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小倉で再び

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 阿国が演出した江戸での騒ぎも、松山主水が小倉で召し抱えられるために演出された松山主水大吉の履歴作りだ。 
 過去のない剣士を武芸に重きを置く細川小倉藩で召し抱えるわけにはいかない。
 家臣達が納得しないだろう。
 松山主水が小倉城に参上した日、表御殿では四十三歳となった細川忠利が、松山主水大吉の挨拶を受けていた。
 家臣達は江戸での若侍達との騒ぎは聞いていたが、それ以上の過去のない主水が剣技指南役として、ましてやあの佐々木小次郎の後釜として召し抱えられることに疑問をもっていた。
 無論、細川忠利は目の前の主水が何者か知っている。
 忠利が生涯で会った最強の男が、また小倉に帰ってきた。

 懐かしい…

 忠利の目がそう言っているが、忠利はあえてとぼけて言った。

 「さて、松山主水といったか。小倉藩の剣技指南役には、かつて巌流佐々木小次郎がおった。知っておるか?」

 「巌流佐々木小次郎?いえ存じませぬ」

 家臣達は佐々木小次郎を知らないのかと主水を睨んだ。
 
 「巌流島で宮本武蔵と戦った小次郎じゃ」

 「はて…。ああ、宮本武蔵は存じております。武蔵に負けた者のことでござりましょうか?」

 小次郎に心酔していた家臣達は多かった。
 たったひとりで島津に乗り込み、倭寇を倒した男だ。
 その小次郎を侮る主水に歯ぎしりをする家臣もいた。
 だがその主水が小次郎本人と知るのは忠利のみだ。

 この男もとぼけたことを申すようになったのう…ふふふ。
 
 「江戸では派手に喧嘩をしたらしいではないか。なんでも相手は二十人の若侍達であったそうだな」

 「はい」

 「心の一法を用いいとも簡単に捌いて斬ったそうだな」

 心の一法…?

 家臣達は聞き慣れぬ技を聞いて考え始めたり、余計に疑いをもったりと様々な顔をしてみせた。
 その家臣達の顔を見て楽しんでいるのも忠利だ。

 忠利が聞いた。

 「その方の流派はなんと申す?」

 「二階堂流平法と申します。ひらの法と書いて平法でございます」

 「ほう…」

 「初伝の一文字、中伝の八文字、そして奥伝の十文字を合わせ、平の字の平法にございます」

 「平の字とな…」

 「二階堂流は我が家に伝わる二階堂流剣術に、某が心の一法を加えた技にございます」

 いかにも正当な剣術の一派の内容に聞こえる。
 だがやはり心の一法と聞いて家臣達が眉をひそめた。

 心の一法…怪しげな…

 忠利が家臣達の疑問を解いてやろうと主水に質問する。

 「心の一法というと、どういうことじゃ?」

 「相手にすくみをかけ動けなくなったところを斬る技にございます」

 これを聞いて一気に家臣達がざわついた。
 武芸といえば小倉藩でも様々な流派がある。
 だがそれは聞いたことのない戦法だった。
 忠利だけはそれが佐々木小次郎の、いや一刀流の小野忠明の新しい境地ということだと理解した。

 「ではその方の技、とくと見せてみよ」

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