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香織の言及

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沙織と亜香里が屋敷に帰ってくるとちょうど真吉が出て来た。

「あ。どうも沙織さま。ははっ…」

真吉はバツの悪い笑顔で沙織とすれ違った。
沙織は、真吉の手首を掴んだ。

「あ」

沙織は「今度、俺の部屋に…」

「なにをしている!」

香織が縁側から睨んでいる。

「いや…ちょっと挨拶したかっただけだ。なあ真吉!」

わざとらしく真吉の肩を叩いた。

「お!いい肩してんな。さすが!じゃあな」

沙織は真吉を離した。
まだ香織は睨んでいる。
沙織はなんとか香織の機嫌を取ろうと一瞬考えた。

あの話をするしかないな…

「尾張の新陰流を知ってるか?」

「尾張?石舟斎の新陰流であろう。もちろん知ってる」

「先ほど山本なにがしという者がオレを香織と勘違いして試合を申し込んできてな…女侍などそういないからな」

「無論、違うと言ったのだろう」

「いやそのまま勝負を受けてやった。まあ打倒したから安心しろ」

「なんということを!もし負けていたらわたしが負けたことになるではないか!」

「まあ勝ったから良しとせえ」

「勝ったと言っても陰流の技などおぬしは知るまい!新陰流なら陰流との違いを知りたくて試合を挑んできたのだろう」

「ん?まあ…言われてみれば…」

「新陰流の修行者が訪ねてくることは、ここではよくあることだ。あくまで親善試合をして丁重に帰ってもらうようにしている。それをただ打倒したとなっては遺恨を残すであろう!」

「まあ、そこになぜか渡世人が居合わせてな。それでオレが地井頭だとバレた。だからおそらくここを訪ねてくるぞ」

香織は呆れてため息をついた。

「もうよい。そろそろ稽古の時間だ。道場生達が来るので支度してくる」

「お。ではオレも陰流の勉強をさせてもらおうかな…」

香織はキッと睨んだ。

「陰流を覚えてわたしの名を語ってまた試合をするつもりか?」

「いや…後学のためだ。あははははは。そもそもオレは他流試合など本来しないぜ。売られた喧嘩を買うだけだ」

「喧嘩?…たくっ…」

なにか言いたくなるのを抑えて香織は稽古の準備をしに部屋に戻った。

「ふう…」

やっと香織の言及が終わって沙織もため息をついた。

「実際、香織さまと沙織殿が戦ったらどちらが強いのだ?」

亜香里がぼそっと言った。

「さあな。ただ言えることは…」

「言えることは?」

「オレのほうがいい女だってことだ」

「…図々しいにも…」

「誰が図々しいにもほどがある、だ?」

沙織がツッコんだ。
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