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第6話 追放勇者、未来へ繋げる【その3】

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「……」
「……」
 しばしの沈黙が、総隊長室を包んでいた。
 クリエは静かに、真っ直ぐサックを見つめていた。
 サックは逆にうつむき、頭を抱えていた。

「……アイサック様」
「……何だ?」
 涙すら出ない自分に無性に腹が立った。
 戦友が死んだという報告を受けてるはずだが、全く実感が沸かなかったからだ。

わたくし、クリエは、勇者イザム様から勅命を受けて、こちらに馳せ参じました」
「イザムの、勅命?」
 はい。と、クリエは短く返事をした。

「ひとつは、行方不明のボッサ様の探索。もうひとつは、イザム様からの伝言を、アイサック様にお伝えすることです」

「伝言だって?」
 うつむいていた顔を上げ、クリエのほうに向いた。彼女の目元は光の加減でメガネが反射し、伺うことはできなかった。

「『サック、こっちに戻れないか?』。以上です」

「……!」
 イザム直々の、サックへの復帰願いだった。
 サックは驚いたが、反面、こうなることはある程度予測していた。

 七勇者のうち、4人しか残っていない中での、魔王攻略。しかもメイン回復が居ない。無理難題にも程があるだろう。

 だが、サックはすぐに返事を返すことができなかった。

「……」
「イザム様、憔悴しきってました。あんな覇気のないイザム様、初めて拝見しました」

 勇者イザムは弱音は吐かない。そんな姿見たことない。そういう奴だ。サックはよくわかっている。
 クリエの報告が本当なら、彼は相当に参っている。

 サックも、出来ることならすぐに戦線復帰をしたい。親友で戦友の彼らと共に戦いたい。しかし……。

「でも、俺は……」
 勇者現役の時に比べて、いまの力は心許ない。特に、道具師アイテムマスターの最終技『潜在解放ウェイクアップ』の加減が全く効かない。
 体力面も、魔瘴気の影響で圧倒的に落ちている。

「こんな俺が復帰しても……足を引っ張りお荷物になるのが、関の山だ」
「……そう……ですか。残念です。──お伝えはしましたよ」
 そういうと、クリエは立ち上がり伸びをした。

「それでは、ごきげんよう」
「──ちょっと待って!」
 部屋を出ようとノブに手を掛けようとしたクリエを、サックが引き留めた。

「なんでしょう、サックさん。私は忙しいんですが」
 クリエの呼び方が、以前のものに戻っていた。心なしか、彼女の眉は釣りあがり、怒っているようにも見えた。

 するとサックは、机に散らばっていた資料を手にもち、クリエの目の前に持ってきた。
『極幸教』の記事が書かれたそれは、しかし、クリエに鼻で笑われた。

「何のつもりです? そんなゴシップ三面記事……」
「頼みがある。この『極幸教』の情報が欲しいんだ」
「は? あのですね、私は今から、ボッサ様を探しに行くので……」

 最初は小馬鹿にしたが、そうは言いつつも、クリエは記事に目を通していた。そこで気になる言葉が目についた。

「『勇者の力』……」
「ボッサの情報が欲しいんじゃないのか」

 ピクリ、と、クリエの眉が動いた。サックはそれを見逃さなかった。ここぞと、思いの丈を畳み掛ける。

「俺たちは今、どうしてもこの宗教団体の情報が欲しい。そして、この謎の団体は『勇者』を使って信者を集めている」
「そんな三文記事、信じるほうが異常ですよ。『勇者』もどうせニセモノでしょう」

 だが、サックは首を振った。
「この記事を書いた新聞屋は、殺害されている。信憑性は高いと思う」
「あなたはそれで、良いんですね。戦友が『そういうこと』始めた、という認識で」

 クリエは、サックの痛いところを突いてきた。ここでボッサを疑うことは、つまりは、命懸けで一緒に戦った戦友を疑うことだ。
 だが、サックは頭の奥底で、既に点と点が繋がっていた。

「イチホ=イーガスを助けられる回復術師ヒーラー。オレが知り得るのは、一人だけなんだ」
 ずっと、心の底で引っかかっていた。彼女を助けられる人物は、彼しかないのではと。
 そしてサックは、それを確証に変えうる質問をクリエに投げた。

「ボッサが失踪したのは……『何時いつ』だ?」
「……」
「……オレの推測だと、『ベルキッド追放』の箝口令解除。この時なんじゃないか?」
「……驚きました。サックさん、あなた『探偵』にも向いてますよ」

 そういうと、クリエは懐から一枚の紙を取り出した。ミクドラムで撒かれた、勇者追放の『号外』だ。

「具体的な日付は、この号外が刷られる1週間前です。サックさんが追放されて、5日後にアリンショア様が、第3層で亡くなってます」

 時系列を整理すると、こうだ。
 魔王城前の次元錠決戦ののち、サックの回復を待って彼は追放された。
 その後、5日のうちに、勇者たちは草々に第1、第2層を突破していた。だが、第3層で事件が起こる。
 アリンショアの死と、ボッサの失踪だ。
 そこからの攻略の難しさは想像に難くない。本来は7人で進める筈だった戦いを、4人で取り繕っているのだから。

「つまり、『勇者追放』の記事で隠したかったのは、勇者の剣のことではなく──」
「アリンショア様の逝去です。そして号外発行の時点で、ボッサ様失踪から1週間がたってます」

 クリエからの情報で、推測は確証に変わった。
 ボッサは当日、ミクドラムにいた。そして、死にかけの女の命を繋いだのだ。殺されて当然の報いを受けるべき、イチホ=イーガスを。

「イチホを助けたあと信者を集め始めたとすれば、報告書のタイミングとつじつまが合う……どうだ、新聞屋。これで、こちらの依頼と無関係じゃなくなったろ」

 サザンカたちを操り、暗躍させた『ニセ勇者』が、ボッサであることはいまだに信じがたいが──状況証拠としては、それが限りなく真実に近いことを示している。

 すると、クリエは大きくため息をついた。そしてサックに向き合った。先ほどの怒りの表情は消え、幾分穏やかになっていた。

「つーまーり。私の勅命のついでに、その教団の情報を持って来いと」
「いや、事情が変わった。俺も一緒にボッサの説得に行く」

 あら、とクリエは口に手を当てて驚いた風なリアクションを見せた。
「私の事を心配してくれてるんですね、驚きました」
「事が事だからな……ん?」

 その時、総隊長室の扉を強くノックされた。
 扉の前に立っていたため、ノック音は強くサックたちの耳に響いた。

「なんだ、緊急の連絡か?」
 こちらの話はひと段落ついているので、サックは扉を開けた。すると、ジャクレイが肩で息をしながら立っていた。

「ジャクレイ、どうしたんだ? 奥さんに浮気でもバレたか?」
「……馬鹿言え。サックおまえへの朗報を持ってきたんだよ」
 ジャクレイの顔がにやけていた。喜べと言わんばかりの表情だ。

「サザンカとヒマワリ、目覚めたぞ」

 それを聞いたサックは、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。同時に目元が緩んだ。ずっと心に残っていたシコリが取れたような感覚だった。

「……行ってあげてください、サックさん、待っている子がいるんでしょ?」
 サックの顔色と、おそらく女性の名前を聞いたクリエは、何かを察したようだ。

「……スマン!」
「お構いなく。私も少し疲れてるので、こちらで十分休ませてもらいますね」

 ジャクレイに連れられて、サックは詰所の地下牢へ向かっていった。
 それを、後ろからクリエが見送った。

「……さて、と」
 クリエは、そのまま総隊長室に戻り、机の上の資料を物色し始めた。
 めぼしいものを数枚抜き取り、そして、懐に押し込んだ。

「こういうところ抜けてるわー。『女難の相』の所為かしらね」
 すると彼女は、特に周囲を気にすることなく、まっすぐに詰所の出口へ向かった。

「貴方には幻滅しました……さようなら、勇者アイサック」

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