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第8話 追放勇者、対峙する【その5】
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(これは……なんだ?)
サックは現状が理解できなかった。皮膚はやけどで爛れ感覚が薄れてはいたが、右手の手首が砕け崩れ去った瞬間には痛みはなかった。
「……うっ……ぐあああああっ!」
そして激痛は、手首崩壊ののち、時間をおいて襲ってきた。サックは両膝を床に突きうつ伏せにうなだれた。崩れた手首は乾いた粘土のように固まり、失血は無かった。右手首が完全に『死んで』いることの証左でもあった。
『ひ、光が……焼ける! 体が焼ける!』
しかし、サックが放った渾身の一撃は、生ける屍の肩にめり込み、光り輝く浄化の剣は終ぞ眩い光を放っていた。
『お、おのれ』
イチホは剣に手を掛けようとした。しかし、剣を抜こうにも浄化の光が邪魔をし、柄にすら手を近づけることができていない。
(まだ、浅い。もっと奥に突き刺さないと!)
右手を失ったものの、能力発動においては、左手でも可能である。サックは、まずは自身の右手および全身の痛みを抑えようと、武器庫から回復アイテムを探そうとした。
しかし、能力を使おうとした刹那、激しい動悸に見舞われた。今まで生きてきた中で感じたことのないレベルの、異常なまでの心臓の鼓動。同時に多量の脂汗が額を濡らす。
(……心臓が、破裂するっ!)
心臓から全身に送り出される血液の量は、平時の何倍にもなっていた。異様に強く響く心音が、体中を震えさせ、同時に激痛を運んだ。
腕だけではなく、体全部が、能力に対する限界を迎えていた。能力使用に併せて身体中から悲鳴が上がり、上体を動かすだけで、全身を針で刺されたような痛みが走る。
『うおおお!!!』
そうこうしているうちに、イチホ=イーガスに動きがあった。
彼女の肩に深く食い込んだ白銀の剣は、未だに眩しい光を放っているが、しかし、少しずつだが発光が弱くなっていることが見て取れた。
(くっ! 早く……この力が尽きる前に!)
イチホにとどめを刺さないと。
浄化の剣をさらに押し込むだけ。しかし、ただそれだけの行動が叶わなかった。サックは、自身の体を動かす体力すら持ち合わせていなかった。
『貴様さえ居なければ……』
するとイチホが、サックのほうに向きを変えた。光り輝く剣を肩に突き刺したまま、彼女は右手の手のひらを、サックのほうへ伸ばした。
『風の精よ他を貫く矢とならん!』
先ほどの複雑な合成術式に比べて、イチホは詠唱が短い術を唱えた。空気を矢の形に固め、高速で発射する呪文である。
単純な効果であるが、高レベルの術師が使えば、十分な殺傷能力を備える。
『空圧破弾!!』
ぱんっ! と、風船が割れるような破裂音とともに、サックの右肩に風穴が開いた。
「くっあああああああああああああ!」
体中から走る傷みに乗じて、さらに肩を突かれた激痛に耐え兼ね、サックは叫び声をあげてしまった。
部屋中にサックの声が反響した。
「ぐあああ……」
右肩からも出血が起こる。押さえようにも、左手を動かすことすらままならない。
『いい声で泣く! 眩しくて目測がずれたが、これはこれで甘美だ!』
イチホが笑った。弱点の光を多量に浴び、本人は苦しいはずだが、それを越えて、サックの苦痛に歪む感情に酔いしれた。
『……だが、次は外さない。貴様の体をすべて消し飛ばしてやる!』
剣の光が明らかに弱まってきていた。そのためイチホもサックを目で捉えることができた。
イチホの掌に、三度空気が集まる。圧縮された空気は再度臨界を超え、全てを裂く真空の刃を纏う暗黒球体を作り出した。
(避けないと……けど……)
が、サックの身体は動かなかった。痛みを感じるのに、同時に痺れが襲いかかる。脳が痛みを処理できていない。痛覚が狂い始めたのだ。
(これは……ダメか……)
サックは、自らの死の空気を感じ取った。
『全て消し飛ばせ! 死旋風炸裂弾!』
当たれば確実な『消滅』を約束された弾丸が、イチホの手から放たれようとしていた。
サックの回りの時間が、まるでスローモーションのように過ぎていった。
(……ああ、これが走馬灯というやつか)
このまま、あの術を受け、サックの体は切り刻まれ消滅し、死を迎える事は自明だ。
そして、体は全く動かない。頭だけが冷静に回転して、現状を解析していた。
(すまん、助けられなかった)
だが、サックは、自身の死よりも──自分のことより、彼女たちのことに気が向いていた。部屋の隅で横たえているヒマワリが、うつぶせになったサックの目線の先にあった。
御香が薄まったことで、少しはヒマワリの負荷はマシになっただろうか。
顔色は、この角度からでは伺えないため、正確な情報はつかめなかった。
ここでサックが死んでしまうと、サザンカもヒマワリも、イチホに『処分』されるだろう。
自分の死よりも、そのことが心残りだった。
そしてサザンカ……。薬の効果が薄まったようだった彼女の姿を──、一目見れないものか。
サックが死を覚悟し、最後に望んだ願い。
しかしそれは、別の形で叶うことになった。
イチホが発した全てを飲み込む弾は、まっすぐにサックに向かうはずだったが、床に突っ伏していたサックの上方を抜け、再度、建物の壁に大穴を開けた。
二か所の穴が開いたことで、空気の通り道ができ、部屋の中に夜風が流れ込んできた。
「……! サザンカ!」
術を放ったイチホの右腕には、肘の部分に深々と『クナイ』が刺さっていた。
「……あっ……くうっ! サック!」
催眠の御香が薄まったことで、サザンカは僅かに正気を取り戻した。
そして理性を保とうと、もう一本のクナイを、左太ももに突き刺し無理矢理に意識を繋ぎ留めた。
苦痛で顔が歪み、額には脂汗が湧き、長い髪は埃と汗で乱れていた。
そして少しずつ覚醒していく意識の中、サックの危機を察した彼女は、持っていたクナイをイチホに向かって投げた。それはイチホの右ひじを抉り、サックに向けられた術を大きく反らさせた。
『き、貴様ぁっ!』
イチホの叫び声がサックの頭に響いた。目は大きく見開き、しかしそれに伴い、イチホの目の周りの皮膚がさらに剥がれ落ちた。
『この……死にぞこないの忍びがっ!』
イチホは、あさっての方向に折れ曲がった右手を無理矢理持ち上げ、手のひらを今度はサザンカのほうに向けた。先ほどの空気の弾丸を放とうと、呪文の詠唱を始めようとする。
が、対峙しているのは、勇者を暗殺しかけた忍びである。
サザンカは、左太ももの怪我を物ともせず、イチホの懐に飛び込んだ。忍び特有の柔らかな身のこなしは、先ほどまで催眠術で操られていたとは思えないほど、しなやかで美しかった。
『ひっ!!!』
小さな悲鳴が、イチホの心から漏れた。呪文詠唱を始める機会すら与えられなかったのだ。
サザンカはイチホの肩に突き刺さったままの、白銀の剣の柄を強く握りしめた。
『な、なぜだ! なぜ私を助けない!』
未だに、サザンカを操れると思い込んでいるのだろうか。イチホはサザンカに命令を発していたが、それにサザンカは反応しなかった。
代わりにサザンカは、はっきりと答えた。浄化の剣を全身の体重をかけて、死せる大魔術師の体内へ押し込みながら、イチホに聞かせるよう大きな声で叫んだのだった。
「……父の……父の仇だっ!」
サックは現状が理解できなかった。皮膚はやけどで爛れ感覚が薄れてはいたが、右手の手首が砕け崩れ去った瞬間には痛みはなかった。
「……うっ……ぐあああああっ!」
そして激痛は、手首崩壊ののち、時間をおいて襲ってきた。サックは両膝を床に突きうつ伏せにうなだれた。崩れた手首は乾いた粘土のように固まり、失血は無かった。右手首が完全に『死んで』いることの証左でもあった。
『ひ、光が……焼ける! 体が焼ける!』
しかし、サックが放った渾身の一撃は、生ける屍の肩にめり込み、光り輝く浄化の剣は終ぞ眩い光を放っていた。
『お、おのれ』
イチホは剣に手を掛けようとした。しかし、剣を抜こうにも浄化の光が邪魔をし、柄にすら手を近づけることができていない。
(まだ、浅い。もっと奥に突き刺さないと!)
右手を失ったものの、能力発動においては、左手でも可能である。サックは、まずは自身の右手および全身の痛みを抑えようと、武器庫から回復アイテムを探そうとした。
しかし、能力を使おうとした刹那、激しい動悸に見舞われた。今まで生きてきた中で感じたことのないレベルの、異常なまでの心臓の鼓動。同時に多量の脂汗が額を濡らす。
(……心臓が、破裂するっ!)
心臓から全身に送り出される血液の量は、平時の何倍にもなっていた。異様に強く響く心音が、体中を震えさせ、同時に激痛を運んだ。
腕だけではなく、体全部が、能力に対する限界を迎えていた。能力使用に併せて身体中から悲鳴が上がり、上体を動かすだけで、全身を針で刺されたような痛みが走る。
『うおおお!!!』
そうこうしているうちに、イチホ=イーガスに動きがあった。
彼女の肩に深く食い込んだ白銀の剣は、未だに眩しい光を放っているが、しかし、少しずつだが発光が弱くなっていることが見て取れた。
(くっ! 早く……この力が尽きる前に!)
イチホにとどめを刺さないと。
浄化の剣をさらに押し込むだけ。しかし、ただそれだけの行動が叶わなかった。サックは、自身の体を動かす体力すら持ち合わせていなかった。
『貴様さえ居なければ……』
するとイチホが、サックのほうに向きを変えた。光り輝く剣を肩に突き刺したまま、彼女は右手の手のひらを、サックのほうへ伸ばした。
『風の精よ他を貫く矢とならん!』
先ほどの複雑な合成術式に比べて、イチホは詠唱が短い術を唱えた。空気を矢の形に固め、高速で発射する呪文である。
単純な効果であるが、高レベルの術師が使えば、十分な殺傷能力を備える。
『空圧破弾!!』
ぱんっ! と、風船が割れるような破裂音とともに、サックの右肩に風穴が開いた。
「くっあああああああああああああ!」
体中から走る傷みに乗じて、さらに肩を突かれた激痛に耐え兼ね、サックは叫び声をあげてしまった。
部屋中にサックの声が反響した。
「ぐあああ……」
右肩からも出血が起こる。押さえようにも、左手を動かすことすらままならない。
『いい声で泣く! 眩しくて目測がずれたが、これはこれで甘美だ!』
イチホが笑った。弱点の光を多量に浴び、本人は苦しいはずだが、それを越えて、サックの苦痛に歪む感情に酔いしれた。
『……だが、次は外さない。貴様の体をすべて消し飛ばしてやる!』
剣の光が明らかに弱まってきていた。そのためイチホもサックを目で捉えることができた。
イチホの掌に、三度空気が集まる。圧縮された空気は再度臨界を超え、全てを裂く真空の刃を纏う暗黒球体を作り出した。
(避けないと……けど……)
が、サックの身体は動かなかった。痛みを感じるのに、同時に痺れが襲いかかる。脳が痛みを処理できていない。痛覚が狂い始めたのだ。
(これは……ダメか……)
サックは、自らの死の空気を感じ取った。
『全て消し飛ばせ! 死旋風炸裂弾!』
当たれば確実な『消滅』を約束された弾丸が、イチホの手から放たれようとしていた。
サックの回りの時間が、まるでスローモーションのように過ぎていった。
(……ああ、これが走馬灯というやつか)
このまま、あの術を受け、サックの体は切り刻まれ消滅し、死を迎える事は自明だ。
そして、体は全く動かない。頭だけが冷静に回転して、現状を解析していた。
(すまん、助けられなかった)
だが、サックは、自身の死よりも──自分のことより、彼女たちのことに気が向いていた。部屋の隅で横たえているヒマワリが、うつぶせになったサックの目線の先にあった。
御香が薄まったことで、少しはヒマワリの負荷はマシになっただろうか。
顔色は、この角度からでは伺えないため、正確な情報はつかめなかった。
ここでサックが死んでしまうと、サザンカもヒマワリも、イチホに『処分』されるだろう。
自分の死よりも、そのことが心残りだった。
そしてサザンカ……。薬の効果が薄まったようだった彼女の姿を──、一目見れないものか。
サックが死を覚悟し、最後に望んだ願い。
しかしそれは、別の形で叶うことになった。
イチホが発した全てを飲み込む弾は、まっすぐにサックに向かうはずだったが、床に突っ伏していたサックの上方を抜け、再度、建物の壁に大穴を開けた。
二か所の穴が開いたことで、空気の通り道ができ、部屋の中に夜風が流れ込んできた。
「……! サザンカ!」
術を放ったイチホの右腕には、肘の部分に深々と『クナイ』が刺さっていた。
「……あっ……くうっ! サック!」
催眠の御香が薄まったことで、サザンカは僅かに正気を取り戻した。
そして理性を保とうと、もう一本のクナイを、左太ももに突き刺し無理矢理に意識を繋ぎ留めた。
苦痛で顔が歪み、額には脂汗が湧き、長い髪は埃と汗で乱れていた。
そして少しずつ覚醒していく意識の中、サックの危機を察した彼女は、持っていたクナイをイチホに向かって投げた。それはイチホの右ひじを抉り、サックに向けられた術を大きく反らさせた。
『き、貴様ぁっ!』
イチホの叫び声がサックの頭に響いた。目は大きく見開き、しかしそれに伴い、イチホの目の周りの皮膚がさらに剥がれ落ちた。
『この……死にぞこないの忍びがっ!』
イチホは、あさっての方向に折れ曲がった右手を無理矢理持ち上げ、手のひらを今度はサザンカのほうに向けた。先ほどの空気の弾丸を放とうと、呪文の詠唱を始めようとする。
が、対峙しているのは、勇者を暗殺しかけた忍びである。
サザンカは、左太ももの怪我を物ともせず、イチホの懐に飛び込んだ。忍び特有の柔らかな身のこなしは、先ほどまで催眠術で操られていたとは思えないほど、しなやかで美しかった。
『ひっ!!!』
小さな悲鳴が、イチホの心から漏れた。呪文詠唱を始める機会すら与えられなかったのだ。
サザンカはイチホの肩に突き刺さったままの、白銀の剣の柄を強く握りしめた。
『な、なぜだ! なぜ私を助けない!』
未だに、サザンカを操れると思い込んでいるのだろうか。イチホはサザンカに命令を発していたが、それにサザンカは反応しなかった。
代わりにサザンカは、はっきりと答えた。浄化の剣を全身の体重をかけて、死せる大魔術師の体内へ押し込みながら、イチホに聞かせるよう大きな声で叫んだのだった。
「……父の……父の仇だっ!」
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