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第8話 追放勇者、対峙する【その2】

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 彼女は既に死んでいた。鼻や耳はそげ落ちて、皮膚は乾燥し、喉は潰され、内蔵は傷み始めていた。
 五感のうち唯一、目だけは見えるよう残した。復讐の対象が、もがき苦しみ命を落とす様を目と心に焼き付けるために。
 耳と口については、精神に作用し心を読む術を会得できたため不要だった。さらに勇者の装備品である『福音奏者のマント』の強大なサポートも重なり、彼女は声を発せずとも、相手に言葉を届け、聞き耳を立てずとも、心の声を聞くことができた。

 サックにとってそれは、厄介きわまりなく、また好機でもあった。
 心を読まれるということであれば、練った策も筒抜けになり使い物にならない。
 だが先ほどまでの会話で、サックは、とある確信を持っていた。

(イチホの読心は、ほんの表層しか読めていない)

 実際、表に出した激しい感情──サザンカたちへの呼びかけなどは、スラスラと心を読まれたものの、その陰で考えていた作戦については全く触れられなかった。
 耳、鼻、触覚より優先して、眼だけを残したイチホ=イーガスが相手だからこそ、サックの打開策は、気が付かれずに事を進めることができたのだ。

 サックは潜在解放ウェイクアップを使い、自身を吊るす『鉄の鎖』から【炎属性】を引き出していた。
 手に巻かれた鉄製の鎖。これも、紛れもなく『道具』である。道具に分類されていれば、道具師アイテムマスターは意のままに潜在解放ウェイクアップを行うことができる。
 赤熱した鎖は、サックが押し付けた薬草を燻し、多量の煙を発生させた。さらにサックは回復の液体ポーションの蓋を鬱血した手で開け、鎖に振りかけた。『じゅううううう……』と薬液が蒸発する音に併せ、焼けた薬草と混ざった特異な臭いを伴い、蒸気を部屋に拡散させた。

 物音が聞こえ、臭いを感じられていれば、サックの異常行動はすぐに見破られていただろう。
 しかし耳と鼻は死に絶え、目の視野も狭く、さらに部屋には既に御香の煙も充満し、また薄暗かったことも災いした。
 イチホは、サザンカに異変が現れるまで気が付かなかった。

(種類? 調合割合? そんなもの適当だ……なんせ、何の薬か性格に判らないからな!!)
 最低最悪でも、御香の効果を薄められれば良い。
 サックはそう考え、正に、手あたり次第の薬を鉄で焼いていたのだ。もちろん全ての薬に対して、潜在解放ウェイクアップを施し、【状態異常回復】を引き出すことができるものを中心に、である。
 しかし、彼が奮闘すればするほど、サックの両の手は、鉄で焼けていく。薬効のある蒸気に混ざって、人間の皮膚が焦げる臭いも漂っていた。

『なんだ! 何が燃えているのだ!!』

 サザンカの催眠が解け始めたことで、イチホは、いまこの部屋で起こっている異常に気が付き始めた。音も臭いも感じないイチホは、やっと、サックを吊るす鎖を凝視し、それが赤く焼けていることに気が付いたのだ。

『薬草だと……! どこに隠していた!!』

 しかしイチホの質問などお構いなしに、サックはさらに薬を焼き続けた。
 部屋に満たされた香炉の匂いを薄め、打ち消さんと、よりもっと濃厚な、治療につながる薬の臭いを充満させようとした。

「……ぐぅっ!」
 だが、赤熱した鎖は、サックの腕をさらに焼きつづけた。サックの体から脂汗が吹き出る。

『やめろ! おい! 忍者! やつを殺せ!』

 サックの命を弄び、壁に飾り付けるつもりだったが気が変わったのだろう。イチホはサザンカに命じた。念話によってサックの心に響くイチホの声は、明らかな焦りを見せていた。

「えあ……あ……」
 しかし、サザンカは命令に従わず動かなかった。虚ろだった目は、今は大きく見開き、うわ言のような声を出していた。
 じゅうじゅうと、薬草を焼く臭いに合わせて、肉の焦げる臭いも充満していたそれを、サザンカは一点に見つめていた。

『なんだ貴様は! どこからその草を!』
「サザンカっ!! 意識をとりもどせっ!!」

 サックはイチホの質問なぞ無視し、サザンカに再度呼びかけた。
 このサックの『急造策』の出所を、イチホに説明する義務など無いのだから。
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