僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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三章

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 昴はそれからマシンガンのごとく話した。袴での踏み込みが、足を大きく踏み出すスタートダッシュに役立った事。薙刀の無音足さばきを応用することで、膝の負担を緩和できた事。曲線軸運動が、全力疾走中の直線軸運動に活かせた事。無拍子が意外にも、リズミカルな走りを助けてくれた事。等々を、昴は大層楽しげに話してくれた。僕は楽しみつつ同意しつつ、そして最後に舌を巻いた。曲線軸運動が直線軸運動に活かせることくらいまでは何とか想像できたが、無拍子なんて遥か彼方の高等技術が飛び出してくるとは、夢にも思わなかったからである。
「無拍子! そんなことできたの!!」
「う~ん、できたっていうか、湖校に入学してからできるようになったのよね。輝夜は、私に不利で自分に有利な瞬間を見極めて踏み込んでくる。瞬きで目を閉じた瞬間、息を吐ききった瞬間、両足の位置が防御に適さない瞬間、輝夜は魔法じみたスピードで懐に飛び込んでくるの。その対策に明け暮れているうち、いつの間にかできちゃった・・・みたいな?」
 これが昭和の伝説的スポコン野球アニメなら、何が「みたいな?」じゃ――っと、僕はちゃぶ台をひっくり返していただろう。なぜなら無拍子は、上級翔人のみが使いうる超高等技術だからだ。とは言うものの、会議室の大テーブルをひっくり返すわけにもいかない僕は、大きく息を吐きこめかみを押さえた。まずい、冗談抜きで、頭痛を通り越し悪寒がしてきたんですけど。
「あの、ええっと、眠留大丈夫?」
 昴は立ち上がり僕に身を寄せ、心からの気遣いをみせた。大丈夫だよと首肯し話題を変える。
「なるほど、昴のあの走りには、そんな秘密が隠されていたんだね。ところで、加速を終え背筋を伸ばしてからは、どうなのかな。やっぱり、凄い秘密があるとか」
 演技ではないホッとした表情を浮かべて昴は椅子に座り、首を横へ振った。
「いいえ、加速が終わってからは速度を維持するのに手一杯で、上半身に特別な工夫はできなかったわ。眠留の走りを思い出し肘を少し伸ばして、軸回転を中和したくらいね」
 肘を直角に曲げる普通の腕振りでは、骨盤のデンデン太鼓運動を中和しうる遠心力を得られず、フォームを崩してしまう。だから僕は肘を少し伸ばしてそれに対処しているのだけど、今思い返すと昴も、加速終了後は僕と同じ腕の振りかたをしていた。う~む、背筋を伸ばしてからは、昴ですら工夫できなかったってことか。こりゃ研究のし甲斐があるな。
「ええ、研究のし甲斐があると私も思うわ。だから眠留」
「ああ、昴、これからもよろしくな」
 昴はいかにも嬉しそうに、任せといてガッツポーズをした。そして、 
「よしこれで、高速ストライド走法と薙刀の話は終わりね。さあ、お弁当にしましょう」
 と舞うように立ち上がり、クルクルっと髪を結いポニーテールにして、お弁当の準備を始めた。だが途中で手を止め「忘れてた」と呟き、昴は椅子に腰かけ僕に向き直る。ホントきびきびテキパキ働く女の子だよなあ、とニコニコしていた僕は不意を突かれ、昴がこちらを向くまでに表情を改めることができず、ニコニコ顔をばっちり見られてしまった。僕は慌てて普段の顔を作り、問いかけた。
「な、なんだい急に、改まって」
 急に改まったのはあなたでしょうと昴はくすくす笑ってから、「忘れていたの」と訳を話した。
「薙刀の話を始める前、『女は想いに目を向け、男は物理現象に目を向ける』って私が言ったの、覚えてる?」
 僕はしばし口をぽかんと開けたのち、急き込んで答えた。
「うん、言った言った。そしてそのあと『物理現象って言葉だと解りづらいから、本命の高速ストライド走法について話しましょう』みたいな感じのことを、付け加えたような」
 昴は柔らかく微笑んだ。
「ええそうね。だから私は、人体工学に基づく薙刀技術とあの走法の関係を、物理現象として眠留に話したの。『男の人が目を向ける箇所』としてね」 
 さっきの数倍の時間をかけポカンとしたのち、僕は膝をポンと叩いた。
「なるほど、やっと理解できたよ。男は物理現象に目を向けるから、僕に合わせて仕組みを説明してくれたんだね。昴があの走法を僕より巧く使いこなした、物理的な仕組みを」
 御明察、と昴はパチパチ手を叩いた。それほどでもと謙遜しつつも、何かを忘れている気がして、僕は懸命に記憶を探った。そして、それについての閃きを得ていたことを思い出した。
「ってことは、『想い』の仕組みもあるのかな。昴は想いについて、とても詳しく話してくれたからさ」
「ええ、想いの仕組みもあるわ。眠留を超える走りを、『眠留に一言も告げず』体育祭で披露した仕組みがね」
 そうなのだ、ある意味それが、今回最大の謎なのである。
 いや違う。
 僕に一言も告げなかったという『想い』に係わる事柄が今回最大の謎だったからこそ、昴はこの会合が始まるや、想いの仕組みを僕に明かしたのだ。率直にそう伝える僕へ、昴は哀しげに相槌を打った。
「私もそう思うわ。眠留の知っていた私も、私が知っていた私も、事前に必ず一言入れたはずだと私自身思うの。私はあなたの前でそんな私であり続けたし、そんな私でいることが私も好きだった。だから眠留の言うとおり、今回最大の謎はそれだと私も思うわ」
 僕に聞かせるというより、自分の気持ちを整理すべく昴は話しているようだった。僕は目を閉じ気配を消し、彼女の紡ぐ言葉の続きを待った。
「眠留の目で輝夜を見たとき、眠留がどれほど輝夜を好きなのかを、私は眠留の心で感じたわ。私の心を介さず、眠留の心で直接それを感じたの。だから私はそれ以降、輝夜をもっと好きになったわ。そう、ほとんど恋しているくらいにね」
 昴が自然な気持ちで話せるよう、目を閉じ気配を消していなければ、僕は今、絶対気絶していたと思う。人は恥ずかしさのあまり気絶することがあるのだと、僕は生まれて初めて知ったのだった。
「ただ、少し困ったことも起きたの。自分の心を介さず輝夜を好きになった新しい私と、自分の心が介在するそれまでの古い私の、二人の私が私の中に生じてしまったのよ。幸い私は、相反する二人の私が同居することに慣れていたから、さほど混乱しなかったけどね。私の中にはずっと、女王様な私とそれを否定する私の、二人の私がいたから」
 反射的に目を開けそうになるも、僕は目を開けなかった。きりで突かれたような痛みが胸に走るも、僕は胸を押さえなかった。昴が話し終えるまで、気配を消したこの状態を全力で保つ。それが今の僕の務めなのだと、僕は確信していたのである。
「女王様な私は古い私で、それを否定する私は新しい私。心に縛られる私は古い私で、心から解き放たれる経験をした私は新しい私。こんなふうに私の中には、新旧二つの私がいたのね。そして私は、新しい私がたまらなく好きだったの。感情の生き物である女にとって、『好き』の力は絶大。だから私は迷うことなく、輝夜をもっと好きになった私でいることにしたわ。眠留にすら取られたくない私の輝夜って、思うほどの私でね」
 体育祭のお昼休み、昴は「私の輝夜」と言った。あれは本心だったんだな、なんだかメチャクチャ嬉しいなあ、と僕は思った。
「でも、長年つき合ってきた古い自分というモノは、とても強い力を持っているの。できたてホヤホヤの自分では、古い自分を制御するのは非常に難しいのよ。しかもあの時は動機が違うだけで、新旧二つの私は同じことをしたがっていた。『眠留に何も告げずあの走りを披露する』が、それだったのね」
 なぜかその時、僕の残念脳みそはそのスペックに似合わず、古い昴の動機を一瞬で理解した。「輝夜だけでなく、私も見て」がそれだ。僕に何も告げずあの走りを披露すれば、僕はその他の一切を忘れて、昴だけに注目する。古い昴はあの時、それを望んでいたのだ。
 しかしいかにトホホな脳が健闘しようと、僕自身がトホホであるかぎり結果は同じ。僕は再度、メデューサの顔を見たがごとく硬直してしまった。そんな僕に昴は、哀しさの度合いを少し増した声で語りかけた。
「古い私の動機はその通りよ。でも眠留、わがままを言わせて。新しい私の動機は、まだ秘密にしていたいの。想いの仕組みの全ては、まだ伏せておきたいのよ。いいかな?」
 想いが爆発した。僕の中で、昴へのある想いが爆発した。気配を消した状態を全力で保つという務めを一瞬で吹き飛ばし全身からほとばしったその想いに、今度は昴が体を硬直させたようだが、僕はあえてそれを彼女に告げた。
「昴は間違っている」
 ガタン!
 目を閉じていても、昴が空前絶後に驚愕している様子が手に取るように感じられた。だがそれでも、僕は昴の間違いを指摘しなければならない。顎を引き胸を張り背筋を伸ばして、僕は昴に本音をぶつけた。
「それは我がままじゃない。秘密なんて後ろめたいものでもない。昴がそう願うなら、自信を持ってそうすればいい。もしそれに自信が持てないなら、僕が自信をあげる。僕にとってそれは我がままでも秘密でもないから、昴は自分が望むままの、昴でいてくれ」
 かぼそい声が耳に届いた。
「眠留、わがままを言っていい?」
 想いのままを口にする。
「なんでもどうぞ」
「お弁当の用意ができるまで、はいどうぞって私が言うまで、そのまま目を閉じていてほしいの」
「もちろんいいよ。視覚を封じると嗅覚が鋭敏になるから、お弁当の匂いにきっと身もだえするだろうけど、昴がそう言うなら僕は目を閉じておくよ」
「うん」と呟き、昴は暫くのあいだ椅子に座っていた。そして僕は自分の見過ごしに気づいた。視覚を閉ざすと嗅覚だけでなく、聴覚も鋭敏になるということを。
 昴が感謝に身を震わせる音を、僕は聴いた。
 昴の目に涙があふれる音を、僕は聴いた。
 昴の心を温かな想いが満たしていく音も、僕ははっきり聴いた。
 僕は今日、初めて知った。
 ありがとうには、音があったのだと。
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