時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第二幕 千紗の章

見舞い

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「……ど、帝?」

「っ!……母上……」

「帝? 今日はどうされたのですか? 具合でも悪いのですか? 朝からずっとぼ~っとして」


仕事中、様々な報告書に目を通していた朱雀帝だったが、どこか上の空といった様子。
側にいた母、隠子がたまらず声を掛ける。



「す……すみません……母上………」

「何かあったのですか? 先程から何をそんなに難しい表情をしているのです? 何か悩みがあるのなら、母に話しては下さいませんか?」



そして心配そうに我が子の顔を覗き込む。



「……………実は」



朱雀帝は、そんな母に躊躇い気味に今朝方弟から聞いた話を聞かせた。




「そうですか。そうだったのですね」


朱雀帝の話に、それまでの不安気な表情から一転して、隠子は何やら楽しげにクスクスと声を出して笑い始めた。



「な、何故笑っておいでなのですか母上? 朕は真剣に心配して……」

「いいえ、何でもありません。ただ、微笑ましいなと思って」

「微笑ましい? 千紗が邪気に苦しんでいる事がですか?」

「いいえ。千紗殿の事で、仕事も手につかなくなる程心配している帝がですよ。貴方は本当に、千紗姫の事が大好きなのですね」

「………」



隠子の言葉に一瞬、胸にチクリとした痛みを感じて朱雀帝は俯く。

だが、それが隠子には照れ隠しに見えたのか、更に笑みを強めて言った。


「貴女達を見ていると、保明やすあきらの事を思い出しますね。あの子も、妻となった姫君の事が本当に大好きで、姫に関する些細な事で一喜一憂して、四六時中姫君の事で頭が一杯な様子でした。まさに今の貴女のように」

「……保明兄上が?」

「えぇ。思い返せば、あの子はよく妻となった姫君と喧嘩をしていましたね。でも、喧嘩した後には必ず姫君の機嫌を取ろうと贈り物をしたりして、その贈り物には何が良いかと、よく相談されたものです」



保明の事を懐かしんでいるのか、どこか遠くを見つめながら、楽しげに隠子は話した。



「あぁ、そうだ帝。そんなに心配なのでしたら、貴女も千紗姫に、何か見舞いの品を贈ってみてはいかがですか?」

「……見舞いの品?」

「はい。気の紛れるものを差し入れてあげたら、きっと千紗姫のお心も穏やかになります。心が穏やかになれば、邪気も祓われるのではないしょうか」

「………」

「午前の職務は少し休憩といたしましょう。その代わり仕事を怠けた分、午後からはしっかり働いてもらいますからね。 さぁ、心配で心配で仕方のない千紗姫の所へ見舞いに行って差し上げなさい」

「…………母上……」



隠子に背中を押されて朱雀帝は、半ば追い出されるように仕事部屋を後にする。


そんな息子の背を見送りながら、隠子はニコニコと、それはそれは嬉しそうに手を振っていた。


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