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第9話 追放勇者、ケジメを付ける【その8】

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「……サックあなた……なにを!」

 地面には、伝説の双剣『幻竜の小太刀』が突き刺さっていた。それはまるで、元の持ち主であるアリンショアの墓標のようだった。

 サックは、ボッサのほうに向きなおした。着ている薬師のローブには確かに、脇腹部分に大きな穴が開いていたが、傷は完全に塞がっていた。
 すると、サックは足元に落ちているビンを拾って見せた。ガラス瓶は刃物で綺麗に切断され真っ二つになっていた。

「オートポーションによる反撃スキルだよ。知っているだろ?」
 事前に調合した大回復薬エクスポーションを、アリンショアの攻撃に重ねて使用したのだった。彼女の斬撃がポーションを開封し、貫く攻撃とともにサックを回復させていた。

「……そうではない。貴様、アリンショアに何をした……」
 丁寧に説明をしようとしたサックを、ボッサが遮った。ボッサが知りたいことは、そんな事ではない。
 するとサックは、「ああ」と小さく返答し、彼女へ仕掛けた内容を述べた。

「『道具』の力を解放しただけさ。限界リミットを無視して全力でな」
「どういう……」
「リミットを越えると、そのアイテムは例外なく崩壊する。……勇者の剣『ハルペリオ』のときと一緒さ」

「そうではないっ!!」
 ボッサは大声で怒鳴った。そんな事を聞きたいのではない。
「なぜ! アリンショアが! こうなったのだ! これではまるで!」

「……気づかないのか」
 ふとサックは冷徹な、そして、ボッサを蔑む表情を呈した。その感情には彼なりの『怒り』も含まれていた。
「ボッサ、おめーは無意識に、アリンショアの遺体を『道具』と認識していたんだ」
「……」
 顔を真っ赤にして怒っていたボッサは、サックの一言で押し黙った。少なくとも、心当たりがあったのだろう。

 そんな反応に気付いているのか、さらにサックはボッサを捲し立てた。
「アリンショアを信頼し、愛していた? 彼女が死んでてもその気持ちは本物だったんか? 教えてやる。おめーさんは、とうに見切りをつけてて、アリンショアを『道具』としてしか見れなかったんだ」
「……」
「俺は、道具なら例外なく『潜在解放ウェイクアップ』できる。これが効いたってことは……そういうことだ」
 ボッサにとって彼女は『道具』に成り下がってしまっていたのだった。

 サックは、アリンショアの墓標から、双剣の片方を左手で抜いた。柄部分に竜の紋が彫られている小太刀は、持ち手部分は小柄なアリンショアの手に合うよう削られていた。
「そしてアリンショアも、既に死を受け入れ、生きる事を諦め、傀儡となっていた」
 だから、蘇生や回復ができなかった。本人が生きることを拒否していた。

「……黙りなさい」
「お前もよく理解できているはず、だろ? 意図せず望まず得た『勇者の力』のせいで、責任を負わされ、そして世界に振り回されることに嫌気がさした。だからアリンショアは、自身の死を受け入れた」
「……黙れ」
「彼女の相談に乗っていたお前が、一番分かっているはず。そして、だからこそ、この世界のことわりをぶっ壊そうと……」

「だまれぇ!!」
 ボッサが『ぶちギレ』た。この表現が一番正しいのだろう。頭に血が上り、顔は真っ赤。垂れ目の彼の目は、まるで狐に憑かれたかのように釣りあがっていた。
 彼は、その怒りにかまけて、槍を振りかぶってサックに襲いかかってきた。

(さすがに気づかれたか)
 ボッサはストームシーカーの本領である、嵐の生成を行わなかった。雷雲を伴わない、槍によるシンプルな物理攻撃だ。
 それはつまり、属性を伴わない攻撃である。

 サックは事前に『耐性薬【風、雷】レジストウィンド、サンダー』を調合し、服用していた。ボッサが何か長い武器……『嵐を運ぶものストームシーカー』を持っていることは、クリエからの情報で知っていたためだ。

 ボッサはそれに気づいたのだ。だから、直接攻撃でサックに挑んだ。だが、サックの左手にも、今は『勇者武器』がある。
 ボッサが全体重をかけて振り下ろした攻撃は、虚しく空を切った。槍は、撫でるように柔らかく横に逸らされたのだ。『幻竜の小太刀』による回避行動だった。
 地面を槍で叩きつけたボッサは、すぐには再攻撃に移らなかった。サックはそれを見越してか、ゆっくりと再度ボッサから距離を取った。

「手遅れになる。どうせ皆、魔王に食われる。勇者も……民も! これはイザムでも、もう止められない!」
「だから食われる前に、皆で逝きましょうってか!? ざけんな! 足掻けよ! 藻掻けよ! 他人ひとの命運を勝手に決めるな!」 
「その行動こそ、無駄なのだ!」
 ボッサはまた槍を構えた。今度は、また武器の力を使い嵐を起こそうとしていた。

「なんで諦めたんだよ! なんでもやってみなきゃ……わかんえぇだろう!!」
 サックは、幻竜の小太刀を地面に突き刺した。左手から発せられていた青白い光が、さらに強く、眩く光った。

「刮目しろ、ボッサ! 道具を極めた、道具師アイテムマスターの戦い方!!」

 さらに左手の輝きが増した。すると、サックとボッサとの間に、魔法陣が展開された。地面はもちろん、空間にも魔法陣は展開され、その正確な数は数えられないほどである。一つ一つは人間の顔程度の大きさであった。

「何だこれは! こんな魔法陣、私は知らない! 見たことない!」
 ボッサは驚愕した。昔の仲間同士、お互いの手の内はすべて知っていたと思い込んでいた。だが、ボッサはこの術式を知らなかった。

「当たり前だ。奥の手中の奥の手過ぎて、現役ゆうしゃ時代では使うタイミング無かったんだからな! 大盤振る舞いだ。釣りはいらねえ、取っとけ!」

 ボッサとサックを中心とした空間に、数多の魔法陣が生成、固定化された。不気味に青白く光る魔法陣は、いずれもボッサに向いていた。


「見せてやるぜ……名付けて、『熟達の武装戯ウェポンマスタリー』!!』


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