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18.戦士たちの休息

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 開花宣言。

 それは、『あらゆるものを開花させる』能力だった。
 初めて人間に使ったが、このとき、その人物にどんな悪影響が起こるのか知らなかった。

 果樹の花は、ものの数日で実が成った。
 それを鑑みると、無理やり咲かされた才能は、その人物に多大な悪影響を与えるのは必至だ。

 人の精神を押し潰し、廃人にさせたり、また肉体強化系においては、力を制御できずに肉体の崩壊、一生動けない、という最悪のシナリオも覚悟しなければならない……。





「あだだだだだだだ!!!」
「筋肉痛だね」

 村の唯一の医者曰く、クウはとんでもない筋肉痛とのこと。
 関節痛も併発してるが、骨に異常はなく、数日安静、時折マッサージしてれば治るだろう。という診断だった。

「よかった……のかな」
 ポロリと。俺の口から安堵の思いが溢れた。
 命も落としかねない博打の結果、クウの肉体は、幸運にも(?)全身筋肉痛程度で収まってくれたのだ。

「しゃーない。しばらくは村に留まるか」
「……ごめんよ、ファンダ」
「何言ってんだよクウ! 気にすんな!」

 ファンダはクウの頭をグシャグシャと撫で回した。
 撫でられる度に、筋肉痛による痛みが全身を走るのか、クウは苦悶の表情を呈するが、しかし、口角が上がり喜んでいるようにも見えた。

 ……マゾかな? 

「アタシが居ないと、何も出来ないからなぁクウは!」

 そしてこっちは、それに気づいて居るのか居ないのか。なーっはっはっは、と、あの耳障りな高笑いを部屋に響かせた。

 ファンダ……彼女は、神経図太すぎる。
 気絶して泡吹いて失禁していた人物とは思えん。

 などと思うも、俺はそれを口には出さなかった。


 ***


 と、いうことがあり。
 俺たちは、村の宿でしばらく厄介になることになった。

 実のところ俺は、直ぐに村を出るつもりだった。俺は、クウとファンダを置いていく腹積もりだったのだ。

 言い方は悪いが、あくまで今回の一件で共闘しただけであり、彼らの療養にまで付き合う義理はないと思っていた。

 それと理由はもう一個ある。あの『仮面の女』が気がかりだったのだ。
 もしここに留まっていたら、クウたちや、それこそ村人に迷惑をかけるかもしれない。

 ……しかしそれは、ナツが許さなかった。

「ランジェ様っ! それは人としてどうかと思いますよ!?」

 人格否定っぽいことまでされた……まあ、いい。
 ナツは、正義感の塊みたいな人間なのだ。

 そして村人も村人で『お礼がしたい!』と意気込むので、余計に出にくい。

 聞いたところによると、焼け跡から判明したゴブリンの数は、優に二十をこえていたという。
 依頼時に伝えていた数の、倍以上のゴブリンが村の周りにいたことに村人たちは驚いていた。そしてそれらを退治した俺たちは、VIP並みの高待遇を準備してもらえたのだ。

 ……。

 かくいう俺も、十分に体力が戻ってなかったし、久々にゆっくりと、屋根のある家でくつろぎたい。というところが本音だ。

 ……結局、俺は久々の食事とベッドによって、一時的に悩みを忘れることが出来たのだった。


 ***


「なんだそれ? 桶?」

 村にお世話になって二日目。初日に思っていた考えは何のその。神経図太く二日目もお世話になってしまっている。だってタダ飯タダ宿で、酒盛りに湯浴みまでさせてもらえてるんだもの。そりゃお言葉にも甘えますわ。

 え? 仮面女の襲撃? ……ああ、初日で仮面女が再度襲撃してこないってことは、多分大丈夫なんじゃね? (ポジティブな憶測)。

 宿の2階にある4部屋を、ほぼ自由に使わせてもらっていた。宿の女将さんたちには悪いが、幸運にも連日貸し切り状態である。

「はい。クウ様のお体を、拭いてあげようかと思いましてぇ」

 階段ですれ違ったナツの手には、水の張った桶と、手ぬぐい。そして麻の服が握られていた。

 麻の服は、人間ドックのときに着るような、前開きのシンプルなものだ。宿が支給してくれていた。
 少しカサつく硬めの布地であったが、ゆったりとストレスなく着れることもあり、俺たち4人共、宿泊中の普段着として着用している。

「……あ、そうだ」

 ふと、思うことがあり、俺は、ナツから桶一式を奪い取った。

「え、ちょ、ランジェ様?」
「クウとは少し話したいんだ。俺がやるよ」

 俺はまだ、『あの時』のことをクウに説明できていなかった。彼は未だに筋肉痛でまともに動けないためずっと自室に籠もっていたのだ。
 だから体の清拭ついでに、彼と少し話ができればな、などと考えたわけで。

 するとナツは、なぜか目を見開きパチクリさせ、驚きの表情を呈した。

「な、な、何を仰ってるんです! ランジェ様は……」
「公爵子息とか貴族とか、関係ないよ。一緒に命張った仲間を労いたいんだ」

 ナツの言いたいことはご尤も。腐っても俺は、ヴァリヤーズ公爵家の長男貴族だ。どこの馬の骨とも判らない平民の体を労り、体を拭く行為など以ての外である。

「い、いえ! そうでは……」
 ……ん? 
 どうもナツは、貴族云々が~~という理由で驚いているわけではなさそうだ。
 なにか、他に理由があるらしい。

 一体どういうことだろう? と、俺はナツに訪ねようとするも、それは階段の下からの大声で遮られた。

「ナツちゃん! ちょっと手伝って! 荷物が崩れそうなの!」

 この宿を切り盛りしている、女将さんの声だった。

「え、え、え、え」

 ナツは、タダ飯タダ宿では悪いと、率先して宿を手伝っていた。元々の器量の良さと、【剛腕】もあり、結局なんか、いろいろと野暮用を任されてしまっている。

「ほら、女将さんが呼んでるぞ?」
 俺は半分イジワルっぽく、ナツを急かした。

「……あーん! ランジェ様、待っててくださいっ!」

 そう言うとナツは、桶と服を俺に押し付け、大慌てで一階に降りていった。

「……ナツらしいな」
 彼女は困っている人を無下にできないのだ。生まれもった性格だろう。
 多分に『良い人』な分、どこかで損をしなければ良いが……。

 そんなことを思いながら、俺は階段を登り、クウが寝ている部屋の前に向かった。するとちょうど、部屋から人が出てきた。

「ファンダ、クウの様子はどうだ?」
「おう! いま眠った!」

 寝ている人物の部屋の前で出す声量ではない。相変わらず声がデケェ。
 そして彼女は、あの自信満々な笑顔を俺に向けていた。

 ……ファンダもファンダで、一昨日の出来事で命の危険に晒された。気丈な彼女も、相当『堪えて』いるだろう。

「いやーしかし、死ぬかと思ったぜ!!」
「……そうだな」

 これ程まで危険を被れば、彼女も薄々感づいているはずだ。


 大変申し上げにくいのだが、ファンダ。君には、冒険者の才能を……それらしい『才能の蕾』を、俺には見つけられなかった。
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