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海の上の剣技

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いつもの顔ぶれ、いつもの稽古、いつもの楽しい雰囲気での稽古。
香織が女だからなのか道場の雰囲気は悪くなかった。
むしろ年配者や元服前の少年でも学びやすい道場だった。
そこへ戸口から見知らぬ若い武士が現れたとき、道場生達はあまりに空気に馴染んでいるので他流の人間だとは思わなかった。

「あの…申し訳ないがどなたか愛洲香織先生を呼んでいただけないだろうか」

そこで初めて道場生達はよそ者がいることを認識した。

「愛洲先生。客人でござるよ」

年配者の道場生が教えに来てくれた。
隅の方で教えていた香織がそれを聞いて出てきた。

「わたしが愛洲香織ですが、何用でございましょう」

「某、山本治三郎と申します。尾張の新陰流を学んだ者でござるが、本日はよろしければ一手ご教授…」

「待たれよ」

手を開いて治三郎を制した。

「新陰流の使い手がこの道場を訪ねてくることは珍しいことではない。大体は技の違いを知りたいというのが目的なのだが、貴殿は試合を所望なのかそれとも単に技の違いを知りたいのか…」

「そ、そういうことならむしろ某も技の違いを知りたくて参った次第にござる」

「なら話は早い。一緒に稽古をしてみてはいかがか。まあ出稽古だと思って」

「出稽古!願ってもないこと!それでよければぜひお願いしたい」

「そこに木刀が掛けてある」

治三郎は壁に木刀掛に残った木刀を取り稽古に参加した。
見るとひとつ異様なことに治三郎は気づいた。
攻めを取る道場生の剣はいっさい止まらないということだ。
常に木剣を振り回している。
また、他人の木剣が当たらないように注意しながら攻め手は攻め、受け手は捌く。
しまいには床に転がって受け身を取って剣勢をかわしている。
見たことない光景だ。
治三郎は見たことなかったがそれはちょうど海賊が船の甲板で斬り合いをしてる状態に似ていた。
そしてそれこそが愛洲移香斎の編み出した陰流の真髄だった。
貿易商人だった愛洲移香斎は海賊という一面もあった。
そして止まることを知らない海の上の剣技は倭寇が使い、唐をして「車剣」として苦しめた技となり、日本では上泉伊勢守信綱が「新陰流」として広めた。

「なんという…」
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