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第4話 追放勇者、暗殺される【その1】

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 夜の歓楽街。木造と石造りの建物が並び、街灯が暗闇を照らしていた。そのため表通りはまるで昼間のように明るく、先程までは多くの人通りも見られた。
 そんな賑やかな繁華街から、道を1本ずらした路地裏。街灯の光も入って来ず、非常に薄暗い。赤の他人を巻き込まないようにと、サックは大通りに戻ることを避けたのだが、結果的には『暗闇』という、暗殺向きな場所を提供しただけだった。

(脇腹の傷は……塞がったな)
 サックは建物に寄りかかり、刺された脇腹に手を添えた。旅人の服には穴が空き、おびただしい量の血液が流れた跡がついていたが、身体の傷の方は既に瘡蓋が出来ており、失血は止まっていた。
(この傷……『クナイ』か)
 傷の形状から瞬時に凶器の鑑定を済ませ、サックは今、『何に追われているのか』を今一度冷静になって考えていた。

 ヒュッ! 

 風を切る音。すかさずサックは身を伏せた。すると先程までサックが立っていたところに、鉄製の棒が打ち込まれた。
 これは『棒手裏剣』と呼ばれ、一般的にイメージされる手裏剣とは異なり、ペン軸大の鉄棒先端を研いだ非常にシンプルなものである。平たい手裏剣に比べ、扱うには相当の技量がいるが、殺傷能力は高く、また量産しやすい。

(投げたのは1本だけ。牽制か)
 サックは立ち上がり、壁に突き刺さった棒手裏剣を抜いた。例に漏れず先端は鋭利に加工されていた。飛んできた方向を見るが、闇が邪魔して見えない。それにおそらく、もう敵はいないだろう。
 敵は暗闇に乗じて襲ってくる。このままではジリ貧だ。

(マント、新調しておいてよかったぜ)
 サックは路地裏に落ちている適当なゴミや、廃材などを拾い集めた。
 このままな訳にはいけない。サックは状況を打開すべく、攻めの体制に入った。

(いくぜ、久々の『本気』モード!)
 マントに力を込め、靡かせた。するとサックの身体が軽くなった。マントに付加されていた能力の効果だ。
 そして、彼は空高く闇夜に舞い上がった。


 ++++++++++++++


 12時間前。

 ビルガドの最北端、ハクノ区。
 サックの目的地のひとつである。彼は昨晩遅くにこの区画を訪れ、適当な宿に宿泊した。そして、彼は今、朝食を摂っていた。
 宿に併設されていた、小洒落たカフェテリア。香り高い紅茶に、あっさりグラスティー。濃いめのミルクティーなど飲み物の種類も豊富で、何より朝御飯に最適なエッグトーストなどの軽食も楽しめる。
 よく日の当たるテラス席も常設しており、サックはそこで、遅めのモーニングを頂いていた。今しがたトーストを食べ終え、美味しい紅茶を嗜みつつ、小説を優雅に読み進めていた。

 女神の情報を集めてビルガドに来たのだが、昨今の、憲兵詰所火事の件もあり、あまり情報収集の進捗は芳しくなかった。が、唯一ともいえる手がかりとして、一冊の本をサックは入手していた。
 なんの変哲もない、勇者の冒険譚をモチーフにした、どちらかというと子供向けの文学小説だ。

 暖かな日差しを浴びながら、黙々と読書に励むサック。読み進めれば進めるほど、この本から感じられる違和感は大きくなっていった。
 何よりこの本。
 中古屋で手に取った時には既に『失念』の付与術が施されていたのだ。

 あのエロ本……もとい、ワイロメンバーのリストを古本屋で見つけたとき。そのときに一緒に手に取った小説である。驚いたことに、小説に付いていた失念能力は非常に強く、長年忘れ去られていた形跡がみられた。サックすらも最初は、この小説は偶然に入手したものであった。そして当初は適当に売り払うつもりでいたが、これほどまで強い『失念』が付いた本の中身が気になり読み始めた次第だ。

「あまりに、詳しすぎる」
 サックの、本に対する感想である。勇者一行が魔王を倒すまでが、子供でも解りやすい文章で描かれているのだが、問題はその内容だ。
 出てくる国名はもちろん、アイテムを入手するために訪れた場所、そのアイテム名、魔王の部下の名前、役職、攻略法……。
 まるで本当にその場所に居たかのようであった。
 が、異なる部分も多々あった。クエストの攻略法や、心理描写、アイテム入手方法などなど。特に人物名は全く異なる。出てくる勇者の名前は、全く知らない人たちだ。

(もしかして……先代の勇者の記録か?)
 数百年前にも、魔王は復活し、そして勇者たちに封印された。その当時の記録は殆ど残っていない。一部が口伝され、おとぎ話として残る程度だった。

「これは……大発見かもな」
「なーにが『大発見かもな』ですかっ!!」

 バンっ! 

 激しく叩きつける小柄な手が、オシャレなテーブルを揺らした。
 寸前のところで、サックは飲みかけの紅茶を手に取り浮かしていたので、お茶はこぼれずにすんだ。

「朝から激しいな新聞屋──てか、よくここが分かったな」
「勇者専属新聞屋の探索サーチ能力、舐めないで頂きたいですね。本気を出せばすぐ探し出せます!」
 それって、いつでも監視可能って脅しているようにも聞こえるが……などとサックは思いながらも、紅茶を定位置に戻して小説を閉じ懐に押し込んだ。

「そんなことより! これ何ですかっ!!」
 新聞屋『クリエ=アイメシア』が、突然朝のカフェテリアに現れたかと思ったが束の間、なにやら紙の束を机においた。数十枚ほどの揃えられた紙束は端を紐で綴られていた。

 ぺらっ。

 サックは怪訝な顔をしながら、その束を一枚めくった。中身はどうやら新聞の切り抜きのようだ。特に地方紙が中心のようだが、その見出しにサックは脅き、そして呆れた。

『道化師 結婚詐欺か 近く立件へ』
『追放勇者、教団を設立か』
『「私は勇者」街中で裸の男逮捕』
『食い逃げ犯、勇者ベルキッドを名乗る』
『自称勇者、食い逃げか、余罪追求』
『食べ放題で持ち帰り! 追放勇者の素顔』

 エトセトラエトセトラ。
 出るわ出るわの、見出しだけで皆がワクワクしちゃうようなゴシップ記事の集まりだった。
 全てが『勇者道化師ベルキッド』の記事だが、むろん、本人はここにいる。つまりは全てが『ニセモノ』だ。

「食い逃げしすぎだろ、俺」
「本当ですよ! なんでこんな、面白いことしてるんですか!」
「……ん?」
「こんなに特ダネ有るなら、私を呼んで下さいよ……あいたっ!!」
 プンスカプンo(*`ω´*)o と言わんばかりのクリエの頭を、サックは分厚い紙束で叩いた。

「全部『ニセモノ』に決まってるだろっ!」
「えっ! そうなんですかっ!」
 驚きの表情のクリエであるが、彼女愛用の鑑定ガードメガネのせいで、全く真意が見えない。サックにとっては非常にやりにくい相手だ。

「じゃあこの、結婚詐欺も……」
「女難持ちに勤まるか?」
「ですね笑」
(あ、小馬鹿にしたな。鑑定しなくても解るぞ、オイ)

「え、『教団設立』してないんですか?」
「教祖って柄じゃない」
「ですね笑」
(……堪忍袋の緒がぶち切れそうだ)

「食い逃げ犯でも無い、と?」
「宿も飯も、なんとかなってるよ」
「さすが転売ヤー、稼いでますね笑」
(よし、次は本気でぶん殴ろう)

「じゃあこの『追放勇者ベルキッド、わいせつ物所持で逮捕か!?』も、嘘なんですね」
「………………」
「…………」
「……」
「なんで最後だけ黙るんです?」
 ニヤニヤ(^ー^)、と笑顔の新聞屋。この女、確信犯だ。

「とにかくっ! 俺は忙しいのっ!」
 サックはバンバンとテーブルを叩いた。なんとか話題を変えたかった。
「説得力ゼロですね~、あ、オネーサン私に野菜サンドとグラスティー、アイスで!」
 クリエはサックの意見を無視して注文を取った。さすがのサックも、辱しめられていきなり同席し注文されるとなったことに嫌気が差し、この場を離れようとした。

 が、クリエが差し出した、もう一枚のゲラ(校正中の新聞記事)に、一気に興味を持っていかれた。

『勇者一行、魔王城第3階層を突破!』

「サックさん、速報です。皆さんとうとう魔王城折り返し地点です!」
 嬉しそうな新聞屋。
「……そっか」
 しかし、サックの返答はかなりあっさりとしたものだった。
「ちょっと! 皆さん命懸けでここまで攻略したんですよ! 元同僚として何か一言無いんですか!」
 サックの感想があまりに想定外だったことで、新聞屋は珍しく取り乱した。
 なんとなく『一矢報いたザマアミロ』的な顔を見せたサックだったが、直ぐに真顔に戻った。そして、以前から疑問に思っていたことを口にした。

「……なあ新聞屋。それ本当に『速報』なのか?」

「へ?」
 サックの、またしても想定外の方向からの指摘に、クリエは普段は見せないマヌケ顔を晒してしまったのだった。
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