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第9話【エピローグ】

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「女神は……何をしたいんだ」
「……」
 再度、仰向けに倒れたボッサに向かって、サックは直立した状態で訊ねた。

 ボッサの右手から発せられた強烈な光の玉は、サックの体にぶつかり、体内に入り込んだ。
 すると、彼の体の崩壊は止まった。体に残された薬効の副作用は立ち消え、脳の奥にまで達していた魔瘴気の残骸は取り除かれた。
 皮膚のひび割れも急速に改善され、肌にうるおいが戻ってきた。そして何より、失われた彼の『右手』が、光に包まれるとともに、再生したのだった。

 勇者アイサック=ベルキッド、ここに完全復活である。

「お前の生命力、精神力。全部を受けとったんだ。ボッサが知る全てを、俺は知る権利がある」
「……」
 しかし、彼は口を開かなかった。既に喋れないのか、それとも、あえて話さないのか。
 サックは三度みたび、ボッサに問い掛けた。

「なあ、ボッ……ぶべらっ!!!」

「わ・た・し・を……殺す気かぁああああああああっ!!!!!!!」

 サックの質問は、ボッサに届かなかった。
 強烈なドロップキック──放った本人の体重は軽いものの、しかし、有翼人種特有の空中高速移動から繰り出されたそれは、質量の軽さを十分補う速度を持ち、強大な運動エネルギーを伴っていた。

 そして、それはサックの横顔にクリーンヒットした。全エネルギーを首の上で受けた結果、彼の首はあり得ない方向に曲がったまま、キックの力のベクトル方向に吹っ飛んだ。

 縦回転しながら瓦礫に突っ込んだサックだが、反撃スキル『オートポーション』が発動したためか、怪我はすぐに癒えた。

「馬鹿ですか! 劇薬ってレベルじゃない! 『薬』の範疇を越えてました! 前もって効能を伝えてください!! 何の気なしに開けたら、闇に飲み込まれかけました!!!!」

 クリエ=アイメシアだ。大浄化術式イア=ナティカの光を遮るため『暗黒物質ダークマター』の瓶を封切ったところ、どうも想像だにしない出来事が起こったようだ。使用するに際して、サックから危険性の説明が十分にされなかったことにご立腹だった。

「おま……空気を……読め……」
 砂埃を上げ吹き飛ばされたサックが、瓦礫の中からうめき声に似た言葉を発した。
 だがそんなことはお構いなしに、クリエのマシンガン煽りは続いた。

「気づいたら地面が抉れてクレーターになってました! 光どころか、周りの瓦礫やら何やら全部吸い込んで消失! あなたは加減ってのを……」
「騒がしいですね」
「……ってうわあ!! ボッサ様っ!!」

 クリエはやっと、足元にボッサが横たえていることに気がついた。風化し始めた体は、風が吹くたび表面が砂塵と化していた。

「ボッサ」
 やっと口を開いたボッサに、瓦礫から這い出たサックが駆け寄った。ボッサの目は、何かを見据え、睨んでいるようにも見えた。

「ボッサ様……」
 ついぞ、サックへの不平不満を述べていた時とは全く真逆な表情で、クリエはボッサを見ていた。

「まったく……あなたは……」
 ボッサは弱弱しいながら、しかし、二人に聞こえる声量で話始めるも、彼の体は限界に達した。
「あなたはいつも、邪魔をする」

 世界を変え、女神に復讐を誓ったボッサの最期の言葉は、単なる悪態であった。

 ボッサはそれ以降動かなくなった。そして体は一気に砂塵化が始まり、砂は風に乗って散り散りに飛んで行った。
 その場には、ボッサの衣服のみが残された。

「……終わった、んですね」
「……」
 サックは、先ほど吹き飛ばされた瓦礫の中から、折れた槍を拾っていた。ボッサ愛用の『嵐を運ぶものストームシーカー』だ。
 それをサックは、ボッサが遺した服の横に突き刺し、墓標に仕立てた。そして同じく、携えていた『幻竜の小太刀』も、すぐ隣の地面に突き刺した。サックはあえて、それら互いを支えあうよう交差させた。

「『幻竜の小太刀』も置いていくんですか!? 誰かに取られてしまいますよ!?」
 無傷で遺された伝説の双刀。魔王と対峙するのであれば、店売り武器よりも断然心強い。しかし、サックはそれを置いていくことにした。

「盗む奴は盗むかもな……。けど、もうその武器が必要な時代は、来させねぇよ」
 サックの心は、ある決意で燃えていた。

「クリエ、最後の仕上げだ。また『女神のつばさ』をお願いできるか?」
「サック……! い、いえ! 勇者アイサック様! もちろんです!」

 クリエには色々世話をかけてしまっている。既に新聞屋としてのキャパは越えていたにもかかわらず、彼女はサックに協力してくれた。
 今目の前にいるのは、先日まで夫婦漫才を繰り広げていた『サック』ではない。


「目的地は、魔王城だ。……ちょっくら、世界救ってくる」
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