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勉強の定義
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その日の放課後、グラウンドの片隅の誰もいない坂道を、
「うおりゃ~~」
と、僕は駆け上がっていた。
先週木曜のお昼休み、親友の北斗に乗せられ、僕は体育祭に目標を設けた。その翌日から始めた坂道ダッシュも、今日で六日目。学校のある日はこの坂を、無い日は神社の坂を利用し、三十分ほど走り込みをするのが最近の日課になっていた。
自分で言うのもなんだが、僕は短距離走が得意だ。身長145センチの胴長短足の割に、そこそこの好タイムを出せてしまう。体育祭実行委員を務める昴によると、僕の100メートル走のタイムは、クラスで僅差の一位らしい。だがこれでは、一学年二十クラスの一年生体育祭で上位七名の決勝戦に残るのは、バクチでしかないだろう。その可能性を少しでもたぐり寄せるべく、僕はこうして自主練を重ねていた。
湖校の体育祭は、学年ごとに計六回開催される。月曜は一年生体育祭、翌日火曜は二年生体育祭という具合に開催学年を順次上げていき、土曜日の六年生体育祭をもって湖校体育祭は終了する。六年生にとって最後の体育祭となる六年生体育祭は非常に盛大かつ面白いので、土曜開催という好条件も手伝い、下級生四千人が見学に詰めかけるまさにお祭りと化す。もちろん僕も、何があっても見に行くつもりだ。だって朝露の白薔薇の体育着姿と、朝露の白薔薇のチアリーダー姿と、朝露の白薔薇の・・・・・ええっととにかく僕は今、体育祭が楽しみで仕方ない。朝の憂鬱な気分をぶっ飛ばし、僕は坂道ダッシュを続けた。
北斗が先週チラッと言っていたように、僕の走法は歩幅を大きくとる、いわゆるストライド走法だ。これは本来、脚の長い長身の選手が長距離走に用いる走法なので、それとは真逆の僕が短距離走で使うのは、常識的には狂気の沙汰なのだろう。しかしこれが功を奏し好タイムを出せているのだから、運動は奥深く、そして面白いのである。
この坂道で鍛えているのは、インナーマッスルの 腸腰筋。脚を前へ出すときに使うこの筋肉を、高速ストライド走法を支える三本柱の一つに僕は数えていた。これは鍛錬がとても難しい筋肉だけど、低身長の胴長短足にとっては万難を排して鍛えるべき最重要筋肉と言える。なぜなら統計によると、腸腰筋の発達している子供は高確率で、背が高く脚も長くなるからだ。然るに、
「どおりゃ~!」
と、朝の訓練以上の気合いを入れて、僕は坂道を駆け上るのだった。
「ふう、少し休もう」
歩幅をめいっぱい広げ、約50メートルの坂道を駆け上ること八回。土手に腰掛け、休憩の時間とした。グラウンドをぼんやり眺めながらアキレス腱を揉みほぐしていると、薙刀部の女子部員十人が道場から出てきて、屋外練習場で基本稽古を始めた。東日本随一の強豪校である湖校薙刀部には、学年ごとに専用道場と、透水ゴムで覆われた屋外練習場がある。その屋外練習場に袴姿の女の子が現れたとき、僕はなんとなく気が咎めて、彼女達から目を逸らそうとした。だが、昴を先頭に十人の部員が整然と並ぶ様子に心惹かれ、今も彼女達から目を離せないでいた。ここから屋外練習場までは200メートル近く離れているが、視力2.0の記号を三倍の距離から見分けられる僕は、彼女達の打突精度の高さに賞賛の念を感じていた。みんな、素晴らしい薙刀使いなのである。研究学校運動部のレベルの高さを、僕は改めて思い知ったのだった。
現代教育の先頭を走る研究学校は、部活動を非常に奨励している。だがそれは、部活づけの日々を生徒に強要しているという意味ではない。むしろ一見、奨励とは真逆の措置を研究学校は採用していると言えた。週三日の自由日が、まさにそれだろう。研究学校の部活及び同好会に所属する生徒は、各自の判断で週三日を自由に過ごせるのである。この自由日制度があるから研究学校に入学したかったと、白銀さんは以前僕に話してくれた。
「東日本随一の強豪校として名高い湖校薙刀部で、薙刀を頑張りたい気持ちはもちろんあった。でも私は湖校でしてみたい事が、他にも沢山あったの。委員活動もしてみたかったし、文化祭やクリスマス仮装会も楽しみたかったし、研究や選択授業も凄く興味があったし、何より友達と一緒に遊びたかった。だから週三日の自由日がある研究学校に、私は入学したかったの。できれば、湖校にね」
祖父によると、昔は「学生の本分は勉強」とされていたらしい。これは今も言われているが、昔と今では勉強の定義がまったく異なるため、正反対の意味で使われている印象を受けると祖父は話していた。今は、部活動や委員活動や学校行事や友達と遊ぶことも、子供にとって非常に重要な勉強であると考えられているのだ。いやむしろ、あらかじめ用意された解答との一致度合いで学力を計る前時代の教育は勉強ではなかった、という意見が今の主流と言えた。生産ロボット全盛の現代社会で最重視されるのは、クリエイティブな能力だからである。日々の生活で直面する解答のない問題に、自分なりの答を探していく行為こそが、ロボットには真似できないクリエイティブな能力を子供に芽生えさせ、育ててゆく。これが今の時代の、勉強の定義なのだ。
勉強へのこの新たな定義は、部活にも改革をもたらした。部活づけの生活を子供に強いるのも考えものであるという意見が広まるにつれ、部活に自由日を設ける学校が増えていったのである。当初は「休み」という名称を用いる学校が多かったが、今はほとんど残っていない。その理由は「休み」にすると、部活に出たくても休みを強制されてしまうからだ。それこそ前時代的であるとされ、休みではなく自由日という名称を学校は用いるようになっていった。出るも休むも自主練するも、自分の判断で決める。自主性とは、そういうものなのだろう。
もちろん自由日制には弊害もあった。運動レベルの低下、自由なのだから部活に出ろという暗黙の強要、部員同士の不和等々がそれだ。だが、それを補って余りある成果もあった。それは部員達が、自分の体を自分に合う方法で鍛えるようになった事だ。運動能力や体力は人それぞれ異なるため、まったく同じ運動をしても、その効果は千差万別になる。ある人には物足りなくても別の人にはキツ過ぎる、ある人には有意義でも別の人には時間の無駄、運動にはこのような現象がつきものなのだ。しかし自由日があれば、運動の種類やペースを自分で工夫することができる。その結果、自分に合う練習を見つけるまでの短期間は運動レベルが落ちても、長期的にみれば、部員達の運動能力はかえって向上したのだ。自由日制最大の成果は、これであったと言われている。
自由日の日数は学校の判断に任されているので、自由日のない学校へ行きガンガン練習するのも、自由日の多い学校で自由に過ごすのも、子供達の自由になっている。このように現代の子供には、各自の判断という自由がふんだんに与えられていた。なぜなら盲目的な服従に、創造は存在しないからだ。
自由は、創造の源なのである。
――僕は、どうだったのかな。
自由日制の結実とも言える湖校の薙刀部員達を眺めながら、僕は過去を振り返った。訓練を拒絶する僕を母は肩に担いで練習場へ連れて行き、毎日強制的に訓練を受けさせていた。運動を嫌々する僕の身体能力は一向に向上しなかったが、二年半の嫌々運動は、基礎体力のなかった僕に無理なく基礎体力を付けてくれた。その甲斐あって、僕の体はその後の自主練習に耐えてくれた。母の強制と、僕の拒絶と、母の死。この三つが揃って、今の僕がある。いやこの三つが揃わなければ、僕は翔人になれなかったのだ。「僕はどうだったのかな」 その想いが再度胸を突いた。すると、
「子供にとって大きすぎる問題に時間的猶予があるなら、将来より良い判断をするため、今は少しでも成長しておく。そんな方法もあると、私は思うの」
十人の部員の先頭に立ち身体操作の模範を示す幼馴染みの言葉が、脳裏に蘇った。
「そうだよな、ありがとう昴」
200メートル先の幼馴染みに感謝の言葉を贈り、僕は自主練を再開した。
「うおりゃ~~」
と、僕は駆け上がっていた。
先週木曜のお昼休み、親友の北斗に乗せられ、僕は体育祭に目標を設けた。その翌日から始めた坂道ダッシュも、今日で六日目。学校のある日はこの坂を、無い日は神社の坂を利用し、三十分ほど走り込みをするのが最近の日課になっていた。
自分で言うのもなんだが、僕は短距離走が得意だ。身長145センチの胴長短足の割に、そこそこの好タイムを出せてしまう。体育祭実行委員を務める昴によると、僕の100メートル走のタイムは、クラスで僅差の一位らしい。だがこれでは、一学年二十クラスの一年生体育祭で上位七名の決勝戦に残るのは、バクチでしかないだろう。その可能性を少しでもたぐり寄せるべく、僕はこうして自主練を重ねていた。
湖校の体育祭は、学年ごとに計六回開催される。月曜は一年生体育祭、翌日火曜は二年生体育祭という具合に開催学年を順次上げていき、土曜日の六年生体育祭をもって湖校体育祭は終了する。六年生にとって最後の体育祭となる六年生体育祭は非常に盛大かつ面白いので、土曜開催という好条件も手伝い、下級生四千人が見学に詰めかけるまさにお祭りと化す。もちろん僕も、何があっても見に行くつもりだ。だって朝露の白薔薇の体育着姿と、朝露の白薔薇のチアリーダー姿と、朝露の白薔薇の・・・・・ええっととにかく僕は今、体育祭が楽しみで仕方ない。朝の憂鬱な気分をぶっ飛ばし、僕は坂道ダッシュを続けた。
北斗が先週チラッと言っていたように、僕の走法は歩幅を大きくとる、いわゆるストライド走法だ。これは本来、脚の長い長身の選手が長距離走に用いる走法なので、それとは真逆の僕が短距離走で使うのは、常識的には狂気の沙汰なのだろう。しかしこれが功を奏し好タイムを出せているのだから、運動は奥深く、そして面白いのである。
この坂道で鍛えているのは、インナーマッスルの 腸腰筋。脚を前へ出すときに使うこの筋肉を、高速ストライド走法を支える三本柱の一つに僕は数えていた。これは鍛錬がとても難しい筋肉だけど、低身長の胴長短足にとっては万難を排して鍛えるべき最重要筋肉と言える。なぜなら統計によると、腸腰筋の発達している子供は高確率で、背が高く脚も長くなるからだ。然るに、
「どおりゃ~!」
と、朝の訓練以上の気合いを入れて、僕は坂道を駆け上るのだった。
「ふう、少し休もう」
歩幅をめいっぱい広げ、約50メートルの坂道を駆け上ること八回。土手に腰掛け、休憩の時間とした。グラウンドをぼんやり眺めながらアキレス腱を揉みほぐしていると、薙刀部の女子部員十人が道場から出てきて、屋外練習場で基本稽古を始めた。東日本随一の強豪校である湖校薙刀部には、学年ごとに専用道場と、透水ゴムで覆われた屋外練習場がある。その屋外練習場に袴姿の女の子が現れたとき、僕はなんとなく気が咎めて、彼女達から目を逸らそうとした。だが、昴を先頭に十人の部員が整然と並ぶ様子に心惹かれ、今も彼女達から目を離せないでいた。ここから屋外練習場までは200メートル近く離れているが、視力2.0の記号を三倍の距離から見分けられる僕は、彼女達の打突精度の高さに賞賛の念を感じていた。みんな、素晴らしい薙刀使いなのである。研究学校運動部のレベルの高さを、僕は改めて思い知ったのだった。
現代教育の先頭を走る研究学校は、部活動を非常に奨励している。だがそれは、部活づけの日々を生徒に強要しているという意味ではない。むしろ一見、奨励とは真逆の措置を研究学校は採用していると言えた。週三日の自由日が、まさにそれだろう。研究学校の部活及び同好会に所属する生徒は、各自の判断で週三日を自由に過ごせるのである。この自由日制度があるから研究学校に入学したかったと、白銀さんは以前僕に話してくれた。
「東日本随一の強豪校として名高い湖校薙刀部で、薙刀を頑張りたい気持ちはもちろんあった。でも私は湖校でしてみたい事が、他にも沢山あったの。委員活動もしてみたかったし、文化祭やクリスマス仮装会も楽しみたかったし、研究や選択授業も凄く興味があったし、何より友達と一緒に遊びたかった。だから週三日の自由日がある研究学校に、私は入学したかったの。できれば、湖校にね」
祖父によると、昔は「学生の本分は勉強」とされていたらしい。これは今も言われているが、昔と今では勉強の定義がまったく異なるため、正反対の意味で使われている印象を受けると祖父は話していた。今は、部活動や委員活動や学校行事や友達と遊ぶことも、子供にとって非常に重要な勉強であると考えられているのだ。いやむしろ、あらかじめ用意された解答との一致度合いで学力を計る前時代の教育は勉強ではなかった、という意見が今の主流と言えた。生産ロボット全盛の現代社会で最重視されるのは、クリエイティブな能力だからである。日々の生活で直面する解答のない問題に、自分なりの答を探していく行為こそが、ロボットには真似できないクリエイティブな能力を子供に芽生えさせ、育ててゆく。これが今の時代の、勉強の定義なのだ。
勉強へのこの新たな定義は、部活にも改革をもたらした。部活づけの生活を子供に強いるのも考えものであるという意見が広まるにつれ、部活に自由日を設ける学校が増えていったのである。当初は「休み」という名称を用いる学校が多かったが、今はほとんど残っていない。その理由は「休み」にすると、部活に出たくても休みを強制されてしまうからだ。それこそ前時代的であるとされ、休みではなく自由日という名称を学校は用いるようになっていった。出るも休むも自主練するも、自分の判断で決める。自主性とは、そういうものなのだろう。
もちろん自由日制には弊害もあった。運動レベルの低下、自由なのだから部活に出ろという暗黙の強要、部員同士の不和等々がそれだ。だが、それを補って余りある成果もあった。それは部員達が、自分の体を自分に合う方法で鍛えるようになった事だ。運動能力や体力は人それぞれ異なるため、まったく同じ運動をしても、その効果は千差万別になる。ある人には物足りなくても別の人にはキツ過ぎる、ある人には有意義でも別の人には時間の無駄、運動にはこのような現象がつきものなのだ。しかし自由日があれば、運動の種類やペースを自分で工夫することができる。その結果、自分に合う練習を見つけるまでの短期間は運動レベルが落ちても、長期的にみれば、部員達の運動能力はかえって向上したのだ。自由日制最大の成果は、これであったと言われている。
自由日の日数は学校の判断に任されているので、自由日のない学校へ行きガンガン練習するのも、自由日の多い学校で自由に過ごすのも、子供達の自由になっている。このように現代の子供には、各自の判断という自由がふんだんに与えられていた。なぜなら盲目的な服従に、創造は存在しないからだ。
自由は、創造の源なのである。
――僕は、どうだったのかな。
自由日制の結実とも言える湖校の薙刀部員達を眺めながら、僕は過去を振り返った。訓練を拒絶する僕を母は肩に担いで練習場へ連れて行き、毎日強制的に訓練を受けさせていた。運動を嫌々する僕の身体能力は一向に向上しなかったが、二年半の嫌々運動は、基礎体力のなかった僕に無理なく基礎体力を付けてくれた。その甲斐あって、僕の体はその後の自主練習に耐えてくれた。母の強制と、僕の拒絶と、母の死。この三つが揃って、今の僕がある。いやこの三つが揃わなければ、僕は翔人になれなかったのだ。「僕はどうだったのかな」 その想いが再度胸を突いた。すると、
「子供にとって大きすぎる問題に時間的猶予があるなら、将来より良い判断をするため、今は少しでも成長しておく。そんな方法もあると、私は思うの」
十人の部員の先頭に立ち身体操作の模範を示す幼馴染みの言葉が、脳裏に蘇った。
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