僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

白銀家の歴史、1

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 母のためにも白銀家の歴史を知ってくださいと、ただでさえ良い姿勢を更に良くして輝夜さんは話し始めた。
「白銀家の翔化技術の基となったものは三つある。一つは、武田信玄のお抱え忍者だった三ッ者みつのものの忍術。もう一つは、伊賀と甲賀の忍術。そして最後の一つが、天海大僧正の翔化技術。といっても比率は1対2対47と伝えられているから、白銀家の翔化技術はその殆どが、天海大僧正の翔化技術なのでしょうね」
 彼女の語る戦国時代後期の歴史に勉強の苦手な僕が苦もなく付いて行けたのは、戦国時代が特に好きな親友のお蔭だ。ありがとな、北斗。
三ッ者みつのものから話すね。1557年、武田信玄は三ッ者から気になる報告を受けた。それは『関東管領職を継いだ長尾景虎が、魔封奉行の子孫と繋がりを持ったかもしれない』というものだった」
 僕は絶句した。実際、その通りだったからだ。名ばかりの関東管領とはいえ、上杉憲政のりまさは翔人の存在を知識として知っていた。然るに憲政の養子となった長尾景虎も、つまりのちの上杉謙信も、翔人の存在を知る事となった。上杉謙信は翔人の軍事的価値に気づきつつも翔家の独立性を認めたため、猫開山家は謙信の招聘を受け、有力分家を越後へ移住させている。上杉謙信はその約束を生涯守り、謙信の子孫達も約束を反故にすることは無かった。猫将軍家を初めとする三翔家が東北に分家を多く持ち、彼の地を魔物から守ってこられたのも、上杉氏の東北への国替えが深く関係している。上杉謙信は類い希なる高徳の人物として、今も三翔家から非常に尊敬されているのだった。
「甲斐源氏の宗家である武田家には、鎌倉幕府の隠密組織、魔封奉行についての古文書が秘蔵されていた。故に信玄は、『三ッ者にも翔化技術を身に付けさせねば情報戦で上杉謙信に敗北する』と恐れた。これが、三ッ者が翔化技術について調べ始めたきっかけだと白銀家では伝えられているわ。ただそれでも五十分の一という比率が示すように、三ッ者達は翔家の壁を殆ど突破できなかったみたいだけどね」
 う~む、と僕は腕を組み唸った。確かに翔化技術を応用すれば、人や物の生命力の多寡を目視できるようになるから、忍者がいかに巧く変装しても、その本職をたちどころに見破れただろう。それでも三ッ者は、僅かとはいえ翔家の秘密を暴いたのだから、それは大成果と言えるのではないかと僕は感じた。
「武田家滅亡後、遺臣の多くが徳川家康に召し抱えられた際、三ッ者もその多くが家康に仕える事となった。家康は魔封奉行について知っていたから彼らを厚遇したと、古文書に記されているわ」
 徳川家康が魔封奉行を知った経緯を尋ねたかったが、話の腰を折ってはならぬと思い直し、僕はそれをグッと飲み込んだ。
「次は伊賀忍者と甲賀忍者についてね。この二つの忍者集団は高野山と比叡山の双方からほど近い場所に本拠地を構えていた関係で、密教系の魔封技術を若干身に付けていた。それが、本能寺の変で堺から逃げてきた徳川家康の目に留まる。自分を先導する忍者が安全な道を選択するさい必ず瞑想していることに気づいた家康は、忍者のおさに尋ねた。『あれは何をしているのか』 長は答えた。『心を体から出し、追っ手のいない道を探しているのでございます』 その長の言葉に、今川義元の人質だったころ太原雪斎たいげんせっさいから教わった魔封奉行の話を思いだした家康は、伊賀忍者と甲賀忍者を味方に引き入れる決意をしたと、白銀家では伝えられているわ」
「うおお~~!」
 拳を握り雄叫びをあげ僕は飛び上がった。輝夜さんの口から歴史の謎が一つ一つ明かされてゆく興奮に、とうとう自分を抑えきれなくなってしまったのである。
「懐疑的意見の方が有力だけど、太原雪斎は徳川家康の学問の師だったんだね! それと雪斎から教わったってことは、家康はやはり源氏とは無関係って事なのかな!」
 大興奮でまくし立てる僕に輝夜さんは目を丸くしていたが、それでも丁寧に答えてくれた。
「うん、少なくとも白銀家では、そう推測している。足利将軍家の最有力分家の一つだった今川家には武田家と同じく、魔封奉行についての古文書が秘蔵されていた。源頼朝の直系が途絶えた後は、足利家が源氏宗家を継いだから、足利家と魔封奉行には何らかの関わりがあったのかもしれないわね。今川義元の軍師だった太原雪斎は、今川家の秘蔵する古文書に精通していた。そして徳川家康は、太原雪斎に教えられるまで魔封奉行について知らなかったと伝えられている。あまりに早く父親を亡くした家康は鎌倉幕府について学ぶ機会が無かったとも考えられるけど、家康の元の姓である松平氏に鎌倉幕府の機密を記した古文書が伝わっていたとは正直考えられない。これが、白銀家の見解ね」
「でもなぜ雪斎は家康にそれを教えたのだろう。父親から鎌倉幕府について学ぶ機会を得られなかった家康を、雪斎は不憫に思った。だから自分が、代わりにそれを教えた。とは考えられないかな?」
「確かにそれもあり得るわね。家康の母方の祖母である源応尼げんおうにが雪斎に働きかけ、孫が受けるべきだった教育を雪斎に頼んだとも、考えられるものね」
「そうそう、たしか源応尼と雪斎は・・・」
 それから暫く僕らは歴史話に花を咲かせた。そしてふと、「輝夜さんとこんなに楽しい時間を過ごせるなら、研究以外の勉強も少し頑張ってみようかな」なんて、僕はガラにもなく思ったのだった。
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