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33.取引
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眼の前に立っていたのは、確かに『彼』だった。
ヴァリヤーズ公爵家の次男、俺の弟で、俺が幽閉されるときに嘲笑いに来た、なんとなく性格的にドヤってそうなやつ。
俺はてっきり、彼も含めて家族ぐるみで、俺を幽閉、そして暗殺を企てていると思っていた。しかし、現状を鑑みるにどうやら違うらしい。
「双方、手を引け」
「あんた、本物かい?」
「本物だ。この剣だけでは納得しないか?」
改めて、彼は紋章が彫られた長剣を暗殺者に見せた。
「……」
しかし、暗殺者は怪訝な顔だ。まだ100%信用したといった感じではない。
「暗殺者。取引だ」
すると、キストは懐から小さな袋を取り出し、暗殺者の眼の前に投げつけた。
女はたじろぐも、警戒しながら、投げつけられた袋を開けた。器用に片手で開け覗いた途端、女の表情が一瞬にして法悦に変わったのが見て取れた。
「これで手をひけ、貴様が受けた依頼料より多いはずだ。まだ心配なら、こちらも渡す」
ついで、キストは一本のナイフを取り出し、同じく暗殺者の足元に放り投げた。その短剣には見覚えがあった。
「あ! それ俺の!」
それは、俺が初日に盗まれた短剣だった。キストの持つ剣と同様、ヴァリヤーズの紋章が柄に彫られていた。
あの短剣を含め、盗まれたお陰で、サバイバル初日がどれだけ苦労したか。なんか思い出したら腹が立ってきた。
「この土砂崩れに巻き込まれ、遺体は回収できなかった。など適当に言いくるめ、依頼料も受け取ってしまえ。そこからの雲隠れは、お前ら暗殺者なら朝飯前だろう」
「……」
地面に投げつけられたナイフを女は受け取り、そして、しばらく考え込んでいるようであった。
「……ふん、命拾いしたね」
そして彼女は捨て台詞を添え、俺たちを一瞥して離れていったのだった。
身体中の傷と、折れた腕が、遠くから見ていても痛々しい。
「……なんとか……助かった……」
そんな俺の一言を皮切りに、そこにいた全員が力なくへたり込んだ。ナツも、クウも、そしてファンダも。
乾いた笑いが込み上げそうになる。人間、心底安堵すると笑ってしまうんだ。などと思った刹那、『彼』が近づいてきた。
「……ったく! 兄貴の大馬鹿野郎! 何してんだ!」
そしてまるで、仕事でミスった部下を叱りつける上司のごとく。上から目線で怒鳴りつけられた。
しかしこの行動が、彼が本当に俺たちの『味方』であることを証明した。心の底から、俺のことを心配してくれていたことが伝わってきていた。
「助かった、キスト。でもいったい、どうしてここに……」
「その話は、腰を据えてしっかり話したい。──それより、早くここを離れた方がいい」
そう言うとキストは、周囲を見渡した。
むき出しの岩石。掘り返された木々の根。流れが変わった沢。そして腐った臭いと泥濘んだ地面。
派手な土砂災害が起こったのだ。ここに人が集まるのも時間の問題だ。
「! クウ!」
そんなことを思っていたら、ファンダが声を上げた。
先程から、クウの顔色が芳しくない。表情は苦痛に歪み、発熱があるのか真っ赤に染まっていた。脂汗も尋常ではない。
「不味いな、かなりの重症だ」
キストが膝を付き、クウの足を診た。腫れはさらに酷くなり、濃い紫色に鬱血していた。足の骨折は完治していなかったどころか、さらに悪化してしまっていた。
「クウさんっ!! ……ヒールっ」
「だめだナツ、もう魔力が枯渇しているだろ」
「ですが!」
俺たちを、文字通り命がけのプロテクションで守ってくれたかわりに、完全に魔力がすっからかんになっていた。呪文を詠唱しても、奇跡の力は現れてこなかった。
眼の前の友人を救えないことが悔しいのか、今にも泣きそうである。
「じゃあ、早く病院に!」
「無理だな。この崖崩れで、街中はパニックだ。病院が正常に機能しているかどうか」
「そんな!」
しまった。まさか街にそういった被害が生まれているとは。この作戦を行うに当たって、そこまで頭が回っていなかった。
「……仕方ない。一般人はあれだが」
そういうと、キストはクウを抱きかかえ立ち上がった。弟でありながら俺より背は高く、少女をお姫様抱っこするその姿は、絵になっていた。正直かっこいい。ずるい。
「あ、お、おい!」
「お前ら、この子を街まで運ぶ体力は残ってないだろう」
「くっ……」
無二の親友(以上)を勝手に抱き抱えられたファンダが声を上げるも、正論を盾に却下された。
「キスト、何か、当てがあるのか?」
俺は、一番の疑問を投げかけた。病院が使えないとなると、クウの怪我を治せる施設など心当たりが……いや。一軒だけ心当たりを思いついた。そしてそれは、キストの返信を持って正解であることが確定した。
「教会にいくぞ。貴族御用達の宿泊施設を解放しよう。そこで治療させる」
ヴァリヤーズ公爵家の次男、俺の弟で、俺が幽閉されるときに嘲笑いに来た、なんとなく性格的にドヤってそうなやつ。
俺はてっきり、彼も含めて家族ぐるみで、俺を幽閉、そして暗殺を企てていると思っていた。しかし、現状を鑑みるにどうやら違うらしい。
「双方、手を引け」
「あんた、本物かい?」
「本物だ。この剣だけでは納得しないか?」
改めて、彼は紋章が彫られた長剣を暗殺者に見せた。
「……」
しかし、暗殺者は怪訝な顔だ。まだ100%信用したといった感じではない。
「暗殺者。取引だ」
すると、キストは懐から小さな袋を取り出し、暗殺者の眼の前に投げつけた。
女はたじろぐも、警戒しながら、投げつけられた袋を開けた。器用に片手で開け覗いた途端、女の表情が一瞬にして法悦に変わったのが見て取れた。
「これで手をひけ、貴様が受けた依頼料より多いはずだ。まだ心配なら、こちらも渡す」
ついで、キストは一本のナイフを取り出し、同じく暗殺者の足元に放り投げた。その短剣には見覚えがあった。
「あ! それ俺の!」
それは、俺が初日に盗まれた短剣だった。キストの持つ剣と同様、ヴァリヤーズの紋章が柄に彫られていた。
あの短剣を含め、盗まれたお陰で、サバイバル初日がどれだけ苦労したか。なんか思い出したら腹が立ってきた。
「この土砂崩れに巻き込まれ、遺体は回収できなかった。など適当に言いくるめ、依頼料も受け取ってしまえ。そこからの雲隠れは、お前ら暗殺者なら朝飯前だろう」
「……」
地面に投げつけられたナイフを女は受け取り、そして、しばらく考え込んでいるようであった。
「……ふん、命拾いしたね」
そして彼女は捨て台詞を添え、俺たちを一瞥して離れていったのだった。
身体中の傷と、折れた腕が、遠くから見ていても痛々しい。
「……なんとか……助かった……」
そんな俺の一言を皮切りに、そこにいた全員が力なくへたり込んだ。ナツも、クウも、そしてファンダも。
乾いた笑いが込み上げそうになる。人間、心底安堵すると笑ってしまうんだ。などと思った刹那、『彼』が近づいてきた。
「……ったく! 兄貴の大馬鹿野郎! 何してんだ!」
そしてまるで、仕事でミスった部下を叱りつける上司のごとく。上から目線で怒鳴りつけられた。
しかしこの行動が、彼が本当に俺たちの『味方』であることを証明した。心の底から、俺のことを心配してくれていたことが伝わってきていた。
「助かった、キスト。でもいったい、どうしてここに……」
「その話は、腰を据えてしっかり話したい。──それより、早くここを離れた方がいい」
そう言うとキストは、周囲を見渡した。
むき出しの岩石。掘り返された木々の根。流れが変わった沢。そして腐った臭いと泥濘んだ地面。
派手な土砂災害が起こったのだ。ここに人が集まるのも時間の問題だ。
「! クウ!」
そんなことを思っていたら、ファンダが声を上げた。
先程から、クウの顔色が芳しくない。表情は苦痛に歪み、発熱があるのか真っ赤に染まっていた。脂汗も尋常ではない。
「不味いな、かなりの重症だ」
キストが膝を付き、クウの足を診た。腫れはさらに酷くなり、濃い紫色に鬱血していた。足の骨折は完治していなかったどころか、さらに悪化してしまっていた。
「クウさんっ!! ……ヒールっ」
「だめだナツ、もう魔力が枯渇しているだろ」
「ですが!」
俺たちを、文字通り命がけのプロテクションで守ってくれたかわりに、完全に魔力がすっからかんになっていた。呪文を詠唱しても、奇跡の力は現れてこなかった。
眼の前の友人を救えないことが悔しいのか、今にも泣きそうである。
「じゃあ、早く病院に!」
「無理だな。この崖崩れで、街中はパニックだ。病院が正常に機能しているかどうか」
「そんな!」
しまった。まさか街にそういった被害が生まれているとは。この作戦を行うに当たって、そこまで頭が回っていなかった。
「……仕方ない。一般人はあれだが」
そういうと、キストはクウを抱きかかえ立ち上がった。弟でありながら俺より背は高く、少女をお姫様抱っこするその姿は、絵になっていた。正直かっこいい。ずるい。
「あ、お、おい!」
「お前ら、この子を街まで運ぶ体力は残ってないだろう」
「くっ……」
無二の親友(以上)を勝手に抱き抱えられたファンダが声を上げるも、正論を盾に却下された。
「キスト、何か、当てがあるのか?」
俺は、一番の疑問を投げかけた。病院が使えないとなると、クウの怪我を治せる施設など心当たりが……いや。一軒だけ心当たりを思いついた。そしてそれは、キストの返信を持って正解であることが確定した。
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