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第一幕 板東編
小次郎が溢した弱音
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千紗が朱雀帝を慰めていた頃、小次郎はと言えば、玄明からある報告を受けていた。
「将門、お前さん源家の杏子って姫さんの事覚えているか?」
「懐かしい名だな。あぁ、勿論覚えているさ」
「じゃあ、彼女との間に起こったいざこざも?」
「……あぁ」
「なら話は早い」
玄明は、貞盛の屋敷で見聞きした貞盛と杏子、二人に関する秘密を小次郎に話して聞かせた。その話を小次郎は、驚いた様子もなくただただ静かに聞いていた。
「そうか。やっぱり、そうだったのか」
「やっぱりってお前、もしかして最初から全部知って?」
「知っていたわけではない。ただ、何となく予想はしていたと言うだけだ。太郎が杏子姫に惹かれていた事は知っていたからな。あの日杏子姫の部屋に忍び込んだのは、もしかしたら太郎だったのではないかと」
「なら、どうして十三年前にその事を皆の前で話さなかった? もし話していれば、お前が一族から不当な扱いを受ける事もなかったかもしれないのに」
「確証もないのに話せるわけがない。勝手に疑って、もし違っていたらどうする。俺はあいつを陥れる事になったかもしれない」
「でも結果として太郎貞盛は、十三年も前からお前の事を裏切っていたんだぞ。お前はずっとあいつに陥れられていたんだ」
「……あぁ、そうだな。玄明の言う通りだ。これは俺の甘さが招いた結果だ。結局最後まで太郎を信じきる事も出来なかったくせに、友を信じたいなどと綺麗事を口にして、真実から目を背けてようとして来た俺の……」
「いや、俺様はそこまで責めたつもりは……」
なかったのだが。
小次郎は自虐的に笑ってみせながら立ち上がると、部屋の障子を開け縁側へと腰を掛けた。
「最近な、怖くて堪らないんだ。俺の言動にこの豊田に住まう多くの民人の生活がかかっているのかと思うと……」
遠い目で空を見上げながら、ポツリと弱音を口にする小次郎。
「俺がもっと早くから、太郎に対して抱いていた疑心と向き合っていたら、玄明の言う通り皆をこんな戦に巻き込まずに済んだかもしれなのに……。自分の行動は正しいものなのか、自分が下した決断は本当に間違っていないのか、考えれば考える程不安で身動きが取れなくなる」
「……」
「人の上に立つと言う事が、こんなにも怖い事だったのかと思い知らされる。……なんて、盗賊に何を愚痴ってるんだろうな俺は……。悪い、今の忘れてくれ」
苦笑混じりに玄明のもとへと振り返った小次郎。だが振り返った先には、玄明の姿以外にもう一人の人影があって――
驚きのあまり小次郎は息を止めた。
「……千紗? お前、いつからそこに……」
「お主が、怖くてたまらないと、ぼやいていたあたりからだ」
つまりは最初からと言う事か。
今口にしていた弱音の全てを、千紗に聞かれてしまったと。小次郎は情けなさから、ははと力無い声で笑う。
「お前にだけは見られたくなかったのにな……こんな情けない姿なんて」
「……小次郎」
「どうしてお前がここにいるんだ。大人しく京で待っていてくれれば良かったものを……どうして坂東になんて来てしまったんだ……」
消え入りそうな程小さな声で吐き出す小次郎。千紗に背を向け項垂れる。
ずっと追い掛け続けてきたはずの大きな背中が、何だか今は妙に小さく見えて、どこか寂しそうで、思わず千紗は小次郎の元へと駆け寄った。
そしてその小さな背中に、後ろからギュッと抱きついた。
背中に感じる懐かしい千紗の温もり。小次郎は一瞬ビクンと体を強ばらせるも、その力はしだいにほどけて行き――
己の首に回された千紗の白く細い腕に小次郎はそっと触れた。
そんな二人に気を利かせて、玄明は一人静かに部屋を後にした。
「将門、お前さん源家の杏子って姫さんの事覚えているか?」
「懐かしい名だな。あぁ、勿論覚えているさ」
「じゃあ、彼女との間に起こったいざこざも?」
「……あぁ」
「なら話は早い」
玄明は、貞盛の屋敷で見聞きした貞盛と杏子、二人に関する秘密を小次郎に話して聞かせた。その話を小次郎は、驚いた様子もなくただただ静かに聞いていた。
「そうか。やっぱり、そうだったのか」
「やっぱりってお前、もしかして最初から全部知って?」
「知っていたわけではない。ただ、何となく予想はしていたと言うだけだ。太郎が杏子姫に惹かれていた事は知っていたからな。あの日杏子姫の部屋に忍び込んだのは、もしかしたら太郎だったのではないかと」
「なら、どうして十三年前にその事を皆の前で話さなかった? もし話していれば、お前が一族から不当な扱いを受ける事もなかったかもしれないのに」
「確証もないのに話せるわけがない。勝手に疑って、もし違っていたらどうする。俺はあいつを陥れる事になったかもしれない」
「でも結果として太郎貞盛は、十三年も前からお前の事を裏切っていたんだぞ。お前はずっとあいつに陥れられていたんだ」
「……あぁ、そうだな。玄明の言う通りだ。これは俺の甘さが招いた結果だ。結局最後まで太郎を信じきる事も出来なかったくせに、友を信じたいなどと綺麗事を口にして、真実から目を背けてようとして来た俺の……」
「いや、俺様はそこまで責めたつもりは……」
なかったのだが。
小次郎は自虐的に笑ってみせながら立ち上がると、部屋の障子を開け縁側へと腰を掛けた。
「最近な、怖くて堪らないんだ。俺の言動にこの豊田に住まう多くの民人の生活がかかっているのかと思うと……」
遠い目で空を見上げながら、ポツリと弱音を口にする小次郎。
「俺がもっと早くから、太郎に対して抱いていた疑心と向き合っていたら、玄明の言う通り皆をこんな戦に巻き込まずに済んだかもしれなのに……。自分の行動は正しいものなのか、自分が下した決断は本当に間違っていないのか、考えれば考える程不安で身動きが取れなくなる」
「……」
「人の上に立つと言う事が、こんなにも怖い事だったのかと思い知らされる。……なんて、盗賊に何を愚痴ってるんだろうな俺は……。悪い、今の忘れてくれ」
苦笑混じりに玄明のもとへと振り返った小次郎。だが振り返った先には、玄明の姿以外にもう一人の人影があって――
驚きのあまり小次郎は息を止めた。
「……千紗? お前、いつからそこに……」
「お主が、怖くてたまらないと、ぼやいていたあたりからだ」
つまりは最初からと言う事か。
今口にしていた弱音の全てを、千紗に聞かれてしまったと。小次郎は情けなさから、ははと力無い声で笑う。
「お前にだけは見られたくなかったのにな……こんな情けない姿なんて」
「……小次郎」
「どうしてお前がここにいるんだ。大人しく京で待っていてくれれば良かったものを……どうして坂東になんて来てしまったんだ……」
消え入りそうな程小さな声で吐き出す小次郎。千紗に背を向け項垂れる。
ずっと追い掛け続けてきたはずの大きな背中が、何だか今は妙に小さく見えて、どこか寂しそうで、思わず千紗は小次郎の元へと駆け寄った。
そしてその小さな背中に、後ろからギュッと抱きついた。
背中に感じる懐かしい千紗の温もり。小次郎は一瞬ビクンと体を強ばらせるも、その力はしだいにほどけて行き――
己の首に回された千紗の白く細い腕に小次郎はそっと触れた。
そんな二人に気を利かせて、玄明は一人静かに部屋を後にした。
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