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陰流宗家に勝つ!

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なんだこれは?思った以上に間合いが近い!

そんなはずは…

治三郎の間合いの詰め方が一呼吸速かった。
仕方なく沙織は体を捌いてやり過ごした。
身構えるとまたしても治三郎は平青岸の構えを一度取りまた剣を引いて脇構えを取った。

…どういうことだ?

沙織は焦った。

剣を後方に引いて脇構えを取ったら間合いは遠くなるはず!

間合いはじつは変わってなかった。
構えを変えることで間合いが変わったように見せる。
それが新陰流三学円の太刀の一刀両断という技だ。
治三郎は当然陰流の宗家なら知ってるはずなのに、沙織の反応を観て意外に思った。

陰流には円の太刀一刀両断はないと見た…
やはりこれは上泉伊勢守先生の発明で愛洲移香斎は知らないようだな。

治三郎は一気に色めいた。

この勝負、勝てるぞ!

陰流宗家に勝てる!

これなら陰流宗家愛洲香織を倒せる!

治三郎がわずかに動いた、と思ったらすでに沙織の眼前に来た。
抜きざまに斬り上げるという無外流の逆袈裟を使うだけの間合いがわずかに足りない。
沙織は横に捌いて木剣を右手で腰に対し水平に後ろへ引いた。

「もうこれしかない!」

治三郎が向き直った瞬間、木剣の切っ先が治三郎の胸、正確には胸骨を突いた。
沙織は一気に木剣を押し込んだ。
治三郎は後方に飛ばされ体勢を崩した。

「ぐおっ!」

そこへ沙織の一撃が治三郎の頭を捉えた。
むな尽くし、無外流五応という迎撃の技のひとつだ。
水月を突いて倒すもいいが沙織は胸骨を突いて崩せと熊斬斎から教わっている。
やたら水月を突いて万が一抜けなくなっては次の者に斬られる。
人間の体は刃物で刺すと筋肉で締まる。
それを抜くには体ごと剣を引き抜かねばならない。
実戦で斬り合いの最中冷静にそれができたとしてもその動作のために次の攻撃に対応できなくては斬られるだけだ。
だから胸骨を突いて崩す。
次の一打でその相手なり次の相手を斬ることができる。

沙織は一応手加減をしたので気を失うほどではなかったが、それがまた痛い。
治三郎は痛そうに頭を抱えて起き上がった。
その姿を見て沙織は胸がすーっとしていくのを感じた。

ああ…この感じ。

「勝負ついたな。では。ゆくぞ亜香里!」

「待て!」

沙織の踵を返した足が止まった。

「まだなにか用か?」

「それは…陰流の技ではあるまい!」


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