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尾行

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数日後、渡世人は地井頭沙織の痕跡を辿ってあちこちを聞き回っていた。

「しかし、この天下の江戸で一人の女侍を俺だけで探すとなると相当骨が折れるってもんだぜ」

女侍…?

「待てよ…あいつ。陰流の愛洲香織の名を騙っていたな…」

渡世人、鉄風の猿吉は地井頭と愛洲の関連を考えた。

「知らなかったら名乗れねえんじゃねえか?いや、同じ女侍の噂を聞いて名乗ったか…」

「どっちにしろ手がかりはそれしかねえ。丁が出るか半が出るかサイコロは振らねえと勝負にもならねえってもんだぜ」

陰流愛洲道場の場所はすぐにわかった。
近くの茶屋から道場を見ていると少女が入って行くのが見えた。
紙を巻いて口から縄を通した魚を手にぶら下げた亜香里だ。

「ありゃたしか…」

地井頭と一緒にいた女だ…

「やはりここにいたのか…」

すると火消しの羽織姿の男が出てきた。
纏持ちの真紀理、いや真吉だ。
そのあとからこそこそと戸口から顔を出した女侍がいた。
地井頭沙織だ。

「あのやろう…」

沙織は真吉の後をつけて行った。
真吉をどうしても自分のものにしたい。
どこか人目につかないところで押し倒してやろうと、もはや悪い男みたいなことを頭に思い浮かべて真吉の後を静かに追った。

「今日という今日は必ずオレのものにしてやるぜ真吉…」

悪い人相になっていた沙織だが、ふと背後の足音が気になった。
襲撃をする人間の足音にはわずかだが独特の調子がある。
後をつけてくる足音は対象の足音に合わせて遅れさせたり、速くなったり、すべてが前を歩く者を基準に歩く。
自分が対象となればその足音のわずかな異変に気づく。
沙織は真吉を追うのをやめ、角を曲がった。
やはり足音はついてくる。
しばらく歩く速度を変えて歩いたが、後ろを歩く音は沙織の歩調に合わせている。

やはり…オレを着けている。

この先は町外れの野原だ。

そこで場合によっては斬る…

猿吉は沙織がどこに向かっているのかわからなかったが、人目を避けているのはわかった。
たとえ急に振り返ったとしても傘で顔は見えない。どうとでもなる。
沙織が立ち止まった。
そしてゆっくりと振り返って言った。

「オレになにか用でもあるのかい?」
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