「そうか……」

少しだけ悲しそうな顔をする男に、魔女は嫌味を吐き出すように笑った。

「ふん……。我がこんな人間の世話を焼くなんて思いもしなかったわ」
「私の事を気に入ったのか?」
「何を言うか、と同じにするな。お前はただの実験台じゃ」

魔女だと指摘された本物の魔女は指摘した者に一度だけ願いを届けなければならない。古くから決められた事柄を魔女達は守り続けている。
だからこそ協力しているだけという体制はこの魔女と男が出会ってから変わらないままだ。

「それでいい、ありがとう、北の魔女よ」

男は返されたその小袋を内ポケットに入れるとすぐさま出口へと足を進めた。

「ところで……しっかりとの心は捉えられたのかね?」
「いいや、まだだと思うよ」
「はっ、あやつの好意が無ければ今回の実験は成功せぬのじゃ、まさか忘れた訳じゃあるまいな」
「ああ……覚えてるさ」
「では次までには、期待しておるぞ」

にやにやと笑う魔女の言葉には何も答えず、男はその場を立ち去った。
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