時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

生意気な子供

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つい数日前まで、小次郎と秋成と、三人でいる事が当たり前だった。

それが、小次郎がいなくなり、続いて秋成までもが、敬語を使い、壁をつくり、主従となる道を選ぶと言う。

急速に変わり行く周りの変化に、いくら頭で理解しようと努めても、十五歳と言うまだ幼い千紗の心までもは追いついて来ない。

秋成と小次郎、幼い頃共に時間を過ごし、友とも家族とも思っていた大切な二人との関係。この先も思い描いていたはずの未来が手のひらの中から零れ落ちていく。

何故、こんな事になってしまったのだろうか。
何処ですれ違い、何を間違えたと言うのだろうか。

哀しみに打ちひしがれる千紗は、秋成の覚悟とは対照的に、もう戻る事のできない過去を嘆き、一人哀しみに震えていた。


「これはこれは千紗姫。このような所でそのような下賎の者といったい何をしているのですか?」


千紗が、突然の秋成からの宣言に戸惑い、葛藤していたその時、不意に後ろから千紗に声が掛けられる。
宴を抜け出した事が、もうバレてしまったのかと、驚き振り向く千紗だったが、不思議な事に千紗が振り向いた先には誰の姿も確認できなかった。


「……?空耳か?」

「失礼な! 千紗姫様、ここですよ、ここ!」


空耳かと、危うく無視されかけた己の登場を、ピョンピョン跳びはね必死にその存在をする主張する声の主。


「……子供?」


その人物は、身長が千紗の胸元程の高さの男の子で、歳は、10歳前後と言ったところだろうか。こんな子供が、こんな遅い時間に、我が藤原屋敷で、一体何をしているのだろうか?
千紗はい訝しむ。

身なりからして、それなりに格式ある家の者ではある事は分かった。

が、秋成を下賎の者と蔑むとは。腹を立てた千紗は哀しみ、落ち込んでいた感情を一時手放し千紗は秋成に言う。


「秋成、屋敷にこのような生意気な小童こわっぱの侵入を許しおって。お主はちゃんと警護の仕事をしておったのか?」

「も、申し訳ございません、姫様」

「だからその話し方はよせと……まぁ良い。その話は今は横に置いておいて、それよりもこのクソ生意気な小童を早く妾の前から消してくれ」


子供の着物の襟をぐわしっと掴み、庭先の秋成に向けてつまみ出す千紗。


「承知致しました」


主の命に、秋成は一礼すると、千紗から子供を引き取り、庭へ向けて投げ捨てる。
二人にぞんざいに扱われた子供は、顔を真っ赤にして秋成に向かって突進してきた。


「何をする、この無礼者!我を誰か知っての狼藉か?! 聞いて驚け、我が名は――」

「お前がどこの誰かなんて興味はない。誰であろうと俺は、姫から受けた任務を遂行するまでだ。良いから大人しくしろ」


ポカポカと秋成の体を叩き続ける子供に、鬱陶しげに男の子の頭をポカンと一発軽く殴り付けた秋成。

初めての仕打ちに男の子は驚き、頭上の遙か上にある秋成の顔を睨み上げた。

睨んだ所で全く怖くはない。
だが、威勢と口だけはいっちょ前で――


「お前! 我に対してなんたる無礼な振る舞いを! このような事をして許されると思っているのか?! 覚えておけ、後で必ず後悔させてやるからな!!」


大声でキャンキャン吠える子供の金切り声に、ついには騒ぎを聞き付けた武士団の者達や宴に招かれた客人達、多くの者がわらわらと集まってくる始末。


「何だ何だ、いったい何の騒ぎだ?」

「うるさいぞぉ、せっかくの旨い酒が台なしだぁ」


真っ赤に顔を染めながら、よろよろと覚束ないあしどりで野次馬に来た貴族の殿方達だったが――
秋成とその子供の姿を目に写した瞬間、赤かったはずの顔を皆一気に青ざめさせて固まった。


「……こ、これは……」


悲鳴にも似たどよめきを上げながら、子供を指さし、わなわなと恐怖に震え始める貴族達の反応に、一体何事かと秋成は子供を見る。

だが秋成からしたら、やはりどこにでもいそうな普通の子供にしか見えない。

それなのに、大人達のこの反応は?
意味がわからずポリポリと頬をかく秋成の頭に、次の瞬間、もの凄い勢いのげんこつが落とされた。


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