25 / 69
第5話 追放勇者、交際する【その3】
しおりを挟む
「まずは……お付き合いからっ!」
一番犠牲者を出さない、無難な回答。サックが悩み抜き、返した答えだ。
一瞬雲行きが怪しくなったが、『この国では結婚前にデートという儀式を行う』と、まるで国のしきたりの如く説明(言い訳)し、なんとかサザンカを丸め込むことができた。
「というわけなので、今日のところはお引き取りを……」
「いやじゃ。すぐに、その『でーと』とやらをするぞ」
丸め込めてなかった。
サザンカは一刻も早く、サックと結ばれてからの『仇討ち』を望んでいた。
そこからは議論を行う余裕もなく、サックはサザンカに半ば無理矢理デートを強制させられた。
ただ、サザンカは『デート』を知らない。そして、サック自体も女性とのお付き合い経験が無い。
何をすればよいのか二人で判っていなかった。
「……ええい! オレがプランを作ってやっから! ちと待っとけ!!」
こういう時には、女三人を娶ったおじさんの経験が役に立つ。
ジャクレイが用意したメモを持ち、サックとサザンカは早速、デートを開始した。もちろん憲兵たちは2人を自由にさせる訳はなく。憲兵総出で、二人を遠目で監視しながらのデートであった。
+++++++++++++++
「ほう! これが『でーと』というものか!」
ハクノ区の中でも、ブティックやスイーツ店などが立ち並ぶ、いわゆる『女の人受け』しそうな商店街を、サザンカとサックは歩いていった。
事情をなにも知らない人から見れば、仲睦まじい恋人同士にも見えたかもしれない。
サザンカはサックの腕に絡みつき、胸を腕に押し付けている。
「どうしたサック? この体勢はイヤかぇ?」
サックより少し身長が高いサザンカが、軽く前屈みになりサックの顔を覗き込む。
「い、いや! いや! いいと思うよ!」
顔を真っ赤にしながら、返答した。
(むむむむ胸! 胸!)
暖かな、柔らかな温もりをサックは右腕に感じていた。
「母から『色香』を学んだ時の技じゃ。ほうれほうれ」
さらにサザンカは体を押し付けてきた。
(嗚呼、女神様ありがとう。けど、お胸を触ったら私殺されます)
嬉しさ半分悲しさ半分な状況に、なんだか胃どころか心臓までシクシク痛みだした。
そんな状況の二人であるが、周囲の空気は緊張で張りつめていた。いつサザンカやヒマワリが暴走してもおかしくない状況のため、一般人の規制を張りながらのデート。まるで、要人のお忍びである。
そしてその二人の後ろを、尾行する二つの影──ジャクレイと、ヒマワリだ。
憲兵の長でありサックの友として、後ろからサポートをせんとするジャクレイ。
一方ヒマワリは、なぜかジャクレイと一緒になってついていっており、サックの動向を逐次気にしていた。
「……なあ、妹さん、お姉さんの結婚は祝福できんのか」
「できるわけないだろう!!」
ジャクレイの質問に、ヒマワリは嚙みついた。
「姉様が、あんなに一途になったことなんて見たことない。……相手が父上のカタキでなければ、アタシも祝福したさ」
そりゃそうか、といった表情を見せたジャクレイであったが、どうも、そう簡単な感情を抱いているわけではなさそうだなと、思った。
ヒマワリは単純に、唯一の家族である姉が盗られるのがイヤなのだ。
ふっ、と、ジャクレイは小さく笑った。本当なら齢10歳ほどの少女の頭を撫でまわしてやりたいが、多分そうすると、右手が身体からバイバイするので控えた。
(サックよ……ちゃんと、『策』はあるのか? この姉妹の『カタキ』って誤解を解かないと、全員が不幸になっちまうぜ……?)
そんなジャクレイの心配をよそに、サックとサザンカが最初に訪れたのは呉服屋だ。
さすがにサザンカの婚礼衣装で街を巡るのは少々派手過ぎであるし、本人も動きにくいだろうとの、ジャクレイの考えから、最初に服屋を選んだ。
幅広い年齢層に対応した服を扱うお店で、ジャクレイの行きつけでもある。
余談ではあるが。このお店、夜中に泥棒に入られ、他国の婚礼衣装一式を盗まれたらしい。つい今朝がた、盗難届が出されたばかりだ。
「……勇者一行に、全部ツケとくからな」
「え、支払いこっちなの?」
そんな、ジャクレイとサックの会話をよそに、サザンカは見知らぬ服のデザインの豊富さに、目を輝かせていた。
「アッチ、こんなにかわいい服初めてみた……」
「姉様……アタシもです……」
ヒマワリも一緒になって、ちゃっかり服を見て回っていた。この部分だけ切り取れば、仲の良い姉妹が田舎から都会に出てきてギャップに驚いている、くらいのほのぼの話なのだが。
現実は、非情な殺し屋姉妹の戯れだ。
しかし結局、服の種類の豊富さと、彼女らの知識のなさから全く服が決まらず。最終的にはジャクレイが適当に見繕うことになった。
「ホントは彼氏が選ぶもんだぞ」
「……まじ、スマン」
そんなジャクレイのチョイスは流石のものであった。背中の空いた膝まであるトップスに、足のラインが出る細めの麻ズボン。シンプルであるが、サザンカの長い髪と非常によくマッチした可愛らしい服だ。
「ほおおお」
「ねえさまかわいいっ」
「おおおお」
「……」
鏡の前でくるくる回るサザンカ。長い髪が綺麗に広がり、さらに美しさを際立たせた。回るたびに、髪の毛から仄かにいい匂いがした。
回る姿を見て感嘆の声を上げるのは、ヒマワリとジャクレイ。妖艶な美しさは、身内も魅了していた。
「どうじゃ、サック」
回転を止めたサザンカは、振り向きざまにサックを向き、感想を求めた。『振り返り美人』とはまさに彼女のためにある言葉だった。
「……あ、ああ。綺麗だ」
一瞬、サックも見惚れてしまっていた。この女に惚れたら殺されるはずなのに、しかし自分の中で、少しずつ彼女に惹かれてしまっていることが感じ取れた。
「さあ、次はどこへ行く?」
楽しそうに笑うサザンカ。彼女の心境は、誰にも伺い知れない。
次に向かうは、アクセサリー屋だ。ここもジャクレイ顔馴染みの店である。
安全上、一般の店に行くことはできない。
きらびやかな宝石が並ぶショーケースを眺める、サザンカとサック。
それを、今回も遠目で覗き見る、ジャクレイとヒマワリ。
「綺麗……」
宝石が付いたブローチを見て、サザンカが呟いた。彼女の横顔をサックが横目で覗く。こうしていると、本当に『かわいい彼女』にしか見えない。
しかし実際は、腰には反物を巻き忍者の暗器が仕舞われているのが確認できる。ちらちらと見え隠れするクナイや手裏剣が、サックを現実に引き戻す。
「……買おうか?」
「え?」
驚くサザンカを尻目に、サックはアクセサリーが陳列されている棚の中から、一つを指さした。
「これってさ、簪だよな」
親指の爪より一回り大きな、緑色の宝石があしらわれており、そこから二又に分かれた長い金属の棒が水平方向に延びている。先端は丸めてあるため、刺す道具ではないらしい。
「……ああ、異国で簪を見るとは思わなんだ」
これはこの国のものではない。サザンカ達の国で使用されている、髪留めの一種だった。
サックは、得意の鑑定で、数ある陳列物から『それ』を見つけ、どういったモノであるかを理解していた。
すると、サックは店員を呼び、先ほどの簪を購入した。
「ほれ。付けてみなよ、付け方わかるんだろ?」
買った簪を、すぐにサザンカに渡した。髪飾りであることまでは理解していたが、その付け方は判らなかったのだ(全装備可能スキルは、異性専用装備は例外となる)。
「……うん」
コクリ、とサザンカは頷いたのち、サックから受け渡された簪を使って、長い髪を結わった。長い髪を後頭部で纏めるとぐるりと巻き、出来上がったおだんごに簪を器用に突き刺し、固定させる。
「どうじゃ?」
はにかんだ笑顔が眩しかった。髪を書き上げたことで、背中からうなじのラインが現れる。
頬は赤らみ、恥ずかしさによる照れを感じさせた。
「似合ってるよ」
サックは微笑んだ。すると、サザンカはさらに顔を赤くした。耳からうなじまで紅潮していった。
そんな二人のやり取りを、店内の物陰から覗く二人。
ジャクレイは『ぃよっし!!』とガッツポーズ。最適なタイミングで最高のプレゼントを手渡し、返す言葉も及第点。サックの初デート成功を見届けられ満足げだった。
なお、結婚したら殺される件については一旦忘却の彼方に追いやっていた。
一方、ヒマワリはやはり不満顔だ。
何とかあの男を、サザンカと結ばれる前に絞めてしまいたい衝動に駆られるも、大好きな姉が選んだ男に簡単に手を出すわけにいかない。
自分と姉との想いのすれ違いに、ずっと葛藤していた。
そして、サックも一息つくことができた。とりあえずの『打開策』を何とか見出すことができたのだ。
あとは、ちゃんと効果が現れることを願うばかりだった。
一番犠牲者を出さない、無難な回答。サックが悩み抜き、返した答えだ。
一瞬雲行きが怪しくなったが、『この国では結婚前にデートという儀式を行う』と、まるで国のしきたりの如く説明(言い訳)し、なんとかサザンカを丸め込むことができた。
「というわけなので、今日のところはお引き取りを……」
「いやじゃ。すぐに、その『でーと』とやらをするぞ」
丸め込めてなかった。
サザンカは一刻も早く、サックと結ばれてからの『仇討ち』を望んでいた。
そこからは議論を行う余裕もなく、サックはサザンカに半ば無理矢理デートを強制させられた。
ただ、サザンカは『デート』を知らない。そして、サック自体も女性とのお付き合い経験が無い。
何をすればよいのか二人で判っていなかった。
「……ええい! オレがプランを作ってやっから! ちと待っとけ!!」
こういう時には、女三人を娶ったおじさんの経験が役に立つ。
ジャクレイが用意したメモを持ち、サックとサザンカは早速、デートを開始した。もちろん憲兵たちは2人を自由にさせる訳はなく。憲兵総出で、二人を遠目で監視しながらのデートであった。
+++++++++++++++
「ほう! これが『でーと』というものか!」
ハクノ区の中でも、ブティックやスイーツ店などが立ち並ぶ、いわゆる『女の人受け』しそうな商店街を、サザンカとサックは歩いていった。
事情をなにも知らない人から見れば、仲睦まじい恋人同士にも見えたかもしれない。
サザンカはサックの腕に絡みつき、胸を腕に押し付けている。
「どうしたサック? この体勢はイヤかぇ?」
サックより少し身長が高いサザンカが、軽く前屈みになりサックの顔を覗き込む。
「い、いや! いや! いいと思うよ!」
顔を真っ赤にしながら、返答した。
(むむむむ胸! 胸!)
暖かな、柔らかな温もりをサックは右腕に感じていた。
「母から『色香』を学んだ時の技じゃ。ほうれほうれ」
さらにサザンカは体を押し付けてきた。
(嗚呼、女神様ありがとう。けど、お胸を触ったら私殺されます)
嬉しさ半分悲しさ半分な状況に、なんだか胃どころか心臓までシクシク痛みだした。
そんな状況の二人であるが、周囲の空気は緊張で張りつめていた。いつサザンカやヒマワリが暴走してもおかしくない状況のため、一般人の規制を張りながらのデート。まるで、要人のお忍びである。
そしてその二人の後ろを、尾行する二つの影──ジャクレイと、ヒマワリだ。
憲兵の長でありサックの友として、後ろからサポートをせんとするジャクレイ。
一方ヒマワリは、なぜかジャクレイと一緒になってついていっており、サックの動向を逐次気にしていた。
「……なあ、妹さん、お姉さんの結婚は祝福できんのか」
「できるわけないだろう!!」
ジャクレイの質問に、ヒマワリは嚙みついた。
「姉様が、あんなに一途になったことなんて見たことない。……相手が父上のカタキでなければ、アタシも祝福したさ」
そりゃそうか、といった表情を見せたジャクレイであったが、どうも、そう簡単な感情を抱いているわけではなさそうだなと、思った。
ヒマワリは単純に、唯一の家族である姉が盗られるのがイヤなのだ。
ふっ、と、ジャクレイは小さく笑った。本当なら齢10歳ほどの少女の頭を撫でまわしてやりたいが、多分そうすると、右手が身体からバイバイするので控えた。
(サックよ……ちゃんと、『策』はあるのか? この姉妹の『カタキ』って誤解を解かないと、全員が不幸になっちまうぜ……?)
そんなジャクレイの心配をよそに、サックとサザンカが最初に訪れたのは呉服屋だ。
さすがにサザンカの婚礼衣装で街を巡るのは少々派手過ぎであるし、本人も動きにくいだろうとの、ジャクレイの考えから、最初に服屋を選んだ。
幅広い年齢層に対応した服を扱うお店で、ジャクレイの行きつけでもある。
余談ではあるが。このお店、夜中に泥棒に入られ、他国の婚礼衣装一式を盗まれたらしい。つい今朝がた、盗難届が出されたばかりだ。
「……勇者一行に、全部ツケとくからな」
「え、支払いこっちなの?」
そんな、ジャクレイとサックの会話をよそに、サザンカは見知らぬ服のデザインの豊富さに、目を輝かせていた。
「アッチ、こんなにかわいい服初めてみた……」
「姉様……アタシもです……」
ヒマワリも一緒になって、ちゃっかり服を見て回っていた。この部分だけ切り取れば、仲の良い姉妹が田舎から都会に出てきてギャップに驚いている、くらいのほのぼの話なのだが。
現実は、非情な殺し屋姉妹の戯れだ。
しかし結局、服の種類の豊富さと、彼女らの知識のなさから全く服が決まらず。最終的にはジャクレイが適当に見繕うことになった。
「ホントは彼氏が選ぶもんだぞ」
「……まじ、スマン」
そんなジャクレイのチョイスは流石のものであった。背中の空いた膝まであるトップスに、足のラインが出る細めの麻ズボン。シンプルであるが、サザンカの長い髪と非常によくマッチした可愛らしい服だ。
「ほおおお」
「ねえさまかわいいっ」
「おおおお」
「……」
鏡の前でくるくる回るサザンカ。長い髪が綺麗に広がり、さらに美しさを際立たせた。回るたびに、髪の毛から仄かにいい匂いがした。
回る姿を見て感嘆の声を上げるのは、ヒマワリとジャクレイ。妖艶な美しさは、身内も魅了していた。
「どうじゃ、サック」
回転を止めたサザンカは、振り向きざまにサックを向き、感想を求めた。『振り返り美人』とはまさに彼女のためにある言葉だった。
「……あ、ああ。綺麗だ」
一瞬、サックも見惚れてしまっていた。この女に惚れたら殺されるはずなのに、しかし自分の中で、少しずつ彼女に惹かれてしまっていることが感じ取れた。
「さあ、次はどこへ行く?」
楽しそうに笑うサザンカ。彼女の心境は、誰にも伺い知れない。
次に向かうは、アクセサリー屋だ。ここもジャクレイ顔馴染みの店である。
安全上、一般の店に行くことはできない。
きらびやかな宝石が並ぶショーケースを眺める、サザンカとサック。
それを、今回も遠目で覗き見る、ジャクレイとヒマワリ。
「綺麗……」
宝石が付いたブローチを見て、サザンカが呟いた。彼女の横顔をサックが横目で覗く。こうしていると、本当に『かわいい彼女』にしか見えない。
しかし実際は、腰には反物を巻き忍者の暗器が仕舞われているのが確認できる。ちらちらと見え隠れするクナイや手裏剣が、サックを現実に引き戻す。
「……買おうか?」
「え?」
驚くサザンカを尻目に、サックはアクセサリーが陳列されている棚の中から、一つを指さした。
「これってさ、簪だよな」
親指の爪より一回り大きな、緑色の宝石があしらわれており、そこから二又に分かれた長い金属の棒が水平方向に延びている。先端は丸めてあるため、刺す道具ではないらしい。
「……ああ、異国で簪を見るとは思わなんだ」
これはこの国のものではない。サザンカ達の国で使用されている、髪留めの一種だった。
サックは、得意の鑑定で、数ある陳列物から『それ』を見つけ、どういったモノであるかを理解していた。
すると、サックは店員を呼び、先ほどの簪を購入した。
「ほれ。付けてみなよ、付け方わかるんだろ?」
買った簪を、すぐにサザンカに渡した。髪飾りであることまでは理解していたが、その付け方は判らなかったのだ(全装備可能スキルは、異性専用装備は例外となる)。
「……うん」
コクリ、とサザンカは頷いたのち、サックから受け渡された簪を使って、長い髪を結わった。長い髪を後頭部で纏めるとぐるりと巻き、出来上がったおだんごに簪を器用に突き刺し、固定させる。
「どうじゃ?」
はにかんだ笑顔が眩しかった。髪を書き上げたことで、背中からうなじのラインが現れる。
頬は赤らみ、恥ずかしさによる照れを感じさせた。
「似合ってるよ」
サックは微笑んだ。すると、サザンカはさらに顔を赤くした。耳からうなじまで紅潮していった。
そんな二人のやり取りを、店内の物陰から覗く二人。
ジャクレイは『ぃよっし!!』とガッツポーズ。最適なタイミングで最高のプレゼントを手渡し、返す言葉も及第点。サックの初デート成功を見届けられ満足げだった。
なお、結婚したら殺される件については一旦忘却の彼方に追いやっていた。
一方、ヒマワリはやはり不満顔だ。
何とかあの男を、サザンカと結ばれる前に絞めてしまいたい衝動に駆られるも、大好きな姉が選んだ男に簡単に手を出すわけにいかない。
自分と姉との想いのすれ違いに、ずっと葛藤していた。
そして、サックも一息つくことができた。とりあえずの『打開策』を何とか見出すことができたのだ。
あとは、ちゃんと効果が現れることを願うばかりだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる