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「いつから学校に通う事になっているのですか」
「3ヶ月後だ。一応貴族のしきたりなど学んでおいた方がいいからね」
そう言ってギルベルト様は元いた学校の方に再度通い始めた。
私には侍女はいないが、現在、世話役としてギルベルト様の3人の侍女がローテーションで残ることとなっている。彼女達は主に、私に3ヶ月着いてくれる講師様達の相手をするためなのだろう。
講師様達は一応お金を払われて来ているためか、嫌な顔はせず、しかし、こんな事も知らないのかという言葉を至極丁寧な言葉で教えてきてくれた。
つまり、小規模の学校を体感せよということなのか。
侍女が生徒で講師が教師。
そして、ギルベルト様はそれがさも当然のようである。
少し、同情していた。
これほどの魔法使いにパートナーが居ないなんてかわいそうだなと思って、来てあげた気持ちもどこかにあった。
蓋を開けたらこれである。
結局彼は『パートナー』はさほど求めていなかったのではないか。と思い始めた。
それならば私がここにいる必要性は皆無。
だが、私だけ我慢すれば私も私の家族も今後の生活は安泰なのだろう。
なら、それなら、もう一回だけ頑張ってみても良いのかもしれない。と、思う。
______バタン
ギルベルトはここ数日見かけていないパートナーの顔を見るために自分の部屋とレティシアの部屋の間にあるリビングで待っていたはずであった。
結果は、外から戻ってきたレティシアに一瞥され、近づくとどうもという声と共に扉が閉まる音が目の前で響いたのみだ。名前を呼んだ瞬間に視線を睨む様に向けられたのでそれ以上の言葉は口の中で飲み込まれてしまっていた。
侍女からは前と変わりはないと聞かされていたし、講師達からも普通に学んでいるという連絡が届いていた。
長く休んでいた学校では自分が片付けなければならない業務が残っており、最近はそこに構い切りだった事が彼女の怒りに触れたのだろうか。
生活は何不自由なく送れるように整えているというのに、一体何が不満なのだろうか。
もし後にウジウジと文句を言ってくる女なのであれば、念願のパートナーであっても、ここに連れてくるべきではなかったのかもしれない。
ギルベルトにとって基本的に『女』というのは一度限りの交わり位が1番楽しめると認識している。一度楽しげな会話を交わした後それ以上を求めてくるなど面倒でしかない。
だから、すり寄ってくるだけの女は適当に遊んでも問題ないと思っていた。
笑顔を向けて、優しい言葉をかけ、落とし、ヤって面倒がないように忘却の魔法をかけてリセットする。お陰で現状は行為の部分が切り取られ、ただの優しい男として世間一般には知られているはずだ。
やっと見つけた『パートナー』はあっさりした性格のようだったし、面白い反応をする人物だったから懐かせてみたいと連れ帰ってきたが、やはり彼女も『女』だったのかもしれないと思うと少し億劫である。
「ギルベルト様、アナリア様からお手紙が届いております」
「ああ、ありがとう」
にこりと笑えば侍女は少し頬を染めて下がっていく。
アナリアとは母の名前だ。あまり個人から手紙が届いたことが無かったので不思議に思いながら中身を開ける。
_そろそろパートナーを見せなさい。来週から1週間はナリアスタはおりません_
簡潔にそれだけが紙にのっていた。
来週から父が家には居ないらしい。
ギルベルトは、母に逆って良いことがあった試しがないと思い返して、少し面倒だがこれは行くしかないなとソファから立ち上がった。
彼女、レティシアは、ギルベルトが用意したドレスをお礼と共に受け取り、部屋へ戻ったまま出てこなくなった。出発予定時刻はあと10分ほどしか無い。
侍女達は先に馬車の方に行かせているのでこの場所にはいないので、ギルベルトは時計を見て立ち上がるとレティシアの部屋へノックしようと手を上げた。直後、
ガチャリと扉が開くと、無表情のレティシアが立っていた。
いつもはフワフワと浮いている髪は、整えられて艶のある緩やかにな髪となり背中に流れている。常に凹凸が出ないような服を着ているせいで分からなかったが、ドレスを着ることで案外メリハリのあるスタイルをしている事が良く分かった。
通常メイクなどしていない顔は、化粧が施され、可愛らしかったその顔を少しだけ大人っぽく、綺麗な顔へと変わらせている。
「なんですか」
「い、いや……」
こんな形で変わる事を知らなかったギルベルトは少しだけ狼狽て言葉を濁した。
「変ではありませんか?」
「え?ああ、とても綺麗だよ」
自分の言葉に驚いたギルベルトは少しだけ目を見開いた。頭で考えずに言葉が溢れた事が恥ずかしい。
綺麗だなどと簡単に褒めるだけでは物足りないという女性が多い事を知っている自分にとって、加えて言葉を送ろうとして、彼女の顔を見てやめた。
「ふふ……ドレスをありがとうございます」
「……」
満足そうに頬を染めてにこりと笑う彼女に驚く。
胸元の淡い紫から足元に向かうにつれ濃い青へと変わる色は
何気なく選んだ物であった。そのドレスの色が自分の瞳の色と被る事を今更ながらに気がついてドキリとする。
「ドレス、似合っているね」
「センスのあるギルベルト様がお選びになった物ですから、当然なのでは」
笑みをにやりとさせた彼女が下から覗き込むように顔を傾けると、先ほどから鳴り止まない心臓の音が再度大きく聞こえてきた。
初めて出会った時の衝動が体に駆け抜けて仕方がない。
彼女の手を取ってぐいっと引き寄せ、そのまま唇を彼女の耳に寄せると軽くキスをした。驚く彼女が固まっている間に、何故か用意していたネックレスとイヤリングも装着し、スッと体を離す。
ネックレスとイヤリングも、小ぶりながらキラキラと白く輝くようカットされたダイヤモンドがついている。まるで自分の髪の色と合わせたようだった。
なるほど。
女は嫌で面倒だとは思いつつも、やはり自分はパートナーである彼女の事を我がものにしたいらしい。
「渡す事を忘れていたよ」
「私は物で釣られるような女ではないですが、でも、アクセサリーまでありがとうございます」
彼女は、アクセサリーの色にどんな意味か含まれているのかについては把握していないようだった。
ただ単純に物を貰えた事を嬉しそうにする姿は貴族の女からは得られなかった喜びを感じる。
手を差し出すと彼女の手がゆっくりと重なり、再び無表情の彼女が現れた。
「レティシア…」
「今回は、辺境伯様はいらっしゃらないみたいですね」
「……ああ、父上はいないらしい」
「安心、いたしました」
そう言った彼女はまっすぐ前を向いて馬車に乗るまでは一度もギルベルトと視線を合わせることはなかった。
家に着くと一緒に付いてきたはずの侍女はいなくなっており、アナリアが管轄する侍女達に案内をされた。よく家の中を見ればアナリアが管轄している侍女達しか残っていない。
昔は、父と母の侍女が別れている事が当たり前だと思っていたが普通はそんな事ないらしい。
ただ、それを母に言った時の顔は今でも覚えている。
『何故かを理解した時、貴方にここを継がせると決めるわ。
まぁ、ただの貴族になりたいのなら理解しなくても構わないけれど』
その言葉とともに向けられた表情の奥には恐ろしい思考があるような気がして初めて母に恐怖を感じた日だ。
「ふふ、待っていたわよギルベルト。さぁパートナーを紹介して頂戴」
「母上、そんなに急がなくてもレティシアは逃げませんよ」
「レティシア!可愛い名前だわ、あら、貴方がそうかしら?」
そう言うとアナリアはソファからすくっと立ち上がりずんずんと近づいてきた。レティシアは挨拶をしようとスカートの裾を摘もうとしている姿で固まっている。恐らく想像していた形式じみた貴族ではない事に驚いているのだろう。
アナリアはレティシアの両手をスカートから引き離すと自らの両手に包み込んだ。
「あ、えっと」
「レティシア!私とっても貴方に会いたかったのよ!」
「ああ、は、はいあの」
「さ、もういいわ、貴方は出て行って頂戴ギルベルト。女だけで話を致します。ネネ、ネネ、ギルベルトを摘み出して。ああ、そうだわ、庭の草が結構生えてきていたから駆除するよう頼んでおいて、どうせ魔法で一瞬よ。さ、早く」
気がついた時には扉の前に追い出されており、更に侍女のネネに庭に案内をされていた。
まともに挨拶をさせなかった母の事を思い出し、ギルベルトはため息をついてしまう。レティシアは大丈夫だろうか。
アナリアは酷く好き嫌いが激しい人物だ。
もし何かあれば泊まることも許されずに追い出されてしまうことだろう。
レティシアは人をわざと怒らせるような事をする人物ではないと知っているが、だが、アナリアは彼女にとって利がある相手や認めた相手以外はあっさりと自分の興味から外してしまう。
万が一にでも追い出されてしまっても素晴らしい宿に泊まろうと心の中で決めた。
何故か手作業で雑草の駆除をさせられ、夕食の時間になった時、レティシアの顔を伺ったが何も得ることは出来ずに夜になってしまった。
「ギルベルト、レティシアに相応しい侍女は誰だと思うかしら?」
「相応しい?」
「ええ!そうよ!」
ギルベルトは早朝の朝食前にアナリアの部屋に呼び出されていた。彼女の顔には『徹夜しました』と分かるほどの隈ができていたが、裏腹に表情はとても輝き、楽しそうだという事が何も言わずとも伝わってくる。
しかし、彼女の言葉でやはりレティシアに専属の侍女がいない事は学校に通うにあたり不便なのだろうと分かり、ギルベルト自身の表情は暗かった。
「全く、侍女の要求はあの人が突っ返したって本当なのかしら?いっぺん首絞めた方がいい?」
一応出していた侍女の要求は、『平民なのだから全て自らできる、要らないだろう』という父の判断で無かったことにされている。恐らくアナリアの元へその要求が行く前に揉み消されたのだろう。
アリシアは侍女を渡す気満々だったようなので、今回特別に怒っているのかもしれない。
「ああ、そうだわ。ララにしましょう!ララならレティシアに相応しいわ!」
「ララって…母上専属の侍女ではありませんでしたか」
「あら、専属と言ったって3人いるのよ?全く問題はないわ!」
「そもそも、相応しいというのは……」
そう言うと、アナリアは驚いたように目を大きく開き、信じられないような顔をして黙った。
話し始めたら止まらない彼女がそういう反応をする時はあまり良い思い出がないが……。
「え、貴方分かっていないの?レティシアが居なくなったら貴方のパートナーは居なくなるのよ?なに、それともパートナーという存在自体必要ないだなんて思ってる?あっはは。まさかそんな事は…ないわよね?」
「………」
アナリアは、笑わせないでちょうだいと言いながら片手を振りそのまま顎に手を当てる。
「それにね?まだ報告では出ていないけれど今後絶対に出てくるわ」
「出てくる?」
「貴方よりも強い人物よ!パートナーの相手との協力によって確実に断固たる地位を得るのよ」
「……何か、知っているのですか」
「あら!今の貴方には関係のない話だわ」
アナリアには先見の力が備わっている。
それは、毎日夢を見るというアナリアがごく稀に見るとされるものであり、それが本当に先見の夢だったのかを確信することはあまりない。
多分何かの情報を得た上でそれが先見の夢だと確信しているのだろう。
にやりと笑いながら大きめの扇を緩やかに仰ぎ始めたアナリアは、侍女のミミに新しい紅茶を淹れるように指示をしている。
ネネ、ララ、ミミという3人の侍女は王家にも配属を多く出しているマラディアン子爵家の三姉妹であり、それはもう侍女のスペシャリストと言っても過言ではない。皇女様の侍女に推薦されていたにも関わらず、アナリアに仕えたいとやってきた出来事は割と有名な話だ。
その1人をレティシアに付かせたいという。更に言えば、『相応しい』らしい。疑問が残る言葉に首を傾げてみる。
「そうだわ、ミミ。ララを呼んできてくれるかしら?早速提案してみなくちゃね」
「かしこまりました、アナリア様」
「ふふ、ごめんなさいね、ミミ。ララにして」
「……奥様が決めた事ですから構いません」
そして、この侍女の反応を見る限り、恐らく自分達が仕えるに相応しい相手であると認識している事だろう。他の貴族達を相手し、毎回仕えたいかどうかをアリシアから確認されてきた彼女達の反応を見てきたが、こんな反応を見せた事は一度も無かった。
昨日のあの短時間に、レティシアは一体何をしたというのか。
_____________________
一体何をしたと言うのだ。
気がつけばアナリア様のお付きの侍女様が私の専属侍女になっていた。名前はララさん。私より5つ年上の超美人だ。
彼女は子爵家の御令嬢、つまりは貴族の生まれな訳で、私は生粋の平民の生まれな訳である。
分かってもらえるだろうか。
ララ様と話しかけたらとても丁寧に、「今度言ったらしばく」と言われた。
こう、ギルベルト様に付いてた侍女さん達のように馬鹿にされた言い方ではなく、人生で初めて綺麗な笑顔で怒られた。
淹れてくれた紅茶がとても美味しかったので『紅茶ありがとうございます、淹れ方がお上手なのですね、とても美味しいです』と言ったら、とても丁寧に、「私に敬語だなんて何考えてるんですか、これくらい出来て当たり前です。でもありがとうございます、嬉しいです」と言われた。
丁寧な言葉使いに慣れてなさすぎて自分の言葉でしか表現出来ないのがとても惜しい、迫力がまるで違う。めっちゃ怖かった。
そして初めて2人きりになった時に言われた言葉。
「レティシア様、私はレティシア様専属の侍女として、貴方を立派なレディに差し上げる義務がございます」
そんな言葉を言われて何も答ることができなかった事は平民の中で、絶対普通の対応であった。
御令嬢に『様』を付けられることも、朝の支度から夜のお風呂まで面倒を見られることも全て普通なのであれば、私は永遠に普通にはなれないのだろうと思う。
ただ、その感想についてはすでにララさん…いやララから「これが普通だと思って頂けるよう貴方様に尽力致します」等言われている。
迷い込んだ迷路に、気がついたらゴールまで一直線の道が出来ていたかのような現象が起きている、誰か、この複雑な気持ちに解答を求めたい。
さて、辺境伯様の家ではギルベルト様に家を移されてからの期間で最も『今の貴族』という物を学んだように思う。
朝から昼までアナリア様からの『貴族学』昼から夕方までララによるダンス指導、夕食の時間は朝の復習とザヘメンド家の小話(旦那様に対するお言葉は鋭すぎてたまに震えた)。
そして夕方から少しの時間はギルベルト様から魔術を教わった。
ギルベルト様は、私が魔術を教わりたいという意志がある事に驚いていた。
さも教わりたくないように聞いていたらしい。誰にかと思えば寮にいる侍女達だそうだ。この屋敷に来てからの侍女さん達を見ていると、寮にいる侍女達の無能さは明らか、なぜギルベルト様に付いているのか不思議だった。
何が無能って思考能力だけではなくて、紅茶の味であったり掃除の後などがより顕著に分かるだろうか。
同じ茶葉だという紅茶は香り高く、掃除の後はまるでチリひとつない。更にいえば、常に気を使ってくれるわ、褒めてくれるわ、世話をさせろとばかりに、しかし、しつこくない程度に迫ってくる。(そしてつい、お願いしてしまう)
あっちの侍女達も来たばかりの頃はすごいと思っていたが、ここの侍女さん達を見てしまうとプロフェッショナルとアマチュア位の差を感じる。
しかも、プロ中のプロとそこそこなアマ位の差である。
それについてを一度アナリア様に聞いてみると、周りに星が飛んでいるのが見えるほど顔を輝かせた上で「レティシアはレティシアねぇ!」と言われた。私の頭の中は疑問符で埋め尽くされ、その後何故かギルベルト様のお兄様との婚約を勧められたので全力でお断りさせて頂いた。
あのお方は何文か文章を省略させて話す癖がある。
多分わざとなのだろうが私はまだ理解出来ない時が多い。困った方だと思う。
でも、そこがアナリア様の魅力でもあるのだろう。
因みにギルベルト様にも侍女について聞いてみたが、しばらく無言の後「母上に許されていない」と言った。よく分からなかったので首を傾げると、頭をくしゃりと撫でられて、「バレているのだろうなぁ」と呟いていた。
やはりよく分からなかったが、この方の私に対する小動物扱いは学園に入る前にやめて頂きたいものだと思う。
「3ヶ月後だ。一応貴族のしきたりなど学んでおいた方がいいからね」
そう言ってギルベルト様は元いた学校の方に再度通い始めた。
私には侍女はいないが、現在、世話役としてギルベルト様の3人の侍女がローテーションで残ることとなっている。彼女達は主に、私に3ヶ月着いてくれる講師様達の相手をするためなのだろう。
講師様達は一応お金を払われて来ているためか、嫌な顔はせず、しかし、こんな事も知らないのかという言葉を至極丁寧な言葉で教えてきてくれた。
つまり、小規模の学校を体感せよということなのか。
侍女が生徒で講師が教師。
そして、ギルベルト様はそれがさも当然のようである。
少し、同情していた。
これほどの魔法使いにパートナーが居ないなんてかわいそうだなと思って、来てあげた気持ちもどこかにあった。
蓋を開けたらこれである。
結局彼は『パートナー』はさほど求めていなかったのではないか。と思い始めた。
それならば私がここにいる必要性は皆無。
だが、私だけ我慢すれば私も私の家族も今後の生活は安泰なのだろう。
なら、それなら、もう一回だけ頑張ってみても良いのかもしれない。と、思う。
______バタン
ギルベルトはここ数日見かけていないパートナーの顔を見るために自分の部屋とレティシアの部屋の間にあるリビングで待っていたはずであった。
結果は、外から戻ってきたレティシアに一瞥され、近づくとどうもという声と共に扉が閉まる音が目の前で響いたのみだ。名前を呼んだ瞬間に視線を睨む様に向けられたのでそれ以上の言葉は口の中で飲み込まれてしまっていた。
侍女からは前と変わりはないと聞かされていたし、講師達からも普通に学んでいるという連絡が届いていた。
長く休んでいた学校では自分が片付けなければならない業務が残っており、最近はそこに構い切りだった事が彼女の怒りに触れたのだろうか。
生活は何不自由なく送れるように整えているというのに、一体何が不満なのだろうか。
もし後にウジウジと文句を言ってくる女なのであれば、念願のパートナーであっても、ここに連れてくるべきではなかったのかもしれない。
ギルベルトにとって基本的に『女』というのは一度限りの交わり位が1番楽しめると認識している。一度楽しげな会話を交わした後それ以上を求めてくるなど面倒でしかない。
だから、すり寄ってくるだけの女は適当に遊んでも問題ないと思っていた。
笑顔を向けて、優しい言葉をかけ、落とし、ヤって面倒がないように忘却の魔法をかけてリセットする。お陰で現状は行為の部分が切り取られ、ただの優しい男として世間一般には知られているはずだ。
やっと見つけた『パートナー』はあっさりした性格のようだったし、面白い反応をする人物だったから懐かせてみたいと連れ帰ってきたが、やはり彼女も『女』だったのかもしれないと思うと少し億劫である。
「ギルベルト様、アナリア様からお手紙が届いております」
「ああ、ありがとう」
にこりと笑えば侍女は少し頬を染めて下がっていく。
アナリアとは母の名前だ。あまり個人から手紙が届いたことが無かったので不思議に思いながら中身を開ける。
_そろそろパートナーを見せなさい。来週から1週間はナリアスタはおりません_
簡潔にそれだけが紙にのっていた。
来週から父が家には居ないらしい。
ギルベルトは、母に逆って良いことがあった試しがないと思い返して、少し面倒だがこれは行くしかないなとソファから立ち上がった。
彼女、レティシアは、ギルベルトが用意したドレスをお礼と共に受け取り、部屋へ戻ったまま出てこなくなった。出発予定時刻はあと10分ほどしか無い。
侍女達は先に馬車の方に行かせているのでこの場所にはいないので、ギルベルトは時計を見て立ち上がるとレティシアの部屋へノックしようと手を上げた。直後、
ガチャリと扉が開くと、無表情のレティシアが立っていた。
いつもはフワフワと浮いている髪は、整えられて艶のある緩やかにな髪となり背中に流れている。常に凹凸が出ないような服を着ているせいで分からなかったが、ドレスを着ることで案外メリハリのあるスタイルをしている事が良く分かった。
通常メイクなどしていない顔は、化粧が施され、可愛らしかったその顔を少しだけ大人っぽく、綺麗な顔へと変わらせている。
「なんですか」
「い、いや……」
こんな形で変わる事を知らなかったギルベルトは少しだけ狼狽て言葉を濁した。
「変ではありませんか?」
「え?ああ、とても綺麗だよ」
自分の言葉に驚いたギルベルトは少しだけ目を見開いた。頭で考えずに言葉が溢れた事が恥ずかしい。
綺麗だなどと簡単に褒めるだけでは物足りないという女性が多い事を知っている自分にとって、加えて言葉を送ろうとして、彼女の顔を見てやめた。
「ふふ……ドレスをありがとうございます」
「……」
満足そうに頬を染めてにこりと笑う彼女に驚く。
胸元の淡い紫から足元に向かうにつれ濃い青へと変わる色は
何気なく選んだ物であった。そのドレスの色が自分の瞳の色と被る事を今更ながらに気がついてドキリとする。
「ドレス、似合っているね」
「センスのあるギルベルト様がお選びになった物ですから、当然なのでは」
笑みをにやりとさせた彼女が下から覗き込むように顔を傾けると、先ほどから鳴り止まない心臓の音が再度大きく聞こえてきた。
初めて出会った時の衝動が体に駆け抜けて仕方がない。
彼女の手を取ってぐいっと引き寄せ、そのまま唇を彼女の耳に寄せると軽くキスをした。驚く彼女が固まっている間に、何故か用意していたネックレスとイヤリングも装着し、スッと体を離す。
ネックレスとイヤリングも、小ぶりながらキラキラと白く輝くようカットされたダイヤモンドがついている。まるで自分の髪の色と合わせたようだった。
なるほど。
女は嫌で面倒だとは思いつつも、やはり自分はパートナーである彼女の事を我がものにしたいらしい。
「渡す事を忘れていたよ」
「私は物で釣られるような女ではないですが、でも、アクセサリーまでありがとうございます」
彼女は、アクセサリーの色にどんな意味か含まれているのかについては把握していないようだった。
ただ単純に物を貰えた事を嬉しそうにする姿は貴族の女からは得られなかった喜びを感じる。
手を差し出すと彼女の手がゆっくりと重なり、再び無表情の彼女が現れた。
「レティシア…」
「今回は、辺境伯様はいらっしゃらないみたいですね」
「……ああ、父上はいないらしい」
「安心、いたしました」
そう言った彼女はまっすぐ前を向いて馬車に乗るまでは一度もギルベルトと視線を合わせることはなかった。
家に着くと一緒に付いてきたはずの侍女はいなくなっており、アナリアが管轄する侍女達に案内をされた。よく家の中を見ればアナリアが管轄している侍女達しか残っていない。
昔は、父と母の侍女が別れている事が当たり前だと思っていたが普通はそんな事ないらしい。
ただ、それを母に言った時の顔は今でも覚えている。
『何故かを理解した時、貴方にここを継がせると決めるわ。
まぁ、ただの貴族になりたいのなら理解しなくても構わないけれど』
その言葉とともに向けられた表情の奥には恐ろしい思考があるような気がして初めて母に恐怖を感じた日だ。
「ふふ、待っていたわよギルベルト。さぁパートナーを紹介して頂戴」
「母上、そんなに急がなくてもレティシアは逃げませんよ」
「レティシア!可愛い名前だわ、あら、貴方がそうかしら?」
そう言うとアナリアはソファからすくっと立ち上がりずんずんと近づいてきた。レティシアは挨拶をしようとスカートの裾を摘もうとしている姿で固まっている。恐らく想像していた形式じみた貴族ではない事に驚いているのだろう。
アナリアはレティシアの両手をスカートから引き離すと自らの両手に包み込んだ。
「あ、えっと」
「レティシア!私とっても貴方に会いたかったのよ!」
「ああ、は、はいあの」
「さ、もういいわ、貴方は出て行って頂戴ギルベルト。女だけで話を致します。ネネ、ネネ、ギルベルトを摘み出して。ああ、そうだわ、庭の草が結構生えてきていたから駆除するよう頼んでおいて、どうせ魔法で一瞬よ。さ、早く」
気がついた時には扉の前に追い出されており、更に侍女のネネに庭に案内をされていた。
まともに挨拶をさせなかった母の事を思い出し、ギルベルトはため息をついてしまう。レティシアは大丈夫だろうか。
アナリアは酷く好き嫌いが激しい人物だ。
もし何かあれば泊まることも許されずに追い出されてしまうことだろう。
レティシアは人をわざと怒らせるような事をする人物ではないと知っているが、だが、アナリアは彼女にとって利がある相手や認めた相手以外はあっさりと自分の興味から外してしまう。
万が一にでも追い出されてしまっても素晴らしい宿に泊まろうと心の中で決めた。
何故か手作業で雑草の駆除をさせられ、夕食の時間になった時、レティシアの顔を伺ったが何も得ることは出来ずに夜になってしまった。
「ギルベルト、レティシアに相応しい侍女は誰だと思うかしら?」
「相応しい?」
「ええ!そうよ!」
ギルベルトは早朝の朝食前にアナリアの部屋に呼び出されていた。彼女の顔には『徹夜しました』と分かるほどの隈ができていたが、裏腹に表情はとても輝き、楽しそうだという事が何も言わずとも伝わってくる。
しかし、彼女の言葉でやはりレティシアに専属の侍女がいない事は学校に通うにあたり不便なのだろうと分かり、ギルベルト自身の表情は暗かった。
「全く、侍女の要求はあの人が突っ返したって本当なのかしら?いっぺん首絞めた方がいい?」
一応出していた侍女の要求は、『平民なのだから全て自らできる、要らないだろう』という父の判断で無かったことにされている。恐らくアナリアの元へその要求が行く前に揉み消されたのだろう。
アリシアは侍女を渡す気満々だったようなので、今回特別に怒っているのかもしれない。
「ああ、そうだわ。ララにしましょう!ララならレティシアに相応しいわ!」
「ララって…母上専属の侍女ではありませんでしたか」
「あら、専属と言ったって3人いるのよ?全く問題はないわ!」
「そもそも、相応しいというのは……」
そう言うと、アナリアは驚いたように目を大きく開き、信じられないような顔をして黙った。
話し始めたら止まらない彼女がそういう反応をする時はあまり良い思い出がないが……。
「え、貴方分かっていないの?レティシアが居なくなったら貴方のパートナーは居なくなるのよ?なに、それともパートナーという存在自体必要ないだなんて思ってる?あっはは。まさかそんな事は…ないわよね?」
「………」
アナリアは、笑わせないでちょうだいと言いながら片手を振りそのまま顎に手を当てる。
「それにね?まだ報告では出ていないけれど今後絶対に出てくるわ」
「出てくる?」
「貴方よりも強い人物よ!パートナーの相手との協力によって確実に断固たる地位を得るのよ」
「……何か、知っているのですか」
「あら!今の貴方には関係のない話だわ」
アナリアには先見の力が備わっている。
それは、毎日夢を見るというアナリアがごく稀に見るとされるものであり、それが本当に先見の夢だったのかを確信することはあまりない。
多分何かの情報を得た上でそれが先見の夢だと確信しているのだろう。
にやりと笑いながら大きめの扇を緩やかに仰ぎ始めたアナリアは、侍女のミミに新しい紅茶を淹れるように指示をしている。
ネネ、ララ、ミミという3人の侍女は王家にも配属を多く出しているマラディアン子爵家の三姉妹であり、それはもう侍女のスペシャリストと言っても過言ではない。皇女様の侍女に推薦されていたにも関わらず、アナリアに仕えたいとやってきた出来事は割と有名な話だ。
その1人をレティシアに付かせたいという。更に言えば、『相応しい』らしい。疑問が残る言葉に首を傾げてみる。
「そうだわ、ミミ。ララを呼んできてくれるかしら?早速提案してみなくちゃね」
「かしこまりました、アナリア様」
「ふふ、ごめんなさいね、ミミ。ララにして」
「……奥様が決めた事ですから構いません」
そして、この侍女の反応を見る限り、恐らく自分達が仕えるに相応しい相手であると認識している事だろう。他の貴族達を相手し、毎回仕えたいかどうかをアリシアから確認されてきた彼女達の反応を見てきたが、こんな反応を見せた事は一度も無かった。
昨日のあの短時間に、レティシアは一体何をしたというのか。
_____________________
一体何をしたと言うのだ。
気がつけばアナリア様のお付きの侍女様が私の専属侍女になっていた。名前はララさん。私より5つ年上の超美人だ。
彼女は子爵家の御令嬢、つまりは貴族の生まれな訳で、私は生粋の平民の生まれな訳である。
分かってもらえるだろうか。
ララ様と話しかけたらとても丁寧に、「今度言ったらしばく」と言われた。
こう、ギルベルト様に付いてた侍女さん達のように馬鹿にされた言い方ではなく、人生で初めて綺麗な笑顔で怒られた。
淹れてくれた紅茶がとても美味しかったので『紅茶ありがとうございます、淹れ方がお上手なのですね、とても美味しいです』と言ったら、とても丁寧に、「私に敬語だなんて何考えてるんですか、これくらい出来て当たり前です。でもありがとうございます、嬉しいです」と言われた。
丁寧な言葉使いに慣れてなさすぎて自分の言葉でしか表現出来ないのがとても惜しい、迫力がまるで違う。めっちゃ怖かった。
そして初めて2人きりになった時に言われた言葉。
「レティシア様、私はレティシア様専属の侍女として、貴方を立派なレディに差し上げる義務がございます」
そんな言葉を言われて何も答ることができなかった事は平民の中で、絶対普通の対応であった。
御令嬢に『様』を付けられることも、朝の支度から夜のお風呂まで面倒を見られることも全て普通なのであれば、私は永遠に普通にはなれないのだろうと思う。
ただ、その感想についてはすでにララさん…いやララから「これが普通だと思って頂けるよう貴方様に尽力致します」等言われている。
迷い込んだ迷路に、気がついたらゴールまで一直線の道が出来ていたかのような現象が起きている、誰か、この複雑な気持ちに解答を求めたい。
さて、辺境伯様の家ではギルベルト様に家を移されてからの期間で最も『今の貴族』という物を学んだように思う。
朝から昼までアナリア様からの『貴族学』昼から夕方までララによるダンス指導、夕食の時間は朝の復習とザヘメンド家の小話(旦那様に対するお言葉は鋭すぎてたまに震えた)。
そして夕方から少しの時間はギルベルト様から魔術を教わった。
ギルベルト様は、私が魔術を教わりたいという意志がある事に驚いていた。
さも教わりたくないように聞いていたらしい。誰にかと思えば寮にいる侍女達だそうだ。この屋敷に来てからの侍女さん達を見ていると、寮にいる侍女達の無能さは明らか、なぜギルベルト様に付いているのか不思議だった。
何が無能って思考能力だけではなくて、紅茶の味であったり掃除の後などがより顕著に分かるだろうか。
同じ茶葉だという紅茶は香り高く、掃除の後はまるでチリひとつない。更にいえば、常に気を使ってくれるわ、褒めてくれるわ、世話をさせろとばかりに、しかし、しつこくない程度に迫ってくる。(そしてつい、お願いしてしまう)
あっちの侍女達も来たばかりの頃はすごいと思っていたが、ここの侍女さん達を見てしまうとプロフェッショナルとアマチュア位の差を感じる。
しかも、プロ中のプロとそこそこなアマ位の差である。
それについてを一度アナリア様に聞いてみると、周りに星が飛んでいるのが見えるほど顔を輝かせた上で「レティシアはレティシアねぇ!」と言われた。私の頭の中は疑問符で埋め尽くされ、その後何故かギルベルト様のお兄様との婚約を勧められたので全力でお断りさせて頂いた。
あのお方は何文か文章を省略させて話す癖がある。
多分わざとなのだろうが私はまだ理解出来ない時が多い。困った方だと思う。
でも、そこがアナリア様の魅力でもあるのだろう。
因みにギルベルト様にも侍女について聞いてみたが、しばらく無言の後「母上に許されていない」と言った。よく分からなかったので首を傾げると、頭をくしゃりと撫でられて、「バレているのだろうなぁ」と呟いていた。
やはりよく分からなかったが、この方の私に対する小動物扱いは学園に入る前にやめて頂きたいものだと思う。
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※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
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