佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)

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おくみの剣ダコ

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 おくみがいると言われた部屋へ向かうと灯りが灯されていた。
 障子を開けるとおくみが慎ましく座り忠明を待っていた。

 「典膳さま」

 妖艶さが出てきたと言ってもその純粋でつぶらな瞳は忠明が出会ったときのおくみのままだ。
 阿国を抱いてる間ずっと忠明を待っていたのだ。
 罪悪感と愛おしさが忠明に押し寄せてきた。

 「おくみ」
 
 こっちは灯りが灯っており、おくみの顔がよく見える。
 暗闇で抱いた先ほどの女のことなどもう忘れた。

 「お夕飯はもう食べられましたか」

 「では酌を…」

 と、とっくりに手を伸ばそつとしたその手を忠明はそっと取った。

 おくみは顔をほんのりと赤らめ視線を外した。
 すぐにおくみの掌に違和感を覚えた。
 昔の人間はみな仕事によって手にタコがあった。
 しかしおくみの掌には剣ダコがあったのだ。
 役者であれば芝居で剣の練習もあるだろうが、おくみの剣ダコは左手の小指の付け根にあった。

 「剣の練習をしているのか」  

 「はい。恥ずかしながら典膳さまのような剣士を演じ
 ようと稽古を重ねました」

 「俺のような…」

 「そうだ。今の俺は典膳ではない秀忠様から偏諱の下肢を受け小野忠明となったのだ」

 「小野忠明…さま…」

 その頃、阿国は忠明のいない部屋でひとり残り酒を煽ってほくそ笑んでいた。
 すでに自分を二回も抱いた以上、おくみが満足するほどの体力が忠明に残っていなければせっかくの再会も台無しだろうと思っていた。
 阿国は甘かった。
 おくみの掌に剣ダコができていた。
 このことで忠明にはさらに愛おしさが増した。
 それに忠明は剣聖を受け継いだ者である。

 おくみ…剣ダコができるほど稽古をしたのか…

 おくみの剣ダコに触れるたびに忠明は愛おしさと興奮を覚えた。
 おくみは何度も魂の昇天を繰り返し忠明もまぐわいの佳境に差し掛かり、結局明け方までおくみを抱き続けた。
 二人共、いや二人だからこその幸福を味わった。

 「おくみ、剣を教えてやる」

 おくみは思いがけない忠明の言葉に嬉しそうに答えた。

 「はい」

 愛する者から目指す技を学べる喜び。
 それは女のおくみにしかわからない感情だろう。
 その日からしばらく、忠明はおくみに剣を教えた。
 おくみも一生懸命忠明が言ったとおりのことを体現しようとした。
 忠明にとってこれほど幸せを感じたことはなかった。
 女人が剣を学ぶ、そして男と戦えるほどの腕を持つにはどうしたらよいか。
 忠明は知っていた。
 武道において最も重要な基礎は足を鍛えること。
 幼少の頃から田植えを手伝い、泥の中で剣の鍛錬をした。
 その中で身に着いた足の動きがあった。
 それをおくみに教えた。
 女人が行うには見た目がはしたないのでおくみは袴を履いて練習した。
 呼吸を動きに合わせることに集中する。
 雑な素振りはただ筋力をつけるだけ。
 己の感覚を無視することになる。
 体と感覚を最高値まで合わせる。
 それが達人たちの鍛錬法だった。
 そしてこのおくみの剣技が意外なところで力を発揮することになる。
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