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第一幕 京•帰還編
嫉妬心から
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「…………それが……姫様の願い…………?」
「そうじゃ。力を貸してくれないか」
「…………」
「頼む、チビ助」
「………………ですね……」
朱雀帝はポツリと呟く。
「え?」
「姫様の目にはやはり、あの男しか写っていないのですね」
「………チビ助?」
初めて千紗から会いに来てくれたと喜んだ。
初めて千紗が自分を頼ってくれたと喜んだ。
だが、その行動の全ては小次郎将門の為のものだった。
千紗の行動、願いは、全て小次郎将門へ向けられたもの。
坂東へ行きたいと望んだあの時も。
戦を止めたいと願ったあの時も。
そして、今この瞬間も。
千紗を振り向かせようとどんなに努力しても、千紗の瞳にはやはり小次郎しか写ってはいない。
そんな虚しさから、朱雀帝の心の中に、“嫉妬”と言う名の黒く醜い感情が、溢れ出した。
それはもう、自分でも押さえきれない程に。
「……申し訳ありませんが、私には出来そうにありません……」
「な、何故だ。ただ話してくれるだけで良いのだ。お主が坂東で見てきた事を、官僚達の前で話してくれるだけで」
「私は……坂東へは行っていない事になってます。私が留守にしている間、私の身代わりを、我が弟成明と、千紗姫の弟、高志殿が交替で務めていたと母に聞きました。ずっと京にいたはずの私が、坂東の地で起きた事を何故話せるのでしょうか?」
「…………」
朱雀帝の話は、本当だった。
国の主が長い間、内裏を留守にしていると知られたら、どんな混乱を招くか知れない。
忠平の判断で、朱雀帝の坂東への遠征は内裏内でもごく一部、上層部しか知らない事柄となっていたのだ。
だが、小次郎への嫉妬心から、それを言い訳にして、逃れる口実に利用しているのもまた事実。
「申し訳ありません、千紗姫様。お力になれず、誠に申し訳ありません」
朱雀帝はただ幾重にも謝罪の言葉を述べた。
その表情、声音からは何の感情も読み取れない。
今再び朱雀帝は、数ヵ月前に見せた、あの人形のように冷たく無機質な表情へと戻ってしまった。
「…………チビ……助……」
表情を失った朱雀帝の姿に、千紗はそれ以上、かける言葉を失った。
と、その時
「兄さまっ。兄様~!」
二人の間に重苦しい空気が流れる中、どこからかトテトテと、軽やかな足音が近付いてくる。
その足音に視線を向けると、見慣れぬ子供が一人、息急き切って、紫宸殿へと駆け込んで来た。
「兄様、やっと見つけた~!今日もまた、あの話の続きを聞かせて下さい。成明は、続きが気になって、夜も眠れません」
「あの話?」
突然の参入者に千紗がキョトンとした顔で尋ねた。
「う゛うわっ………びっくりした~。こ、これは……お客様がいらっしゃっていたのですか。そうとは知らず、失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」
成明と自身を呼んだその幼子は、歳は10歳ちょっとと言った所か。
どこか3年前に初めて会った頃の朱雀帝の面影と重なる。
そう言えば、先程朱雀帝が『自分の身代わりを弟がしていた』と言っていたのを思い出して、千紗は訊ねる。
「お主、チビ助の弟か?」
「え? あ、はい。成明と申します。失礼ですが、貴方様は?」
「私か?私は藤原千紗。太政大臣藤原忠平の娘だ」
「えぇっ??! 貴方様が??」
千紗が名乗ると、何故か驚いたように大きな声を上げて、暫くの間その場に固まってしまった成明。
「???」
何をそんなに驚いているのか、千紗が不思議そうな顔をしていると、不意に朱雀帝が立ち上がって彼女に言った。
「千紗姫様、申し訳ございません。弟が何やら用事があるみたいなので、私はこれにて失礼いたします」
「え? あ、兄様?」
「ま、待て。まだ話は終わって……」
千紗の呼び止めも虚しく、朱雀帝は成明を連れ、屋敷の奥へと消えて行く。
「……………」
一人残された千紗は、朱雀帝の協力を得られなかった事実に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「そうじゃ。力を貸してくれないか」
「…………」
「頼む、チビ助」
「………………ですね……」
朱雀帝はポツリと呟く。
「え?」
「姫様の目にはやはり、あの男しか写っていないのですね」
「………チビ助?」
初めて千紗から会いに来てくれたと喜んだ。
初めて千紗が自分を頼ってくれたと喜んだ。
だが、その行動の全ては小次郎将門の為のものだった。
千紗の行動、願いは、全て小次郎将門へ向けられたもの。
坂東へ行きたいと望んだあの時も。
戦を止めたいと願ったあの時も。
そして、今この瞬間も。
千紗を振り向かせようとどんなに努力しても、千紗の瞳にはやはり小次郎しか写ってはいない。
そんな虚しさから、朱雀帝の心の中に、“嫉妬”と言う名の黒く醜い感情が、溢れ出した。
それはもう、自分でも押さえきれない程に。
「……申し訳ありませんが、私には出来そうにありません……」
「な、何故だ。ただ話してくれるだけで良いのだ。お主が坂東で見てきた事を、官僚達の前で話してくれるだけで」
「私は……坂東へは行っていない事になってます。私が留守にしている間、私の身代わりを、我が弟成明と、千紗姫の弟、高志殿が交替で務めていたと母に聞きました。ずっと京にいたはずの私が、坂東の地で起きた事を何故話せるのでしょうか?」
「…………」
朱雀帝の話は、本当だった。
国の主が長い間、内裏を留守にしていると知られたら、どんな混乱を招くか知れない。
忠平の判断で、朱雀帝の坂東への遠征は内裏内でもごく一部、上層部しか知らない事柄となっていたのだ。
だが、小次郎への嫉妬心から、それを言い訳にして、逃れる口実に利用しているのもまた事実。
「申し訳ありません、千紗姫様。お力になれず、誠に申し訳ありません」
朱雀帝はただ幾重にも謝罪の言葉を述べた。
その表情、声音からは何の感情も読み取れない。
今再び朱雀帝は、数ヵ月前に見せた、あの人形のように冷たく無機質な表情へと戻ってしまった。
「…………チビ……助……」
表情を失った朱雀帝の姿に、千紗はそれ以上、かける言葉を失った。
と、その時
「兄さまっ。兄様~!」
二人の間に重苦しい空気が流れる中、どこからかトテトテと、軽やかな足音が近付いてくる。
その足音に視線を向けると、見慣れぬ子供が一人、息急き切って、紫宸殿へと駆け込んで来た。
「兄様、やっと見つけた~!今日もまた、あの話の続きを聞かせて下さい。成明は、続きが気になって、夜も眠れません」
「あの話?」
突然の参入者に千紗がキョトンとした顔で尋ねた。
「う゛うわっ………びっくりした~。こ、これは……お客様がいらっしゃっていたのですか。そうとは知らず、失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」
成明と自身を呼んだその幼子は、歳は10歳ちょっとと言った所か。
どこか3年前に初めて会った頃の朱雀帝の面影と重なる。
そう言えば、先程朱雀帝が『自分の身代わりを弟がしていた』と言っていたのを思い出して、千紗は訊ねる。
「お主、チビ助の弟か?」
「え? あ、はい。成明と申します。失礼ですが、貴方様は?」
「私か?私は藤原千紗。太政大臣藤原忠平の娘だ」
「えぇっ??! 貴方様が??」
千紗が名乗ると、何故か驚いたように大きな声を上げて、暫くの間その場に固まってしまった成明。
「???」
何をそんなに驚いているのか、千紗が不思議そうな顔をしていると、不意に朱雀帝が立ち上がって彼女に言った。
「千紗姫様、申し訳ございません。弟が何やら用事があるみたいなので、私はこれにて失礼いたします」
「え? あ、兄様?」
「ま、待て。まだ話は終わって……」
千紗の呼び止めも虚しく、朱雀帝は成明を連れ、屋敷の奥へと消えて行く。
「……………」
一人残された千紗は、朱雀帝の協力を得られなかった事実に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
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