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山と青年
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午後の薬局。天井から吊されたテレビから、ワイドショーの賑やかな音が響いている。仕事は午後休をもらって、病院で診察を受け、薬局で薬をもらう。二ヶ月に一回のルーティーンだ。
「薬をやめてみましょう。」
薬を飲み始めて6年。医師から待望の言葉を引き出した。
薬を飲みたいと思って飲んだことはない。
上手くやめることができた、と開放感に溢れていた。
家に帰ると、小暮美咲のスマホに、婚活システムのカップルメイトからメールが届いていた。薬をやめる方向が決まった2か月前から、婚活でもしてみるか、と軽い気持ちで登録したのである。30代を過ぎても、彼氏もいない。美咲はいろんな知り合いから、結婚はまだなの?と会うたびにきかれ、うんざりしていた。
メールは、男性から、お見合いの申込みがあったことの連絡だった。相手は50代のお酒をよく飲む人。ありえないな。美咲は即座に「お断りする」を選んで送信した。
美咲は会社に勤めながら、吹奏楽をやっていた。土日の楽しみだった。しかし、美咲の所属する団は解散することになってしまった。少子化により、新入団員が激減してしまったこと、古株の団員が次々と結婚して卒業していったこと、その2つが要因だった。美咲は思った。団が解散したのなら、私も結婚がしたい、と。
気がつくと美咲はカップルメイトの事務所に車を走らせていた。
美咲は事務所にあるネットを利用したシステムで、お見合いを申し込む男の人を選び始めた。
同じ市内に住む、40台までの、大学卒、自由記述のプロフィールが魅力的な人…
3人の男の人に絞った。そして、申込みを行った。
第1希望の人から、順に申込みが行われ、断られれば第2希望の人に申込む、というシステムになっている。
次の日、カップルメイトから、メールが届いた。第1希望の男性から、お見合いの承諾があったというメールだった。
柔和で知的な印象の顔写真。高学歴で、土木の仕事に勤続10年。33歳。美咲の好みの低身長。趣味は料理と登山。何度もプロフィールを読み込む度、思いは強まっていった。
なんとかして、お見合いを成功させよう。
何を聞かれるだろうか。どんなことを伝えないといけないか。お見合いのチャンスは一度きり。紙に書き出して、想定問答集を作るほど、美咲は本気だった。
とうとうお見合い当日。一日かけて選んだ服。髪型。化粧。バッグの持ち方、歩き方。360度計算し尽くした出で立ちで、指定されたレストランに向かう。レストランの近くの店に10分前につき、トイレで最終チェック。レストランに入ると、奥の席に案内された。奥の席には、カップルメイトのお見合い仲介人と、お相手が待っていた。グレーのスーツ。仲介人と笑いながら喋っていて、明るいねーと言われている。ハッとするくらいの美男子。吸い込まれるような目。見た目に自信のない美咲にとって、高嶺の花ともいうべき男性だった。美咲は、いろいろな会社に勤めてきたが、10年も続いたことはない。勤続10年の人ってこんなに素敵なんだな。自信はない。でも、せめて相手の目を見て話そう。美咲はそう決めて、1時間会話をした。
家に帰ると、サポーターさんから、もう一度お会いしたいか、お断りするか、3日以内に返事をするように、とのメールが送られてきた。美咲は間髪いれずにもう一度お会いしたい、と返事をした。すると、それから30分足らずで、お見合い成立のメールがきた。お相手の名前と、電話番号が記されていた。笹川玲二。相手の名字と、自分の名前を組み合わせて、心の中で読んでみる。笹川美咲。なんて、いい響きなんだろう。
しかしその後、なかなか電話もメールも来ない。自分からしようか迷っていると、9時になって電話が来た。待ちくたびれて疲れてしまったので、電話が来るなり、
「今日はもう遅いので、また明日電話しましょう。」
と言ってしまった。
「電話じゃなくてメールでもいいですか。あとで自分のメール教えておきますね。」
「いいですよ。」
「これからよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
朗らかに笑みまじりの声で、笹川はそれだけ言って電話を切った。
次の日、笹川はメールを送ってきた。笹川は不思議なことに、ラインを持っていなかった。そこで、美咲はGメールを教えた。この日は、笹川はメールアドレスを登録しますね、というほかは何も話をしなかった。美咲は、もっと話したいのにと思っていた。
翌日、仕事に行った美咲は、笹川からのメールを待ちわびていた。昼休みになるなり、ロッカーの携帯を取り出してメールが来ていないかチェックした。すると、笹川からメールが届いていた。思わず美咲は
「やったぁ!」
と声に出してしまった。すると、居合わせた先輩に、
「何がやったぁ!なの?何かいいことがあったのかな?教えてよぉ。」
と言われ、美咲はその昼休みに、先輩たちに彼氏ができたことを報告した。
「すごくイケメンなんです。」
「やったじゃん!」
「どういう会社の人?」
「土木なんです。地質調査をする人で・・・」
「地質調査の仕事って給料良くて、友達に結婚した人いるわー。」
「そうなんですか!?」
「応援してるー。」
「ありがとうございます。」
美咲は質問攻めにあってしまった。美咲の主義として、恋愛は一人きりではしないと決めていた。職場の先輩が逐一様子を聞いてくれるのはありがたいことだと思っていた。
笹川は、
「次の週末どこか行きませんか。ランチでも、温泉でも、美術館でも、山でも!」
と送ってきた。美咲は、
「山に行きたいけど、まだ寒そうですね。」
と送った。まだ、2月だったのだ。
しばらく、やりとりを続けていると、山の近くにある湖に行くことになった。ランチは湖の近くで取ることになった。
「じゃあ、華というレストランに集合でいいですか?」
そう言われた美咲は悩んだ。美咲の家から、そのレストランはあまりにも遠かった。1人で運転して行ったこともなかった。こんなところに1人で行けっていうんだろうか。
途中まで運転していって、どこかで待ち合わせして、車に乗せていってもらいたい。
そう言いたかったが、まだ付き合い始めたばかりで、そんなお願いもできない。
「やっぱり、付き合い始めたばかりだし、湖じゃなくて、街中でランチとお散歩にさせてもらいたい。いつも車で行くのはその周辺だから。」
「わかりました。」
その週の土曜日、二人は街中でランチをした。レストランは、美咲が職場の人に勧めてもらったレストランだった。美咲は笹川に会うや否や、プレゼントを渡した。笹川は、席につくと、中身を見てもいいですか?と言って少し蓋を開け、ありがとうございます。と簡単な返事で缶を閉じた。ランチの間、笹川は美咲に、仕事の写真や山で見た寺の写真を次々と見せた。美咲は喜んでそれを見た。
笹川は大学卒、と書いてあったので、美咲は自分と同じ大学なのかと思い、聞いてみることにした。
「笹川さんはどこの大学の出身なんですか?」
「S大学です。」
「S大学ですか。私はK大学です。」
「K大学・・負けたぁ。僕はK大学を受けたけど、落ちたんですよ。」
この人が行きたくてたまらなかったK大学に、私は入っている。この人に学歴コンプレックスがあるとしたら、私の学歴でその埋め合わせができる。わけのわからないやる気に満ちる美咲だった。笹川は女の子のほうが高学歴だったことで、少し引け目を感じているのだった。
「笹川さんはお仕事で化石を見つけることはあるんですか。」
「化石はないけど、貝殻が土の中から見つかることはありますね。」
「私いつか化石を見つけてみたいんです。」
「ほう。面白そうですね。」
ランチが終わると、笹川の提案で、洋服を見に大型ショッピングモールに寄った。笹川は普段ほとんど市の中心部で買い物をすることはなく、服の店についてあまり詳しくないので、教えてほしいとのことだった。この店は高い、この店はあなたに似合う、似合わない、と美咲は直感で、笹川にアドバイスした。笹川はセールになっている洋服を手にすると、試着してみるといって、試着室に行った。美咲はついていった。笹川は数分で服を着替え、美咲にどうか、と見せた。美咲が似合う、と言うと、笹川は試着室の幕を閉じずに脱ぎ始めた。女の子を前にして脱ぎ始めるのか、なんと無防備な、セクシーな動作なのかと美咲は思った。本人は美咲がそんなことを思っているとは知る由もなかった。
ポイントをつけるため、アプリを登録する笹川と美咲。そして、アプリの登録が終わると、美咲が座りっぱなしにしていた椅子をさりげなく元に戻した。
駐車場に向かうまでの間に、翌週どこにいくかを話し合った。
「自然科学館に行きますか。化石がありますよ。」
という笹川の一言で、自然科学館に決まった。
駐車場につくと、笹川は車に戻って、まんじゅうを持ってきた。仕事で行った、他県のまんじゅうだった。美咲は大事にそれを抱えて、その場をあとにした。
家につくと、笹川からメールが送られてきた。
「もらったクッキー、よく見ると、細かな細工がしてあって素晴らしい・・・。」
クッキーは、前日に美咲が一生懸命作ったもので、くまとうさぎの形に型を抜き、つまようじで顔を描き、手の部分にナッツやドライフルーツを持たせている、凝りに凝ったものだった。白いものと黒いものがあった。バレンタインデーに少し遅れてしまったが、これはバレンタインの贈り物のつもりだった。
「カシューナッツがお好きといっていたので、カシューナッツを持っている子は、笑っているんですよ。」
「芸が細かい!!10000点!」
次の日は、休みだったが、笹川からメールが送られてきた。
「今日、1人で湖に行きました。」
写真が添付されていて、湖をバックに、美咲が昨日あげたクッキーを手に持って、写していた。クッキーを気に入ってもらえたのはわかったが、もう少し仲良くなれたら湖にも一緒に行きたいと思っていた美咲にとっては、待ちきれなくて先に湖に行かれてしまったのは、あまりいい気持ちではなかった。本当は、ランチじゃなくて湖に行きたかったのか。美咲は残念な気持ちに沈んだ。
翌週、自然科学館に行くことになった。天気は吹雪いていた。美咲はこの一週間、メールで何を話すかすごく悩んでいた。Gメールなので、通知がこないため、返信が遅くなってしまう。向こうも、返信が遅いので、あまり大した会話ができないまま、時間ばかり過ぎてしまう。そして、美咲は相手の返信が遅いと、けっこう疲れやすいのである。その結果、土曜日が来る2,3日前から、メールが途絶えていた。
自然科学館に行く前に、近くのレストランでランチをした。そのレストランも、美咲の職場の人が考えてくれたデートスポットであった。前回同様、笹川は自分の仕事について、語り始めた。今週は山形の仕事が終わって、来週から宮城に行くこと。再来週以降は福島の仕事が入っていること。その間、どういうわけか笹川はあまり、美咲と目線を合わせようとしない。ランチセットは、おかゆと野菜中心の粗食な内容だったが、小さな豚の角煮が3つあった。美咲は、豚の角煮を1つ食べると、あとの2つを残してしまった。メールがあまり続かないことを気に病んで、食欲が少し減っていたのである。
「角煮、苦手なんですね・・・。」
笹川は残念そうに言う。
「今少し食欲が減っていて、食べれないだけで、食欲があれば食べれるんですよ。」
と美咲は言う。笹川は、豚の角煮を作るのが趣味だからである。
笹川に嫌われてしまうのではないか・・・そう思うと、小さな一言にも不安になる。
「自然科学館は、全部見ようとすると5時間かかるって書いてありました。」
自然科学館に向かう途中、笹川は言った。美咲は入口に着くと、
「魔法を使うから、目をつぶっててね。」
といって、カバンからあるものを取り出し、受付に見せると、そのままお金を払わずに入っていった。
笹川は何も言わなかった。
自然科学館の中に入ると、二人はまずロボットの展示室へ行った。美咲は会話ができるロボットとなぞなぞ遊びをした。
「世界のどこに行っても、4つあるものなぁに?」
ロボットに問われて、笹川と美咲は必死に考えた。しかし、ロボットに正解をもらうことはできなかった。
原発まで仕事に行ったことがある笹川は、核分裂の説明を丁寧に読み、動画も一つ一つ見ながら学んでいた。
美咲も一生懸命笹川の説明を頭に入れながら、ときおり質問しながら学んだ。笹川の方が、明らかに頭の回転が良いというのを確認していた。
小さな集積回路を顕微鏡で見ながらテレビの画像が動く仕組みを学んだり、弦で金属の板をこすって板の上の砂に模様が現れるのを再現しようとしたり、星座の画像を調べられる場所で何十分も好きな星座を調べたり、月の模型を見て、探査機の落ちた場所を調べたり、地震が起きると液状化現象が起きる仕組みをペットボトルを振って確かめたりした。
ブナの森に行くと、笹川は鳥の声が聞ける場所で、一つ一つ鳥の声を流し、これはどこどこの山にいましたね、といって解説していった。笹川は山に住む生き物についてよく知っていた。野生のカモシカも、猿も見たことがあった。美咲はそんな動物は、動物園でしか見たことがなかった。川に住む、魚も知っていた。
「トラウトサーモンは、ますとさけをかけあわせたものなんですよ。」
笹川は心から、山を、生き物を、自然を愛していた。
二人で、電磁石がどこに動くかを予測した。美咲がフレミングの法則を思い出し、左手を使って問題を解くと、笹川は、
「それはここに書いてありましたねー。」
と言ってすぐ隣にある解説を見つけた。
「くやしい。」と美咲が言うと、
「解説見ないでわかりましたから上出来ですね。」と言って笹川は笑った。
古代生物のブースに行くと、化石を見ることができた。ちょうど、マイアサウラ劇場が始まる時間だったので、見ていくことにした。美咲が、
「座って見ますか?」と聞くと、
「お子様優先で。」と言って笹川は立って見ていた。沢山の小さな子どもたちが、椅子に座って、劇の進行に合わせて、時々化石を触っている。笹川と美咲はその様子を見て微笑んでいた。
古代生物のブースを見ていると、美咲は、
「パレオパラドキシアってなんだろう。パレオパラドキシアの解説が見当たらないんですよね。いきなり話に出てきたのに。」と言った。笹川は、
「なんだろう。」
と不思議がっていたが、他の場所から戻ってくると、
「パレオパラドキシアってこの絵の生き物じゃないですか?海棲哺乳類の先祖って書いてありますね。カバみたいなものでしょうかね。」
ときちんと回答をしてくれた。
岩の種類について、解説しているコーナーがあった。笹川は、岩を採取する仕事をしているだけあって、岩を一目見れば、なんという岩なのか見分けることができた。そして、美咲に、火成岩の覚え方を教えてくれた。
「りゅうもん(流紋岩) あんざん(安山岩) げっぷして(玄武岩) かせん(花こう岩、閃緑岩) はんらん(斑紋岩)」
最後に、二人は機械工学について学ぶブースに行った。スピーカーの仕組みのところで、鍵盤があるので美咲が簡単に曲をひくと、笹川は嬉しそうにしていた。エンジンの仕組みを笹川は一生懸命教えてくれた。エンジンの変遷。水蒸気の力で、動力を作る。笹川は仕事で、機械を調整したり修理することもあった。笹川はとても機械のことに関心を持っていた。車。船。飛行機。様々なエンジンについて、笹川は解説してくれた。
家に帰ると、笹川はメールで、次は山に行きましょうかね。と美咲に言ってきた。
「そうしましょう。」
といったあとで、
「私、笹川さんのこと大好きです。ではまた。」
と送った。
すると笹川は、
「照れますね。」
と言ったので、美咲は、
「笹川さんは私のことどう思ってるんですか?」
と聞いた。
「好きですよ♡」
と帰ってきた。
美咲は、
(笹川さんは、私のことなんて、全然好きじゃないんだな。)
と思ったが、まだ別れようとは思わなかった。
だいぶ、笹川とのメールがしんどいし会うのも大変だったが、
まだ精一杯の努力でもたせようと思っていた。
次の土日は、山に行く予定だった。しかし、まだ3月の始め。この一週間は、天気が荒れ、雪が降ったり、気温が1℃まで下がって非常に寒かった。しかし、笹川は、
「私は雪山の登山が好きです。冬しか登山しませんね。」
と言って、冬の登山に抵抗を示さない。美咲は、嫌気が差して、
「やっぱり、行きたくない。」
と初めて拒否を示した。
笹川は、
「暖かいところにしましょうか。」
と譲歩した。美咲は、別れたいと言う寸前だったが、なんとか、
「山に行きたいのは山々だけど、雨とか雪とかのときはちょっとね・・・。」
と返した。
笹川は、女の子を山に連れて行くときの常識が、あまり分かっていないのだった。
「今週は、ラウンドワンにボーリングに行きませんか。スポッチャもありますよ。」
と、美咲はすかさず提案した。ラウンドワンも美咲の職場の人の提案である。
「いいですね。面白そう。」
今週は、山はお預けにして、屋内スポーツ施設に行くことになった。
美咲はラウンドワンに早めに着いた。美咲は、笹川が会うときもメールもずっと敬語を使っているのが、気になっていた。メールのやりとりも、いつも美咲から送っていて、笹川からはあまり送られてこない。この心配事を、笹川にどう伝えればいいか、悩んでいたが、今日は必ず言おう、と決意した。笹川がやってきて、挨拶を終わらせると、美咲は簡単にこのことを、言った。
「敬語やめませんか。あと、メールそっちからも送ってください。」
「そうですね。同年代ですしね。」
美咲は言い足りない気もしたが、なんとか返事がもらえたので、ひとまず安心して、遊ぶことにした。
ボーリングのチケットを買うとき、美咲はまた、あるものを取り出した。すると、美咲は割引価格になるのだった。
「仕事の優待券か何かですか?」
「違いますよ。」
美咲はまだ、自分の大事なことについて、笹川に言えていなかった。
「ボーリングは10年ぶりくらいかな。下手ですよ。」
二人はまずボーリングを始めた。美咲は始め、笹川よりもいい点数を叩き出していた。
「経験の違いがでますね。」
笹川はガーターばかりで、うんざりしながら帰って来る。
美咲は、8本倒して、右端の2本を狙いに行く。すると、すかさず笹川は声を掛ける。
「右ですね。頑張ってください。」
美咲もガーターになってしまう。
「余計なこと言わないでください。」
「プレッシャーを掛けるの得意ですから。」
笹川は、上目遣いに、いたずらな視線で笑っている。端正な顔立ちから作られるふざけた表情は悔しいほどに、あまりにもイケメンである。
1ゲーム終わると、全ての投球の動画を見ることができる。笹川は上手くはないが、上手そうなフォームで投げている。美咲は点はとれているが、フォームがめちゃくちゃである。
美咲は笹川は動画で見てもイケメンなことを確認する。それに比べて、自分がいかに醜女であるか、気づいて落ち込んでしまう。
4ゲーム投げ終わる頃には、美咲はクタクタで全く点が取れなくなり、一方の笹川はコツを掴んで圧倒的に美咲よりもいい点数を出していた。
「お昼にしましょうか。」
「外にラーメン屋さんがありますよ。」
ラーメン屋は混んでいた。順番を待っていると、メニューを見て、笹川が
「つけ麺はないのかな。」
と言ったので、美咲は思わず、
「ラーメン・つけ麺・僕イケメン」
と言ってしまった。
「古いですね。世代がバレますね。」
といって笹川は笑っていた。
笹川とこってりを選んで待っていると、笹川は言った。
「僕はあまりラーメンは食べないんですよ。」
「嫌いなんですか。」
「ラーメンは小麦ですから、夜になると腹具合が悪くなります。」
ラーメン屋を選んで、申し訳ないな、と思った。
「アレルギーなんですか。」
「僕は過敏性腸症候群と言われたことがあるんです。過去に、1週間何も食べれず動けなかったことがあります。15キロも痩せたんですよ。」
「それで、いつも料理して、食べるものに気を使っているんですね。」
笹川は、今は痩せて55キロ位だが、以前は70キロあったと言っている。モテたいがために無理なダイエットでもしたのだろうと思っていた。
ラーメンが来ると、笹川は食べながら聞いた。
「小暮さんは、実家ぐらしですよね。」
「はい。」
「結婚するとなると、婿をとりたいとか、思うんですか。」
「全然そんなことはないです。」
「名前が変わるのが嫌だとかは思うんですか。」
「全然思いません。」
思うはずがなかった。早く笹川の苗字になりたかった。
「私ね、」
美咲はずっと笹川に言いたいことがあった。
「やっぱり言えない。笹川さんに、言わなくちゃいけないことが、あるのに、言う勇気がなくて。」
すると笹川は言った。
「言いたくないことは言わなくていいですよ。墓場まで持っていく秘密があったっていい。」
「それって優しいですね。」
そうは言ったものの、出会ったばかりなのに、自分を知ろうとしてくれないのは、何か悲しい。
美咲は、笹川に他に聞いてみたいことを言った。
「笹川さんは、中学高校の部活はなんだったんですか。」
「中学時代は陸上部でやり投げの選手でした。高校時代は帰宅部ですね。」
「運動部だったんですね・・。体力があるわけだ。」
「帰宅部だったけど、サイクリング部みたいなものでした。登下校ずっと自転車だったので。足の筋肉は自信ありますよ。」
「ボーリングしてるときも、腕も青筋が出ていて、すごい筋肉あるんだなって思いましたよ。」
「小暮さんは何部だったんですか?」
「中学時代は吹奏楽部、高校時代は合唱部です。」
「吹奏楽ではなんの楽器だったんですか。」
「サキソフォンです。」
食べ終わっているのに会話をしているので、
「待っている人もいると悪いので、そろそろ出ますか。」
と笹川に言われ、ラーメン屋を出た。
午後からは、二人はスポッチャに行った。
まず、何があるのかを一周見て回ったあとで、笹川が得意なダーツを始めた。はじめ空きが無かったが、二人が待っているのを見て、投げていた男性の二人組が早めにゲームを終わらせて台を譲ってくれた。笹川がごく簡単そうに的にダーツを当てていくのを見て、美咲も同じように投げてみるが、全く刺さらず当たることもない。関係のない的以外の部分に当たったり、後ろのカーテンに当たったりする。それをみて、笹川は腹を抱えて笑っている。
笹川は銃のゲームが好きらしく、美咲も始めて銃を打ってみた。
卓球やテニスをしたあとは、スカッシュをした。全然ラリーは続かないけれど、本気でボールめがけて動いていると、楽しくて、笹川と一緒にボールに向かっているのが、嬉しかった。
美咲は、ビリヤードを笹川とやってみることにした。笹川はビリヤードが初めてだった。
美咲はやったことがあったので、笹川にやり方を教えながらやった。笹川はすぐにコツを掴んで、上手く狙った玉を動かすことができるようになった。笹川が楽しそうにしているので、美咲は満足だった。
一通り回ると、カラオケルームがあることに気づいた。美咲は、笹川を誘ってカラオケを始めた。
「音痴の歌声に耐えられますかね。」
笹川は2曲しか歌えない、といって、宇宙戦艦ヤマトの曲と、イギリス国歌を歌い始めた。音程があまりにも外れている。美咲は吹き出すのをこらえるのがやっとだった。美咲は推しの子の歌やディズニーの歌を歌った。
「ようやく 巡り会えた 大事な人」
美咲は笹川への思いを歌に乗せて伝えたのだった。
疲れましたね、と言ってカラオケルームで二人は休憩し、次の予定を考え始めた。
「来週の土日は忙しいけど、どこかでレインウェアを買いに行けるといいですね。」
「そうですね。春が来るのがこんなに楽しみなのは久しぶりだな。いつもありがとう。」
そして、二人はラウンドワンをあとにした。帰り際、笹川は忘れずに言った。
「メール、送りますね。」
次の週の土日は、美咲は忙しかった。土曜日は、料理教室。日曜日は、友人と動画の撮影を予定していた。この週は笹川とは会わない予定だった。ところが、金曜日になって、笹川は、
「明日は晴れだから、国城山に登ってきます。」
と美咲にメールした。
「えー?先に行っちゃうの?一緒に行ってくれないの?」
美咲は思わず怒りの感情を抱いてしまった。なぜこの人は、私のことを待ってくれないんだろう。
「国城山の、ハードなルートを行きます。簡単で、見どころのあるルートを残しておきますから。」
と笹川は言い訳した。
笹川のペースについていこうと思うわけではないけど、もっと登りたいなら別の山に行けばいいのに、当てつけがましく国城山に登るとは・・・。美咲の我慢は頂点に達した。
それでも、美咲の中で、笹川への気持ちが消えたわけではない。私の努力が足りなくて、笹川の気持ちが自分に向いていないなら、振り向かせる努力をするだけだ。美咲はこう考えた。
土曜日が来て、美咲は料理教室で、沢山料理を作った。終わってスマホを見ると、笹川から次々に国城山の写真が届いていた。笹川から電話があったので、笹川に電話をかけてみた。
「料理を作って、たくさんお土産ももらったから、それを渡したい。これから、家の近くまで、渡しに行くけどどうかな。」
「いいですよ。でも、これから山を降りるから、1時間後でもいいですか。」
天気は快晴だった。笹川の家の近くには大学があり、大学のそばの喫茶店の駐車場に車を停めて、美咲は待った。すると、20分くらいで、笹川がその駐車場にやってきた。
車から出てきた笹川は、キャップを被っていて、先週会ったときより、肌が少し日焼けしていた。山からの帰り道、少し伏せ目がちで車を降りる姿は、形容しがたいくらいのいい男だった。この姿が見られただけでも、今日会いに来た収穫はあった、と美咲は思った。
少しくらいつらくても、この姿を見られるためなら、私は頑張れる。
「せっかくここまで来たなら、近くの店でレインウェアを見ますか?」
「そうしましょう。」
そして、二人で古着屋に行き、美咲はピンクオレンジのレインウェアを購入した。
次の週も、一週間国城山の予報は雨だった。しかし、金曜日になると、日曜日は曇りという予報になった。気温も先週よりもだいぶ上がっていた。日曜日は、午後からピアノの発表の練習も入っていた。しかし、笹川は来週から、他県の仕事で、2週間会うことができなかった。なんとか他県に行かれる前に、笹川に会いたい一心で美咲は、
「日曜日の午前中なら、行けそうです。」
とタイトなスケジュールを組むことにした。
「いいですよ。12時までに家に帰るには、7時に待ち合わせすればいいですね。」
「はい。やっと山に行けますね。楽しみです。」
「そうですね。ではおやすみなさい。」
笹川は、楽しみです、との美咲の言葉がけに、楽しみです、と返すことはない。美咲は、笹川は楽しみではないのかと、悲しい気持ちになる。毎日、おやすみなさい。というと、お休みなさい(手でバイバイする絵文字)が返ってくる。そのバイバイする手に、もう一生バイバイだよ、という気持ちがこもっているのではないかと、美咲は不安になる。だから、そのバイバイの絵文字が大嫌いだった。
笹川の家の近くのスーパーまで車を走らせ、30分くらいでつくと、まだ始業開始直後のスーパーで軽食を買い、笹川を待った。そこへ、笹川はいつもの赤のタントで現れた。
美咲は、笹川の車に乗り、一緒に国城山へ向かった。
山が近くなってくると、楽しい気持ちが膨らんだ。
「手前が神谷山、その隣が皐月山、その奥の、低くて丸い山が国城山です。今、雲がかかっていますね。」
「へぇ~。あれかぁ。」
国城山のふもとに行くと、車道はゆるやかにカーブした坂道になった。
「入口まで、車で距離を稼ぎますよ。ここから登っていく人もいます。」
駐車場に着いて、車を降りると、沿道には沢山ののぼりが立っていた。
「縁結びなんですね。」
「ここには、縁結びと縁切りの寺があるんですよ。」
「へぇ~。」
美咲は思った。
(この人、宗教は信じていないみたい。私の宗教を、理解してくれるだろうか。寺や神社は、私は苦手なのに。)
「ここから歩きますよ。」
アスファルトの道路が、急な傾斜になっている。歩いていると、息が上がり、苦しくなってくる。
「つらいな、登れるかな。」
「ここはまだ入口ではありませんよ。」
「えぇ!?」
美咲は笹川に言われて長靴を履いていた。前日に雨が降ったので、道がぬかるんでいる可能性があるためだ。長靴が予想以上に重く、いつもよりも、足や体が疲れるのが早かった。
入口には、笹川に写真で見せてもらった寺が点在していた。それをじっくりと見ることはせず、美咲は登山口に立った。
階段に次ぐ階段。ときおりぬかるみ、滑る道。段々狭くなり、両側が崖になっている。笹川は周囲の景色を見ながら、美咲に解説する。美咲はそれを聞いているが、登るのに必死であまり頭に入らない。
「ここから隣の山が見えますよ。少し休憩しましょう。」
小さな長椅子がある。そこへ座って、ゆっくりと休憩を取った。
「暑いな。」
「一枚脱ぐと良いですよ。」
せっかく笹川と選んで買ったレインウェアを早々と脱いでしまった。
「あとどれくらいなんだろう。」
「これで、3分の1ですね。」
「まだ、そんなにあるの!?」
笹川は、にこっと笑って先に進む。
「うわぁぁぁぁ。」
滑る岩場で、手をつきながら必死に登ろうとする美咲に、笹川は一瞬手を出そうとする。しかし、すぐに引っこめる。
(あれ?なんでこの人手を引いてくれないんだろ。)
美咲は笹川がよくわからなくなる。笹川は美咲を車に乗せても、山に連れて行っても、美咲に触ろうとしない。さらにいえば、美咲のことを好きだということも、一回しか言ったことがない。笹川は美咲が今まで付き合ってきた男たちは、二人きりになれるチャンスがあれば、ここぞとばかりに、キスしようだの、なでなでしたいだの、手をつなごうだの、お腹もふもふしたいだの、スキンシップの要求を必ず言ってきた。付き合い始めて1ヶ月経たないうちでも。そういう意味では、笹川は美咲にとって安心安全でクリーンな男だった。でも、要求が無さすぎて、逆に危険なのでは?と思ってしまうほどだった。
「滑るのは、流紋岩ですね。気をつけてください。」
といって、先へ進むのだった。
「なにかの動物のフンがありますね。シカがいたのかな。木にシカが削ったあとがあります。」
「高山植物ですね。」
「大河内分水が見えますね。」
だんだんと、笹川の解説が頭に入ってくる。
「大河内分水ってなんですか。」
「人口の川です。川が氾濫して水害が起こらないように作られたんです。」
笹川はまるで辞典のように、この辺りの土地の歴史を頭に入れている。
立て看板が落ちているところに、ほぼ茂みになっている道があった。笹川は、
「この先に、展望台がありますよ。行きましょう。」
といって、茂みの中を進んでいく。少し行くと、景色がよく見える位置があった。
「写真を撮るといいですよ。」
美咲は大河内分水の写真を取った。本当は、笹川の写真が撮りたいのだけれど。
「もうすぐ、山頂です。」
重い足は限界に近づいていたけれど、もうすぐとの言葉に救われる。間もなく、山頂についた。
「山頂です。国城山の山頂は眺め悪いんですよね。」
山頂は、茂みだらけで、海も島もほとんど隠れて見えない。
笹川は苦笑しながら、山頂の看板を見上げる。山頂には4,5人の人がいた。
「写真撮りませんか?」
美咲がいうと、笹川は渋々という感じで美咲を看板の前に立たせ、美咲の写真を撮った。
美咲も、笹川の写真を撮った。
笹川が満足して椅子に向かったので、美咲は少し勇気を出して言った。
「一緒の写真が撮りたい。」
「俺、陰キャだから写真撮ったりなんてしないんだよ・・。」
とぶつぶつ言いながらも、笹川は美咲といっしょにカメラに収まってくれた。
「こういう写真は、変な顔しておくからね。」
実際、撮れた写真はしかめ面で、変な写真だった。
笹川と美咲は椅子に座って、一息つくことにした。
美咲はドラッグストアの大袋のチョコを二袋持ってきたのだった。本当は、手作りしたかったのだが、そんな気力が起きなかったので、これで勘弁してもらおうというのである。笹川は、それを見ると、嬉しそうな顔をして、次々に食べ始めた。
次に笹川は、リュックの中から大事そうにプラスチックの箱を取り出した。中には、手作りのマフィンが入っていた。
「これはマドレーヌかな・・・いや、マフィンだ。」
「すごい・・。美味しそう。」
「プレーンと、チョコがあるよ。好きな方から食べて。プレーンがおすすめかな。」
「私はチョコから食べる。」
プレーンは黄色で、チョコは焦げ茶色の生地の上にチョコチップが乗っていた。
美咲が今まで笹川に抱いてきた不安も疑念も、すべて吹き飛ばすくらいの衝撃だった。美咲が一生かかっても作れそうにないほど、そのマフィンは美味しかった。笹川の才覚に驚き、せっかくの山登りに自分も手作りのお菓子を持ってこれなくて申し訳ないと思った。笹川は私に興味がない、とずっと思っていた美咲は、自分を恥じた。
美咲が食べていると、ぼろぼろとマフィンの欠片が地面に転がり落ちていった。笹川は
「ありさんの栄養になるでしょう。」
といいながらマフィンを食べ続けた。
国城山からの帰りの車の中で、笹川はカップルメイトの経験について、色々話してくれた。
「美咲さんはカップルメイトは最近始められたんですか?見ない顔だな、と思って。私は3年やってますよ。」
「3年も?私は1か月前に登録したばかりです。笹川さんは、沢山お見合いの申込みが来るんでしょ?」
「全然ですよ。来ても、年齢が結構上の女性ばかりで・・。3年やって、30人くらいにお見合いを申し込んで、お見合いに至ったのは2人だけです。そのうち1人は、お見合いでその場で断られました。もう一人は、お見合い成立しましたが、その後1回会ったときに、断られました。」
「信じられないな。こんないい人を振るなんて。仕事が、平日会えないからかな。みんな寂しがりやなんですかね。みんな見る目がないですね。」
「どうなんでしょうね。」
「笹川さんは、学生時代は、モテたんですか?チョコとか沢山もらってそう。」
「ゼロです。今までチョコをもらったことはないし。ラブレターもないです。兄はラブレターもらってました。兄の机漁ってたら、出てきたんですよね。」
「それはウケますね。ラブレターだったら、私いくらでも書きますよ。」
「照れますね。」
そんな話をしている間に、美咲の車があるスーパーに到着した。別れ際に、笹川は紙袋を取り出すと、美咲に渡した。
「山頂で食べたマフィンです。たくさん作ったので、家でも食べてくださいね。」
「ありがとうございます。こんな女子力高い彼氏、大切にしなくちゃ。」
そう言って、美咲はその場をあとにした。
笹川はその翌週、他県へ出張に行った。メールは毎晩1時間していた。笹川はいつも自分の仕事の話をしていた。美咲の話は、美咲が話し出さない限り、話題に上らない。美咲には、笹川に話したいことや、知ってもらいたいことが沢山あった。病気・宗教いろいろなことが気になっていて、笹川に何もかも話せない。だから、知ってもらわなければならなかったのに、笹川は、美咲のことにそこまで関心がないので、知ってもらわなければならないことに、話題が到達しないのだ。
今夜も笹川は仕事の話メインのメールをしてきた。美咲は頑張ってそれに合わせて、笹川が関心を持ちそうな岩の種類の話をし続けた。笹川は美咲の持っている岩の本に興味を示してくれた。でも、美咲を褒めるのではなく、本を褒めただけだった。美咲は、岩の話が楽しくなくなったことに気づき、自分の限界を感じ始めていた。
その日の夜遅く、笹川に短く送った。
「私、やっぱり恋愛はできない。何かつらいんです。ごめんなさい。」
返事はその日中に帰ってこなかった。美咲は眠れない夜を過ごした。
次の日のお昼休み、スマホを見ると、返信があった。慌てたのか、同じ文章が2回送られてきている。
「僕も恋愛経験ないので、恋愛のことはよくわからないんです。僕のことで気になることがあれば、何でも言ってくれて構いませんから。」
美咲はお昼休みを暗い顔で過ごしていた。美咲といっしょにお昼を食べてくれている会社の先輩が、いつものように、心配して声を掛けてくれる。
「次は、花見に行くの~?どこにするの~?」
「昨日、別れるって言ったんです。」
「えー何で!?」
「この人あまり私に関心がないようなんです。自分のことばかり話して。」
「男の子ってそんなものだよー。2ヶ月位しか、付き合っていないのに、早すぎるよ。思っていることを、言ってみたら?」
先輩に一生懸命励ましてもらったので、何も言わずに別れるよりはと、笹川に対して日頃抱いている思いを打ち明けてみることにした。
「笹川さんは、私にあまり関心がないのかなと思うんです。私に質問してこないし。平日は疲れていることも多いから、メールは毎日じゃなくてもいいかな。始めのうちは、絵文字もあんまり無かったから、この人私のこと好きなのかなって考えて、心が疲れてしまって。あと、笹川さんは愛情表現が全くないから、不安になるんです。」
それに対して、笹川の答えは、
「とりあえず一言。恥ずかしいんだよ。」
「>質問しない
プライベートなことをどこまで聞いていいのか、と思ってました。
>私に関心がない
僕は、人に興味ないです。冷めてるって言われます。
>疲れてる
メールは気が向いたときでいいよ。絵文字少ないけど僕はこういう人間なんです。
>愛情表現
僕は、この年で、恋愛経験皆無だし、出会って2ヶ月で愛情表現とか言われても、個人差があると思うの。
僕にとっての愛情表現は、山登りのルートを考えたり、車で連れてったり、お菓子を作ったりすることだったと思う。」
美咲は、目を疑った。このルックスで、学歴で、経済力で、恋愛経験がない、とは本当なのだろうか。本当だとしたら・・。美咲の心は突然、嫉妬で震えだした。許せない。私よりもきれいな男の子なんて。33歳まで経験がない。星のような男の子なんだ。星なんだ。私にはそんな人は穢せない。もっときれいな女の子を手に入れるために、この人は今まで頑張り続けてきた。この人の相手は、私ではない。
そんな激情に取り憑かれつつも、深呼吸して、ひとまず冷静さを取り戻した美咲は、こう返事した。
「>恋愛は仕事じゃなくて、プライベートなんだから、何でもきいてね。
>私も人に関心のない子供だったから、気持ちは分かるんだけど、恋愛も人が相手だから、人を大事にしないとね。
>笹川さんの場合は、平日メールしか連絡手段がないから、メールにはこだわったうがいいよ。
>愛情表現は、無理にする必要はないけど、女の子が不安な気持ちになっていたら、それを取り除いてあげなきゃ。好きなの?って聞かれたら、好きだよ♡って答えれば、女の子は嬉しいの。」
「不安な気持ちにさせていたんですね。ごめんなさい。僕はこの通りのダメ男で、精神年齢10歳の子供と思って接してください。」
「ダメ男なんて言う必要ないよ。説教っぽくなってごめんなさい。私の言ったことを今後の参考にしてね。ではまたよろしくね。」
ひとまず別れずにいることにした。前よりも、少し笹川のことが分かったような気がしたのである。
このやりとりをしてから、2日間、美咲はそれでも何か心が重かった。
「今日はメールを休むね。明後日は30分くらいメールしたいかな。」
その先はよく考えられなかったので、それだけ言った。笹川は最初の頃よりもだいぶ、美咲に心を許してメールするようになっていた。笹川が週末他県から返ってくるまで、3日だった。
このときまでに、美咲の心は限界を迎えていた。仕事にも集中できずミスが続いていた。毎日、考えているのは、笹川になんとメールをすれば嫌われないか、そればかりだった。大きなストレスだったのだ。その日は、昼食が半分しか食べれず、夜も眠れなかった。お昼の時間の先輩たちの話が頭に入ってこなかった。
その日、約束通り30分のメールを終えると、美咲は疲労困憊し、自分がもはや健常者として恋愛をすることは不可能であることを悟った。そして、笹川は、障害者である自分と上手く付き合える人物ではないことを悟った。
「今週末は、ランチでもできるといいですね。」
「行きたい店を考えておきますね。」
また、無理に、考えておきますなんて言ってしまった。もう、店を考えるのもつらいのに。
別れよう。このままでは、私の生活が破綻する。
次の日、週の最後の仕事をなんとか終えると、笹川からは家に向かっているというメールが届いていた。車窓から撮った夕日と川の写真が添付されていた。後ろ髪を引かれても、決めたことは断行する。けじめ。それが恋愛において最も大事なことである。自分の信条に従い、美咲は笹川に送った。
「ごめんなさい。明日は会えない。やっぱり別れたい。食べれないし、眠れない。私は精神障害者だから、普通の人より心が弱いの。最近元気だったから、カップルメイトを始めたんだけど、私には恋愛は無理だった。笹川さんには、他の女の人と幸せになってほしい。あなたなら、きっとできる。短い間だったけど、沢山思い出をありがとう。」
「つき合った別れたなんてよくある話だし、あまり思い詰めたりしないように。逃した魚は小さいので、安心してね。また気が向いたら、トライしてみればいいと思う。仲介人の高橋さんに連絡してくださいね。連絡は明日でいいですよ。(僕は絶望的に察しが悪いので、もし引き留めてほしかったらそう言ってね)」
カッコで引き留めてほしい気持ちに気づいてみたのかもしれないが、絶望的に察しが悪い人に、自分のお世話は無理だ、と感じてしまった。引き留めてほしいなどと言ってしまっては別れられない。
「ありがとうございました。では引き続き婚活頑張ってくださいね。」
「2ヶ月で2回振られた。もうどーにでもなーれ。最後に一言。この2ヶ月、心がときめいて楽しかった。ありがとう。」
最後の返事は、簡単なお礼のスタンプで終わらせた。
お昼の先輩が毎日一生懸命考えてくれていたデートプラン。この2ヶ月心がときめいて楽しかった。それはあまりにも簡単すぎる一言だった。
このやりとりが終わってすぐ、仲介人の高橋さんに連絡をした。
翌日午前8時、仲介人の高橋さんから連絡があった。
「交際をとりやめられたとのこと、承知いたしました。お相手に確認しますので、もうしばらくお待ち下さい。」
笹川は、どうやらまだ高橋さんにメールを送っていないらしい。高橋さんから催促のメールが行ったはずである。
お昼になっても、午後3時になっても、高橋さんからは何も来ない。普通、日中であればすぐに返事が来るはずなのだ。美咲は笹川が高橋さんの催促メールを無視しているのだと思った。美咲が高橋さんにすぐ連絡をしたことで、笹川のプライドを傷つけてしまったのだろう。あるいは、笹川は振られるのが怖いのかもしれない。あるいは、いつもカップルメイトで女性に振られるたびに、こんな嫌がらせをして最後の抵抗をするのだろうか。あるいは、もう仲介人の言う事を聞くのに嫌気が差しているので、カップルメイトなしでも連絡を取ろうというのだろうか。愛情表現か。断末魔の叫びか。とにかく、怖い。美咲はずっと高橋さんのメールを待ち続けていた。午後9時から10時。いつも、メールをしていた時間が終わった。この日一日、高橋さんからメールは来なかった。翌日午前8時を回って、ようやく高橋さんからメールが来た。
「今回のお相手のお名前、連絡先、その他は、全て削除してください。」
美咲は、この一言が大きな意味を持つことを察した。美咲は笹川とのメールや連絡先を全て削除した。そして、カップルメイトを退会した。
次の仕事の昼休み、休憩室には全員が揃っていた。
「例の人と別れました。今まで応援してくださってありがとうございました。」
一言そう言いたいはずなのに、何もいうことができなかった。
春休みが終わったあと、先輩の一人、田辺さんに仕事をくださいと頼むと、田辺さんは書庫の中で私に聞いてきた。
「花見、行くの?」
「もう別れたんです。」
「小暮さんから別れるって言ったの?」
「はい。嫌がらせっぽいことされました。別れてよかった。」
「別れてよかったあ?精神面は大丈夫なの?」
「脳がダメージを受けました。お医者さんに相談します。」
「ふうん。」
その日は、仕事でめったにしないミスをして怒られてしまった。1日中のどが痛くて、暑くもないのに汗が出た。
次の日、美咲は病院に行く、と言って仕事を休んだ。母親に頼んで、病院に電話してもらうと、医師は病棟の診察があり、明日でなければ診察できないと言われた。しかし、美咲は医師に言わなければならないことがあった。そこで、自分で病院に電話して、
「仕事をあまり休みたくない。大事な話があるので、今日中に診察してもらえないか。」
と頼むと、
「今日の16時から診察しますよ」と返事が来た。
そのとき、まだ11時だったので、美咲は医師に言いたいことを、なるべく詳細に紙に書いておくことにした。
ちょうど、このタイミングで、ピアノの先生をしている友人から、「アレキサンダーテクニークのセミナーあるけど参加しませんか?」とメールが来た。もう、ピアノどころじゃない。
すぐには、返事ができなかった。
病院につくと、医師にきちんといいたいことがいえるのか、不安で、頭が重く、おかしな感じになった。いつもの柔和な美咲ではなく、荒々しい、いらいらしたような美咲に変わっていた。受付で診察券を出そうとして、お金を出してしまったりと、集中力も著しく落ちていた。
医師は診察で、美咲が書いた紙の内容を読み上げながら、確認した。美咲は医師の目を見ずに、厳しい口調で、医師に自分の要望を伝えた。それは、医師が美咲の治療を減らそうとしていたことへの抗議だったのだ。
「私はどうすればいいんですか。」
「継続して私を診てほしい。」
美咲は、医師にもっと自分のことを知ってもらわなければ、という気持ちに突き動かされていた。いつもとは明らかに違う自分を知り、医師にその姿を見せた。その結果、医師は、美咲に3週間の病気休養を命じた。
「アレキサンダーテクニークのセミナーですが、今後はもう参加しなくて大丈夫です。」美咲は休養中、泣きながら友人にメールした。
プクプクプク・・・
静かに熱帯魚が水槽の中を泳いでいる。夜の薬局に聞こえているのは、水槽の中のポンプの泡の音。そして、薬を準備する薬剤師さんのカサコソいう音だけだ。
この音が、私が一番安心できる音。
「67番でお待ちのお客様・・・」これからまた、私の毎日が始まるんだ。 (終)
「薬をやめてみましょう。」
薬を飲み始めて6年。医師から待望の言葉を引き出した。
薬を飲みたいと思って飲んだことはない。
上手くやめることができた、と開放感に溢れていた。
家に帰ると、小暮美咲のスマホに、婚活システムのカップルメイトからメールが届いていた。薬をやめる方向が決まった2か月前から、婚活でもしてみるか、と軽い気持ちで登録したのである。30代を過ぎても、彼氏もいない。美咲はいろんな知り合いから、結婚はまだなの?と会うたびにきかれ、うんざりしていた。
メールは、男性から、お見合いの申込みがあったことの連絡だった。相手は50代のお酒をよく飲む人。ありえないな。美咲は即座に「お断りする」を選んで送信した。
美咲は会社に勤めながら、吹奏楽をやっていた。土日の楽しみだった。しかし、美咲の所属する団は解散することになってしまった。少子化により、新入団員が激減してしまったこと、古株の団員が次々と結婚して卒業していったこと、その2つが要因だった。美咲は思った。団が解散したのなら、私も結婚がしたい、と。
気がつくと美咲はカップルメイトの事務所に車を走らせていた。
美咲は事務所にあるネットを利用したシステムで、お見合いを申し込む男の人を選び始めた。
同じ市内に住む、40台までの、大学卒、自由記述のプロフィールが魅力的な人…
3人の男の人に絞った。そして、申込みを行った。
第1希望の人から、順に申込みが行われ、断られれば第2希望の人に申込む、というシステムになっている。
次の日、カップルメイトから、メールが届いた。第1希望の男性から、お見合いの承諾があったというメールだった。
柔和で知的な印象の顔写真。高学歴で、土木の仕事に勤続10年。33歳。美咲の好みの低身長。趣味は料理と登山。何度もプロフィールを読み込む度、思いは強まっていった。
なんとかして、お見合いを成功させよう。
何を聞かれるだろうか。どんなことを伝えないといけないか。お見合いのチャンスは一度きり。紙に書き出して、想定問答集を作るほど、美咲は本気だった。
とうとうお見合い当日。一日かけて選んだ服。髪型。化粧。バッグの持ち方、歩き方。360度計算し尽くした出で立ちで、指定されたレストランに向かう。レストランの近くの店に10分前につき、トイレで最終チェック。レストランに入ると、奥の席に案内された。奥の席には、カップルメイトのお見合い仲介人と、お相手が待っていた。グレーのスーツ。仲介人と笑いながら喋っていて、明るいねーと言われている。ハッとするくらいの美男子。吸い込まれるような目。見た目に自信のない美咲にとって、高嶺の花ともいうべき男性だった。美咲は、いろいろな会社に勤めてきたが、10年も続いたことはない。勤続10年の人ってこんなに素敵なんだな。自信はない。でも、せめて相手の目を見て話そう。美咲はそう決めて、1時間会話をした。
家に帰ると、サポーターさんから、もう一度お会いしたいか、お断りするか、3日以内に返事をするように、とのメールが送られてきた。美咲は間髪いれずにもう一度お会いしたい、と返事をした。すると、それから30分足らずで、お見合い成立のメールがきた。お相手の名前と、電話番号が記されていた。笹川玲二。相手の名字と、自分の名前を組み合わせて、心の中で読んでみる。笹川美咲。なんて、いい響きなんだろう。
しかしその後、なかなか電話もメールも来ない。自分からしようか迷っていると、9時になって電話が来た。待ちくたびれて疲れてしまったので、電話が来るなり、
「今日はもう遅いので、また明日電話しましょう。」
と言ってしまった。
「電話じゃなくてメールでもいいですか。あとで自分のメール教えておきますね。」
「いいですよ。」
「これからよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
朗らかに笑みまじりの声で、笹川はそれだけ言って電話を切った。
次の日、笹川はメールを送ってきた。笹川は不思議なことに、ラインを持っていなかった。そこで、美咲はGメールを教えた。この日は、笹川はメールアドレスを登録しますね、というほかは何も話をしなかった。美咲は、もっと話したいのにと思っていた。
翌日、仕事に行った美咲は、笹川からのメールを待ちわびていた。昼休みになるなり、ロッカーの携帯を取り出してメールが来ていないかチェックした。すると、笹川からメールが届いていた。思わず美咲は
「やったぁ!」
と声に出してしまった。すると、居合わせた先輩に、
「何がやったぁ!なの?何かいいことがあったのかな?教えてよぉ。」
と言われ、美咲はその昼休みに、先輩たちに彼氏ができたことを報告した。
「すごくイケメンなんです。」
「やったじゃん!」
「どういう会社の人?」
「土木なんです。地質調査をする人で・・・」
「地質調査の仕事って給料良くて、友達に結婚した人いるわー。」
「そうなんですか!?」
「応援してるー。」
「ありがとうございます。」
美咲は質問攻めにあってしまった。美咲の主義として、恋愛は一人きりではしないと決めていた。職場の先輩が逐一様子を聞いてくれるのはありがたいことだと思っていた。
笹川は、
「次の週末どこか行きませんか。ランチでも、温泉でも、美術館でも、山でも!」
と送ってきた。美咲は、
「山に行きたいけど、まだ寒そうですね。」
と送った。まだ、2月だったのだ。
しばらく、やりとりを続けていると、山の近くにある湖に行くことになった。ランチは湖の近くで取ることになった。
「じゃあ、華というレストランに集合でいいですか?」
そう言われた美咲は悩んだ。美咲の家から、そのレストランはあまりにも遠かった。1人で運転して行ったこともなかった。こんなところに1人で行けっていうんだろうか。
途中まで運転していって、どこかで待ち合わせして、車に乗せていってもらいたい。
そう言いたかったが、まだ付き合い始めたばかりで、そんなお願いもできない。
「やっぱり、付き合い始めたばかりだし、湖じゃなくて、街中でランチとお散歩にさせてもらいたい。いつも車で行くのはその周辺だから。」
「わかりました。」
その週の土曜日、二人は街中でランチをした。レストランは、美咲が職場の人に勧めてもらったレストランだった。美咲は笹川に会うや否や、プレゼントを渡した。笹川は、席につくと、中身を見てもいいですか?と言って少し蓋を開け、ありがとうございます。と簡単な返事で缶を閉じた。ランチの間、笹川は美咲に、仕事の写真や山で見た寺の写真を次々と見せた。美咲は喜んでそれを見た。
笹川は大学卒、と書いてあったので、美咲は自分と同じ大学なのかと思い、聞いてみることにした。
「笹川さんはどこの大学の出身なんですか?」
「S大学です。」
「S大学ですか。私はK大学です。」
「K大学・・負けたぁ。僕はK大学を受けたけど、落ちたんですよ。」
この人が行きたくてたまらなかったK大学に、私は入っている。この人に学歴コンプレックスがあるとしたら、私の学歴でその埋め合わせができる。わけのわからないやる気に満ちる美咲だった。笹川は女の子のほうが高学歴だったことで、少し引け目を感じているのだった。
「笹川さんはお仕事で化石を見つけることはあるんですか。」
「化石はないけど、貝殻が土の中から見つかることはありますね。」
「私いつか化石を見つけてみたいんです。」
「ほう。面白そうですね。」
ランチが終わると、笹川の提案で、洋服を見に大型ショッピングモールに寄った。笹川は普段ほとんど市の中心部で買い物をすることはなく、服の店についてあまり詳しくないので、教えてほしいとのことだった。この店は高い、この店はあなたに似合う、似合わない、と美咲は直感で、笹川にアドバイスした。笹川はセールになっている洋服を手にすると、試着してみるといって、試着室に行った。美咲はついていった。笹川は数分で服を着替え、美咲にどうか、と見せた。美咲が似合う、と言うと、笹川は試着室の幕を閉じずに脱ぎ始めた。女の子を前にして脱ぎ始めるのか、なんと無防備な、セクシーな動作なのかと美咲は思った。本人は美咲がそんなことを思っているとは知る由もなかった。
ポイントをつけるため、アプリを登録する笹川と美咲。そして、アプリの登録が終わると、美咲が座りっぱなしにしていた椅子をさりげなく元に戻した。
駐車場に向かうまでの間に、翌週どこにいくかを話し合った。
「自然科学館に行きますか。化石がありますよ。」
という笹川の一言で、自然科学館に決まった。
駐車場につくと、笹川は車に戻って、まんじゅうを持ってきた。仕事で行った、他県のまんじゅうだった。美咲は大事にそれを抱えて、その場をあとにした。
家につくと、笹川からメールが送られてきた。
「もらったクッキー、よく見ると、細かな細工がしてあって素晴らしい・・・。」
クッキーは、前日に美咲が一生懸命作ったもので、くまとうさぎの形に型を抜き、つまようじで顔を描き、手の部分にナッツやドライフルーツを持たせている、凝りに凝ったものだった。白いものと黒いものがあった。バレンタインデーに少し遅れてしまったが、これはバレンタインの贈り物のつもりだった。
「カシューナッツがお好きといっていたので、カシューナッツを持っている子は、笑っているんですよ。」
「芸が細かい!!10000点!」
次の日は、休みだったが、笹川からメールが送られてきた。
「今日、1人で湖に行きました。」
写真が添付されていて、湖をバックに、美咲が昨日あげたクッキーを手に持って、写していた。クッキーを気に入ってもらえたのはわかったが、もう少し仲良くなれたら湖にも一緒に行きたいと思っていた美咲にとっては、待ちきれなくて先に湖に行かれてしまったのは、あまりいい気持ちではなかった。本当は、ランチじゃなくて湖に行きたかったのか。美咲は残念な気持ちに沈んだ。
翌週、自然科学館に行くことになった。天気は吹雪いていた。美咲はこの一週間、メールで何を話すかすごく悩んでいた。Gメールなので、通知がこないため、返信が遅くなってしまう。向こうも、返信が遅いので、あまり大した会話ができないまま、時間ばかり過ぎてしまう。そして、美咲は相手の返信が遅いと、けっこう疲れやすいのである。その結果、土曜日が来る2,3日前から、メールが途絶えていた。
自然科学館に行く前に、近くのレストランでランチをした。そのレストランも、美咲の職場の人が考えてくれたデートスポットであった。前回同様、笹川は自分の仕事について、語り始めた。今週は山形の仕事が終わって、来週から宮城に行くこと。再来週以降は福島の仕事が入っていること。その間、どういうわけか笹川はあまり、美咲と目線を合わせようとしない。ランチセットは、おかゆと野菜中心の粗食な内容だったが、小さな豚の角煮が3つあった。美咲は、豚の角煮を1つ食べると、あとの2つを残してしまった。メールがあまり続かないことを気に病んで、食欲が少し減っていたのである。
「角煮、苦手なんですね・・・。」
笹川は残念そうに言う。
「今少し食欲が減っていて、食べれないだけで、食欲があれば食べれるんですよ。」
と美咲は言う。笹川は、豚の角煮を作るのが趣味だからである。
笹川に嫌われてしまうのではないか・・・そう思うと、小さな一言にも不安になる。
「自然科学館は、全部見ようとすると5時間かかるって書いてありました。」
自然科学館に向かう途中、笹川は言った。美咲は入口に着くと、
「魔法を使うから、目をつぶっててね。」
といって、カバンからあるものを取り出し、受付に見せると、そのままお金を払わずに入っていった。
笹川は何も言わなかった。
自然科学館の中に入ると、二人はまずロボットの展示室へ行った。美咲は会話ができるロボットとなぞなぞ遊びをした。
「世界のどこに行っても、4つあるものなぁに?」
ロボットに問われて、笹川と美咲は必死に考えた。しかし、ロボットに正解をもらうことはできなかった。
原発まで仕事に行ったことがある笹川は、核分裂の説明を丁寧に読み、動画も一つ一つ見ながら学んでいた。
美咲も一生懸命笹川の説明を頭に入れながら、ときおり質問しながら学んだ。笹川の方が、明らかに頭の回転が良いというのを確認していた。
小さな集積回路を顕微鏡で見ながらテレビの画像が動く仕組みを学んだり、弦で金属の板をこすって板の上の砂に模様が現れるのを再現しようとしたり、星座の画像を調べられる場所で何十分も好きな星座を調べたり、月の模型を見て、探査機の落ちた場所を調べたり、地震が起きると液状化現象が起きる仕組みをペットボトルを振って確かめたりした。
ブナの森に行くと、笹川は鳥の声が聞ける場所で、一つ一つ鳥の声を流し、これはどこどこの山にいましたね、といって解説していった。笹川は山に住む生き物についてよく知っていた。野生のカモシカも、猿も見たことがあった。美咲はそんな動物は、動物園でしか見たことがなかった。川に住む、魚も知っていた。
「トラウトサーモンは、ますとさけをかけあわせたものなんですよ。」
笹川は心から、山を、生き物を、自然を愛していた。
二人で、電磁石がどこに動くかを予測した。美咲がフレミングの法則を思い出し、左手を使って問題を解くと、笹川は、
「それはここに書いてありましたねー。」
と言ってすぐ隣にある解説を見つけた。
「くやしい。」と美咲が言うと、
「解説見ないでわかりましたから上出来ですね。」と言って笹川は笑った。
古代生物のブースに行くと、化石を見ることができた。ちょうど、マイアサウラ劇場が始まる時間だったので、見ていくことにした。美咲が、
「座って見ますか?」と聞くと、
「お子様優先で。」と言って笹川は立って見ていた。沢山の小さな子どもたちが、椅子に座って、劇の進行に合わせて、時々化石を触っている。笹川と美咲はその様子を見て微笑んでいた。
古代生物のブースを見ていると、美咲は、
「パレオパラドキシアってなんだろう。パレオパラドキシアの解説が見当たらないんですよね。いきなり話に出てきたのに。」と言った。笹川は、
「なんだろう。」
と不思議がっていたが、他の場所から戻ってくると、
「パレオパラドキシアってこの絵の生き物じゃないですか?海棲哺乳類の先祖って書いてありますね。カバみたいなものでしょうかね。」
ときちんと回答をしてくれた。
岩の種類について、解説しているコーナーがあった。笹川は、岩を採取する仕事をしているだけあって、岩を一目見れば、なんという岩なのか見分けることができた。そして、美咲に、火成岩の覚え方を教えてくれた。
「りゅうもん(流紋岩) あんざん(安山岩) げっぷして(玄武岩) かせん(花こう岩、閃緑岩) はんらん(斑紋岩)」
最後に、二人は機械工学について学ぶブースに行った。スピーカーの仕組みのところで、鍵盤があるので美咲が簡単に曲をひくと、笹川は嬉しそうにしていた。エンジンの仕組みを笹川は一生懸命教えてくれた。エンジンの変遷。水蒸気の力で、動力を作る。笹川は仕事で、機械を調整したり修理することもあった。笹川はとても機械のことに関心を持っていた。車。船。飛行機。様々なエンジンについて、笹川は解説してくれた。
家に帰ると、笹川はメールで、次は山に行きましょうかね。と美咲に言ってきた。
「そうしましょう。」
といったあとで、
「私、笹川さんのこと大好きです。ではまた。」
と送った。
すると笹川は、
「照れますね。」
と言ったので、美咲は、
「笹川さんは私のことどう思ってるんですか?」
と聞いた。
「好きですよ♡」
と帰ってきた。
美咲は、
(笹川さんは、私のことなんて、全然好きじゃないんだな。)
と思ったが、まだ別れようとは思わなかった。
だいぶ、笹川とのメールがしんどいし会うのも大変だったが、
まだ精一杯の努力でもたせようと思っていた。
次の土日は、山に行く予定だった。しかし、まだ3月の始め。この一週間は、天気が荒れ、雪が降ったり、気温が1℃まで下がって非常に寒かった。しかし、笹川は、
「私は雪山の登山が好きです。冬しか登山しませんね。」
と言って、冬の登山に抵抗を示さない。美咲は、嫌気が差して、
「やっぱり、行きたくない。」
と初めて拒否を示した。
笹川は、
「暖かいところにしましょうか。」
と譲歩した。美咲は、別れたいと言う寸前だったが、なんとか、
「山に行きたいのは山々だけど、雨とか雪とかのときはちょっとね・・・。」
と返した。
笹川は、女の子を山に連れて行くときの常識が、あまり分かっていないのだった。
「今週は、ラウンドワンにボーリングに行きませんか。スポッチャもありますよ。」
と、美咲はすかさず提案した。ラウンドワンも美咲の職場の人の提案である。
「いいですね。面白そう。」
今週は、山はお預けにして、屋内スポーツ施設に行くことになった。
美咲はラウンドワンに早めに着いた。美咲は、笹川が会うときもメールもずっと敬語を使っているのが、気になっていた。メールのやりとりも、いつも美咲から送っていて、笹川からはあまり送られてこない。この心配事を、笹川にどう伝えればいいか、悩んでいたが、今日は必ず言おう、と決意した。笹川がやってきて、挨拶を終わらせると、美咲は簡単にこのことを、言った。
「敬語やめませんか。あと、メールそっちからも送ってください。」
「そうですね。同年代ですしね。」
美咲は言い足りない気もしたが、なんとか返事がもらえたので、ひとまず安心して、遊ぶことにした。
ボーリングのチケットを買うとき、美咲はまた、あるものを取り出した。すると、美咲は割引価格になるのだった。
「仕事の優待券か何かですか?」
「違いますよ。」
美咲はまだ、自分の大事なことについて、笹川に言えていなかった。
「ボーリングは10年ぶりくらいかな。下手ですよ。」
二人はまずボーリングを始めた。美咲は始め、笹川よりもいい点数を叩き出していた。
「経験の違いがでますね。」
笹川はガーターばかりで、うんざりしながら帰って来る。
美咲は、8本倒して、右端の2本を狙いに行く。すると、すかさず笹川は声を掛ける。
「右ですね。頑張ってください。」
美咲もガーターになってしまう。
「余計なこと言わないでください。」
「プレッシャーを掛けるの得意ですから。」
笹川は、上目遣いに、いたずらな視線で笑っている。端正な顔立ちから作られるふざけた表情は悔しいほどに、あまりにもイケメンである。
1ゲーム終わると、全ての投球の動画を見ることができる。笹川は上手くはないが、上手そうなフォームで投げている。美咲は点はとれているが、フォームがめちゃくちゃである。
美咲は笹川は動画で見てもイケメンなことを確認する。それに比べて、自分がいかに醜女であるか、気づいて落ち込んでしまう。
4ゲーム投げ終わる頃には、美咲はクタクタで全く点が取れなくなり、一方の笹川はコツを掴んで圧倒的に美咲よりもいい点数を出していた。
「お昼にしましょうか。」
「外にラーメン屋さんがありますよ。」
ラーメン屋は混んでいた。順番を待っていると、メニューを見て、笹川が
「つけ麺はないのかな。」
と言ったので、美咲は思わず、
「ラーメン・つけ麺・僕イケメン」
と言ってしまった。
「古いですね。世代がバレますね。」
といって笹川は笑っていた。
笹川とこってりを選んで待っていると、笹川は言った。
「僕はあまりラーメンは食べないんですよ。」
「嫌いなんですか。」
「ラーメンは小麦ですから、夜になると腹具合が悪くなります。」
ラーメン屋を選んで、申し訳ないな、と思った。
「アレルギーなんですか。」
「僕は過敏性腸症候群と言われたことがあるんです。過去に、1週間何も食べれず動けなかったことがあります。15キロも痩せたんですよ。」
「それで、いつも料理して、食べるものに気を使っているんですね。」
笹川は、今は痩せて55キロ位だが、以前は70キロあったと言っている。モテたいがために無理なダイエットでもしたのだろうと思っていた。
ラーメンが来ると、笹川は食べながら聞いた。
「小暮さんは、実家ぐらしですよね。」
「はい。」
「結婚するとなると、婿をとりたいとか、思うんですか。」
「全然そんなことはないです。」
「名前が変わるのが嫌だとかは思うんですか。」
「全然思いません。」
思うはずがなかった。早く笹川の苗字になりたかった。
「私ね、」
美咲はずっと笹川に言いたいことがあった。
「やっぱり言えない。笹川さんに、言わなくちゃいけないことが、あるのに、言う勇気がなくて。」
すると笹川は言った。
「言いたくないことは言わなくていいですよ。墓場まで持っていく秘密があったっていい。」
「それって優しいですね。」
そうは言ったものの、出会ったばかりなのに、自分を知ろうとしてくれないのは、何か悲しい。
美咲は、笹川に他に聞いてみたいことを言った。
「笹川さんは、中学高校の部活はなんだったんですか。」
「中学時代は陸上部でやり投げの選手でした。高校時代は帰宅部ですね。」
「運動部だったんですね・・。体力があるわけだ。」
「帰宅部だったけど、サイクリング部みたいなものでした。登下校ずっと自転車だったので。足の筋肉は自信ありますよ。」
「ボーリングしてるときも、腕も青筋が出ていて、すごい筋肉あるんだなって思いましたよ。」
「小暮さんは何部だったんですか?」
「中学時代は吹奏楽部、高校時代は合唱部です。」
「吹奏楽ではなんの楽器だったんですか。」
「サキソフォンです。」
食べ終わっているのに会話をしているので、
「待っている人もいると悪いので、そろそろ出ますか。」
と笹川に言われ、ラーメン屋を出た。
午後からは、二人はスポッチャに行った。
まず、何があるのかを一周見て回ったあとで、笹川が得意なダーツを始めた。はじめ空きが無かったが、二人が待っているのを見て、投げていた男性の二人組が早めにゲームを終わらせて台を譲ってくれた。笹川がごく簡単そうに的にダーツを当てていくのを見て、美咲も同じように投げてみるが、全く刺さらず当たることもない。関係のない的以外の部分に当たったり、後ろのカーテンに当たったりする。それをみて、笹川は腹を抱えて笑っている。
笹川は銃のゲームが好きらしく、美咲も始めて銃を打ってみた。
卓球やテニスをしたあとは、スカッシュをした。全然ラリーは続かないけれど、本気でボールめがけて動いていると、楽しくて、笹川と一緒にボールに向かっているのが、嬉しかった。
美咲は、ビリヤードを笹川とやってみることにした。笹川はビリヤードが初めてだった。
美咲はやったことがあったので、笹川にやり方を教えながらやった。笹川はすぐにコツを掴んで、上手く狙った玉を動かすことができるようになった。笹川が楽しそうにしているので、美咲は満足だった。
一通り回ると、カラオケルームがあることに気づいた。美咲は、笹川を誘ってカラオケを始めた。
「音痴の歌声に耐えられますかね。」
笹川は2曲しか歌えない、といって、宇宙戦艦ヤマトの曲と、イギリス国歌を歌い始めた。音程があまりにも外れている。美咲は吹き出すのをこらえるのがやっとだった。美咲は推しの子の歌やディズニーの歌を歌った。
「ようやく 巡り会えた 大事な人」
美咲は笹川への思いを歌に乗せて伝えたのだった。
疲れましたね、と言ってカラオケルームで二人は休憩し、次の予定を考え始めた。
「来週の土日は忙しいけど、どこかでレインウェアを買いに行けるといいですね。」
「そうですね。春が来るのがこんなに楽しみなのは久しぶりだな。いつもありがとう。」
そして、二人はラウンドワンをあとにした。帰り際、笹川は忘れずに言った。
「メール、送りますね。」
次の週の土日は、美咲は忙しかった。土曜日は、料理教室。日曜日は、友人と動画の撮影を予定していた。この週は笹川とは会わない予定だった。ところが、金曜日になって、笹川は、
「明日は晴れだから、国城山に登ってきます。」
と美咲にメールした。
「えー?先に行っちゃうの?一緒に行ってくれないの?」
美咲は思わず怒りの感情を抱いてしまった。なぜこの人は、私のことを待ってくれないんだろう。
「国城山の、ハードなルートを行きます。簡単で、見どころのあるルートを残しておきますから。」
と笹川は言い訳した。
笹川のペースについていこうと思うわけではないけど、もっと登りたいなら別の山に行けばいいのに、当てつけがましく国城山に登るとは・・・。美咲の我慢は頂点に達した。
それでも、美咲の中で、笹川への気持ちが消えたわけではない。私の努力が足りなくて、笹川の気持ちが自分に向いていないなら、振り向かせる努力をするだけだ。美咲はこう考えた。
土曜日が来て、美咲は料理教室で、沢山料理を作った。終わってスマホを見ると、笹川から次々に国城山の写真が届いていた。笹川から電話があったので、笹川に電話をかけてみた。
「料理を作って、たくさんお土産ももらったから、それを渡したい。これから、家の近くまで、渡しに行くけどどうかな。」
「いいですよ。でも、これから山を降りるから、1時間後でもいいですか。」
天気は快晴だった。笹川の家の近くには大学があり、大学のそばの喫茶店の駐車場に車を停めて、美咲は待った。すると、20分くらいで、笹川がその駐車場にやってきた。
車から出てきた笹川は、キャップを被っていて、先週会ったときより、肌が少し日焼けしていた。山からの帰り道、少し伏せ目がちで車を降りる姿は、形容しがたいくらいのいい男だった。この姿が見られただけでも、今日会いに来た収穫はあった、と美咲は思った。
少しくらいつらくても、この姿を見られるためなら、私は頑張れる。
「せっかくここまで来たなら、近くの店でレインウェアを見ますか?」
「そうしましょう。」
そして、二人で古着屋に行き、美咲はピンクオレンジのレインウェアを購入した。
次の週も、一週間国城山の予報は雨だった。しかし、金曜日になると、日曜日は曇りという予報になった。気温も先週よりもだいぶ上がっていた。日曜日は、午後からピアノの発表の練習も入っていた。しかし、笹川は来週から、他県の仕事で、2週間会うことができなかった。なんとか他県に行かれる前に、笹川に会いたい一心で美咲は、
「日曜日の午前中なら、行けそうです。」
とタイトなスケジュールを組むことにした。
「いいですよ。12時までに家に帰るには、7時に待ち合わせすればいいですね。」
「はい。やっと山に行けますね。楽しみです。」
「そうですね。ではおやすみなさい。」
笹川は、楽しみです、との美咲の言葉がけに、楽しみです、と返すことはない。美咲は、笹川は楽しみではないのかと、悲しい気持ちになる。毎日、おやすみなさい。というと、お休みなさい(手でバイバイする絵文字)が返ってくる。そのバイバイする手に、もう一生バイバイだよ、という気持ちがこもっているのではないかと、美咲は不安になる。だから、そのバイバイの絵文字が大嫌いだった。
笹川の家の近くのスーパーまで車を走らせ、30分くらいでつくと、まだ始業開始直後のスーパーで軽食を買い、笹川を待った。そこへ、笹川はいつもの赤のタントで現れた。
美咲は、笹川の車に乗り、一緒に国城山へ向かった。
山が近くなってくると、楽しい気持ちが膨らんだ。
「手前が神谷山、その隣が皐月山、その奥の、低くて丸い山が国城山です。今、雲がかかっていますね。」
「へぇ~。あれかぁ。」
国城山のふもとに行くと、車道はゆるやかにカーブした坂道になった。
「入口まで、車で距離を稼ぎますよ。ここから登っていく人もいます。」
駐車場に着いて、車を降りると、沿道には沢山ののぼりが立っていた。
「縁結びなんですね。」
「ここには、縁結びと縁切りの寺があるんですよ。」
「へぇ~。」
美咲は思った。
(この人、宗教は信じていないみたい。私の宗教を、理解してくれるだろうか。寺や神社は、私は苦手なのに。)
「ここから歩きますよ。」
アスファルトの道路が、急な傾斜になっている。歩いていると、息が上がり、苦しくなってくる。
「つらいな、登れるかな。」
「ここはまだ入口ではありませんよ。」
「えぇ!?」
美咲は笹川に言われて長靴を履いていた。前日に雨が降ったので、道がぬかるんでいる可能性があるためだ。長靴が予想以上に重く、いつもよりも、足や体が疲れるのが早かった。
入口には、笹川に写真で見せてもらった寺が点在していた。それをじっくりと見ることはせず、美咲は登山口に立った。
階段に次ぐ階段。ときおりぬかるみ、滑る道。段々狭くなり、両側が崖になっている。笹川は周囲の景色を見ながら、美咲に解説する。美咲はそれを聞いているが、登るのに必死であまり頭に入らない。
「ここから隣の山が見えますよ。少し休憩しましょう。」
小さな長椅子がある。そこへ座って、ゆっくりと休憩を取った。
「暑いな。」
「一枚脱ぐと良いですよ。」
せっかく笹川と選んで買ったレインウェアを早々と脱いでしまった。
「あとどれくらいなんだろう。」
「これで、3分の1ですね。」
「まだ、そんなにあるの!?」
笹川は、にこっと笑って先に進む。
「うわぁぁぁぁ。」
滑る岩場で、手をつきながら必死に登ろうとする美咲に、笹川は一瞬手を出そうとする。しかし、すぐに引っこめる。
(あれ?なんでこの人手を引いてくれないんだろ。)
美咲は笹川がよくわからなくなる。笹川は美咲を車に乗せても、山に連れて行っても、美咲に触ろうとしない。さらにいえば、美咲のことを好きだということも、一回しか言ったことがない。笹川は美咲が今まで付き合ってきた男たちは、二人きりになれるチャンスがあれば、ここぞとばかりに、キスしようだの、なでなでしたいだの、手をつなごうだの、お腹もふもふしたいだの、スキンシップの要求を必ず言ってきた。付き合い始めて1ヶ月経たないうちでも。そういう意味では、笹川は美咲にとって安心安全でクリーンな男だった。でも、要求が無さすぎて、逆に危険なのでは?と思ってしまうほどだった。
「滑るのは、流紋岩ですね。気をつけてください。」
といって、先へ進むのだった。
「なにかの動物のフンがありますね。シカがいたのかな。木にシカが削ったあとがあります。」
「高山植物ですね。」
「大河内分水が見えますね。」
だんだんと、笹川の解説が頭に入ってくる。
「大河内分水ってなんですか。」
「人口の川です。川が氾濫して水害が起こらないように作られたんです。」
笹川はまるで辞典のように、この辺りの土地の歴史を頭に入れている。
立て看板が落ちているところに、ほぼ茂みになっている道があった。笹川は、
「この先に、展望台がありますよ。行きましょう。」
といって、茂みの中を進んでいく。少し行くと、景色がよく見える位置があった。
「写真を撮るといいですよ。」
美咲は大河内分水の写真を取った。本当は、笹川の写真が撮りたいのだけれど。
「もうすぐ、山頂です。」
重い足は限界に近づいていたけれど、もうすぐとの言葉に救われる。間もなく、山頂についた。
「山頂です。国城山の山頂は眺め悪いんですよね。」
山頂は、茂みだらけで、海も島もほとんど隠れて見えない。
笹川は苦笑しながら、山頂の看板を見上げる。山頂には4,5人の人がいた。
「写真撮りませんか?」
美咲がいうと、笹川は渋々という感じで美咲を看板の前に立たせ、美咲の写真を撮った。
美咲も、笹川の写真を撮った。
笹川が満足して椅子に向かったので、美咲は少し勇気を出して言った。
「一緒の写真が撮りたい。」
「俺、陰キャだから写真撮ったりなんてしないんだよ・・。」
とぶつぶつ言いながらも、笹川は美咲といっしょにカメラに収まってくれた。
「こういう写真は、変な顔しておくからね。」
実際、撮れた写真はしかめ面で、変な写真だった。
笹川と美咲は椅子に座って、一息つくことにした。
美咲はドラッグストアの大袋のチョコを二袋持ってきたのだった。本当は、手作りしたかったのだが、そんな気力が起きなかったので、これで勘弁してもらおうというのである。笹川は、それを見ると、嬉しそうな顔をして、次々に食べ始めた。
次に笹川は、リュックの中から大事そうにプラスチックの箱を取り出した。中には、手作りのマフィンが入っていた。
「これはマドレーヌかな・・・いや、マフィンだ。」
「すごい・・。美味しそう。」
「プレーンと、チョコがあるよ。好きな方から食べて。プレーンがおすすめかな。」
「私はチョコから食べる。」
プレーンは黄色で、チョコは焦げ茶色の生地の上にチョコチップが乗っていた。
美咲が今まで笹川に抱いてきた不安も疑念も、すべて吹き飛ばすくらいの衝撃だった。美咲が一生かかっても作れそうにないほど、そのマフィンは美味しかった。笹川の才覚に驚き、せっかくの山登りに自分も手作りのお菓子を持ってこれなくて申し訳ないと思った。笹川は私に興味がない、とずっと思っていた美咲は、自分を恥じた。
美咲が食べていると、ぼろぼろとマフィンの欠片が地面に転がり落ちていった。笹川は
「ありさんの栄養になるでしょう。」
といいながらマフィンを食べ続けた。
国城山からの帰りの車の中で、笹川はカップルメイトの経験について、色々話してくれた。
「美咲さんはカップルメイトは最近始められたんですか?見ない顔だな、と思って。私は3年やってますよ。」
「3年も?私は1か月前に登録したばかりです。笹川さんは、沢山お見合いの申込みが来るんでしょ?」
「全然ですよ。来ても、年齢が結構上の女性ばかりで・・。3年やって、30人くらいにお見合いを申し込んで、お見合いに至ったのは2人だけです。そのうち1人は、お見合いでその場で断られました。もう一人は、お見合い成立しましたが、その後1回会ったときに、断られました。」
「信じられないな。こんないい人を振るなんて。仕事が、平日会えないからかな。みんな寂しがりやなんですかね。みんな見る目がないですね。」
「どうなんでしょうね。」
「笹川さんは、学生時代は、モテたんですか?チョコとか沢山もらってそう。」
「ゼロです。今までチョコをもらったことはないし。ラブレターもないです。兄はラブレターもらってました。兄の机漁ってたら、出てきたんですよね。」
「それはウケますね。ラブレターだったら、私いくらでも書きますよ。」
「照れますね。」
そんな話をしている間に、美咲の車があるスーパーに到着した。別れ際に、笹川は紙袋を取り出すと、美咲に渡した。
「山頂で食べたマフィンです。たくさん作ったので、家でも食べてくださいね。」
「ありがとうございます。こんな女子力高い彼氏、大切にしなくちゃ。」
そう言って、美咲はその場をあとにした。
笹川はその翌週、他県へ出張に行った。メールは毎晩1時間していた。笹川はいつも自分の仕事の話をしていた。美咲の話は、美咲が話し出さない限り、話題に上らない。美咲には、笹川に話したいことや、知ってもらいたいことが沢山あった。病気・宗教いろいろなことが気になっていて、笹川に何もかも話せない。だから、知ってもらわなければならなかったのに、笹川は、美咲のことにそこまで関心がないので、知ってもらわなければならないことに、話題が到達しないのだ。
今夜も笹川は仕事の話メインのメールをしてきた。美咲は頑張ってそれに合わせて、笹川が関心を持ちそうな岩の種類の話をし続けた。笹川は美咲の持っている岩の本に興味を示してくれた。でも、美咲を褒めるのではなく、本を褒めただけだった。美咲は、岩の話が楽しくなくなったことに気づき、自分の限界を感じ始めていた。
その日の夜遅く、笹川に短く送った。
「私、やっぱり恋愛はできない。何かつらいんです。ごめんなさい。」
返事はその日中に帰ってこなかった。美咲は眠れない夜を過ごした。
次の日のお昼休み、スマホを見ると、返信があった。慌てたのか、同じ文章が2回送られてきている。
「僕も恋愛経験ないので、恋愛のことはよくわからないんです。僕のことで気になることがあれば、何でも言ってくれて構いませんから。」
美咲はお昼休みを暗い顔で過ごしていた。美咲といっしょにお昼を食べてくれている会社の先輩が、いつものように、心配して声を掛けてくれる。
「次は、花見に行くの~?どこにするの~?」
「昨日、別れるって言ったんです。」
「えー何で!?」
「この人あまり私に関心がないようなんです。自分のことばかり話して。」
「男の子ってそんなものだよー。2ヶ月位しか、付き合っていないのに、早すぎるよ。思っていることを、言ってみたら?」
先輩に一生懸命励ましてもらったので、何も言わずに別れるよりはと、笹川に対して日頃抱いている思いを打ち明けてみることにした。
「笹川さんは、私にあまり関心がないのかなと思うんです。私に質問してこないし。平日は疲れていることも多いから、メールは毎日じゃなくてもいいかな。始めのうちは、絵文字もあんまり無かったから、この人私のこと好きなのかなって考えて、心が疲れてしまって。あと、笹川さんは愛情表現が全くないから、不安になるんです。」
それに対して、笹川の答えは、
「とりあえず一言。恥ずかしいんだよ。」
「>質問しない
プライベートなことをどこまで聞いていいのか、と思ってました。
>私に関心がない
僕は、人に興味ないです。冷めてるって言われます。
>疲れてる
メールは気が向いたときでいいよ。絵文字少ないけど僕はこういう人間なんです。
>愛情表現
僕は、この年で、恋愛経験皆無だし、出会って2ヶ月で愛情表現とか言われても、個人差があると思うの。
僕にとっての愛情表現は、山登りのルートを考えたり、車で連れてったり、お菓子を作ったりすることだったと思う。」
美咲は、目を疑った。このルックスで、学歴で、経済力で、恋愛経験がない、とは本当なのだろうか。本当だとしたら・・。美咲の心は突然、嫉妬で震えだした。許せない。私よりもきれいな男の子なんて。33歳まで経験がない。星のような男の子なんだ。星なんだ。私にはそんな人は穢せない。もっときれいな女の子を手に入れるために、この人は今まで頑張り続けてきた。この人の相手は、私ではない。
そんな激情に取り憑かれつつも、深呼吸して、ひとまず冷静さを取り戻した美咲は、こう返事した。
「>恋愛は仕事じゃなくて、プライベートなんだから、何でもきいてね。
>私も人に関心のない子供だったから、気持ちは分かるんだけど、恋愛も人が相手だから、人を大事にしないとね。
>笹川さんの場合は、平日メールしか連絡手段がないから、メールにはこだわったうがいいよ。
>愛情表現は、無理にする必要はないけど、女の子が不安な気持ちになっていたら、それを取り除いてあげなきゃ。好きなの?って聞かれたら、好きだよ♡って答えれば、女の子は嬉しいの。」
「不安な気持ちにさせていたんですね。ごめんなさい。僕はこの通りのダメ男で、精神年齢10歳の子供と思って接してください。」
「ダメ男なんて言う必要ないよ。説教っぽくなってごめんなさい。私の言ったことを今後の参考にしてね。ではまたよろしくね。」
ひとまず別れずにいることにした。前よりも、少し笹川のことが分かったような気がしたのである。
このやりとりをしてから、2日間、美咲はそれでも何か心が重かった。
「今日はメールを休むね。明後日は30分くらいメールしたいかな。」
その先はよく考えられなかったので、それだけ言った。笹川は最初の頃よりもだいぶ、美咲に心を許してメールするようになっていた。笹川が週末他県から返ってくるまで、3日だった。
このときまでに、美咲の心は限界を迎えていた。仕事にも集中できずミスが続いていた。毎日、考えているのは、笹川になんとメールをすれば嫌われないか、そればかりだった。大きなストレスだったのだ。その日は、昼食が半分しか食べれず、夜も眠れなかった。お昼の時間の先輩たちの話が頭に入ってこなかった。
その日、約束通り30分のメールを終えると、美咲は疲労困憊し、自分がもはや健常者として恋愛をすることは不可能であることを悟った。そして、笹川は、障害者である自分と上手く付き合える人物ではないことを悟った。
「今週末は、ランチでもできるといいですね。」
「行きたい店を考えておきますね。」
また、無理に、考えておきますなんて言ってしまった。もう、店を考えるのもつらいのに。
別れよう。このままでは、私の生活が破綻する。
次の日、週の最後の仕事をなんとか終えると、笹川からは家に向かっているというメールが届いていた。車窓から撮った夕日と川の写真が添付されていた。後ろ髪を引かれても、決めたことは断行する。けじめ。それが恋愛において最も大事なことである。自分の信条に従い、美咲は笹川に送った。
「ごめんなさい。明日は会えない。やっぱり別れたい。食べれないし、眠れない。私は精神障害者だから、普通の人より心が弱いの。最近元気だったから、カップルメイトを始めたんだけど、私には恋愛は無理だった。笹川さんには、他の女の人と幸せになってほしい。あなたなら、きっとできる。短い間だったけど、沢山思い出をありがとう。」
「つき合った別れたなんてよくある話だし、あまり思い詰めたりしないように。逃した魚は小さいので、安心してね。また気が向いたら、トライしてみればいいと思う。仲介人の高橋さんに連絡してくださいね。連絡は明日でいいですよ。(僕は絶望的に察しが悪いので、もし引き留めてほしかったらそう言ってね)」
カッコで引き留めてほしい気持ちに気づいてみたのかもしれないが、絶望的に察しが悪い人に、自分のお世話は無理だ、と感じてしまった。引き留めてほしいなどと言ってしまっては別れられない。
「ありがとうございました。では引き続き婚活頑張ってくださいね。」
「2ヶ月で2回振られた。もうどーにでもなーれ。最後に一言。この2ヶ月、心がときめいて楽しかった。ありがとう。」
最後の返事は、簡単なお礼のスタンプで終わらせた。
お昼の先輩が毎日一生懸命考えてくれていたデートプラン。この2ヶ月心がときめいて楽しかった。それはあまりにも簡単すぎる一言だった。
このやりとりが終わってすぐ、仲介人の高橋さんに連絡をした。
翌日午前8時、仲介人の高橋さんから連絡があった。
「交際をとりやめられたとのこと、承知いたしました。お相手に確認しますので、もうしばらくお待ち下さい。」
笹川は、どうやらまだ高橋さんにメールを送っていないらしい。高橋さんから催促のメールが行ったはずである。
お昼になっても、午後3時になっても、高橋さんからは何も来ない。普通、日中であればすぐに返事が来るはずなのだ。美咲は笹川が高橋さんの催促メールを無視しているのだと思った。美咲が高橋さんにすぐ連絡をしたことで、笹川のプライドを傷つけてしまったのだろう。あるいは、笹川は振られるのが怖いのかもしれない。あるいは、いつもカップルメイトで女性に振られるたびに、こんな嫌がらせをして最後の抵抗をするのだろうか。あるいは、もう仲介人の言う事を聞くのに嫌気が差しているので、カップルメイトなしでも連絡を取ろうというのだろうか。愛情表現か。断末魔の叫びか。とにかく、怖い。美咲はずっと高橋さんのメールを待ち続けていた。午後9時から10時。いつも、メールをしていた時間が終わった。この日一日、高橋さんからメールは来なかった。翌日午前8時を回って、ようやく高橋さんからメールが来た。
「今回のお相手のお名前、連絡先、その他は、全て削除してください。」
美咲は、この一言が大きな意味を持つことを察した。美咲は笹川とのメールや連絡先を全て削除した。そして、カップルメイトを退会した。
次の仕事の昼休み、休憩室には全員が揃っていた。
「例の人と別れました。今まで応援してくださってありがとうございました。」
一言そう言いたいはずなのに、何もいうことができなかった。
春休みが終わったあと、先輩の一人、田辺さんに仕事をくださいと頼むと、田辺さんは書庫の中で私に聞いてきた。
「花見、行くの?」
「もう別れたんです。」
「小暮さんから別れるって言ったの?」
「はい。嫌がらせっぽいことされました。別れてよかった。」
「別れてよかったあ?精神面は大丈夫なの?」
「脳がダメージを受けました。お医者さんに相談します。」
「ふうん。」
その日は、仕事でめったにしないミスをして怒られてしまった。1日中のどが痛くて、暑くもないのに汗が出た。
次の日、美咲は病院に行く、と言って仕事を休んだ。母親に頼んで、病院に電話してもらうと、医師は病棟の診察があり、明日でなければ診察できないと言われた。しかし、美咲は医師に言わなければならないことがあった。そこで、自分で病院に電話して、
「仕事をあまり休みたくない。大事な話があるので、今日中に診察してもらえないか。」
と頼むと、
「今日の16時から診察しますよ」と返事が来た。
そのとき、まだ11時だったので、美咲は医師に言いたいことを、なるべく詳細に紙に書いておくことにした。
ちょうど、このタイミングで、ピアノの先生をしている友人から、「アレキサンダーテクニークのセミナーあるけど参加しませんか?」とメールが来た。もう、ピアノどころじゃない。
すぐには、返事ができなかった。
病院につくと、医師にきちんといいたいことがいえるのか、不安で、頭が重く、おかしな感じになった。いつもの柔和な美咲ではなく、荒々しい、いらいらしたような美咲に変わっていた。受付で診察券を出そうとして、お金を出してしまったりと、集中力も著しく落ちていた。
医師は診察で、美咲が書いた紙の内容を読み上げながら、確認した。美咲は医師の目を見ずに、厳しい口調で、医師に自分の要望を伝えた。それは、医師が美咲の治療を減らそうとしていたことへの抗議だったのだ。
「私はどうすればいいんですか。」
「継続して私を診てほしい。」
美咲は、医師にもっと自分のことを知ってもらわなければ、という気持ちに突き動かされていた。いつもとは明らかに違う自分を知り、医師にその姿を見せた。その結果、医師は、美咲に3週間の病気休養を命じた。
「アレキサンダーテクニークのセミナーですが、今後はもう参加しなくて大丈夫です。」美咲は休養中、泣きながら友人にメールした。
プクプクプク・・・
静かに熱帯魚が水槽の中を泳いでいる。夜の薬局に聞こえているのは、水槽の中のポンプの泡の音。そして、薬を準備する薬剤師さんのカサコソいう音だけだ。
この音が、私が一番安心できる音。
「67番でお待ちのお客様・・・」これからまた、私の毎日が始まるんだ。 (終)
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