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第一幕 京編
強く気高き姫
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「千紗……」
目の前に立つ、娘の名を小さく呼んだ忠平。
その眉間には、深い皺が刻みつけられていたものの、千紗は決して視線を反らす事はせず、父である忠平と真正面から対峙した。
「父上、お話があります」
「………何だ?」
「千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない」
そこまで言い終わると、千紗は忠平の数歩手前で歩みを止め、不揃いに残った残りの長い髪を掴むと秋成から奪った短刀で自ら思いきり切り落として見せた。
「千紗っ!お前、何を……」
「結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を……千紗自身を好きになってくれる、そんな人が良い」
「千紗………」
「それからもう一つ。この者達を我が藤原の屋敷で雇ってはいただけませんか。この者達は、千紗達貴族のせいで親を無くしたと聞きました。ならば、妾達は責任を持ってこの者達の生活を支援しなければならないのではないですか?」
「……」
「父上!これは千紗の我が儘だと言う事は分かっています。ですが、どうか……この我が儘を受け入れてはもらえないでしょうか?」
「……」
「…………」
親子の間に長い長い沈黙が続いた。
「お前と言う奴は…………とんだお転婆娘だ」
千紗の言い分に、「はぁ」と小さく溜息を吐きながら、そう小言を漏らす忠平。
娘を鋭く睨みつけたまま一歩二歩、ゆっくり娘との距離を縮めていく。
父のどんな叱責にも、決して視線を反らすまいと、ただ真っ直ぐに父の瞳を見つめ続ける千紗。
そんな娘に根負けしたのか、千紗から先に視線を下に反らしたのは忠平の方だった。
「その我が儘な所と言い、芯の強い所と言い……本当にお前は、お前の死んだ母親そっくりだ。まったく」
呆れているような、怒っているような、そんな言葉とは裏腹に、表情には優しい笑みを浮かべながらそれだけ吐き捨てた後忠平は、そっと千紗を自身の方へと抱き寄せた。
「っ………」
「無事で良かった」
父の口から漏れ出た安堵の言葉。
久しぶりに感じる父親の温もりに千紗は一瞬目を見開くも、規則正しく聞こえてくる父親の心音と、自分を包み込む温かな腕に、次第に力が抜けて行き――千紗はゆっくりと意識を手放した。
「千紗っ?!」
急に力なくその場に崩れゆく我が子を、忠平は慌てて抱き留める。
その様子に小次郎と秋成も慌てて二人の元へと駆け寄った。
抱き留めた娘の顔を覗き込むと、暫く後に笑みを零す忠平。
心配気な二人に向かって穏やかな口調でこう囁いた。
「大丈夫。気をはって疲れたのだろう。眠ってしまったみたいだ。でも……見てみなさい。穏やかな笑顔を浮かべているよ」
忠平の言葉通り千紗の穏やかな寝顔に、小次郎も秋成もほっと胸をなで下ろした。
目の前に立つ、娘の名を小さく呼んだ忠平。
その眉間には、深い皺が刻みつけられていたものの、千紗は決して視線を反らす事はせず、父である忠平と真正面から対峙した。
「父上、お話があります」
「………何だ?」
「千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない」
そこまで言い終わると、千紗は忠平の数歩手前で歩みを止め、不揃いに残った残りの長い髪を掴むと秋成から奪った短刀で自ら思いきり切り落として見せた。
「千紗っ!お前、何を……」
「結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を……千紗自身を好きになってくれる、そんな人が良い」
「千紗………」
「それからもう一つ。この者達を我が藤原の屋敷で雇ってはいただけませんか。この者達は、千紗達貴族のせいで親を無くしたと聞きました。ならば、妾達は責任を持ってこの者達の生活を支援しなければならないのではないですか?」
「……」
「父上!これは千紗の我が儘だと言う事は分かっています。ですが、どうか……この我が儘を受け入れてはもらえないでしょうか?」
「……」
「…………」
親子の間に長い長い沈黙が続いた。
「お前と言う奴は…………とんだお転婆娘だ」
千紗の言い分に、「はぁ」と小さく溜息を吐きながら、そう小言を漏らす忠平。
娘を鋭く睨みつけたまま一歩二歩、ゆっくり娘との距離を縮めていく。
父のどんな叱責にも、決して視線を反らすまいと、ただ真っ直ぐに父の瞳を見つめ続ける千紗。
そんな娘に根負けしたのか、千紗から先に視線を下に反らしたのは忠平の方だった。
「その我が儘な所と言い、芯の強い所と言い……本当にお前は、お前の死んだ母親そっくりだ。まったく」
呆れているような、怒っているような、そんな言葉とは裏腹に、表情には優しい笑みを浮かべながらそれだけ吐き捨てた後忠平は、そっと千紗を自身の方へと抱き寄せた。
「っ………」
「無事で良かった」
父の口から漏れ出た安堵の言葉。
久しぶりに感じる父親の温もりに千紗は一瞬目を見開くも、規則正しく聞こえてくる父親の心音と、自分を包み込む温かな腕に、次第に力が抜けて行き――千紗はゆっくりと意識を手放した。
「千紗っ?!」
急に力なくその場に崩れゆく我が子を、忠平は慌てて抱き留める。
その様子に小次郎と秋成も慌てて二人の元へと駆け寄った。
抱き留めた娘の顔を覗き込むと、暫く後に笑みを零す忠平。
心配気な二人に向かって穏やかな口調でこう囁いた。
「大丈夫。気をはって疲れたのだろう。眠ってしまったみたいだ。でも……見てみなさい。穏やかな笑顔を浮かべているよ」
忠平の言葉通り千紗の穏やかな寝顔に、小次郎も秋成もほっと胸をなで下ろした。
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