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三章
祝宴とその夜、1
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お昼のお弁当を食べ、後片づけを終えた午後一時、僕は昴に自分が翔人であることを告げた。昴と出会ってから八年以上の歳月を経て、その日僕は初めて昴に、僕の全てを明かしたのである。
まず話したのは、鎌倉時代から続く翔家の歴史だった。歴史の次は魔想の種類と戦闘の様子で、そして僕が受けた翔人になるための訓練を説明し、それは終わった。午後一時から午後三時までの、二時間の話だった。
その二時間、昴は一度も口を開かなかった。表情と気配だけで昴は想いの全てを僕に伝えていたから、言葉は不要だったのだ。故にあれは一方的な話ではなく、双方向の会話だったと僕は考えている。
翔人の基礎訓練を終えた僕が拝殿で母にその報告をしたのが、今年の一月二十日。あの日、僕は翔人になったと告げた数秒後、昴は初めて口を開いた。
「眠留、私は翔人になりたい。なれるかな」
「ああ、昴は翔人になれる。僕はなぜかそう、確信しているんだ」
昴の笑顔を僕はこれまで無数に見てきた。しかしあの時ほど僕を幸せにした昴の笑顔を、僕は知らない。
午後三時十分。片付けと教育AIへの報告を終え、会議室を出ようとした。すると後ろから、昴の声がかかった。
「眠留、会って欲しい人がいるの。あと二十分ほどで校門に着くそうだから、会ってくれるかな」
その人物の予想が付くような、予想がまるで付かないような奇妙な感覚が心をよぎるも、この幼馴染がこのタイミングで無意味な事をするはずないと思い、首を縦に振った。二十分後、見覚えのあるAICAが第一エリア専用道路を走って来る光景に、僕は天を仰いだ。ああまったく、どうして僕の周りにいる女の子たちはこうも、僕より一枚も二枚も上手なのだろうか。
AICAから降り立ったのは、制服に身を包んだ輝夜さんだった。
輝夜さんは昴に招かれ、先週は延べ三日、昴の家に泊まったと言う。そして二人で、様々なことを話し合ったそうだ。秘密にしててごめんなさいと深く腰を折る輝夜さんに僕はただ、僕こそ黙っててごめんと頭を下げることしかできなかった。
AICAで湖校にやって来た輝夜さんと頭を下げ合ったのち、僕ら三人はある決定をした。僕はハイ子を取り出し、幾ばくかのやり取りを経て二人に告げる。
「輝夜さんが神社に来ることを今、家族全員に話した。三人と十六匹は皆、輝夜さんが来るのを楽しみに待ってるって」
白銀家に連なる者は三十三歳を待たずして旧三翔家と関わるべからずという家訓に阻まれ、輝夜さんはそれまで僕の神社を訪れることができなかった。拭おうにも拭えぬ硬さを身に纏う輝夜さんの肩を、昴が抱き寄せる。
「大丈夫、にっちもさっちもいかなくなったら、この三人で新しい翔家を立ち上げればいい。それだけのことよ」
「僕も覚悟を決めた。輝夜さん、心配しないで。ただそれだけのことだからさ」
輝夜さんは、夜が明けたような笑みを零した。その笑みを中心に僕ら三人は拳を空へ突き上げ、盛大な気炎を上げたのだった。
が、それは完全な取り越し苦労だった。三つの拳の1メートルほど先に、精霊猫の水晶が現れたのである。
「そこな少女、白銀輝夜が猫将軍本家を訪うことは、日いずる国で魔想と戦う者らの総元締め、伊勢総本家の承諾を得ている。心配せずとも良い」
他の者らには見えぬゆえ安心なされと微笑み胸の高さまで降りてきた水晶に、娘二人は歓声を上げた。極めつけの美少女二人に声を揃えて挨拶され、水晶もほくほくの笑顔を浮かべている。宙を滑るように歩く水晶に先導され、僕らは神社へ向かった。
祭事の衣服である常装を身に付けた祖父母と巫女の妹と、大吉中吉小吉末吉、そして十一匹の精霊猫達が、鳥居の下で僕らを出迎えてくれた。先ずは輝夜さんが、完璧な所作と口上で皆へ挨拶する。皆も、賞賛と親しみを込めた挨拶を輝夜さんへ返してくれた。次いで昴が挨拶し、祖父母と美鈴へ謝罪の言葉を述べようとしたが、もう待てないと懐に飛び込んできた小吉によってそれは阻まれた。だが、小吉を咎める者は誰もいなかった。抱き合って泣く二人の姿に、僕らは一人の例外もなく、涙を流していたからだ。
それから僕らは、拝殿で短い話し合いをした。伊勢総本家の許しを得た輝夜さんは今後、好きな時に旧三翔家を訪れて良い事。昴も好きな時に神社を訪れ、昴のペースで翔人の訓練を受けて良い事。この二つが速やかに決められ、僕ら三人は一様に胸をなでおろしたのだった。
その後皆で台所へ移り、ささやかながらも心温まる祝宴を開いた。輝夜さんはすぐ場に溶け込み、淑やかな明るい笑みで初対面の人達の気持ちをほぐしていった。特に美鈴は輝夜さんへ強い憧れを抱いたらしく、昴と並んで座る輝夜さんの隣を片時も離れようとしなかった。そんな三人の姿にこの上なく胸を温められていると、水晶がスルスルっと近寄ってきて、事と次第を明かしてくれた。
「眠留が推測していた通り、猫将軍家は翔家の主家ではない。その主家から要請を受け、儂はお前さんがた三人をここ一か月半ほど見守っておった。三人が互いを思いやる気持ちは、鎌倉の世から八百年以上生きる儂ですら、心を動かされてのう。この一か月半は、まるで青春時代に戻ったようじゃったわい」
ふおぉっ、ふぉっ、ふぉっ、と好々爺まる出しで笑う水晶に釣られ、僕も大いに笑った。
そこへ、
「お~い眠留、ちょっとちょっと」
昴の声が届いた。体を向けると、娘達の真ん中で顔を上気させる、輝夜さんがいた。僕は水晶に断りを入れ、三人に近づき声をかける。
「輝夜さん、どうしたの?」
「眠留くん、わたし是非、末吉くんにご挨拶したいの。紹介してくれないかな」
楽しみで待ち遠しくてたまりませんという想いを真摯な感謝の気持ちでくるんだ輝夜さんの様子に、僕は胸中頭を抱えた。忘れてしまっていたが、ゴールデンウイークの闇油戦で、輝夜さんは末吉と一緒に戦っていたのだ。輝夜さんはそれ以降、末吉をいたく気に入り、ことあるごとに「あの勇敢な猫くん」と目を輝かせていた。それなのに僕は、十二匹の精霊猫と四匹の翔猫をまとめてざっくり紹介しただけで、輝夜さんと末吉が落ち着いて話せる場を設けなかったのである。うぎゃあ失敗したと心の中で飛び上った僕に、
「小吉姉さんからここへ来るように言われたにゃ。何か用かにゃ」
まず話したのは、鎌倉時代から続く翔家の歴史だった。歴史の次は魔想の種類と戦闘の様子で、そして僕が受けた翔人になるための訓練を説明し、それは終わった。午後一時から午後三時までの、二時間の話だった。
その二時間、昴は一度も口を開かなかった。表情と気配だけで昴は想いの全てを僕に伝えていたから、言葉は不要だったのだ。故にあれは一方的な話ではなく、双方向の会話だったと僕は考えている。
翔人の基礎訓練を終えた僕が拝殿で母にその報告をしたのが、今年の一月二十日。あの日、僕は翔人になったと告げた数秒後、昴は初めて口を開いた。
「眠留、私は翔人になりたい。なれるかな」
「ああ、昴は翔人になれる。僕はなぜかそう、確信しているんだ」
昴の笑顔を僕はこれまで無数に見てきた。しかしあの時ほど僕を幸せにした昴の笑顔を、僕は知らない。
午後三時十分。片付けと教育AIへの報告を終え、会議室を出ようとした。すると後ろから、昴の声がかかった。
「眠留、会って欲しい人がいるの。あと二十分ほどで校門に着くそうだから、会ってくれるかな」
その人物の予想が付くような、予想がまるで付かないような奇妙な感覚が心をよぎるも、この幼馴染がこのタイミングで無意味な事をするはずないと思い、首を縦に振った。二十分後、見覚えのあるAICAが第一エリア専用道路を走って来る光景に、僕は天を仰いだ。ああまったく、どうして僕の周りにいる女の子たちはこうも、僕より一枚も二枚も上手なのだろうか。
AICAから降り立ったのは、制服に身を包んだ輝夜さんだった。
輝夜さんは昴に招かれ、先週は延べ三日、昴の家に泊まったと言う。そして二人で、様々なことを話し合ったそうだ。秘密にしててごめんなさいと深く腰を折る輝夜さんに僕はただ、僕こそ黙っててごめんと頭を下げることしかできなかった。
AICAで湖校にやって来た輝夜さんと頭を下げ合ったのち、僕ら三人はある決定をした。僕はハイ子を取り出し、幾ばくかのやり取りを経て二人に告げる。
「輝夜さんが神社に来ることを今、家族全員に話した。三人と十六匹は皆、輝夜さんが来るのを楽しみに待ってるって」
白銀家に連なる者は三十三歳を待たずして旧三翔家と関わるべからずという家訓に阻まれ、輝夜さんはそれまで僕の神社を訪れることができなかった。拭おうにも拭えぬ硬さを身に纏う輝夜さんの肩を、昴が抱き寄せる。
「大丈夫、にっちもさっちもいかなくなったら、この三人で新しい翔家を立ち上げればいい。それだけのことよ」
「僕も覚悟を決めた。輝夜さん、心配しないで。ただそれだけのことだからさ」
輝夜さんは、夜が明けたような笑みを零した。その笑みを中心に僕ら三人は拳を空へ突き上げ、盛大な気炎を上げたのだった。
が、それは完全な取り越し苦労だった。三つの拳の1メートルほど先に、精霊猫の水晶が現れたのである。
「そこな少女、白銀輝夜が猫将軍本家を訪うことは、日いずる国で魔想と戦う者らの総元締め、伊勢総本家の承諾を得ている。心配せずとも良い」
他の者らには見えぬゆえ安心なされと微笑み胸の高さまで降りてきた水晶に、娘二人は歓声を上げた。極めつけの美少女二人に声を揃えて挨拶され、水晶もほくほくの笑顔を浮かべている。宙を滑るように歩く水晶に先導され、僕らは神社へ向かった。
祭事の衣服である常装を身に付けた祖父母と巫女の妹と、大吉中吉小吉末吉、そして十一匹の精霊猫達が、鳥居の下で僕らを出迎えてくれた。先ずは輝夜さんが、完璧な所作と口上で皆へ挨拶する。皆も、賞賛と親しみを込めた挨拶を輝夜さんへ返してくれた。次いで昴が挨拶し、祖父母と美鈴へ謝罪の言葉を述べようとしたが、もう待てないと懐に飛び込んできた小吉によってそれは阻まれた。だが、小吉を咎める者は誰もいなかった。抱き合って泣く二人の姿に、僕らは一人の例外もなく、涙を流していたからだ。
それから僕らは、拝殿で短い話し合いをした。伊勢総本家の許しを得た輝夜さんは今後、好きな時に旧三翔家を訪れて良い事。昴も好きな時に神社を訪れ、昴のペースで翔人の訓練を受けて良い事。この二つが速やかに決められ、僕ら三人は一様に胸をなでおろしたのだった。
その後皆で台所へ移り、ささやかながらも心温まる祝宴を開いた。輝夜さんはすぐ場に溶け込み、淑やかな明るい笑みで初対面の人達の気持ちをほぐしていった。特に美鈴は輝夜さんへ強い憧れを抱いたらしく、昴と並んで座る輝夜さんの隣を片時も離れようとしなかった。そんな三人の姿にこの上なく胸を温められていると、水晶がスルスルっと近寄ってきて、事と次第を明かしてくれた。
「眠留が推測していた通り、猫将軍家は翔家の主家ではない。その主家から要請を受け、儂はお前さんがた三人をここ一か月半ほど見守っておった。三人が互いを思いやる気持ちは、鎌倉の世から八百年以上生きる儂ですら、心を動かされてのう。この一か月半は、まるで青春時代に戻ったようじゃったわい」
ふおぉっ、ふぉっ、ふぉっ、と好々爺まる出しで笑う水晶に釣られ、僕も大いに笑った。
そこへ、
「お~い眠留、ちょっとちょっと」
昴の声が届いた。体を向けると、娘達の真ん中で顔を上気させる、輝夜さんがいた。僕は水晶に断りを入れ、三人に近づき声をかける。
「輝夜さん、どうしたの?」
「眠留くん、わたし是非、末吉くんにご挨拶したいの。紹介してくれないかな」
楽しみで待ち遠しくてたまりませんという想いを真摯な感謝の気持ちでくるんだ輝夜さんの様子に、僕は胸中頭を抱えた。忘れてしまっていたが、ゴールデンウイークの闇油戦で、輝夜さんは末吉と一緒に戦っていたのだ。輝夜さんはそれ以降、末吉をいたく気に入り、ことあるごとに「あの勇敢な猫くん」と目を輝かせていた。それなのに僕は、十二匹の精霊猫と四匹の翔猫をまとめてざっくり紹介しただけで、輝夜さんと末吉が落ち着いて話せる場を設けなかったのである。うぎゃあ失敗したと心の中で飛び上った僕に、
「小吉姉さんからここへ来るように言われたにゃ。何か用かにゃ」
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