上 下
12 / 69

第3話 追放勇者、捕まる【その1】

しおりを挟む
 せどり。

 転売の意味で使われる言葉でもあるが、本来は漢字で『背取り』と書く。
 元々は、主に古本屋を巡り、価値のある本を、背表紙だけ見て取り上げることから呼ばれた名前だ。

「安く買い、高く売る」

 の根本的概念は転売のそれと同じだが、本当の背取りは、適正価格の表紙がない本の山から、的確に価値のあるものを発掘する作業を伴うものであり、また、廃棄寸前の本を、本当に欲している人に届ける効果もある。

 鑑定士曰く、『転売とは一線を画す。一緒にして欲しくない』とのこと。
 アイサック=ベルキッドも同じ思いである。

 そして彼は、古本屋の奥に押し込まれていた本を目の前にして固まっていた。
 正真正銘『掘り出し物』を見つけたのだ。

(早く手に取らないと、誰かに買われてしまう……!! し、しかしっ!!)
 彼の手は動かなかった。
 いや、動かすことが出来なかった。
 このタイミングで『買って』しまうと、心に大きな傷──トラウマが植え付けられる。それは必然だった。

 ちらっ……。

 サックは本を少し引き出し、表紙を確認した。
 確定だ、こいつは『禁断の本』。

 だが。

 ちらっ……。

 販売レジに眼を向けると、そこには若い女性。
 この本屋のアルバイトだろう。学生だろうか。少し陽気な雰囲気を醸していた。

 あの女性バイトでさえなければ。
 焦りは禁物。必ずチャンスはある。

 その時。女性バイトがカウンターの奥に移動した。
 代わりに、店長と思われる初老の男性がレジに立った。

 ……いまだっ! 
 サックは本を手に取った。
 その際、合わせて、並んでいた適当な小説も重ねて持っていく。
 表紙が周囲に見られないようにする、カモフラージュだ。

(移動スキル《絶歩》!)

 足音を立てず素早く進む能力。
 彼は愛用の靴から、暗殺向けの移動スキルを発動させ、レジに向かった。
 誰にも見られることなく。
 それはまるで風の如く。

「……親父、この本を会計を……」

「あ、店長レジ変わりまーす」


 終わった。


「ぃらっしゃいませ~」

 舌足らずな声。
 やる気があるのかないのかわからない女性バイトが、サックが差し出した本を手に会計を始めた。


 終わった。


「小説が一点とぉ、あと……うっわ……」


 明らかにバイトが身を引いた。
 当たり前だ。
 小説を退けたら、下から出てきた本の表紙は

『裸の男女がイチャコラヤッちゃってる本』
(しかも発禁されてる無〇正モノ)

「えっ……うわっ」

 改めて、本とサックを交互に見る女性。

 うん、その、なんだ。
 殺してくれ。

 サックは羞恥と悲しみに襲われ。


 そしてしんだ。



 ++++++++++++++


「厄日だ」
 宿に戻ったサックは枕を濡らした。
 夜もすっかり更け、町は静かに眠りにつこうとしていた。

 ここは、旧首都ビルガド。その中でも旧市街に近い、閑散とした場所に宿を見つけたサック。古物商や古本屋、骨董市を回り、お得意の『いつでも鑑定』を使って掘り出し物の転売をしながら路銀を稼いでいた。
 その折、見つけた古本屋にて、先ほどの顛末となる。
 本国では一般販売は禁止された、曰く付きの禁書(無〇正エ〇本)。掘り出し物(意味深)を見つけ高揚した気持ちは一気に萎えてしまった(彼女無し歴=年齢の童貞勇者)。もちろん、下半身も一緒に萎えた。

「くうううう。これもすべて女神の所為だ!」
 女神から勇者の神託を授かったメンバーは、一様に、なにかしらの『デメリット』能力を付与されていた。
 例えば、『監獄の魔女』の異名を持つ、亡国のお姫様『ヒメコ=グラセオール』は、勇者に選ばれた際に味覚がぶっ飛んでしまい、まともに料理が作れなかったりしている。
 そのデメリットにおいて、サックは『女難の相』を付与された。
 元々、そこまでモテる人柄でなく、彼女ができたこともなかったが、それに上乗せされ、女性運がことごとく悪くなった。

「やっぱり復讐すんべ」
 さらに女神への復讐心が募ることになった。

「……」
 そして、いま、サックの手元には。
 その禁書がある。
 この男、なんだかんだで、ちゃっかり購入していた。

「この筋のマニアなら言い値で買うはずだ……そう、俺は価値ある本を収集したまでだ。本当に必要な人に行き渡るよう」
 うんうん。と、謎の納得をするサック。
 だが、表紙の段階で既にいろいろ『ヤバい』モノが写ってるエロ本。
 チェリーボーイには些か刺激が強すぎた。

 一旦は萎えたサックの御子息(隠語)であったが、改めてその本の魔力によって元気を取り戻し始めていた。

(……ごくり)
 生唾を飲み込む音と共に、サックは禁書のページを、パラパラと開いた。

(おお……、おおお……!!)
 想定以上の良モノだ。
 表紙の男女の絡み(意味深)だけではなく、他にも数組の取っ組み合い(意味深)も載り、幅広いニーズ(意味深)に対応していた。

(──ふむ、ふむ。これは、あれだな、うん。売り飛ばす前に……)
 サックは、ベッドに座り直し、ズボンのベルトを外した。
(ちゃんと使えるか確認しておかないとな! うん!)
 鼻息が荒くなる。
 心臓の鼓動はハードビート(同じ意味)。
 御子息(隠語)は当の昔に準備万端。
 ここまで添えられ、男として、抜かぬは無作法というもの(言い訳)。

(では僭越ながら……これは、この本の内容確認だよ?)

 ぺら……ページをめくり、サックはズボンを下げ。



 ドンドンドンドン!!!! 

『ビルガド憲兵隊だ! このドアをあけろ!!』



 激しくノックされるサックの部屋のドア。
 そして、何故か『女性の』声の憲兵。


「……まずいっ! やばいっ!」
 サックは声を上げてしまった。
 ズボンもパンツも下がっており、御子息丸出しなこの姿。
 そして肝心なところで大ミス。
 宿の部屋のドアに、鍵をかけ忘れていたことに、今気が付いた。

『! 何がまずいのか! 貴様、何を隠している!』

 サックの咄嗟に出てしまった言葉を少し勘違いした女性の憲兵。
 隠すって……そりゃあ大事な所ですよ。
 そして彼女は、そのまま勢いで扉を開けてしまいました。

「あふん……」
「……き……ききき貴様っ! なんたる格好! 不潔っ!」
 なんとかぎりぎり。
 パンツ一丁までにリカバー成功。御子息も抑え込んだ。
 サックは自分自身を褒めたいと思う反面、目の前に現れたブロンド髪をポニーテールにした憲兵は、パンツ姿のサックを見るや否や、顔を真っ赤にしながら、怒りの表情に移行していった。

「た、逮捕だ! 逮捕!」

 廊下には他の男性憲兵も2名ほどいた。
 彼らもサックの安宿の部屋に突入し、

「ちょちゅおちょちょ!!!!」

 サックの言い分など聞く耳持たず。
 手枷を付けられ、捕らえられてしまった。



『元勇者アイサック、わいせつ物所持で逮捕』
しおりを挟む

処理中です...