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喧嘩五十年の見栄

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「誰も動くんじゃねえぞ」

袖口を合わせ山尾東吉郎は冷静になにごともないような話し方で手下達を治めた。

「俺は侍れぇに対して昔っから思ってることがある」

手下達を警戒しながら治三郎は聞いた。

「なんだそれは?」

「なんでお侍れぇは剣にこだわるかねえ?」

「…なにを言い出すかと思えば…現に今、剣を首に当てられて動けまい」

「喧嘩ってのはな。なんでもありよ」

「なんでも?」

「手下がいようとこの山尾東吉郎はステゴロでイモ引いたことは一度もねえ!」

東吉郎袖口を素早く離し治三郎の切っ先を弾いた。
見ると鎧の手具足で拳から前腕を覆っている。

「なっ…手具足だと?」

「素手でごろくまくステゴロ。しかしなんでもやるのが喧嘩の掟!山尾東吉郎喧嘩道五十年!見せてくれるぜ男の道!」

「よっ!山尾の親分!」

手下が歌舞伎の屋号のように持ち上げた。
山尾はこうして手下達の士気を上げて来た。
手下達の高揚は最高値に達した。
だが治三郎は冷たい目で山尾を普通に刺した。

「ぐあっ…」

「すまぬが俺は歌舞伎の調子というものを知らんのでな」

「てめえ!親分が喧嘩五十年の見栄を切ってる時に…」

「剣にこだわる武士がわからぬのなら、喧嘩の見栄にこだわるやくざ者の言い分など俺にはわからん」

治三郎は手下達を一瞥して言い放った。

「大将は死んだ!帰れ!」
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