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来世なんてやだ!

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外では壁に耳を立てて真紀理と亜香里が沙織の危機に居ても立っても居られなくなっていた。
亜香里は爪を噛んでことの成り行きを見守っている。
真紀理は目は泳がせながら目に入った隣家のはしごに手を掛けた。
わけもわからずはしごを壁に掛けて登ろうとした。
亜香里が帯を引っ張て止めた。

「なにをしてるの?」

「だって沙織様があんなに怖がってる。行ってあげないと…」

「あんたが行ってどうするの!あの人達は斬り合いをしてるのよ!剣も知らないあんたがなんの役に立つの?」

「でも…だって。オレが行かなきゃ…」

「だから!行ってどうするの!」

「沙織様や香織様が危険をおかしてるのにこのオレがひとりでのうのうとしてられねえよ!」

「いい。わたしたちは女だから戦いに行かなくていいの!」

「沙織様達だって…」

「彼女達は武士!そしてわたし達を逃してくれた!わたし達に希望を託したの!わかる?」

「だって…」

「わたし達が生きることに命をかけてくれたの!」

亜香里は凄むように目を見開いて真紀理の襟を両手で掴んだ。

「だから…悲しかろうが、悔やもうがわたし達は生きるしかないの…生きるしか…」

亜香里の真剣な目に真紀理はなにも言えなくなった。
だが壁の向こうからは沙織の悲鳴のような断末魔の声がする。

「うわああああああ!」

真紀理は涙目で亜香里の両肩を掴んだ。

「怖がってる!あの机上な沙織様があんなに怖がってるよ!どうすればいいの?」

道場でも龍蔵と対峙する香織にも聞こえる。

「待ってろ。もう少しだ…沙織…」

龍蔵の容赦のない偽陰流が香織に襲いかかる。

「くっ…」

治三郎は玄関先でまだ数人のやくざ達に手こずっている。
沙織の悲鳴を香織のものと勘違いしていた。

「愛洲殿!無事か?待っておれ!今そちらへ…」

「ごちゃごちゃうるせえ!」

やくざ達の攻撃をなんとか跳ね返し、玄関を守るのがやっとだ。
真紀理ははしごを掴んだ。

「もう我慢できない!」

「ダメ!ぜったいダメ!」

亜香里が全身全霊で真紀理を止める。

「あんたまで死んだら香織様にも沙織様にも合わせる顔がない!」

「でも死んだら顔もなにも…」

亜香里は、カッと真紀理を見て言い放った。

「来世がある!」

「来世…?」

真紀理の力が抜け子供のように泣き出した。

「いやだよう~…そんなのやだよう…来世なんてやだ!やだ!ぜったいやだ!わああああああああ!」
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