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最終話 追放勇者、女神をぶん殴る【その3】
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(……これが……魔王……なのか?)
丸い球体だった。黒色の、大きさはおおよそ、三階建ての建物くらいか。その黒色は、まるで闇を何倍も濃縮したような、そんな暗黒だった。サックが造った『暗黒物質』以上かもしれない。触れれば……いや、触れなくとも、それに吸い込まれ、取り込まれるのではと錯覚するほどだ。
そしてその表面は、紫色のガス状のもので覆われていた。人類を散々苦しめ、魔物に活力を与え続けた魔障気だ。魔王が生み出すとされる魔瘴気は、その球体から止めどなく溢れていたことで、その球体が『魔王そのもの』であることを、サックとクリエに知らしめた。
呆然自失としていた二人は、さらに驚愕する。
ギョロリ、と、その球の中央から大きな目玉がのぞいたのだ。
「なに……あれ……」
魔王の空気に完全に飲まれたクリエは、恐怖と狂気に充てられ、立ち上がることすら出来なかった。まるで、蛇に睨まれた蛙であった。
「……伏せろ! クリエ!」
サックは、魔王の威圧を振り払い、冷静に『敵』の出方を見ていた。だからこそ、今しがた目玉の中央に、異常なまでの熱量が集まってきたことがわかった。
そして魔王は、目から強烈な熱光線を放った。
発射の瞬間は地を這うも、すぐに光線は立ち上がり、そのままサックたちを一直線に貫いた。
地面は熱で融解し、一部から炎が上がった。触れずとも床を溶かすほどの熱量であった。
「……間に合った」
触れれば骨すら蒸発する熱量の光線を浴びたが、サックとクリエは生きていた。彼らの服の一部は焦げ、僅かにやけどを負う程度で済んでいた。
サックを中心に、熱が遮断されていたのだ。
(耐性薬【炎】と、『天下泰平』による光の壁の重ね掛けで、なんとか防げるレベルか……)
サックの焦りは治まらない。属性攻撃ではあったものの、いままで戦ってきた中でも抜きん出て攻撃力が高かった。
すると、魔王の目玉がパチクリと瞬きをした。先ほどの熱線を放った眼に、次は異なる属性の力が集まっていたのを、サックは見逃さなかった。
(雷属性?! くっそ!調合が間に合わない!)
今度は電撃が放たれた。先ほどの熱線とは異なり、魔王を中心に、無作為に高電圧の落雷を落としてきた。
とっさに、広げた天下泰平にさらに力を込めた。光の壁はさらに厚くなったが、しかし無情にも、サックは雷の直撃を受けてしまった。
光の壁は粉々に砕け、さらにその衝撃は衰えを知らず、サックは派手に吹っ飛ばされることになった。
「サックさん! 大丈夫ですかっ!」」
後方に飛ばされたサックに気遣いの言葉を掛けつつ、クリエが近づいた。
激しく転倒したものの、サック自身は殆どケガはない。うまく吹き飛ばされたのが、逆に功を奏したのか。
「……わからねぇ」
「ちょっと! 自分のお体でしょ!」
サックは、ゆっくりと立ち上がってみた。大したケガはなさそうだが、しかし目下、現状は何も好転していない。
巨大な黒い目玉は、少し離れた場所からサックたちを見据えていた。
「サック! 何か魔王への対抗策はあるんですか!?」
未だに恐怖で体が縮こまってしまっているクリエが、声を絞り出すようにサックに訊ねた。すると、サックは渋い顔をし、答えた。
「策は、ある。魔王を倒すために必要な『女神の涙』の、場所が解った。けど……」
魔王に対抗できると伝承されるアイテム『女神の涙』。こぶし大の大きさの鉱石であり、それは、サックとイザムがそれぞれ所持していた。
サックは、加工前の鉱石として。イザムは、それを加工し鍛えた『勇者の剣「ハルペリオ」』として。
だが、サック追放に至った『魔王城前決戦』にて、勇者の剣は粉々に砕け散った。この世界に残っているのは、サックが持っていた鉱石としてのそれだけだった。
その石は、イザムに引き継がれていたはずだ。
「どこに……まさか?」
先ほどからサックが見つめる目線の先。そこに答えはあった。
「ああ、もう魔王の腹の中だ……すでに『喰われてる』」
女神の涙は目の前にあった。しかしそれは……先にイザムたちが此処に来て、既に魔王に敗れ、捕食されていることを意味していた。
イザムが持っていた『女神の涙』も一緒に取り込まれたということだ。
「そ、そんな……」
クリエは、またしても力なくへたり込んだ。
サックは歯ぎしりした。なんとかイザムたちに合流したかったが、結局間に合うことなく、魔王に倒されていたのだ。悔やんでも悔やみきれない。
そんな彼らをあざ笑うかのように、魔王は浮いたままゆっくりとサックたちに近づいてきていた。
(戦意喪失した俺たちを、食おうってのか……)
しかし、サックは諦めていなかった。クリエに伝えた『策』を実行できるか、頭の中で考えを巡らせていた。
(腹の中にある『女神の涙』に触れられれば、あるいは……)
「女神様……女神様……」
追い込まれた状況にクリエはただただ、祈りを捧げていた。
「クリエ」
「もう、これしかないんです! 女神様は魔王と勇者の戦いに降臨されたと伝わってます!」
クリエは祈りと共に、光の羽を大きく広げた。姿形を寄せて、女神により早く降臨してもらおうと言う魂胆だろうか。
「女神様……お願いです、私たちを助けて……」
彼女の両手は祈りの印を結んだまま震えていた。眉間にしわを寄せ、強く、強く念じていた。
(クリエの祈りが、女神に届くことはない……)
ボッサが遺した女神の呟きが、サックの脳裏をよぎる。それが本当であれば、女神が助けに来ることは、まず無い。
────
「勇者は、魔王にとってご馳走なのだそうで。いわば魔王が喰らうデザート。真の勇者ほどその味は甘美となる。私たち勇者は……女神が選んだ、魔王への生贄なのですよ」
────
(そしてなにより……ボッサの最期の言葉と、『あの内容』が真意なら……)
「……クリエ、時間を稼ぐ。『ちゃんと女神を呼んでくれる』こと、信じてるぜ」
背中越しにクリエに呼びかけ、サックは魔王の元へ駆け寄った。サックは、クリエの行動を見守るしかなかった。彼は、クリエのことを信じたのだ。
(クリエの祈りを信じるなら、この戦法で行く!!)
どんなに考えても、魔王の内部に残されている『女神の涙』の奪取方法が見つからない。だからこそサックは、魔王に『あえて捕食される』ことを念頭に置いた。
激しい魔王の攻撃を避け、防ぎ、搔い潜り……しびれを切らした魔王が、大口を開けてサックを食らう。その好機を狙った戦い方に挑むことにしたのだった。
(さあ、美味しい勇者が、お前の目の前に飛び込んでいくぜ。しっかりお口を開けておくれよ!)
丸い球体だった。黒色の、大きさはおおよそ、三階建ての建物くらいか。その黒色は、まるで闇を何倍も濃縮したような、そんな暗黒だった。サックが造った『暗黒物質』以上かもしれない。触れれば……いや、触れなくとも、それに吸い込まれ、取り込まれるのではと錯覚するほどだ。
そしてその表面は、紫色のガス状のもので覆われていた。人類を散々苦しめ、魔物に活力を与え続けた魔障気だ。魔王が生み出すとされる魔瘴気は、その球体から止めどなく溢れていたことで、その球体が『魔王そのもの』であることを、サックとクリエに知らしめた。
呆然自失としていた二人は、さらに驚愕する。
ギョロリ、と、その球の中央から大きな目玉がのぞいたのだ。
「なに……あれ……」
魔王の空気に完全に飲まれたクリエは、恐怖と狂気に充てられ、立ち上がることすら出来なかった。まるで、蛇に睨まれた蛙であった。
「……伏せろ! クリエ!」
サックは、魔王の威圧を振り払い、冷静に『敵』の出方を見ていた。だからこそ、今しがた目玉の中央に、異常なまでの熱量が集まってきたことがわかった。
そして魔王は、目から強烈な熱光線を放った。
発射の瞬間は地を這うも、すぐに光線は立ち上がり、そのままサックたちを一直線に貫いた。
地面は熱で融解し、一部から炎が上がった。触れずとも床を溶かすほどの熱量であった。
「……間に合った」
触れれば骨すら蒸発する熱量の光線を浴びたが、サックとクリエは生きていた。彼らの服の一部は焦げ、僅かにやけどを負う程度で済んでいた。
サックを中心に、熱が遮断されていたのだ。
(耐性薬【炎】と、『天下泰平』による光の壁の重ね掛けで、なんとか防げるレベルか……)
サックの焦りは治まらない。属性攻撃ではあったものの、いままで戦ってきた中でも抜きん出て攻撃力が高かった。
すると、魔王の目玉がパチクリと瞬きをした。先ほどの熱線を放った眼に、次は異なる属性の力が集まっていたのを、サックは見逃さなかった。
(雷属性?! くっそ!調合が間に合わない!)
今度は電撃が放たれた。先ほどの熱線とは異なり、魔王を中心に、無作為に高電圧の落雷を落としてきた。
とっさに、広げた天下泰平にさらに力を込めた。光の壁はさらに厚くなったが、しかし無情にも、サックは雷の直撃を受けてしまった。
光の壁は粉々に砕け、さらにその衝撃は衰えを知らず、サックは派手に吹っ飛ばされることになった。
「サックさん! 大丈夫ですかっ!」」
後方に飛ばされたサックに気遣いの言葉を掛けつつ、クリエが近づいた。
激しく転倒したものの、サック自身は殆どケガはない。うまく吹き飛ばされたのが、逆に功を奏したのか。
「……わからねぇ」
「ちょっと! 自分のお体でしょ!」
サックは、ゆっくりと立ち上がってみた。大したケガはなさそうだが、しかし目下、現状は何も好転していない。
巨大な黒い目玉は、少し離れた場所からサックたちを見据えていた。
「サック! 何か魔王への対抗策はあるんですか!?」
未だに恐怖で体が縮こまってしまっているクリエが、声を絞り出すようにサックに訊ねた。すると、サックは渋い顔をし、答えた。
「策は、ある。魔王を倒すために必要な『女神の涙』の、場所が解った。けど……」
魔王に対抗できると伝承されるアイテム『女神の涙』。こぶし大の大きさの鉱石であり、それは、サックとイザムがそれぞれ所持していた。
サックは、加工前の鉱石として。イザムは、それを加工し鍛えた『勇者の剣「ハルペリオ」』として。
だが、サック追放に至った『魔王城前決戦』にて、勇者の剣は粉々に砕け散った。この世界に残っているのは、サックが持っていた鉱石としてのそれだけだった。
その石は、イザムに引き継がれていたはずだ。
「どこに……まさか?」
先ほどからサックが見つめる目線の先。そこに答えはあった。
「ああ、もう魔王の腹の中だ……すでに『喰われてる』」
女神の涙は目の前にあった。しかしそれは……先にイザムたちが此処に来て、既に魔王に敗れ、捕食されていることを意味していた。
イザムが持っていた『女神の涙』も一緒に取り込まれたということだ。
「そ、そんな……」
クリエは、またしても力なくへたり込んだ。
サックは歯ぎしりした。なんとかイザムたちに合流したかったが、結局間に合うことなく、魔王に倒されていたのだ。悔やんでも悔やみきれない。
そんな彼らをあざ笑うかのように、魔王は浮いたままゆっくりとサックたちに近づいてきていた。
(戦意喪失した俺たちを、食おうってのか……)
しかし、サックは諦めていなかった。クリエに伝えた『策』を実行できるか、頭の中で考えを巡らせていた。
(腹の中にある『女神の涙』に触れられれば、あるいは……)
「女神様……女神様……」
追い込まれた状況にクリエはただただ、祈りを捧げていた。
「クリエ」
「もう、これしかないんです! 女神様は魔王と勇者の戦いに降臨されたと伝わってます!」
クリエは祈りと共に、光の羽を大きく広げた。姿形を寄せて、女神により早く降臨してもらおうと言う魂胆だろうか。
「女神様……お願いです、私たちを助けて……」
彼女の両手は祈りの印を結んだまま震えていた。眉間にしわを寄せ、強く、強く念じていた。
(クリエの祈りが、女神に届くことはない……)
ボッサが遺した女神の呟きが、サックの脳裏をよぎる。それが本当であれば、女神が助けに来ることは、まず無い。
────
「勇者は、魔王にとってご馳走なのだそうで。いわば魔王が喰らうデザート。真の勇者ほどその味は甘美となる。私たち勇者は……女神が選んだ、魔王への生贄なのですよ」
────
(そしてなにより……ボッサの最期の言葉と、『あの内容』が真意なら……)
「……クリエ、時間を稼ぐ。『ちゃんと女神を呼んでくれる』こと、信じてるぜ」
背中越しにクリエに呼びかけ、サックは魔王の元へ駆け寄った。サックは、クリエの行動を見守るしかなかった。彼は、クリエのことを信じたのだ。
(クリエの祈りを信じるなら、この戦法で行く!!)
どんなに考えても、魔王の内部に残されている『女神の涙』の奪取方法が見つからない。だからこそサックは、魔王に『あえて捕食される』ことを念頭に置いた。
激しい魔王の攻撃を避け、防ぎ、搔い潜り……しびれを切らした魔王が、大口を開けてサックを食らう。その好機を狙った戦い方に挑むことにしたのだった。
(さあ、美味しい勇者が、お前の目の前に飛び込んでいくぜ。しっかりお口を開けておくれよ!)
応援ありがとうございます!
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