時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

条件

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「いいですか。まず条件1つ目、共に連れて行く者は極力人数を減らします。そうですね……護衛に我が屋敷に仕える武士団の者達の中から3名。身の回りの世話をする侍女を1名。それから、一人道案内をつけましょう」

「全部で5人? ちょっと待て、共がたったのそれだけか? ちと人数が少なすぎるのではないか? 少なくとも数百は欲しいだろう」


予想もしていなかった条件の提示に、朱雀帝が慌てて口を挟む。


「そんな大人数を、連れていかれては困ります。そもそも帝の不在は周囲には秘密とします。私と、私の周りの極限られた信用できる人間にしか知らせません。故に共は我が屋敷から数人に絞らせて頂きます。それと人数を減らす事にはもう一つの意味がございます」

「もう一つの意味?」

「はい、賊に襲われる危険を減らす為です」

「逆ではないか? 人数が少なくては、もし賊に襲われるような事態に襲われた時、護衛の手が足りず、我と千紗姫は危険な目に遭うやもしれぬ」

「いいえ、人数が多くてはかえって目立ってしまう。人数が少なければ、そもそも狙われる危険も減るはず。それと同じ理由で、条件2つ目。千紗と帝には、それぞれこれを着てもらいます」


そう言って、忠平は着物がしまってある衣装箱の中から、あるうす汚れた着物を取り出して来た。

それは、昔よく忠平が、妻の順子と共に京の街へ、お忍びで出掛けた際に着ていたもの。


「こ……こんな薄汚れたものを我に着ろと申すのか。そもそもこれは本当に身に纏う物か? 見るからに生地が薄く、そのくせ堅い。袖などすり切れてボロボロではないか」

「帝、多くの民人達は、これを着て生活しています。帝もこれを着る事で、民人に紛れられる。民人に紛れられれば、賊に襲われる心配も少しは減らせましょう」

「だからと言って、こんな汚いもの……絶対に着たくない。我は嫌じゃ!」


我が儘を言い出した朱雀帝に、しめたとばかりにニッコリ微笑む忠平。


「では坂東へ行くのは諦めて下さいますな」

「う゛……………」


弱みを握られ、言葉に詰まった朱雀帝の頭を、すかさず千紗が後ろから“パシン”とはたいた。


「痛っ……」

「アホかお主は。父上の策に引っかかってどうする。たかだか着物を代えるくらい、わけないだろう。それに先程お主は、貴族社会以外の世界も見たいと申しておったではないか。民人達の事を知りたいのであれば、身なりから真似してみるのも一つの手だぞ。まずは文句を言わず着てみようではないか。と言うわけで父上、私はその条件でおおいに構いません」


千紗から返って来た何とも頼もしい言葉に、忠平が苦笑いを浮かべながら小さく零した。


「千紗……お前はお前で順応性が高過ぎて……困る」

「?」


忠平の零した言葉に、千紗は小さく首を傾げた。


「さて、では気を取り直して3つ目の条件に参りましょうか。今回の旅路、身なりだけに限らず普段のような贅沢を許すわけには参りません。二人には貴族と言う身分を隠して質素な旅をして頂きます。特に帝、貴方様はこの旅の中で、絶対に帝であると言う事を知られてはなりません。身分を隠す、その弊害にきっと道中食べる物に困る事もありましょう。宿に困る事も。贅沢は許されない、その生活は、今貴方が想像している以上に辛く苦しいものであるはず。それでも貴方は千紗の為、坂東へ行くと申されますかな?」

「…………」

「内裏しか知らぬ貴方様にとって、この旅はとても過酷なものとなるでしょう。貴方は本当にそれに耐えられますか? 引き返すのなら今ですよ」

「……………誰が引き返すものか。あぁ分かった、その条件全て呑もう。ボロでも何で着てやるさ。好いた女子の為、男が一度口にした決意をそう簡単に撤回するわけには行くまい! 我が必ず千紗姫を坂東までお連れする! この決意に変わりはない!!」


忠平の挑発に、朱雀帝は半ばやけくそに言い切った。
その朱雀帝の強い決意に、忠平も改めて覚悟を決める。


「分かりました。では出発は3日後と致しましょう。それまでにこの私が責任を持って全ての準備を進めておきます。帝がそれほどの覚悟を持って行くとおっしゃるのなら、私も出来うる限りの協力をさせて頂きますよ」


心からの笑顔を浮かべて、千紗と朱雀帝の坂東行きを許した忠平。

忠平の許可が正式に下りた喜びに、千紗は朱雀帝に抱き着いて喜んだ。

千紗に抱きつかれて緊張のあまり固まる朱雀帝。



「でかしたぞチビ助! ありがとうございます父上!!」


朱雀帝の次には忠平に抱きつく千紗。

そして最後に、庭で一部始終の話を聞いていたであろう秋成の元へと駆け下りて行く。


「秋成~! 秋成も聞いておったか?! これで、これでやっと小次郎に会いに行けるぞ!!」

「千紗姫様、いけません。このような場所に下りてこられては。しかも裸足で……」


秋成の忠告も無視して秋成の元へと駆け下りたそのままの勢いで抱きつく千紗。


「あぁ~~~~!! ち、千紗姫、そのような下賎の者にまで抱き着くとは……ええい、汚らわしい! お前のような汚い手で千紗姫に触れるな!」


千紗が秋成に抱きつく姿に、耳まで真っ赤に染めた朱雀帝が烈火の如く怒鳴って二人の元へと駆け寄って行く。


「だ、そうですよ千紗姫様。早く離れて下さい。暑苦しい」

「むむ。暑苦しいじゃと? そんな事を言われて、離れてなどやるものか!」

「こら~お前!早く姫様から離れろ~~~!!」



楽しげに秋成に抱き着く千紗。
千紗を秋成のもとから引き離そうと必死に間に割って入る朱雀帝。
面倒な二人に挟まれて、ただただ迷惑そうに顔をしかめる秋成。


そんなまだ幼い様子の三人の遣り取りを、一人離れた場所から眺めながら忠平は、許可を出してしまった事に激しい不安を覚えていた。


「本当に……大丈夫なのだろうか?この三人を坂東の地へ送り出してしまって……」





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