僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
119 / 934
四章

3

しおりを挟む
 いい汗かいたと麦茶を満足げに飲み干し、二階堂は口を開いた。
「猫将軍が入ってから、サークルの雰囲気が変わった。先輩方は純粋に、新忍道を楽しむようになっていった。硬さを脱ぎ捨て、楽しそうに練習に打ち込む先輩方を見るのが、俺スッゲー嬉しくてさ」
 あんがとな猫将軍と、二階堂は僕の背中を叩きまくった。コイツは、先輩方が楽しそうにしているのを嬉しいと言った。自分も楽しかっただろうにそれより、先輩方が変わったのを見るのが凄く嬉しかったと、二階堂は先ずそれを僕に伝えた。そんなヤツにそんな理由で背中を叩かれるのが、僕は嬉しくてたまらなかった。
「楽しいっつうのは偉大だ。サークルが楽しければ、家に帰ってからの疲労が心地よく感じられるようになる。次の日の筋肉痛も、精一杯やった勲章のように思えてくる。そして何より、そんな毎日を送っているうち、退部した時のあれこれが変わって行った。つらいだけの記憶ではなく、頑張ろうと思う動機になっていったんだよ。んん~、なんて表現すればいいのかな・・・」
 想いを言葉にできず考え込む二階堂へ、北斗が助け舟を出した。
「今を変えれば、過去の重みが未来の励みになる。こんな感じで、どうだ?」
 二階堂は満面の笑みになり、北斗に飛びついた。
「おお北斗、それドンピシャだ! お前はやっぱ、頼れるヤツだな!」
「頼り頼られるのはお互い様だが、のしかかられるとマジで重い。やめてくれ」
「そうか、俺は重いか。なら俺は体重をもっと増やし、もっともっとお前の励みになろう。北斗、お菓子のお代わりをくれ」
「俺の一週間分のおやつを粗方平らげておいて、まだ食う気か? つうかお前の体重増加と俺の未来の励みに、なんの関係がある」
「確かに北斗の体重が増えるのは、あんま嬉しくない。お前は、なかなか見ごたえある細マッチョだからな。よって俺がお前の代わりに、お菓子を全部食べてやろう」
 二階堂はそう言って、残り少ないお菓子をむさぼり始めた。北斗は演技抜きに二階堂を止めにかかる。そんな二人に、僕は腹を抱えて笑い転げた。二人の攻防が一段落付いたところで、二階堂がお菓子まみれの口を開いた。
「この前、Aチームの先輩方が鬼王と戦ったゲームで、俺は猫将軍っつう人間の本質を見た気がした。なるほど、だからコイツは、3DGを楽しめるんだって思ったよ」
「ああ、それは俺も思った。なあ二階堂、お前がそう感じたのは、建物内のサーモグラフィーを見た時じゃないか?」
 お前もそうだったかと、二人は僕を置き去りにして盛り上がる。置き去りにされ寂しくはあったが、自分では気づけない僕の何かを二人の友が同時に気づいてくれたことが嬉しく、僕はニコニコ顔で二人を見つめていた。けど、この話題はここで終わらなかった。二人は次のやりとりで僕を一気に、ニコニコ状態から突き抜けた場所へ連れて行ったのである。
「建物内に鬼王がいると知るや、猫将軍は殺気を燃え上がらせただろ。打ち明けると、俺はそれに嫉妬した。あんとき俺、少しびびってたんだよ」
「嫉妬して当然だ、俺もびびってたからな。眠留、お前は知らんだろうが、お前にはクソ度胸がある。真に追い詰められた時のみ顔を出すたぐいまれなクソ度胸を、眠留はここに持っているんだよ」
 親指をグイッと立て、北斗は自分の胸を指さした。その姿が、急速にぼやけてゆく。おいおい今度は猫将軍が鼻水かと、二階堂がティッシュを放ってよこした。僕は鼻水のついていないティッシュを、立て続けに四つゴミ箱に入れた。
 僕が鼻をかむ振りをしている間に、二人は一年生トリオによる鬼王攻略法を考察し始めた。そんな二人に加わらず、僕は一人静かに、指摘された度胸について思考を巡らせていた。しかし悲しいかな、自分で考えることに慣れていない僕は、三分と経たず眠気と格闘するハメになる。それに気づいた北斗の提案により、会合はお開きになってしまったのだった。

「じゃあな~」
「また明日な~」
 神社の大石段の前で二階堂と手を振り合う。二階堂はこの先のT字路を右折し、駅へ向かうのを日課としていた。帰る方角が同じ僕らは北斗と別れたのち、いつもここまで一緒に歩いていたのだ。
 東へ向かって歩く二階堂がもう一度振り返り、右手をあげる。僕はバッグを石段に置き、両手を掲げて手を振り返す。二階堂は破顔一笑し、木立の向こうへ消えて行った。
 二階堂が去ってからも、今日の親密な時間が名残惜しくてならず、僕は石段手前に立ち続けていた。ふと数分前の、北斗の提案が心をよぎる。
「眠留の眠気がとうとう限界を超えたようだ。二階堂、話の区切りがいいなら、ここらでお開きにしないか」 
 それを機に会合は終止符を打たれた。北斗の気遣いに応えるならすぐさま帰宅すべきなのだけど、このまま家に帰ることを、僕はなぜか非常にもったいなく感じていた。
「眠くならないよう、短期決戦で臨もう」
 そう独りごち、石段に腰を下ろす。指を組み視線を落とし、クソ度胸について思考を巡らせた。すると予想に反し、数秒を待たず解答を得られた。
『敗北が死に直結する戦闘を経験していない人は、3DGを真剣にプレイすればするほど、ゲーム中の死を現実の恐怖として感じてしまう。けど僕は敗北が死に直結する戦闘に慣れているため、どんなに真剣になろうと、負けても死なない3DGをゲームとして楽しむことができる。強大なボスモンスターと遭遇しても、普段通りの真剣勝負をモンスターと繰り広げることができる。僕のクソ度胸は、翔人として生きてきた日々が、授けてくれたものだったんだ』
 矢継ぎ早にある仮説がやって来て、僕は首を捻った。
『ということは、逆もあるのかな。翔人としての経験が新忍道に役立つなら、新忍道の経験も、翔人に役立つのかな?』
 僕は盛大に首を捻り考えた。しかし幾ら考えても、閃きがそれ以上やって来ることは無かった。眠気が首をもたげつつあるのを感じ、脇に置いていたバックを手に取り、よっこらしょと立ち上がる。
「今日は帰宅が遅くなってしまった。まあ明日は魔想討伐がないから、これくらいなら余裕かな」
 なんて独り言を再度呟きながら、僕は俯き加減に回れ右をして、石段をゆっくり昇って行ったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

505号室 ~来る? やっぱ来る?~

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

月夜の遭遇

青春 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:5

最高のロマンチックしよう。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

金の伯爵サマと銀の伯爵サマ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

ぼったくりホットドックの村:味と情熱の物語

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

1000年聖女♡悪魔に魅せられて

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:66

ただより高いものはない

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

婚約破棄?ありがとうございます!!早くしましょう!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:284

感染恐慌

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

神々と精霊達に愛された子

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:411

処理中です...