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ゴーレムマンション奪還編

お母さん! ゴーレム幼女のファインプレー!

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 住人達は額に汗を掻きながら、じりじりと獲物を狙う狩人のように距離を詰める。
   中にはすでに俺達を討ち取ったと思っているのか、薄ら笑いを浮かべる者もいた。
 俺達を上に行かせたくないのか階段は住人達がバリケードのように横一列になり、入ってきた入口も同じく塞がれた。

 俺達は後退せずにそこに立ち止まって、状況を観察。
 数では圧倒的に不利だが、こちらには巨人族の二人がいる。
 生身の人間とは比べ物にならない戦闘力。
 
 しかし... ...。

「は、花島。あ・あいつら倒そう!」

「いや、待て、あいつらは普通の人間だ。お前が暴れたら大怪我するか、打ちどころ悪ければ死んでしまう」

 洗脳されていない住人達を殴ったりしたら、俺達に対する恨みは消えないだろう。
 そして、シルフが今後、彼等を説得する機会が到来しても、聞く耳を持ってくれない可能性すらある。
 折角、ホワイトが街の住人達に受け入れられ始めたのに、また、振り出しに戻ってしまう事だって十二分にあり得る。
 いや、もしかしたら、前より悪化するかもしれない。

 結論から、目の前にいる住人達を倒す事にメリットはあまりない。
 だが、この状況を切り抜けなければならない。
 
 一瞬ではあるが、陽の光が窓から入射し、辺りを照らす。
 ホコリが舞っていた為に細かな粒子がキラキラと反射し、この状況には不似合いな光景を浮かび上がらせる。

 何かこの状況を脱却する為に何か良い方法はないか!? 
 と焦慮しながら、辺りを見回すと住人達の背中側の壁のレンガが一部損壊している事に気付く。
 それは、ホワイトの兄やホワイトから見たら「これだけ荒んだ空間でレンガの一部くらい剥がれるだろう」と気にも留めないようなもの。

 これは、俺だから気付く事が出来た。
 いや、思い出す事が出来た事。
 心と体で小さくガッツポーズをし、その功労者であるゴーレム幼女に感謝。
 この一件が無事解決したら、あいつの事を愛でてやろう!

 ◇ ◇ ◇

 二か月前。

 ゴーレムマンションの外観は完成し、今は各部屋に水洗トイレやガスキッチンの設備を造作している状況。
 ここまで、何も問題もなく進められてきた自分の力量に武者ぶるいすら覚える今日この頃。
 俺は内装工事中の玄関ホールを見上げ悦に浸っていた。

「おい! 花島! 上を向いてるヒマがあるならこっち来いみそ!」

「日本人は上を向く事が好きな人種なんだ。歌にしろ、学生が作る映画や小説。何かやった後とかに上を向いておけば、とりあえず、良い雰囲気になるんだよ」

「訳わからんみそ! そんなのどうでもいいから早く来るみそ!」

「あと、五万時間... ...」

 俺が戻ってきた最初のうちは「もう、離れたくないみそ!」などと甘えた口調でにゃんにゃんしてきた幼女も今や可愛い顔を泥まみれにして、土方のような口ぶり。
 ああ。
 ゴーレムが美女になって抱き着いてきた時はいい香りがして良かった.. ...。
 今じゃ、濡れた段ボールみたいな臭いしかしないよ... ...。

「来い! って言ってるみそ!」

「いてっ!」

 ゴーレム幼女が放った右ストレートが俺のわき腹を抉る。
 ゴーレム幼女を見ると口を風船のように膨らませ、顔を真っ赤にしてご乱心。
 上を向きながら歩いても良かったのだが、それは、流石にやり過ぎだと己でセーブし、てくてくと鼻をほじりながら金魚の糞のようにゴーレム幼女の後ろをついて歩く。

 目的の場所に辿り着くと壁。
 ゴーレム幼女はきゃしゃな腕に繋がる小さな掌を壁に当て、祈るように目をつむる。
 何か儀式的な事をするのだろうか?

「ほい!」

 アホっぽい声を出し、その壁を押すと壁面の一部が半回転してゴーレム幼女の姿が消えた。
 そして、また、半回転すると口を大きく開き、ニッコリとした笑顔のゴーレムが姿を現す。

「隠し扉作っちゃったみそ!」

 いや、ガキかよ。
 こんなの何が楽しいんだよ... ...。
 半ば冷ややかな目でその光景を見る。

「お前、『早く来い』って言ってたのこれ見せる為か?」

「そうだみそ! 花島もやっていいみそ! いや、やれ!」

「え、俺はいいよ。俺、忍者アレルギーで忍者っぽい事やると血尿出るんだよ」

 そんなもん、当然うそだ。
 早くこの状況を抜け出したい...。

「うるせえ! 早くやれみそ!」

「だから、血便出るって」

「さっき、血尿って言ってたみそ!」

「血便も血尿も似たようなもんだよ。前から出るか後ろから出るかの違いだけだって。マナ・カナみたいなもんだよ。ニンニン喚くんじゃないよ」

「ごたくはクルクルしてから言えみそ!」

 小さな手で拳を作り、機械のおもちゃのように小刻みなリズムで俺の腹をポコポコと小突く。最初は可愛いもんだと感じていた幼女のポコポコも次第に力が入り、「ごふっ」と声を漏らしてしまった。

「だ・ふっ・か・ら・な・ふっ・んで... ...ふうん!」
「やれやれやれやれ... ...!!!」
「ふん! ふん! や・ふん! だ・ふん! やだ!」
「やれやれやれやれ... ...!!!」
「ふん! い・ふん! いたっ! ふん! もう・ふん! やるから! ふん!」

 喋るヒマもないほど、太鼓の達人に腹を連打された為、息苦しくなり、渋々ではあるが、忍者ごっこをする事を承諾。
 同時に今度、太鼓を叩く機会があったら太鼓は優しく叩こうと桃園に誓った。

「はあはあ... ...。で、どうやるんだ? 壁を押せばいいのか?」

「そうだみそ!」

「... ...ぐ!!! 動かねえぞ!」

 壁に手を当て軽く押してみるが回転はおろか動きもせず、今度は全体重をかけて押してみるがビクともしない。

「そこじゃないみそ、ここだみそ~」
 
 少し黒ずんだレンガの部分を押すと勢いよく扉が回転し、全体重をかけていた俺の体は前のめりに地面に突っ伏してしまった。

「いててて... ...。押すなら押すって言えよ... ...」

「ん? 次回から気を付けるみそ~」

 ゴーレム幼女は悪びれる様子もなく。あっけらかんとしている。
 その態度に腹が立ったが、それ以上に目の前にある長い螺旋階段が気になる。

「おい。この長い階段は何だ? どこまで続いてるんだ?」

「休憩中にコッソリ作ってたみそ! マンションの最上階まで繋がる隠し階段だみそ! どうだ! カッコイイみそ?」

 ドヤ顔にイラッとしたが、確かに立派な階段だ。
 天井は吹き抜けになっていて、上から太陽の光が一直線に階段に降り注ぐ。ちょうど、太陽が真上に来ていたので、光で階段の先は見えない。
 まるで、天国に続く階段のようだ。

 ゴーレム幼女は俺にこれを見せたくて半ば強引に俺をここまで連れてきた訳だ。

「 ねえ! 凄いみそ? ねえ?」

 俺の服を引っ張りながら褒め言葉を待っている様子は愛らしさを感じる。

「はいはい。凄い凄い」

 適当にあしらうように発言したのだが、ゴーレム幼女は思いのほか喜んだ。
 言葉をそのまま受け取る事が出来るこいつの天真爛漫さを羨ましく思った。

 ◇ ◇ ◇

「俺を抱えて奥の壁まで飛んでくれ」

「飛ぶ? 何か策でもあるの?」

「ああ」

 二人は顔を見合わせ

「行くよ。お兄ちゃん!」

「お・おう!」

「せーの!」
「せーの!」

 俺の腕を掴むと同時、二人は声を合わせて跳躍。
 住人達で出来た壁を超えるのは簡単だった。
 二つの巨体が地面に足を着けると地響きと共に軽い揺れが発生し、衝撃で下の床材が粉々に砕け散る。

 その揺れで住人達が混乱したのは予期せぬラッキー。
 ゴーレム幼女がやったように黒っぽいレンガを押して、隠し扉を回転させ、三人で扉の向こう側に足を進めるのであった。
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