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第3話 【エピローグ】

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「感謝してもしきれない」
 夕日をバックに、ナツカはサックに頭を下げていた。そしてその後ろでは、複数の憲兵に連れられていく容疑者が見えた。茫然自失としており、手枷を嵌められたまま空を仰いでいた。心ここに有らず、といったところか。

「大変なのは、これからだろ」
 身支度……は、特にないが。革のホルダーがしっかり腰に巻かれていることを確認しながら、サックはナツカに言った。
「ああ、そうだな」
 と、ナツカは答えた。
「父はワイロに荷担していた。これは事実。だが……」
「だが?」
「あのリストで、この街の『膿』を出すことができそうだ」
 ナツカは笑った。だが、なんとなくぎこちない笑顔だった。
「ナツカ、お父さんのこと、恨んでるかい?」
「いや、逆に私が恨まれていたのさ。私は生まれつき、付与術の才能タレントが無かったからな。大切な家業を継ぐことができなかった」
 夕日をバックに彼女がまた笑った。今度は自傷を含んだ笑い方。

「私の……夢だったんだ。『人を護る』仕事に就くことが。だが、父の名前がメンバーリストにある可能性があった時点で、覚悟を決めていた」

(あ──)
 そうか、ナツカは、憲兵の仕事を辞めるつもりなのか。と、サックは感づいた。
 確かに、それもそのはずだ。身内に犯罪者がいるとなるとそれらを取り締まる憲兵の仕事は非常に行いにくくなる。
 それをわかっていて、彼女はリストを探していた。そして、公開するのだ。
 彼女の持つ『正義』の心によって。

「私利私欲に飲み込まれた奴らは皆……父も例外なく、断罪する。それが私の最後の仕事だ」
「……どうも、腑に落ちないんだよなぁ」
「? なんだと?」
 サックは腕を組んで考え事をしていた。
「お父さん、そもそもリストなんて、燃やしてしまえばよかったんだよ。それをせず、時限式に分かるように細工したのには、訳があるはず」
「それは──そうだな」
 一緒になってナツカも考え込んだ。ここまで回り諄く、『リスト』を隠せざるを得なかった理由があるはずだ。

「これは俺の妄想だが。最初にリストを見つけて欲しかった人物がいたんじゃないかな」
 サックは、自前の推理を披露した。
「どういうことだ?」
 ナツカはその真意がわからなかった。が、サックには一つの『想定』があった。
「『失念』の付与術は、才能タレントが無い人間には効きづらいんだ。だから、最初にリストを思い出す人物は、ある程度搾れる。つまりは、ナツカ、君のことだ」
「!! でも何故!?」
 ナツカは声を荒げた。興奮すると彼女はすぐに態度に出てしまうようだ。そして、ここでヒートアップするということは──彼女も、何か察したのだ。

「最初に見つけて、手柄にしてほしかった。じゃないかな」
「……!!」
「元から、ワイロに手を染めていたのだが、娘が憲兵になったのを皮切りに、ノワールさんはリストの公開を試みた。だが、キザブや他の要人に止められ、殺されそうになった。だから、今回の茶番を仕込んだ。『私を殺すと時限式に公開される』と言ってね」
「父は──それでは自殺ではないか──!!」
「ノワールさんの、自分なりの『けじめ』……もしくは、娘への『贖罪』か、それとも、自身なりの『正義』かも。とにかく、殺された場合は、すぐに娘にリストを発見してもらえるような細工にしたってことじゃないかな、と思う」

「……」
「……」
 しばしの沈黙のあとナツカが口を開いた。
「父が贖罪のためだとしても。もう、何もかも遅い」
 それは、諦めの言葉だった。
「犯罪者の身内が憲兵という、前例がないんだ」

「じゃあ、簡単だ、前例作っちまえよ」
「……!」
「こんだけお膳立てしてもらってたら、もしかしたら、ワガママ通るかもよ。死に物狂いで掴んでいこうぜ」
 憲兵の考え方に囚われていたら出てこない返答を、サックから受け取ったナツカ。あまりに単純に単細胞で幼稚な意見にも思えたのだが、今のナツカには思いつかなかった回答だった。

「夢叶えられた一握り。掴めなかった人もいっぱいいる。いま掴んでいる手は自分の力だけで繋がってない。他の人の『想い』も乗せている。だからその手、死んでも離すな」

「……貴様は、単純なのだな……他人事だと思って……」
 ナツカはうつむき、泣いていた。

「ああ、他人事さ。だけど、俺も諦めず死に物狂いで『掴んだ』から、今ここにいるんだ。慰めになってなくて申し訳ない」
「いや……。私一人では、出せない答えだった。ありがとう、もう少し、『足掻いて』みるよ。折角叶った夢だものな」
 泣き顔の中に、ナツカの笑顔があった。先ほどとは違う、前を向いたきれいな笑顔だった。

 その笑顔を見ながら、サックは必死に堪え、そして飲み込み、胸の奥底にしまっておくことにした。ナツカの父親が残した最後の大問題だ。

(あのエロ本。必ず『原本』があるはずなんだよ。リスト偽造するにあたって、原本が近くに無いと、あれだけの精巧なコピーを作るのは難しい……つまり、お父上は……)

「──ナツカ、お前のお父上様はすげぇ人だよ……」


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「おーいっ! 憲兵のお嬢ちゃーん!」

 サックを見送ったナツカは、暫く現場の宿の前で惚けていた。そこに、髭と髪がもじゃもじゃの小柄な男が走ってきた。
 サックと一緒に牢屋に入っていた新聞屋だ。昨夜の火事で多少のやけどを負っていたが、すぐ退院して出てきたのだ。本来ならその後に取り調べがあるのだが、混乱に紛れて行方をくらましていたらしい。

「おい憲兵の嬢ちゃん! あのサックって男はどこに行った!!」
「サックなら、既に旅立ったよ──急ぎのようでもあったのか?」
 新聞屋は『やられた!』といった顔つきをした。

「奴を早く引き戻させてくれ! 奴は『道化師、ベルキッド』だ! 夜に花弁状の痣が光っているのを見たんだ!」
 新聞屋は、牢屋に入れられている際に、サックの光る痣を見ていた。その後それを調べ、神託を受けた勇者のみ、その痣は月の光に当てられ光ることを確認した。
 しかし、その話を聞いたナツカは全く動じなかった。なんとなく、彼のことを『察していた』のだ。
 そしてナツカは、おそらく憲兵としての最後の仕事をした。

「新聞屋。昨日の詰所火災において、『サック』の名前を載せるのは禁ずる! もちろん、勇者としての掲載も禁止だ!」

 新聞の内容に箝口令を敷いた。サックが去り際にお願いしてきたことでもあった。

「な……まじかぁ! 勘弁してくださいよ、こっちは命懸けスクープなんだよぉ?」
「残念だったな。私の目の黒いうちは、本件の公開は禁ずる!」
 時間稼ぎにはなるだろう。彼へのせめてもの恩返しだ。

 ナツカは、うーんと背伸びをした。これからが大変だ。
 詰所火災の処理を行っている間は大丈夫だろうが、落ち着いてきたら、ナツカの職も追われるだろう。だが、彼女は決めていた。

「死ぬ気で足掻く。か。そうすれば、なにか新たに掴めるかもな」

 空に見え始めた月に手を差し伸べ、それを握りつぶす所作をした。
 彼女なりの、決意の表し方だった。


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 翌日の地方紙の見出しは、おととい夜の詰所火災の件であった。全国区の新聞にも記事が載った。

『ビルガド西武の詰め所で大火事』

 しかしながら詳細は省かれ、火事の主原因であった、『リスト』の件においては、内容が非常にデリケートなことから極秘裏に調査が進められた。情報が小出しになることは、新聞屋にとってたまったものではない。

 だが、あのひげもじゃ新聞屋。とんでもない隠し玉を仕込んでいた。
 憲兵から出された箝口令に触れることなく、確実に世論が騒ぐこととなる記事。
 三面に小さく、しかし、十分なインパクトを含めた、ゴシップ記事が載っていた。


『追放勇者ベルキッド、わいせつ物所持で逮捕か!?』


 この日の新聞は、飛ぶように売れたという。
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